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第七十五話「いざ出陣」


 結局伊吹に錦織のことを聞くこともなく数日が経過している。余計なことを聞いて面倒事に巻き込まれても嫌だし、絡まれて俺がイライラする以外は実害はないしなぁ……。


 それに錦織は俺に絡んできて鬱陶しいのは確かだけどそれ以外はいたって真面目だ。体育の練習の時も真面目に走っているし、俺と錦織はリレー用にバトンパスの練習をしているけどその時もきちんとしている。俺を敵視しているからっていい加減にしたり手を抜いたりはしていない。


 そういった傾向から錦織の考えが何となくわかってきた。所詮小学校一年生だからそんな難しい理由とかじゃないようだ。


 恐らく錦織はリレーでどうしても勝ちたいのだと思われる。何故勝ちたいのかという部分は俺にはわからないけど、元々俺に絡んできたのは咲耶お嬢様が鈍臭くてリレーに負けそうだ、足を引っ張りそうだ、というのが理由だったと思う。


 そして走順へのこだわり……。自分の方が速いという思いがあったから……、ではないと思う。俺の想像では……。まぁそれはいいか。それに関しては確証は何もない。ただの想像でしかないし、それがあっていようとも間違っていようとも大きな意味はない。


 ただ一つ言えることは錦織はここ最近でもかなりタイムが伸びてきているということだけだ。フォームも良くなりタイムが劇的に伸びている。元々走りには自信があったのかもしれないけどそれはただの我流だった。それを誰かトレーナーに教えてもらうようになったのか、この短期間で随分フォームが良くなっている。


 すでに世界最高の走りをしている人物がちょっとトレーニングしたりフォームを習ったって大きな変化は見込めない。それに比べてトレーニングしたこともなくフォームも知らなかった者に、ちょっとフォームを教えればかなり改善される可能性はある。


 恐らく錦織は家でトレーナーをつけてトレーニングに励んでいるんだろう。でなければ短期間でここまで伸びることはあり得ない。


 まぁ……、残念ながらそれでも俺には勝てそうにないけど……。


 確かに劇的に伸びてはいるけど、ちょっとトレーニングしたくらいで抜けるほど俺も甘くはない。俺はずっとあのクレイジーニンジャに鍛えられているんだ。そんなつい最近トレーニングを始めたような相手に負けたら笑えない。


 そんなに後で走りたいなら順番くらい代わってあげるんだけど……、本人が俺に勝った上で順番をもぎ取ると言って憚らないからどうしようもない……。手加減して負けてあげるのも違うと思うし、かといってこのままじゃ錦織は期間までに俺に勝つのは無理だろう。やっぱりどちらにしろ面倒臭い……。




  ~~~~~~~




 放課後にサロンに来ると茅さんが何やらどんよりしていた。元々ここ最近ちょっと様子がおかしかったけど今日はいつにも増してという感じだ。


「茅さん、何かあったのですか?」


「ええ……、まぁ……」


 どうにも歯切れが悪い。いつもの茅さんなら結構言いたいことはズケズケ言うと思うんだけど、今日はただどんよりしているだけで大人しい。茅さんがこうなるなんて一体どんなことが……。


「正親町三条さんは運動会実行委員が大変だから疲れてるんだよ」


「広幡様……」


 今日は珍しく俺達がいつも陣取る奥の席に水木がやってきた。そして説明してくれたことで何となく察した。つまりはそういうことだ。


 それにしてもまさか本当に運動会実行委員を交代してたのか……。確かにそういう役をすれば準備だの会議だのと苦労と手間が増える。普段そういうことをしない人にとっては大変かもしれない。


「最初正親町三条さんが実行委員を代わるなんて聞いた時は驚いたけど、ちゃんと真面目にやってるのを見てもっと驚いたよ」


 おい水木……、『はははっ』って笑ってるけどそれは笑っちゃいけない所だと思うぞ。本人が真面目にやっているのならそれは笑ってはいけない。


「広幡様、真面目にしている人を笑うなんて失礼です。茅さんに謝ってください」


 俺が水木の方を真っ直ぐ見ながらそう言ったら水木はちょっと意外そうな顔をしてから、真面目な顔になって茅さんに向き直った。


「ごめん正親町三条さん。俺が軽率だった。真面目に働いている君を笑うつもりはなかったんだ」


「いえ、どうでも良いことです。謝罪するつもりがあるのならさっさと向こうへ行ってください。折角の私と咲耶ちゃんの二人っきりの時間を邪魔しないでください」


 茅さんの言葉に俺と水木は微妙な表情で固まる。何ていうか……、何だろう……。もうこの人は駄目かもしれない。そもそも別に二人っきりの時間でもないし……。


「そっ、それじゃ邪魔しちゃ悪いし俺は向こうへ行くよ」


 めげない水木はそう言うと向こうへと去って行った。一体何だったんだろう……。


「それよりもお姉さんは咲耶ちゃんがあんなことを言ってくれてうれしかったわ!ありがとう咲耶ちゃん!咲耶ちゃん大好き!ね?お礼をしたいから今日は家に寄っていって?」


「あ~……、いや~……、母に無断で出歩くことは禁止されていますので……」


 母に外出禁止を言い渡されているのは本当だけど、これは何かを断る時に威力を発揮する伝家の宝刀となっている。…………まさか、母はこうなることを見越して?


 俺があちこちから誘われても断れるように母が自分が悪者になってでも俺に断る理由を作ってくれている?


 考えすぎか?でも間違いなくこれは強力な一手だ。俺は周りに無理に迫られたら中々断れない性格だと思う。そんな時に母に禁止されているから、となれば俺も踏ん張って断るし、相手だって親に禁止されているなら、と折れてくれやすくなる。もしかしたら母はそこまで考えて……。


「それでは私が咲耶ちゃんのお家に行きましょう。その場でお義母様を説得すれば良いですよね」


「いや!その!今日は習い事がありますので!」


 茅さんが来るとまた母と一触即発になってしまう。薊ちゃんは母に気に入られたようだけど茅さんはむしろかなり警戒されている。茅さんのことは嫌いじゃないけど母と揉められたらまた面倒なことになってしまう。


「それならいつなら空いているのかしら?明日?明後日?」


「いや~……、その~……」


 俺に空いている日なんてない。毎日習い事がびっしりだ。何とか茅さんを宥めながらその日も凌いだのだった。




  ~~~~~~~




「師匠……、今度のパーティーに向けて指導してくださるのではなかったですか?」


「そうだ。だから今させておるだろう?」


「これに何の意味があるのでしょうか?」


「黙って言われた通りにすれば良い」


 結局師匠は何も説明してくれない。いつものことだ。俺は今度の伊吹のパーティーに向けて特訓させられている。だけどその内容の意味がわからない。


 空気椅子をさせられているような中腰というか、腰を落とした姿勢をずっと維持させられ、目の前のテーブルの上に置いてある皿の中身を隣の皿に移し変える作業をさせられている。


 しかもこの皿の中身というのが塩粒のように小さなものだ。箸で摘んで横の皿に移せって言われるけどこんなもの掴めるか。それも一個ずつ摘めとか無理だろ。


 さらに言うとその塩粒のようなものも何種類か違うものが混ざっている。それを選り分けなければならない。何が混ざっているのかは想像したくない……。


「ふむ……。一先ずそれくらいでよかろう。では選り分けたうちの大丈夫だと思うものにこれをつけて食すがいい」


「あの……」


 俺が選り分けた皿の粒を出されたてんぷらにつけて食えということらしい。これってやっぱりいつものアレなんじゃ……?


「どうした?早く食え」


「……はい」


 恐る恐る塩っぽいものにつける。他の皿に選り分けたのは色や形や大きさが塩と違うように感じたものだ。だから残りのこれは塩に違いない……。一口齧って……。


「ぶふぅっ!」


 口に含んだ瞬間噴き出した俺は空気椅子も崩れてひっくり返った。口が痛い!床の上をのた打ち回る。


「愚か者め。塩と毒の見分けもつかんとは……。実に嘆かわしい」


 やっぱり毒か!このクレイジーニンジャめ!そんなに毒が好きなら自分で食え!


「なんじゃその目は……。わしにも食ってみろといわんばかりじゃな?」


「……」


 のた打ち回りながら俺は答えない。確かにそう思ってるからな。でもこのクレイジーニンジャはそんなものどこ吹く風だ。


「わしならばそもそも毒などくらわんが……、ほれ、お望み通り食うてやろう。どうじゃ?」


「――ッ!?」


 俺は信じられないものを見た。このクレイジーニンジャは俺が食ったのと同じ皿の粒をてんぷらにつけて食ったのに何ともない。どういうことだ?俺はもう口に入れた瞬間に痛すぎて吐き出したのに……。今でも床でのた打ち回っているのに……。


「わしくらいになるとこの程度では何ともない。選り分けるのが無理ならばわしのように食ろうても平気になる修行にするか?」


「絶対にお断りします!」


 とんでもない。そんなことをさせられたらまた前みたいに毒ばっかり食わされるはめになるのは目に見えている。そもそも俺はパーティーで失敗しないように修行をつけてくれと言ったんであって、毒を食っても大丈夫なようにしてくれとは言ってないぞ。今回は……。


「師匠!私はパーティーで失敗しないようにマナーを教えて欲しいと頼んだはずです。これは今回のパーティーの特訓とは違うのではないでしょうか」


「もちろん作法も教えておる。お前は作法も出来るようになっておるぞ。ただどんな状況であろうと暗殺への対処を忘れぬように修行をつけておるのだ」


 作法も習った?いや、そりゃ確かにいつも色々習ってはいるけど……。


「どのような状況でも塩粒ですら掴み選り分ける。それが出来れば箸の使い方は及第点という所じゃろう」


「えっ!じゃああれはお箸の使い方の特訓だったのですか?」


 確かに不安定な空気椅子状態で、先のでかい箸で塩粒のような小さなものを掴み、見分け、選り分けるというのは大変な作業だった。最初は中々掴めなかったから箸の使い方も色々と工夫してみたけど……。


「困難な状況でも箸を使うために最適な方法を自ら模索し身につける。咲耶の箸使いは十分なものになったであろう」


 そうだったのか……。そういえば最近は家でも箸で色々なものを掴んだり出来るようになったし、零すこともなくなった。前までは箸の使い方が最適ではなかったから掴めなかったり、零したりしていたということか。


「だがまだ終わりではないぞ。今度のぱーてぃーまでに身につけるには箸の使い方はそれで良いとして、他にもまだまだ身につけなければならんことは山ほどある」


「はい!」


 そうだ。師匠の修行はやってる途中はへんてこだと思うけど、身に付いてみれば全て俺のためになっていることばかりだ。だったら俺は全力でそれに向かっていくしかない!




  ~~~~~~~




 九月も中旬を過ぎて下旬とも言える頃、今日は土曜日で藤花学園は休みであり、そして明日も日曜日だから休みとなっている。時間はたくさんあり、時間や都合を言い訳に逃れることは出来ない。


「咲耶……、大丈夫なのでしょうね?」


「…………はい」


 いや、まったく大丈夫とは思っていないけど母の手前、無理です、とは言えない。参加したくないといえば参加したくないんだけど俺だってもう前に覚悟を決めている。嫌だからと参加しないのは子供のわがままと同じだ。したくないからとしないで良い仕事なんてない。嫌でもきちんとしなければならないのが仕事だ。


 これは俺にとっての仕事と同じであり、もう決まっている以上は今更ゴネるのは子供のすることだ。そんなことは九条家のご令嬢として許されることではない。


「それではいってまいります」


「くれぐれも無茶をするのではありませんよ」


「はい!」


 母に見送られて車に乗り込む。今日は決戦の日、伊吹に呼ばれた近衛家のパーティーの日だ。


 前回のパーティーでは薊ちゃんのことでゴタゴタが起こってしまった。その次のパーティーは不参加だったから詳しくはわからない。今回のパーティーは俺にとってのリベンジマッチでもある。今度こそ失敗せず九条咲耶の名に恥じないように振る舞い成功させるんだ。


 まぁそうは言ってもそこまで緊張する必要はないだろう。ある程度リラックスしていこう。緊張しすぎたら余計失敗してしまう。


 今回はあくまで知り合いや友達ばかりで集まるパーティーだ。近衛家のパーティーとはいえ練習だと思ってリラックスして臨もう。



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― 新着の感想 ―
[一言] 爺さん本当に人間かよ
[一言] 爺さんが人外すぎる
[一言] 師匠との修行パートだけ世界観が違いすぎてほんとすき
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