第七百八十話「隠しキャラと出会う」
昨日は散々な目に遭った……。いや、おいしい思いもしたんだけどそれでも差し引きで考えれば精神的ダメージの方が大きかったかもしれない。
皆で集まって久しぶりにインナー品評会をすることになり、皆のインナーをじっくり見ることが出来たのは正直良かったと思う。でもそのお返しとばかりに俺まで散々インナーを見られてとても恥ずかしい思いをさせられた。
もちろん皆はただ本当にインナーの品評をしていただけだろう。俺の心が汚れているから変な風に考えてしまうのであって、グループの皆は単純に、純粋に、ただただ暑さ対策のためにインナーの研究をしていただけだ。それを俺はエッチな目線で見てしまっていたし、皆に見られることも意識し過ぎてしまっていた。
でもそれがわかっていてもあんな風にほぼ下着姿かと思うようなものをマジマジと見られたら誰だって恥ずかしいだろう。見られても大丈夫なようにインナーを着用しているはずなのに、そのインナーを見られることにすら羞恥を感じている。じゃあ今度はインナーを隠すためのさらなる重ね着を……、と無限に続いてしまいそうだ。
それはわかっている……。わかっているけど恥ずかしいものは恥ずかしい!
「はぁ……」
「咲耶様、昨日から何か悩まれておられますね」
「え?ええ……、悩みといいますか何といいますか……」
車に揺られて放課後の習い事へと向かっていると椛にそう言われてしまった。椛も俺が昨日のことで色々と悩むというか悶えていることに気付いているんだろう。そもそもインナー品評会をした昨日の夜はベッドで転げまわってキャーキャー言ってたしな……。
その時から椛はベッドの足元の方に待機して俺のことを心配そうに見てくれていたし、俺が何かに悩んだり、悶えたりしていたことはとっくにお見通しだった。だけど向こうからは何も言わずにじっと傍に控えて待ってくれていたんだ。
「体を動かされれば悩みなど吹き飛んでしまうものです」
「そう……、ですね……。ええ。そうですね!それでは頑張ってまいりますね!」
「はい。いってらっしゃいませ」
椛に励ましてもらった俺は気を持ち直して百地流の修行に励むことにしたのだった。
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昨日は椛が言った通り百地流の修行を頑張って体を動かしていたら、インナー品評会のことで悶えていたことなど吹き飛んでしまっていた。いつまでも気にしていても仕方がない。あれはただのインナー品評会だ。
「御機嫌よう、皐月ちゃん、芹ちゃん」
「咲耶ちゃん御機嫌よう」
「おはようございます咲耶ちゃん」
いつもの二人と挨拶を交わして席に着く。今日は昨日と違って品評会のことはあまり意識せずに過ごせそうだ。
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あっという間に一日が過ぎ去り、放課後に五北会サロンで話をしてから習い事に向かう。昨日、皐月ちゃんは薊ちゃんと一緒に買い物に行った。皐月ちゃんの送迎のこともあるので俺もそれは聞かされていたし、今日も二人はサロンでその話を少ししていた。
あまり俺に聞こえないように話していたから無理に聞こうとはしなかったけど、どうやら昨日の買い物で二人にも何かあったようだ。特に深刻そうでもなかったし相談もされていないので昨日の買い物の件についてはこちらから無理に聞き出すつもりはない。ただ今日は二人ともサロンに残ってまだ話していくと言っていた。
いくら俺が聞き耳を立てていないと言っても傍で話していればどうしても聞こえてしまう。二人が残ったのは昨日の買い物の件で俺の居ない間に話したいことがあるからじゃないだろうか。高等科に入ってからいつもは俺が帰る時に一緒に帰るようになっていたのに、今日は二人が残ったのはそういうことだと思う。
俺を除け者にして薊ちゃんと皐月ちゃんだけで内緒話をしていると思うと少し寂しくも思うけど、女の子達には色々と人には言えない秘密というものがある。それがわかっている俺は二人から無理に聞き出そうとも思わないし、除け者にされたなどと拗ねたりもしない。これが大人の余裕というやつだ。
「……おや?あれは……、――ッ!」
今日は薊ちゃんと皐月ちゃんが残ったので俺一人でロータリーへとやってきた。迎えの車に乗り込もうかと思ったその時、校門の方でいかにも不良という頭の男に絡まれている花梨とその連れらしき少女の姿が目に入った。俺は急いで校門へと駆け出した。
「我が校の生徒に何か御用でしょうか?」
「「九条様っ!」」
校門を飛び出して不良男子と花梨の間に体を滑り込ませる。花梨の連れはいつかの三つ編みお下げ瓶底メガネ少女だった。何かこの少女は最近良く見るような気がする。まぁ一度知った相手だから目に入ったり覚えたりしているだけで、実際のところは他の生徒達とこの瓶底メガネ少女で出会う頻度に差はないかもしれないけど……。
それはともかく不良に絡まれている花梨達を背中に庇いながら不良の方を向いて……。
「――ッ!?」
その相手を見た瞬間俺の体はビクリと震えた。こいつは……。
「あっ……、いや……、俺は……」
プリン頭の不良男子が何か少し慌てたように言葉に詰まっていた。こいつはそんな性格じゃないはずだ。何しろ俺はこいつを『知っている』……。
このプリン頭の不良は鬼庭欅という。ゲーム『恋に咲く花』に出てくる敵役の一人であり、伊吹ルートではかなりイベントに関わってくる。主人公・藤原向日葵が不良達に絡まれて伊吹が助けるイベントは伊吹ルートの中でも人気のイベントだ。
この欅は不良学校、瓜生高校の番長、リーダーであり、向日葵と絡んだことがきっかけで藤花学園まで手下を連れて乗り込んでくるイベントまである。伊吹ルートでは本当に悪という感じでまさに敵役としてプレイヤー達からも忌み嫌われていた。
でも実はこの鬼庭欅はそれだけじゃない。なんと伊吹ルートをクリアしたら解放される隠しキャラの一人であり、その名も通称『不良王子』と呼ばれている。まぁ敵役として嫌われている面もあるのでアンチからは『貧乏王子』なんて言われてたりもするけど……。
不良や貧乏と言われている通り欅は貴族でもないし藤花学園の生徒でもない。実際家は貧しく、家庭環境の問題もあって不良になった面も否めない。
欅ルートで明かされる過去として欅は幼少の頃は普通のリーダーシップを持った子供だった。正義感だってあり悪や不良とはむしろ対極のような性格として語られている。でも過去の出来事がきっかけで欅は悪の道に染まることになる。
幼少の頃からリーダーシップがあり、体格にも恵まれ、正義感の強かった欅は同級生達にリーダーとして担がれていた。ただそれを快く思わない年上達に目をつけられ、同級生達を人質に取られるような形で何度となく喧嘩で殴られる日々が続く。
大人達はしょっちゅう喧嘩をしたかのような怪我をしている欅を『やんちゃで悪い子供』と決め付け、欅の話も碌に聞かずにいつも叱り飛ばす。最初のうちは誤解を解こうとしたり、上級生達の悪事を大人に伝えようとしていた。でも結局どうやっても伝わらず、それどころか欅が悪いと言われ続けているうちについに欅は大人達を拒絶するようになる。
どうせ何を言っても聞いてももらえない。少し聞いてもらえたかと思えば『言い訳するな』『お前が悪い』と言われ、欅は『それならば本当に大人達の言うような者になってやる』と不良の道をひた走る。
不良として勉強も碌にしていないので進学出来る学校も似たような者達が集まる学校しか受からず、欅は不良校として有名な瓜生高校に入学する。入学後はすぐに頭角を現し、一年のうちにあっという間に瓜生高校を掌握。我が物顔で町を闊歩している間に向日葵達とひと悶着起こり、藤花学園まで追いかけてきた所で伊吹達にやられて撃退されてしまう。
伊吹ルートではその後も執拗に向日葵を狙い、伊吹に何度となく撃退されていく。でも伊吹ルートクリア後に欅ルートに入ると話は少し変わってくる。
庶民育ちのヒロイン向日葵を追っているうちに向日葵の優しさや強さに触れて、自分の話を聞いてもらえなかったからと拗ねてひねくれた自分を見つめ直すことになる。やがて二人はお互いに惹かれ合い、しかしこれまで悪行の限りを尽くしてきた欅はそう簡単には堅気には戻れず……。
欅に復讐しようとする他の不良達に向日葵が攫われてそれを欅が助け出すことで二人の仲は恋人へと発展していく。
欅ルートではかなり性格も変わるし、不良になった経緯やそこから立ち直る姿などもあってそこそこ評判は良かったはずだ。それに攫われたヒロインを助けるために身を挺して守り取り返す所なんて男が見ても格好良いと思えるものだった。
ただやっぱり通常ルートの不良具合からどうしてもアンチも存在し、大半は『不良王子』と呼んでいる中でとことんアンチ派の者達は『貧乏王子』なんて呼んで蔑んでいた。とまぁそれが欅の大まかな話なんだけど……、どうしてこいつがもうここにいるんだよ!?おかしいだろう!?
欅のイベントは向日葵が町で瓜生高校の生徒達に絡まれてからようやく始まるはずだ。こんな時期ではなかったし、藤花学園まで乗り込んでくるのはもっと先だった。
大体仮に向日葵が欅に絡まれていたとしてもそれに対応するのは伊吹のはずだろう?伊吹はどこに行った?向日葵はどこだ?何故欅だけがここに居て花梨と瓶底メガネ少女が絡まれてるんだ?
この世界はゲームとは随分変わってしまっていると思う。でもこれはないだろう……。俺は欅とは絶対に出会わないと思っていた。ほとんど学園と習い事と自宅の間しか移動しない俺達藤花学園生は普通にしていたら滅多に他校の生徒と接触することはない。
向日葵は色々とアレだから瓜生高校に絡まれることになったけど、咲耶お嬢様は乗り込んできた欅達に自分から絡まない限りは接点すらない……、はずだった。
それなのにこれは一体どうしたことだ……。どうしてこうなった?
他の攻略対象達となら出会う可能性もあるだろうとは思っていた。同じ学園に居ればどこかで顔を合わせるだろう。ただ顔を合わせても知り合わなければ良い。お互いに顔は知っていても会話もしなければ接点も生まれない。そう思っていたのにまさか一番接点がないだろうと思っていた欅と一番最初に接触してしまうとは……。
「お二人とも……、今日は我が家の車でお送りいたしましょう。さぁ、こちらへ」
とにかくこの場からどうにかして逃げ出そう。そう思った俺は二人を連れてロータリーへと戻ろうとした。その瞬間……。
「ちょっと待ってく……」
「――ッ!」
「ゲハッ!」
「あ……」
欅が急に後ろから手を伸ばしてきたものだからつい咄嗟に投げ飛ばしてしまった。受身も取れないように背中から叩き付けたから呼吸が止まってしまっている。いや……、白目を剥いている。どうやら失神させてしまったようだ。
「「「…………」」」
気を失っている欅を三人で見下ろしてからお互いに顔を見合わせる。そして出した答えは……。
「さっ、さぁ……、今のうちに車に乗り込んでしまいましょう!」
「……え?」
「このままで大丈夫なんでしょうか?」
瓶底メガネ少女と花梨が心配そうに欅を見ている。絡まれていたというのにその相手を心配するなんて何て良い子達なんだろう。でもこいつに関わるのは避けたい。さっさと立ち去ってしまいたい。
「九条家の者に見ておいてもらうので大丈夫です。さぁ、お二人は今のうちに……」
「あっ……」
黒服に後のことを任せる。治療費とか慰謝料とか示談金とかその手のことは全て黒服がしてくれる。俺は欅が意識を取り戻して顔を覚えられる前にさっさとこの場から離れたい。その一心で花梨と瓶底メガネ少女を急かしてうちの車に乗せた。
「早く出してください」
「はっ」
俺達が乗り込むとすぐに車を出す。校門を出る時に見たけど欅はまだ気絶していたようだ。黒服に担がれて隅に寄せられていた。あとは黒服達がうまくやってくれるだろう。
「ごめんなさいお二人とも。車では花寮まで遠回りになってしまいますね」
「いえ。送っていただけるだけでも十分です」
「凄い車ですね……」
学園から寮までは歩道橋や遊歩道を通ればすぐに着く。むしろ車で行こうと思ったら遠回りになってしまう。この距離なら歩いた方が早い。それでも花梨は送ってもらうだけでもありがたいと言ってくれた。そして瓶底メガネ少女は車内をあちこち見ながらそんなことを口にした。
「それほど珍しいものでもありませんが……、興味がおありでしたらじっくり見ていってください。わからないことがあればお答えいたしますよ」
「あっ……。いえ!その……、こんな凄い車に乗るのは初めてで……、すみません……」
瓶底メガネ少女はそう言って頭を下げた。俺だって前世の時はリムジンなんて乗ったこともなかったし気持ちはわかる。だからそんなに畏まらなくても良いんだけどな?




