第七百九十三話「最近影が薄い?」
夏休みが近づいてきた頃、中等科では咲耶グループのメンバー達が集まっていた。召集をかけた竜胆が前に立ってメンバー達に今回の召集の理由を告げる。
「咲耶お姉様が初等科をご卒業されて以来私達は科が別になって影が薄くなってしまったわ!このままでは私達が忘れ去られて消えてしまうのも時間の問題よ!」
「それは久我様の影が薄いだけでは~?」
「うっさいわね!貴女だって薄いでしょ!咲耶お姉様の行儀見習いとして出仕してる子以外は皆薄いわよ!」
睡蓮の言葉に竜胆は若干キレ気味に反論した。ややキレているのはある意味において図星を突かれたからだ。
「私達も影は薄いですよ」
「行儀見習いに行っても平日はほとんど咲耶様とお会いする機会もありませんし」
射干の言葉に李も同意して頷きながら言葉を口にした。真弓と薺は何も言っていないが同じく頷いて同意を示す。海桐花と蕗は頷きもせずただ黙って目を瞑っているだけだが、行儀見習い達は平日にほとんど咲耶様とお会いする機会がないというのはその通りだった。
「そもそも一学年下の海桐花や蕗、二学年下の睡蓮は一年や二年だけでも咲耶お姉様と同じ科に通えるじゃない!三学年下の私達は同じ科に通うことすら出来ないのよ!このままじゃ私達は埋もれてしまうわ!」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「そっかぁ……」
竜胆の言葉に秋桐達の反応は鈍かった。三学年下のメンバーでも秋桐達にはあまり危機感はない。確かに会える機会は少ないかもしれないが会おうと思えばいつでも会える。そして一度会えば可愛がってもらえる。だから竜胆の言うような危機感は持っていない。
「と・に・か・く!このままじゃ駄目よ!」
「じゃあどうするつもり?」
「それはもちろん……」
李の言葉に竜胆は不敵な笑みを浮かべたのだった。
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竜胆の考え……。それは夏休みまでに高等科を訪ねて咲耶と会うというものだった。あのまま夏休みに入ってしまえば何の話も約束も出来ずに長期間会えなくなってしまう。だから夏休みになる前に強引にでも会って、話をして、何らかの約束でも取り付けておく。竜胆の狙いはそれだった。
「あっ!見て見て!中等科生みたいよ」
「本当だ。かわい~」
放課後に高等科へとやってきた中等科生メンバー達は注目の的だった。今年で三年である海桐花と蕗や二年である睡蓮もいるが、それ以外のメンバーは一年生だ。ピカピカの中等科一年生達が真新しい制服に身を包んで歩いていれば、高等科生から見れば微笑ましい姿に見える。
藤花学園では下手な相手を侮ると痛い目に遭う。中等科からは外部生として特待生も入ってくるが結局は大半が貴族ということに変わりはない。相手が何者かわからない高等科の外部生であっても中等科生を侮ったり、下手な接し方をすることはない。
初等科生は内部生しかいない。むしろ初等科から入学しているからこそ内部生と呼ばれる。中等科生は一部の特待生はいるがそれ以外は外部生であってもそこそこの貴族が大半だ。つまり高等科から入学してきた特待生や外部生にとっては中等科までに入学している相手は基本的に格上だと思っておかなければならない。
ただ相手が格上であろうとも、ピカピカの制服を着た中等科一年達が可愛らしく見えるのは仕方がない。そして遠巻きにそう言われたくらいで怒ったりすることもなかった。
「確か咲耶お姉様達は放課後に勉強会をされてるのよね?どこかしら?」
竜胆は咲耶達がどこで勉強会を行っているのか正確な所は知らなかった。一応情報としてどこの教室だとは聞いてるが、高等科に初めてやってきた竜胆が、いちいち覚える気がなかった空き教室の場所など覚えているはずもない。
キョロキョロしながら咲耶達が勉強会をしているはずの空き教室を探していると見知った顔を見つけた。
「ちょっと良いかしら?吉田先輩」
「ひゃっ!?はっ……、はい?」
誰かと連れ立って歩いていた吉田花梨を見つけたので声をかける。花梨の方は日頃『先輩』などと言われて声をかけられることがないので驚いて声の聞こえた方を見た。
「あっ!久我様……、えっと、御機嫌よう?」
「御機嫌よう吉田先輩。でもそんなに畏まらなくても良いですよ。もっと楽に話してください」
一応貴族とはいえ地下家でしかない花梨は相手が久我竜胆だと気付いてどうすれば良いか対応に困っていた。久我家と言えば七清家の一角であり、年下とはいえ本来は花梨が話せるような相手ではない。咲耶を通じてお互いに顔見知りではあるが、咲耶がいない場ではこれといって接点もない。
どう話せば良いのかわからず、しかも接点がない自分に一体何の用かと思って花梨は身を固くしていた。ここの所たまに絡んでくるイジメっこ達ではなかったので少しほっとしたが、竜胆が相手だとわかって再び固くなった。
「私に何か御用ですか?」
「ええ。咲耶お姉様達がサロンに行かれる前にどこで集まられているのかと思いまして……」
花梨の問いに竜胆は目的を告げた。放課後の勉強会に花梨も参加しているのかと思ったが三つ編みお下げに瓶底メガネの少女と一緒に歩いていたようだ。その瓶底メガネ少女を見ながら竜胆は誰かと尋ねた。
「それでそちらの方は?」
「え?あぁ……、えっと……、こちらは藤原向日葵さんです」
「え?あっ!ふっ、藤原向日葵です!」
急に紹介されて驚いた向日葵だったが花梨の言動からこの中等科生は相当上位の家の子だと察して慌てて頭を下げた。
「こちらは久我竜胆様です」
「久我竜胆よ。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
竜胆以外にも下級生がゾロゾロ居たので紹介していく。その紹介を見ながら竜胆は考えを巡らせた。放課後は咲耶による勉強会が行われていることは前から知っていた。当然咲耶の同級生メンバーは全員集まっているものだと思っていた。それなのに同級生メンバーである吉田花梨がこんな場所を他の生徒と一緒に歩いている。
普通に考えて同級生メンバー達が咲耶から離れてそんなことをしているはずがない。もしそんなことをしているとすればそれは咲耶による指示がある場合くらいだろう。でなければわざわざ咲耶と離れて他の生徒とこんなところを歩いているはずがない。ならばこの『藤原向日葵』という少女は咲耶にとって何か重要な生徒のはずだ。
吉田花梨に指示を出してわざわざ別行動をさせてまで一緒に行動させている。それだけこの藤原向日葵は咲耶お姉様にとって重要な人物である。ならばそれをフォローするのが咲耶お姉様の一番の妹である自分のすべきことだ。
「藤原向日葵先輩は……、九条咲耶お姉様のことをどう思われているのかしら?」
「……え?」
自己紹介が終わった頃、竜胆は向日葵にそう問いかけた。その答え如何では竜胆の対応にも違いが出るだろう。果たして向日葵は何と答えるのか。そう思いながら答えを待った。
「そうですね……。九条様はもちろん素敵な方です。でもそれだけじゃなくて……、私のような者にまで気を配ってくださって優しくしてくださる。女性としてもリーダーとしても素敵な方で……、何て言っていいのかわかりませんけど……、凄い方だと思います。でも……」
「でも?」
「実は少しお茶目で、周囲の人は九条様は何でも出来ると思われているかもしれませんけど、悩んだり、苦しんだり、普通の歳相応の女の子で、でもそういうところを見せずに頑張ってる健気な女の子だと思います」
「「「…………」」」
咲耶をただ褒めたり妬んだりする者は数多い。特にファン層に話を聞けば大絶賛や褒め言葉ばかり口にするだろう。そんなつまらない答えだったら竜胆は向日葵に最低限の接し方しかする気にはなれなかったに違いない。しかし向日葵の答えは違った。
「ふぅん……。ちゃんと見えてるじゃない。気に入ったわ!これから貴女……、藤原向日葵は私、久我竜胆と友達よ。何か困ったことがあったらいつでも私に言ってちょうだい。それからいつでも私の名前を出してくれてかまわないわ」
「え?えっと……?ありがとうございます?」
貴族社会のことがよくわかっていない向日葵はどういうことかよくわからず曖昧に頷いた。しかしこれは大変なことだ。久我竜胆が向日葵を友と呼び、いつでも自分の名前を出せと言った。それは久我家より格下の家にとっては竜胆が向日葵は久我家の者だと言ったも同然なのだ。
向日葵は五北会メンバー専用の制服を着ている。藤原向日葵がどんな人物で、どういう理由で咲耶が向日葵に五北会専用制服を与え、吉田花梨を傍につかせているのかはわからない。ただ今の言葉だけでも竜胆は向日葵を気に入り、全力でバックアップしてあげようと思った。
「それじゃ私達はもう行くわね」
「はっ、はいっ!」
「御機嫌よう」
花梨に咲耶達が集まっている場所を確認した竜胆達は二人と別れてその教室へと向かった。残された花梨と向日葵はポカンとしながら去っていく竜胆達を見送る。
「何か……、凄かったね」
「そうですね……」
向日葵の言葉に花梨は曖昧に頷いた。突然の嵐のようなものに巻き込まれて、向日葵も花梨も考えが纏まらないうちに嵐は過ぎ去った。
「帰りましょうか……」
「うん」
暫く竜胆達の後姿を見送っていた花梨と向日葵はまだ呆然としたまま帰り始めたのだった。
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「ここね。御機嫌よう!」
「まぁ!竜胆ちゃん。それに他の子達も……」
花梨に聞いた教室にやってきた竜胆は臆することなく扉を開けて声をかけた。中にいたメンバー達は驚いた顔で扉の方を見たが、やってきたのが竜胆達だと気付くとすぐに表情が崩れた。
「咲耶お姉ちゃん!きたよ!」
「九条様御機嫌よう」
「咲耶様御機嫌よう」
「咲耶お姉ちゃん!」
「まぁまぁ!皆さんお揃いで……」
ワラワラと集まってきた秋桐達に咲耶は相好を崩して優しく迎えていた。ああやって素直に咲耶に甘えられるメンバー達のことをうらやましく思いながらも竜胆は立場相応の振る舞いを心がける。
「御機嫌よう咲耶お姉様」
「いらっしゃい竜胆ちゃん。でも急にどうしたの?」
下級生達の突然の訪問に咲耶だけではなく勉強会メンバー全員が驚いていた。しかし『どうした』と聞かれても答えられるような理由はない。あえて言葉にするならば竜胆が言った通り『何となく自分達の影が薄かったから』ということになる。だがそんな理由を馬鹿正直に言うはずもない。
「用がなければ訪ねてはいけなかったですか?」
「もちろんそんなことはないけれど……、急に全員揃って来てくれたから何かあったのかと考えてしまったわ」
竜胆は自分の嫌な物言いに自分で腹が立った。もっと秋桐達のように素直に咲耶お姉様に甘えたい。しかし竜胆の立場上それは許されない。咲耶お姉様に後継者として期待されている以上はそれに相応しい振る舞いをしなければならないのだ。
「学年の違う海桐花と蕗や睡蓮ちゃんまで一緒だなんて……」
「お騒がせして申し訳ありません咲耶お嬢様」
「別に責めているわけじゃないのよ。それと今はプライベートな時間なのだからそんな口調は必要ないわ」
海桐花と蕗の態度に咲耶お姉様は苦笑いを浮かべていた。立場上行儀見習いということになって保護されているが、学園の、それもプライベートな時間まで行儀見習いに徹する必要はない。咲耶お姉様はいつもそう言われていると竜胆は思い返していた。
竜胆や秋桐達がやってきたことで勉強会は中断されてお茶会のようなものが始まった。もう一学期の期末試験も終わっているので勉強会の空気もどこか緩んでいた。そこへ下級生達が遊びに来ればこうなるのも当然と言える。
「(海桐花、蕗、報告はある?)」
「(はい。隊長……)」
向こうの方には行儀見習い達と萩原紫苑が集まって何やら話している。
「秋桐もうすぐ鈴蘭お姉ちゃんに追いつくよ!」
「……ん。まだまだ負けない」
「ぶははっ!むしろもう鈴蘭の方が負けてるんじゃない?」
「……ん!まだ負けてない!」
秋桐は鬼灯、鈴蘭と身長の話をしている。本当に誰とでもすぐに打ち解ける子だと竜胆はうらやましく思った。自分は性格がきつい方だとよく言われる。そのためか仲良くなれる者とは仲良くなれるが、馬の合わない者とはとことん合わない。咲耶グループの面々は皆竜胆のことも受け入れてくれているがこんなに受け入れられている方があり得ない事態だ。
「それで竜胆?今日は何の狙いがあって来たのよ?」
「狙いだなんて……。用や目的がなければ会いに来ることも駄目なんですか?」
薊の言葉に竜胆はヨヨヨと泣き真似をする。しかしそんなものは薊や皐月には通じない。
「そういうのはいいから……」
「はぁ……。まぁ別に本当にこれといった理由や目的があるわけじゃないんですよ」
実際何らかの明確な理由や目的があるわけではないのはその通りだった。ただ自分達の影が薄いからアピールするためにやってきたに過ぎない。そしてそんな突然の訪問にも咲耶は笑顔で優しく迎え入れてくれた。それだけで竜胆の目的は達成されたも同然だ。
「ふぅん……」
「学年が違うと色々と大変なこともあるんでしょう」
「さすがは西園寺様ですね」
色々と見抜いていそうな皐月の言葉に竜胆も肩を竦めて応えたのだった。




