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第七百七十四話「食堂での騒動」


 五月に入って九条家のパーティーも無事に終わり、高等科に入学してから一ヶ月以上が経過している。最初は少し浮ついていた新入生達もかなり落ち着いてきたと思う。


「咲耶様!モーニングティーにしましょう!」


「ええ。そうですね……」


 グループの皆が集まってきてモーニングティーに誘われる。これも毎日のことなので今更驚きもない。今日もいつも通りの毎日が繰り返されるだけだ。


「今日は天気が良いですしテラスにでも出ましょうか?」


「良いですね!」


「梅雨に入って天気が悪くなる前にたくさん表に出ておきましょうよ」


 皆はすぐに盛り上がって行き先を決めたらしい。確かにまだ少し気が早いけどこれから先、梅雨に入ったら天気が悪くて外やテラスに出にくい日が増えてくるだろう。今のうちに外を満喫しておくのは良い考えだ。


 普段は食堂やカフェは外部生や下位貴族達がよく使っている。そんな所へ用もなく上位貴族が出入りしては外部生達や下位貴族達が落ち着かないだろう。食事の時はあくまで『食事』だけどモーニングティーはあくまで『社交』が目的だからな……。


 学園としてはただ休憩時間におやつのサービスをしているわけではなく、モーニングティーを通して貴族達に社交を学ばせている。そのついでと言ったら少し失礼かもしれないけど、一般外部生達なんかにもそういった社交やマナーを学ばせる機会としているんだ。


 そんな社交の場へ上位貴族がやって来たならば下位の者達は相応に気を使わなければならない。ただ食事のために食堂に来たのならば各テーブルで分かれて食事をすれば良いだけだけど、社交の場に格上が来たら挨拶したり会話したり色々としなければならないからな……。


 梅雨などで外やテラスの席が使えなくなって仕方なく屋内の食堂やカフェに来るのならともかく、そういった事情や何らかの用もないのに上位貴族達が食堂やカフェに顔を出すと周囲に余計な気を使わせてしまう。皆が言うように折角天気も良いんだし今のうちにテラスを満喫するのも悪くない。


「咲耶様、どうぞ」


「ありがとう薊ちゃん」


 薊ちゃんがまるで家人や行儀見習いのように椅子を引いてくれる。今日はたまたま薊ちゃんだったけど別に毎回必ず薊ちゃんがしてくれるというわけじゃない。グループの皆が交代でしてくれている。無理にそんなことをしてもらわなくても良いんだけど、何故か皆は何度遠慮してもやめる気配はない。


「暖かいですね」


「そうですねぇ~」


 皆で春の日差しを浴びながらまったりとお茶を楽しむ。こういう一時はとても良いものだ。


「お前みたいな奴が咲耶に近づくなって言ってるんだ!」


「あんたにそんなこと言われる筋合いはないのよ!」


「あ~……」


「「「…………」」」


 向こうの方から争っている声が聞こえてきた。声で誰かわかる。伊吹と紫苑の怒鳴り声だ。今年はあの二人が同じクラスだからまた揉め事が起こるんじゃないかとは思っていたけど、まさに今その揉め事が起こっているのがわかる。


「何だと!俺様は近衛伊吹だぞ!お前は近衛門流だろうが!」


「長だというなら長らしく派閥・門流に利益を提供してみなさいよ!不利益しか齎さない癖に私生活までとやかく言われる筋合いはないのよ!」


 何を言い争っているのかはわからないけど伊吹と紫苑が言い争っていることだけはわかる。出来れば関わりたくないけどそういうわけにもいかないよな……。


「はぁ……。仕方がありませんね……」


「咲耶ちゃん、介入されるんですか?」


 俺が仕方がないと腹を決めて立ち上がると皐月ちゃんがこちらを見上げていた。目を瞑って頷いてからゆっくり答える。


「出来れば関わりたくありませんが……、紫苑はお友達ですからね。このまま放っておくわけにもいかないでしょう」


「そうですね」


「それじゃ行きましょう咲耶様!」


「うんうん」


「いこーいこー!」


 皆はゆっくり座ってモーニングティーを堪能していても良いはずだ。だけど何も言わずに皆も頷いて立ち上がってくれた。皆の気持ちに感謝しつつ俺達はテラスから声のする方へと向かって動き始めたのだった。




  ~~~~~~~




 俺達は声のする方へと移動を開始したんだけど声の方も動いている。どうやら声や会話からして紫苑はその場を離れようとしているのに伊吹が追いかけているようだ。声にかなり追いついてきたと思ったら紫苑が食堂に入っていくのが見えた。


「ちょっと!何してるのよ!」


「おい!待て!萩原紫苑!俺様の話はまだ終わってないぞ!……あん?」


 どうやら紫苑は食堂で何かを見つけたらしい。それで伊吹を放って食堂に入って行ったようだ。伊吹も紫苑を追いかけて食堂へと入っていく。俺達も少し足を速めながら食堂へと急ぐ。


「近衛様、お助けください!萩原紫苑様とその一味がまた傍若無人の限りを尽くしているんです!」


「はぁ……。またお前達か……。いい加減にしろよ?前に謝った癖にまたやってるのか?その制服を着てるからって何をしても良いってわけじゃないんだぞ!その制服を着ている者が問題を起こせば五北会全体の問題になるんだよ!その自覚もない奴が与えられた権力を振るって調子に乗ってるんじゃねぇ!」


「あっ!」


 音だけは聞こえているけど何が起こっているのかは見えない。急いで食堂の中の様子が見える場所までやってきた時、伊吹が瓶底メガネの少女を突き飛ばしている所が見えた。少女はガタガタと周囲にあった椅子やテーブルにぶつかって押し退けながら倒れた。


 椅子やテーブルにぶつかって押し退けながら倒れたから盛大に転んで頭を打ったりはしていない。でもあちこち打ち身くらいにはなっただろう。今回はたまたま大丈夫だったけどあんな転び方をすれば大怪我に繋がる可能性もある。


「これは何の騒ぎですか」


「くっ……、九条様……」


「「「…………」」」


 俺達が食堂へと踏み込むと瓶底メガネの少女は俺の名前を口にしていた。それ以外の生徒達は皆視線を逸らせて気まずそうな顔をしている。


「大丈夫ですか?」


「あっ……、はい……」


 倒れた瓶底メガネ少女の前まで移動してから手を差し出す。遠慮気味に手を伸ばしてきた少女の手を取ると引っ張り起こす。見たところ大きな怪我はないようだ。多少の打ち身や捻挫くらいはあるかもしれないけど目に見える大怪我はしていない。怪我を確認して少しほっとしてから伊吹の方へと向き直る。


「これは何の騒ぎかとお聞きしたはずですが?近衛様?」


 それまでずっとただ突っ立ったまま固まっていた伊吹は俺にそう言われると口をへの字に曲げて不服、不満があるという表情と口調で答える。


「それはその女が五北会の権力を勝手に乱用して好き勝手していたから……」


「ほう?それではこの方が一体どんな権力を乱用し何を行っていたというのですか?」


「それは……」


 伊吹の言葉に俺が再度問い詰めると再び視線を逸らせてごにょごにょと口篭っている。そしてついにキレた。


「そもそも咲耶がこんなどこの馬の骨とも知れない女に五北会専用の制服を与えたのが悪いんだろ!俺様のせいじゃない!知るか!」


 逆ギレした伊吹はドカドカと周囲の椅子やテーブルを押し退けながら食堂から出て行った。紫苑の方を見ると半笑いで肩を竦めていた。でも笑っている場合じゃない。


「大丈夫でしたか?」


「はい。九条様のお陰で助かりました」


 瓶底メガネ少女にもう一度確認する。怪我の直後や立ち上がってすぐには平気だと思っていても、興奮状態が解けたら痛みが出てくる場合もある。頭を打つとか内臓を損傷するような転び方ではなかったと思うけど用心するに越したことはない。


 別に見た目や上辺の性格で全てを判断するつもりはない。だけどこんな大人しい少女が権力を笠に着て好き勝手するなんてことはあり得ないだろう。そもそも本当にそんなことがあったのなら証拠でも出せば良い。伊吹の場合は何の確認もなく勝手な決めつけでこの少女を断罪していたようにしか思えない。そして伊吹の方から手を出すなんてことは言語道断だ。


 俺だって別に男が女に手を出してはならないとか言うつもりはない。男だって妻や彼女に暴力を振るわれている者もいる。そこに男だから駄目、女だから良いというものはない。相手から襲い掛かってきたのなら身を守るために抵抗するのは当然だろう。昨今の風潮では男が女を殴るのは駄目だけど、女に殴られても男だから耐えなければならないなんてのは逆差別でしかないと思う。


 ただ伊吹の場合は立場が立場だ。相手から襲い掛かってきたのなら抵抗したり身を守るのは当然だけど、伊吹の身分と立場で自分の方から先に手を出すのは許されない。五北家筆頭である近衛伊吹に殴られたって殴り返せる者はいない。だからこそ伊吹や俺達は自分達から手を出してはならないはずだ。


 それをあろうことか襲われたわけでもないのに無抵抗な女の子に手を上げるなんて……、伊吹がここまで最低な奴だとは思わなかった。何だかんだ言っても上位貴族としての最低限の振る舞いくらいは弁えていると思っていたのに……。


「この騒ぎの原因は一体何事ですか?」


「「「…………」」」


 俺の問いに食堂内の生徒達は誰も答えない。苛立ちが募る。伊吹の振る舞い。食堂にいる生徒達の態度。何もかも気に入らない。


「誰も答えられませんか……。では私が当ててあげましょう。内部生と外部生の確執。そして内部生におもねっていると思われる外部生へのイジメでしょう?」


 こんなものは言われなくてもわかっている。五組に渦巻く内部生への僻みや妬み、そしてその内部生とうまくやっている外部生への妬み……。個人同士の時はそれほどではなくとも、それが集団心理となった時に爆発する。


「確かに藤花学園には内部生と外部生という大きな確執があるでしょう。ですがただそれを妬み、うまくやっている生徒を貶めることが良いことですか?それで何が得られ、何が変わるのでしょうか?皆さんはそれで満足なのですか?」


「「「…………」」」


 俺は本来こんなことを人前で言いたいタイプじゃない。一人でひっそり静かに隅の方に居たいタイプだ。だけど止まらない。


「貴族と一般人に限らずこのようなことはいくらでもあるでしょう。お金持ちと貧乏人。勉強の出来る人と出来ない人。皆さんもこれまでこの藤花学園に入学する前からそのような壁や格差に直面してきたはずです。この学園だけが特別なのですか?違うでしょう?そしてこれからの社会でも同じ壁や格差に幾度となく直面するはずです。それをただ妬み、貶め、集団で一人を追い詰めて悦に入るのが皆さんのやりたいことですか?」


 俺も自分で言っていて何を偉そうに語っているのかと思う。俺のような半端者が人に偉そうにお説教出来る立場じゃない。そしてこんなことを言えばますます反発する人も出てくるだろう。でも言わずにはいられないんだ。


「私はこの学園で皆さんと笑って楽しく過ごして卒業したいのです!それを願い行動している人、志を同じくして協力し内部生と外部生の垣根を越えて親しくしている人達を攻撃したり非難したりすることはやめてください!そして出来ることならば皆さんもそういう学園生活を目指して欲しいのです……」


「「「…………」」」


 食堂に居た生徒達は視線を逸らせて表情を曇らせているだけで誰も何も反応しない。所詮俺のような半端者の言葉は誰にも届かないんだろう……。


「この方が着用している五北会専用制服は私が贈ったものです。そのことに異議や不満がある方は私に直接言いに来てください。今後他にもそのような方が増えるかもしれません。その全てのケースにおいて五北会専用制服を着ている方ではなくこの私に直接言ってください!」


「「「…………」」」


 食堂は静まり返っている。明らかに空気が悪い。そして空気を悪くしたのは俺だ……。


「突然失礼いたしました。お騒がせして申し訳ありません。それでは御機嫌よう」


 食堂中に詫びて頭を下げてから出て行く。グループの皆は黙ってついてきてくれているようだ。振り返って確認はしていないけど多分紫苑も一緒かな?


「咲耶ちゃん格好良かったですよ」


「うんうん!素敵でした!」


「これで皆もちょっとは考えてくれるでしょ」


 グループの皆はそう言って励ましてくれている。でもそう簡単なことじゃない。むしろ余計に反発されて咲耶お嬢様のように俺の破滅が近づいてしまったかもしれない。でもどうしても言わずにはいられなかった。


 別にあの瓶底メガネ少女のためだけじゃない。俺はただ自分の大切な人達と平穏な学園生活を送りたいだけだ。それなのにこんな気分の悪いことが学園で起こっているのに知らん顔をしていたら俺達まで楽しく過ごすことが出来ない。


 ただあんな風に周囲に偉そうにして啖呵を切っていたら……、俺もやがて咲耶お嬢様のように周囲から孤立して破滅させられてしまうかもしれない。皆と楽しく過ごしたいと言いながらそれを壊しているのは俺自身なんだろうか……。



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― 新着の感想 ―
[一言] ヒュー!咲耶様おとこまえー!
[気になる点] 彼の中で自分と咲耶様とはステディな仲なんでしょうないやはや。 [一言] 更新ありがとうございます!
[一言] 一条のプロパガンダが貴族の横暴を煽ってそこに伊吹が燃料投下してるからそのうち近衛と一条で勝手に潰し合ってくれるのでは
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