第七百五十一話「ご褒美……大成功!」
春休みも終わりが近づいてきた頃、九条家の屋敷から少し離れた場所に大勢の少女達が集まっていた。
「ふっふっふっ……」
「前回は失敗してしまいましたが……」
「今回こそは……」
「咲耶ちゃんのお触り解禁だー!」
「いや……、お触りは解禁じゃないから……」
紫苑を除いたいつものメンバー達は先に外で集まって最後の打ち合わせを行っていた。前回のご褒美は自分達の思っていたのとは違う展開になってしまった。今回はそんなことがないように徹底的に研究して準備している。今回こそは咲耶と優しく触れ合い組んず解れつするのだと意気込んでいる。
「まぁ?狙ってやってるわけじゃなくても……」
「たまたま、偶然、そういうことになるかもしれませんけどね?」
「あ~っはっはっは~っ!」
少女達は今回こそはとお互いに頷き合い、悪い笑顔を浮かべて九条邸へと向かったのだった。
~~~~~~~
「御機嫌よう皆さん。ようこそお越しくださいました」
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
いつも通りに挨拶をしてから九条邸内へと案内される。しかしもちろんただサロンでお茶を飲むだけではない。サロンで普通にお茶を飲むだけだと思っている咲耶に今回もご褒美の趣旨を説明する。
「咲耶ちゃん、今回もただお茶を飲むだけではないのですよ」
「ぇ……」
いつもは綺麗で可愛い笑顔を浮かべている咲耶がその言葉を聞いて固まっていた。また変なことをさせられるのかという空気が出ている。しかし薊や皐月達はそれを安心させるように言葉巧みに咲耶を説得して乗せていった。
「前回も言いましたが喉も渇いていないのにお茶を飲んでももったいないでしょう?」
「だからちょっと喉が渇くように運動をしようってだけなんです!」
「そーそー!ちょっと運動するだけだよー!」
「はぁ……。えっと……、それは……、また……、あの服を着てでしょうか?」
咲耶は完全に及び腰になっている。前回のことで警戒されてしまっているのだ。しかしそんなことはメンバー達にもわかっていた。その上でこの話を咲耶に振っているのだ。
「前回はヨガというここにいるメンバーのほとんどがあまり良く知らないことをやろうとしたのが失敗だったのです」
「はぁ……?」
皐月の説明に咲耶は『絶対違う』という顔をしている。咲耶にとってはヨガをしたことがある、ない、とか詳しい、詳しくない、ということは大した問題ではないのだ。その時に着せられた服、つまり体操服にブルマーが問題だったのであってヨガ自体がどうこうという問題ではない。しかしメンバー達は言葉巧みに論点をズラしていく。
「よくわからないヨガをやろうとして、どうすれば良いのか、どのような格好が望ましいのかわからないまま始めてしまいました」
「その上結局わからないからとヨガをやめて咲耶ちゃんの指導で体操をするということになってしまって……」
「あれはまだ体操ではなく柔軟の段階でしたが?」
「「「あはは……」」」
それまでは困惑した表情だった咲耶だが体操のことになるとギラリと鋭く表情を変えた。咲耶にこの手の話をしてはいけないことは全員前回で学んだ。咲耶に運動や体操などで本気にさせてはいけない。それを身を以て思い知った。
「とっ、ともかく!今回はもっとちゃんとやることもやり方もふさわしい格好もわかっていることをするので咲耶ちゃんも心配無用です!」
「はぁ……?」
咲耶はまだ疑っているような顔をしていたが、グループ皆で今回は大丈夫だからとひたすら説得して更衣室へと連れ込むことに成功したのだった。
~~~~~~~
「やっぱりまたこのような衣装ではありませんか!?」
「そう言いながら着てくれる咲耶ちゃん……」
「『お約束』……というやつなのでは?」
「「「なるほど……」」」
皆に説得されて結局状況に流された咲耶は更衣室へと移動し、皆が用意していた衣装に着替えた。しかしそれがまたあまりに恥ずかしい格好だった。着替えた咲耶は皆に猛抗議を行う。
「このような恥ずかしい格好で……」
「何を言っているのですか咲耶ちゃん!これは正式なコスチュームですよ!」
「そうです!エアロビクスの正装です!」
「それは……」
皆の勢いに押されて咲耶は涙目になりながら股間と胸を手で隠すように体を捻った。今咲耶が着せられているのはハイレグレオタードにタイツだった。咲耶からすればとても恥ずかしい格好だ。しかし今日はこれからエアロビクスをするという約束になっている。エアロビクスの映像などを思い返してみれば皆こんな格好をしている。何もおかしくはない。
「咲耶ちゃんは他のエアロビクスをしている全ての人を恥ずかしい格好をしている者達だと嘲るおつもりですか!」
「いえ……、そのようなつもりは……」
「ですがそういうことですよね?今咲耶ちゃんがしている格好が標準的なコスチュームだというのにそれが恥ずかしいということは、他の全てのエアロビクスを愛する人々を恥ずかしい格好をしていると言っているのと同じことです」
「うぅ……」
微妙に論点がずらされているのだが咲耶は皆の勢いと、別に他の人を馬鹿にしたり恥ずかしい格好をしていると言うつもりはないという負い目で丸め込まれてしまった。咲耶自身がこの格好をするのが恥ずかしいということと、こういう格好をしている人全てが恥ずかしい格好をしていると言っているのでは意味が違うのだが、今の咲耶にそれを冷静に反論するだけの余裕はなかった。
「さぁ!それでは咲耶ちゃんもご納得いただけたようですし早速エアロビクスをしましょう!」
「「「おーっ!」」」
まだ咲耶は納得も了承もしていない。しかし逃がすつもりのないメンバー達は勢いに任せて咲耶を椛が用意している部屋へと連れて行ったのだった。
~~~~~~~
「皆さん格好が違うではないですか!」
移動した部屋で咲耶の叫びが木霊した。咲耶はハイレグレオタードにタイツという昔からよくあったような格好をさせられている。それに比べて他のメンバー達は普通にスパッツの上からショートパンツを穿いていた。レオタード姿にされているのは咲耶一人だけだ。
「ですが観てください。このインストラクターの格好を。咲耶ちゃんがしているような格好と同じでしょう?」
「それはっ!……そうですけど」
椛が用意したディスプレイに映し出されている映像ではインストラクターのお姉さん達が踊っていた。その格好は咲耶と同じハイレグレオタードにタイツ姿だ。それを見せられては咲耶も反論出来ない。
「それより、ほらっ!エアロビクスを始めましょう!」
「まずは柔軟ですね!」
「さぁさぁ咲耶ちゃん!」
「あっ!ちょっ!まっ!」
咲耶が何か言う暇を与えずに皆でさっさと柔軟体操に入る。咲耶も仕方なく渋々柔軟を始めた。
「すごーい!咲耶ちゃんやーらかーい!」
「本当に凄いですね……」
「え?そうですか?これくらいは普通だと思いますが……」
咲耶の足はぱっくり180°開いていた。足は開き、体はペタンと前についている。足を閉じても前にぺったりくっつき、横に曲げても後ろに曲げても、雑技団やサーカスや曲芸師のようにぐにゃんぐにゃに曲がっている。
「じゃああれはどうですか?I字バランス!」
「え~……、こうでしょうか?」
「「「おぉ~~~っ!」」」
立ち上がった咲耶は片足立ちになり、もう片方の足を真上に真っ直ぐ上げた。美しいほどの完璧なI字バランスだ。しかし皆が注目していたのはバランスではない。
「ふぉ~~~っ!これが咲耶ちゃんの……」
「凄い……」
「あっ……、鼻血が……」
皆が注目していたのはハイレグレオタードの股間だった。タイツを穿いているのではみ出すことはないが、それでも全員咲耶の開かれた股間に集中していた。後ろの方から見ていた椛はつつつーっと垂れてきた鼻血を抑えながらもその視線は絶対に逸らさない。
「柔軟や準備体操が終わったら早速始めてみましょう」
「……あら?何か思っていたイメージと違いますね」
「へぇ?咲耶っちはどんなイメージを持っていたのかな?」
映像でインストラクターが説明している通りにしているがそれは咲耶のイメージのエアロビクスとは少々違っていた。思ったままにそう言うと他のメンバー達がどんなイメージなのかと聞いてきた。
「もっとこう……、飛んだり跳ねたり、激しい動きなどをイメージしていました」
「それはもうずっと昔のエアロビクスだね」
「……ん。それで疲労骨折したり体を壊す人が続出した」
「今はこういうちょっとゆったりしたダンスのようなものが主流ですよ」
「むしろ咲耶ちゃんはどうしてそのようなイメージを持っていたのでしょうか?」
「えっ!?いやぁ……、それは……」
前世のイメージですとは言えない咲耶はしどろもどろになる。他のメンバー達はここぞとばかりに攻めに転じた。
「んん~?どうしてかなぁ?」
「えっと……、あの……」
どうして咲耶がそれに答えられないのかは皆にとってはどうでも良い。ただ咲耶がこうしてしどろもどろになっている時はこちらの要求を通しやすい。今こそ咲耶に迫る時だと攻めの手を緩めない。
「まぁまぁ皆さんそれくらいで。さぁ咲耶ちゃん、今度はペアでの動きですよ。私と一緒にしてみましょう」
「あっ!はい!そうですね!」
皐月の誘いに咲耶は助かったとばかりに飛びついた。しかしメンバー達はニヤリとほくそ笑んでいた。話題を逸らすために咲耶はペアでの動きに気を逸らせた。ここからはペアで自分達や椛が厳選した組んず解れつの体操を咲耶と出来るのだ。
咲耶は一度それを受けてしまった以上は、これから他のメンバー達が誘っても断れない。一人の誘いを受けたのに他の誘いを断るようなことは咲耶はしない。
「さぁ咲耶ちゃん!今度は私と!」
「私としましょう!咲耶様!」
「咲耶っち!」
「……ん!咲にゃん!」
「ちょっ!まっ、待ってください!皆さん落ち着いて、アッー!」
本格的な男女のペアのような難しい大技はしていない。しかしペアでお互いに体を支え合ったり、相手を抱きとめたり、メンバーや椛が厳選した密着出来てお互いの体の感触を味わえるポーズや動きばかり編集されている映像通りに練習を行った。
メンバー達は咲耶に支えられてその体を堪能し、咲耶はメンバー達に体を押し付けられて堪能させられる。いくら咲耶が奥手でもこれはエアロビクスであり、見本の映像があり、皆が順番にしているのでは逃げられない。一人目を引き受けた時点で咲耶に逃げ道などなかった。
そうしてメンバー全員が咲耶とのペアを堪能し、咲耶は椛を含めた全員の相手をさせられて、肉体的にはそれほど疲れていないが精神的に疲れ果てていた。だが咲耶と密着してエアロビクスを堪能し、他人がしている時もハイレグレオタードで激しく動いている咲耶を堪能しまくったメンバー達はホクホク顔で帰っていったのだった。
~~~~~~~
メンバー達が成績アップのご褒美を貰った日の夜、萩原家にはすぐにとある映像のデータが届けられていた。それを受け取った紫苑は一人で自室でこっそりとそれを確認していた。
「あっ!ちょっと!薊め!咲耶様にくっつきすぎよ!」
流れている映像を観ては紫苑は映像に向かって文句を言っていた。今更言っても過去は変えられないのだが紫苑の口は止まらない。
「きーっ!椿!大人しい顔をして咲耶様にこんなことを!」
自分はただ映像を観ていることしか出来ない。それなのに他のメンバー達が咲耶を堪能している姿をひたすら見せつけられる。それは一体どんな拷問なのかと思ってしまう。だが目が離せない。咲耶の痴態から、幸せそうなだらしない顔をしているメンバー達から……。
「あぁ!譲葉!無邪気なフリをして絶対これわかっててやってるでしょ!」
メンバー達は皆だらしない顔をしている。咲耶は恥ずかしそうにしながらも懸命に頑張っていた。それをただ見せ付けられるだけの自分……。それなのに……。
「くっ、悔しい!でも興奮しちゃう!」
まるで自分の大切なものが奪われているような、他人に穢されているような、そんな嫌な気持ちが湧いてくるというのに、それでもその映像から目が離せない。食い入るように映像を見つめ続けている紫苑は体をビックンビックンさせてからクタリと弛緩して姿勢を崩し椅子にもたれかかったのだった。




