第八百三十五話「泣く子は手がつけられない」
そうか……。最近桜が何となく影が薄いと思っていたけどそういうことだったんだな……。錦織と出来ていたから二人でこっそりデートに行ってたんだ。
「九条さん絶対何か勘違いしてるから!」
「おや?私だけではなく皐月ちゃんも同じことを考えておられると思いますが?」
「ぶふっ!」
俺が皐月ちゃんに話を振るとまた笑っていた。これはもうどう考えても皐月ちゃんも俺と同じことを考えているだろう。むしろそれ以外に説明のしようがない。
「桜達も次の文化祭で女装喫茶をすることにしたんです!そこで柳先輩に買出しを手伝ってもらってるんですよ!」
「「ふぅ~ん?」」
ニパッと笑ってそう言う桜に俺と皐月ちゃんは鷹揚に頷いた。桜や錦織の言うように仮に二人がカップルではないとしても相当仲良しになっていることは間違いない。同じ趣味を持つ者同士惹かれ合う運命なのかもしれない。
「『錦織先輩』ではなく『柳先輩』で……」
「わざわざ女装喫茶の買出しに街に出るために女装をねぇ……」
「いや!違うんだって!桜君が女性向けの店に行くから男の格好のままじゃ入れないっていうから!」
「「ふぅ~ん?」」
錦織の言い訳に俺と皐月ちゃんはニヤニヤが止まらない。いくら何でもその言い訳には無理があると思うよ?
完全に女性向けのお店だったとしても男性が入ってはいけないということはない。多少入りにくいとか、商品を選びにくいというのはあるかもしれないけど、だからってわざわざ女装して店に入る方がおかしい。どう考えてもそれを理由にしてわざわざ女装しているとしか思えない。否!実際にそうだろう。
柳ちゃんが完全に女装に目覚めていることは間違いない。桜とカップルになっているかどうかはともかく、少なくとも二人は女装の同志としてお互いを信頼し合っている。でなければ中等科の文化祭のために錦織がわざわざ女装して買出しに付き合う理由はない。
「錦織君は高等科一年三組なのに……、我がクラスの買出しには協力せず、桜のクラスの女装喫茶の買出しに協力されていると……」
「それは……」
錦織が苦しそうな表情で視線を逸らせる。まぁ言い訳のしようもないよね?事実だしね?
「私が柳先輩に頼んだんですよ!一緒に化粧品や下着を選んで欲しいって!柳先輩とっても詳しくて助かりました!」
「「ぶふーーーっ!」」
桜!あかん!それは止めや!
「女性物の化粧品や下着に詳しいってっ!詳しいってっ!!!」
「さっ……、桜!それは止め!ふはっ!」
「え?え?……何かまずかったですか?」
錦織は顔を両手で覆って耳まで真っ赤にしてプルプル震えていた。そして桜は何かまずいことを言ったかと思ってオロオロしていたのだった。
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は~……、今日の放課後は笑わせてもらった。まさか錦織があそこまで本格的に進んでるとはねぇ……。
いや……、待てよ?鬼灯は女の子好きを公言している真性だ。もし錦織が鬼灯に気があるとしたら、鬼灯に振り向いてもらうためには錦織が女の子になるしかないんじゃないか?
ということは……、もしかしてだけど……、錦織は好きな女の子である鬼灯が女の子好きだから、鬼灯のためにあそこまで本格的に女装しているという線もなくはないんじゃないだろうか?
ただまぁ……、この推測は推測に推測を上塗りして出来上がった説明だ。鬼灯が女の子好きだというのは本人が公言しているけど、錦織が鬼灯のことを好きだとか、そのために女装を頑張っているというのはあくまで推測に過ぎない。推測に過ぎないんだから……、明日鬼灯に聞いてやろう!ぶははっ!
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朝から皆に昨日の出来事を話しながら過ごしているとあっという間に時間が過ぎた。百合やガーベラ達が何度もやってきてはまたしつこく勝負しろと言ってきていたけど全てお断りして、ようやくのお昼休みに鬼灯に声をかける。
「河村さんは……、女の子が恋愛対象なのですよね?」
「え?うん。そうだよ?」
さりげなく聞き出そうと思っていたけどどう言えば良いのかわからずストレートに聞いてしまった。でも聞かれた鬼灯の方もあっけらかんとしてあっさり答えてくれた。鬼灯はそれで悩んだり隠したりしようというものではないらしい。
もしかしたら昔は鬼灯もそれで悩んだり、人に言えずに隠していた時期もあったのかもしれない。でも今はこうしてはっきり口に出来るくらい自分の性癖や嗜好を受け入れられるようになったんだろう。
「何々?咲耶っちが私の恋人になってくれるの?」
「えっ!?」
そんなこと考えたこともなかった……、と言えば嘘になるかもしれない。俺は心のどこかでそういうことを望んでいる。別に鬼灯と結ばれたいとかそういう話なわけじゃなくて、俺は男と付き合うなんて絶対に嫌で女の子と付き合いたいと思っている。でも普通の女の子は女の子同士なんて嫌だと思っているだろう。
だったら……、少なくとも肉体は女性である俺が女性と付き合おうと思ったら、鬼灯のように女性なのに女性が好きな子と付き合うしかないんじゃないか?そういう子と結ばれれば俺は救われるんじゃないかと思ってしまったこともあるはずだ。
ただ……、それは相手にとってはどうなんだろう?
例えば鬼灯は女の子だけど女の子が好きだと言っている。俺は肉体的には女性の肉体を持っているけど精神的には男だ。そんな俺が仮に鬼灯と結ばれたとしたら、それは鬼灯にとっては裏切りも同然じゃないだろうか?
鬼灯は俺を女の子だと思って付き合ったのに、実際には俺の中身は男だと知ったらどう思うだろう?もし自分が逆の立場だったら……、女の子だと思っていた相手の中身が男だと知ったらショックを受けるかもしれない。
「咲耶っち……、そんなにショックを受けるほどだった?何かごめんね……」
「え?あっ!ちっ、違いますよ?河村さんと恋人になると言われたのがショックだとか、何か含む所があるとか、そういうことではないのです!少し思い知らされることがあって考えに没頭してしまっていただけなのです!」
「あぁ……、うん……。ははっ……」
駄目だ……。完全に鬼灯に誤解されている。俺が鬼灯に『恋人になる?』って言われたのがショックだったと思われている。そうじゃないんだよ。もちろん鬼灯と俺が恋人になるなんて選択肢はないと思っている。でもそれは鬼灯のことが好きじゃないとか、肉体的に同性が気持ち悪いとか、そういうんじゃないんだ!
でも言えない……。俺が中身男だから肉体的に同性でも精神的には男女になってしまうから、そのことを考えると悩んでしまったんだなんて言えるはずもない。そんなことを言ってしまったら俺は……。
「咲耶ちゃんはきっと柳ちゃんの恋が難しいだろうと思って、言って良いものか悩んだんですよね?」
「え?」
「……え?」
そこへ皐月ちゃんが優しく微笑んで助け舟を出してくれた。実は俺は柳ちゃんのことを考えていたわけじゃないけど、皐月ちゃんも昨日の出来事から俺と同じ考えに至ったんだろう。だから俺がそのことで少し言葉に詰まったと思ったに違いない。
「実は昨日、文化祭の買出しに行った時に……」
そして皐月ちゃんは昨日の出来事を鬼灯達にも話し始めた。クラスのメンバー達には朝から何度も話していたけど、クラスが違うメンバー達はこの昼休みに初めて聞く話だ。それに耳を傾けて聞き終わった時、鬼灯が首を傾げていた。
「その……、錦織君が女装してたことと今咲耶っちが悩んでたことに何の関係が?」
「「「あ~……」」」
察しの悪い鬼灯に皆は何となく生温かいような、残念な人を見るような視線を向けていた。鬼灯は女子生徒から人気があって王子様みたいだけど、自分が男子からそういう目で見られているという自覚は足りないようだ。
「つまり!錦織が鬼灯のことを好きで、鬼灯が女の子好きだから頑張って女装をしてるんじゃないかって話よ!」
「「「おぉ~……」」」
ピシャリとそう言い切った薊ちゃんに皆がまばらに拍手をしていた。薊ちゃんにも別にそのことは言っていない。でも恋愛関係に疎そうな薊ちゃんですらわかっている。むしろここまで言われなければわからない鬼灯は自覚がなさすぎるのか、恋愛に疎いお子様脳なのか……。
「え?どういうこと?」
「……ん。鬼灯鈍すぎ……」
「あははっ……」
それから暫く皆で鬼灯に頑張って説明してみた。錦織が鬼灯のことを好きだとすれば、その鬼灯が女の子好きで男である錦織が相手にされないから、せめて女装して女の子らしくなって鬼灯に好かれようとしているのではないか。かなりの説明と時間を要してようやく鬼灯にもそのことが伝わった。
「いや~……、ないでしょ?錦織君は私みたいな男女に興味ないよ。そもそも錦織君は他に好きな子がいるし」
「「「えっ!?」」」
そうなの?俺はまたてっきり錦織が鬼灯に興味を持ってもらおうと思ってまた女装をやり始めたのかと思ったけど……。でも鬼灯の言葉も正しいとは限らないしな。錦織が鬼灯のことを好きじゃないかって説明も中々理解してもらえないほど鬼灯もお子ちゃまなわけだし、その推測や言葉もあまりあてにならないと思っておくべきだろう。
「錦織の好きな相手ってやっぱり……?」
「そうそう。そうだと思うよ」
「う~ん……。でもそうかなぁ?」
「そうですよ」
「その可能性も高いとは思っていたけど……」
皆はまた錦織の恋愛についてあーでもないこーでもないと言い合っていた。やっぱり女子高等科生くらいの子達はこういう話題が大好きなんだろうな。
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結局昨日の錦織の女装についてや、鬼灯が好きなんじゃないか?という話に結論は出なかった。そりゃ本人がどう思って何を考えているかなんて本人にしかわからないわけで、外野である俺達があーでもないこーでもないと言い合っていてもわかるはずもない。
ただ女子はやっぱりそういう話題が大好きなわけで、答えが出ないこともわかった上でああやって話題にするのが楽しいんだろう。そんな話題で一日を過ごして放課後になり、勉強会を終えてサロンへとやってきた。
「御機嫌よう」
「あっ!咲耶お姉様!招待状を持ってきました!」
「え?桜?……あぁ、そういえばそんな時期でしたね」
サロンに入ると桜が居たので驚いた。でも招待状を渡されてわかった。そろそろ二条家のパーティーが近づいてきている。招待状を受け取っていつも通りのやり取りをしてからふと思い立った。
「そういえば桜……、何人か新たに招待していただきたい方がいるのですが……」
「はい!咲耶お姉様のご要望とあらば!」
俺の言葉に桜は一瞬も悩むことなく即答してくれた。人の家のパーティーの招待客についてとやかく言うのはどうかと思う。でも折角の二条家のパーティーに追加で呼んでもらいたい子がいる……。主人公・藤原向日葵を……。
「わかりました!それではその方も招待しておきますね!」
「ええ。ありがとう、桜」
向日葵を招待することを快諾してくれたので桜にお礼を述べて頭を下げた。向日葵が桜ルートに入ったりしたら俺や九条家も危なくなるかもしれない。でも向日葵がどのルートを選ぶにしろここで誘って顔を合わせておいた方が良い。そんな気がする。
「話は終わりましたの?九条咲耶!」
「え~……、御機嫌よう、一条様、西園寺様、三条様」
「待っていましたよ九条様」
「ロスチルド様とロックヘラー様も御機嫌よう……」
桜との話が終わると百合やガーベラ達がゾロゾロと俺の前にやってきた。用件はアレだろうなぁ……。
「文化祭での勝負!いい加減受けなさい!」
「ですからそれは何度もお断りして……」
「ぐすっ……」
「……え?」
百合にまた同じことを言われてげんなりしていると……、鼻をすする音が聞こえてきた。そう思った瞬間……。
「びえぇぇぇ~~~っ!どうして~~~!どうして私とは勝負してくださらないんですか~~~!ああぁぁ~~~っ!デイジーとは……、デイジーとは勝負したのに~~~!びえぇぇぇ~~~んっ!」
「「「えっ!?」」」
急に大声を出して泣き出したガーベラに俺達はギョッとした。いかにもクールビューティーという感じのガーベラが、まるで子供のように声を上げて泣きじゃくっている。そのことに理解が追いつかない。
「あ~ぁ……。とうとう九条咲耶がガーベラを泣かせてしまいましたわ……」
「えぇ~……」
これは俺のせいなのか?まるで冷笑を浮かべているかのような氷の妖精のようだったガーベラが……、冷静沈着で腹黒そうなタイプだと思ったガーベラが……、子供のように声を上げて泣いている。これは俺のせいだというのか?一体どうしたら……。
「わかりました!わかりましたから!勝負を受けますから!泣き止んでください」
「びえぇ~~~……、ほんと?」
「はい。本当ですから……」
「わぁ~い!やったぁ~~~!」
え?今まで泣きじゃくってたよね?まさか嘘泣き?でもそんな風には見えない。いや、子供っていうのは今まで泣いていたかと思ったら急に笑い出したり、今まで笑っていたかと思ったら急に泣き出したりするものだ。むしろこれこそがまさに子供という感じで演技とは思えない。
ガーベラって……、見た目に反しすぎじゃないだろうか?




