第七十三話「進む段取り」
家に帰って夕食時に母に伊吹から受け取った招待状を見せる。
「近衛様から招待状をいただきました。すでに参加するとお返事してあります」
「そうですか」
さっと目を通した母はすぐに招待状を返してきた。元々事前に候補日全ても含めて兄が説明していたから今更だろう。俺の空いている日を選んでいたし、事前に説明もしていたし、参加するようにともお達しを受けていた。まさか今更参加するなと母の方から言うはずもない。
「何だ……。子供達ばかりなのか……。パパも参加したかったのに……」
「…………お父様はお父様でお仕事があるでしょう?」
この親父は……、本当に参加したかったのか?非常に残念そうにしている。夏の近衛家のパーティーで挨拶に行けなかったからその代わりにとでも思っていたんだろうか?事前に説明した時も子供達だけで、友人ばかりの小規模な集まりだと言ったのに……。
「僕は行けないけど咲耶は楽しんでおいで」
「……はい」
そういえば元凶はこの良実君だったな……。そのくせ自分だけちゃっかり参加者から逃れているし……。というか兄は何故参加しないんだ?
「そういえば……、お兄様はどうして参加されないのでしょうか?」
「僕はちょっと用事があるんだ。一緒に行けなくてごめんね」
サラッとそう答えたけど……、何かおかしくないか?日時が決まる前、候補日を選んでいる時点で兄は不参加を表明していた。今の言い訳は事前に考えていたからサラッと言えただけで嘘なんじゃないだろうか?
もし最初から参加するつもりがあれば候補日を決めている時に、この日は大丈夫、この日は無理、という意見があったはずだ。それなのに最初からいつと聞く前から不参加だと言っていたということは、最初から参加するつもりなんてサラサラなかったということだと思う。
それに兄って何か用事とかあるのか?
九条家の嫡男だし色々と習い事や付き合いがあって大変だとは思う。俺だって毎日隙間なく何かしらの習い事に行っているし、こうしてパーティーに誘われたり、付き合いで出かけたりしなければならないことも多々ある。でも兄がそういう付き合いや習い事をしているのを見たことがない。
恐らく何か習ってるんだろうとは思うけど……。そう言えば俺は兄のことを何も知らないな……。
大体この兄は色々とおかしくないか?何故百地流なんて知ってたんだ?しかもあんなクレイジーニンジャの道場を俺に勧めるのもおかしい。普通小学校一年生の、それも女の子にあんな所を勧めるか?
結果的には俺は助けられている。全てよかったと思う。でもこの兄は謎すぎる。一体何者なんだろう?
塾は一緒だ。俺がわかるのはそれだけ。しかも塾だって蕾萌会が一緒だというだけで授業がある曜日や時間は違う。一緒に通ったことはない。
「どうしたの?僕の顔をじっと見て」
「あっ……、いえ……。何でもありません」
考え事をしながら見ていたら見詰めてしまっていたようだ。いくら兄とは言っても男と見詰め合う趣味はないから食事に戻る。椛も謎だし咲耶お嬢様の周りには不思議な人が多いような気がする。
ゲーム時には登場しなかった今の六年生組といい、ゲーム時に登場していたとしても特に設定等が明かされていなかった椛や取り巻き達といい、何故これだけ濃いキャラが多いのにゲーム時はあれほど目立たなかったんだろうか。
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翌日のサロンにて……、何故か今日はずーっと……、じーっと茅さんが俺のことを見ている。まぁそれはいつものことと言えばいつものことなんだけど何だかやりにくい……。
「あの……、茅さん?何か?」
「私も……」
「はい?」
あまりにじっと見詰められてるから声をかけてみたら何か呟いていた。よく聞こえなかったので問い返すと……。
「私も短距離走と男女混合リレーに出ればよかったわ!やっぱり今から変えるように脅迫……、お願いしてこようかしら!」
いや、この人何言ってんの?今サラッと脅迫とか言ったよな?何それ怖い……。運動会の競技を自分の好きなものに変えさせろって脅迫とかまでするつもりなの?そんなの何でもいいじゃん……。
「そっ……、それほど短距離走やリレーに出たかったのですか?」
一応聞いておく。ここでスルーしてると本当に教師やクラスで競技を変えろと騒ぎかねない。俺には関係ないと言えばそうかもしれないけど、お友達がそんな無茶や馬鹿なことをするのを止めるのも友情というものだろう。
「競技の内容なんてどうでも良いのよ!咲耶ちゃんと同じ競技がよかったの!一緒に並んで……、一緒に待って……、一緒に結果に一喜一憂する……。そんな感動を味わいたいのよ!」
「そっ……、そうですか……」
もう何も言えねぇ……。俺は何て言ったらいいんですかね?俺に何を求めてるんですかね?
おかしいな……。茅さんってこんな人だったっけ?最初はもっとこう……、普通の……、良識があるような……、そんな人じゃなかったっけ?
「ふっふっふっ。何にもわかっていませんね」
「薊ちゃん?」
俺と茅さんが話していると珍しく薊ちゃんがこちらにやってきていた。皐月ちゃんよりはサロンでも俺達の方に来ることが多いけど、それでも薊ちゃんも普段はあまり俺達の所には来ない。いつも門流や派閥の集まりにいるというのに今日はこちらへやってきた。
「何がわかっていないというのかしら?」
「お気づきになりませんか?ではお教えしましょう。良いですか?咲耶様と同じ競技になれば、結局並んでいると言っても離れた所で会話もなく座らされるだけ。しかも微妙な距離感で見詰めるには遠く会話も出来ない。かといって全体が見えるほど遠くもなく周囲に囲まれて見難いだけです」
薊ちゃんは茅さんに得意になって語り出した。でもそれってそんな胸を張って言うほどのことなのかな?
「いいですか?どうせ団体競技等で一緒に楽しめないのならば、いっそ離れた所から咲耶様が一生懸命走っている美しい姿を余すところなく見届けたり、飛び散る汗の雫一滴まで記録したり、悔し涙に濡れるご尊顔を記憶したり、喜び飛び跳ねる姿を心に刻むのが良いのです。中途半端に近くにいてはそれは見えません」
「そっ、それは……」
何故か茅さんは雷にでも打たれたかの如くショックを受けていた。何なんだこれは?俺一人だけついていけないんだけど……。
「それに何より上級生ならば下級生達の競技の時に誘導したりします。貴女は何故運動会実行委員に立候補されておられないのですか?もし私が咲耶様の上級生ならば必ず委員に立候補して、咲耶様の誘導をして、走り終えたばかりの咲耶様と手をつないで肩を抱き寄せ、誘導しますのに……。もったいないことをなさりますね」
「こっ、こうしてはいられないわ!実行委員を交代するように命令……、お願いしてきます!」
「あっ……」
止める暇もなく……、茅さんはサロンから走り去っていった。え~っと……。お友達の暴走を止めるのが友情……、何だっけ?まぁいいか……。俺は何も見なかった。
「薊ちゃん……、何故あのように茅さんを焚き付けたのですか?」
問題は薊ちゃんだ。あれは完全に茅さんを焚き付けていた。
確かに上級生の委員は競技の参加者達を誘導したり、着順に並ばせたりする。でも必ずしも全ての競技に同じ委員が誘導するわけでもないし、仮に茅さんが委員をして短距離走やリレーの担当になったとしても俺に当たるとは限らない。
委員をして仕事をしなければならなくなる割りに、もし俺の誘導や担当をしたいとしても出来る可能性は極めて低い。リスクや労力に比べて得られるものは少なく確率も低いとなれば分の悪い賭けだろう。
そもそも薊ちゃんが言っていたことを考えるならば、委員としてあれこれしなければならないとなると遠くから相手を眺めるということが出来なくなる。両者は矛盾する内容であり、薊ちゃんの言うように遠くから見たいなら委員をするのはおかしい。
「別に私は何も嘘は言っていませんよ?私が咲耶様と同じ競技を選ばなかったのは遠くから眺められるようにというのは本当です。競技の順番が近いと待機場所に並んだりしなければならないので、咲耶様の競技とは順番が近くない競技を選んだのです」
薊ちゃん……、君そんなことまで考えて選んでたの?っていうか俺は競技の順番とか知らされてないと思うんだけど君はどうしてそれを知っているのかな?
「それに上級生の委員が競技の誘導等をするのも本当です。たまたま咲耶様の競技で、咲耶様の担当になるかは知りませんけど可能性があるのは嘘ではないですよ?」
「それはそうかもしれませんが……」
それにしたって何故あんな風に茅さんを焚き付けるようなことをしたのかがわからない。
「あの人はいっつもいっつもサロンでは咲耶お姉様を独り占めして!それにいつも咲耶お姉様のことをいやらしい目で見ているんですよ!そのおみ足をチラチラ見られているのに気付いておられないのですか?」
「何を言っているのですか……」
そもそも茅さんは女の子で俺も外見上は女の子だ。俺は中身が男だから女の子が好きだけど、女の子が好きな女の子なんてそうゴロゴロいるはずもない。俺は茅さんや薊ちゃんや皐月ちゃん達が好きだけど、皆が俺を恋愛の対象として見てくれるなんて甘いことは考えていない。
そうなったらいいなとは思うけどそんなことあるはずもないだろう?たくさん探せば世の中にはそういう人もいると思うけど、そんな人が都合よく自分の身の周りにいるなんてことがあるはずもない。
それに小学校一年生なんてまだただの子供だ。六年生もまぁ子供だけど一応思春期はきてるから恋愛とかにも興味は持ち始めるだろう。でもその相手が一年生なんてことはない。
「そういうまったく自覚のない所があぶなっかしいのです!咲耶お姉様はご自身の魅力に無頓着すぎます!咲耶お姉様は清く、美しいんです!皆から狙われてるんですよ!もっと自覚を持って気をつけてください!」
「わっ、わかりました……。気をつけておきます……」
薊ちゃんの迫力に圧されて一応頷いておく。薊ちゃんもオーバーだな。俺はどちらかと言えば皆に避けられているし、それに小学校一年生くらいの好きだの嫌いだのなんて所詮は『お母さんと結婚するー』とか『先生のこと好きー』とかいう程度の話だろう?
まぁ薊ちゃんの話はオーバーだとしても、俺もちょっとは気をつけておいた方が良いのは確かだろう。特に伊吹とか槐絡みは要注意だ。俺が二人に興味がなくても、親しくしているだけでいつの間にか『咲耶お嬢様が伊吹の許婚候補としてでかい面をしている』なんて話になりかねない。
何だかんだ言いながら結局ゲームの『恋花』に近いように流れている。いずれ俺もそういう風に言われるかもしれない。そうなる前に手を打っておきたいところだけど……、下手に関わると逆に余計そうなる可能性もあるし難しい所だ。
「あっ!それでですね、咲耶様、このニャンちゃんランドにあるカフェというのが可愛いんですよ!皆でここでお茶にしましょうよ」
「まぁ……。本当ですね。可愛い……」
薊ちゃんが出してきた雑誌にニャンちゃんランドの特集記事が出ていた。学園に雑誌なんか持ってきていいのかって?いいんだよ。五北会は何をしても大抵許される。他の生徒だったらどうか知らないけど五北会の薊ちゃんにそんなことを注意する者はまずいないだろう。
それはともかく雑誌の記事を見てみれば、ニャンちゃんランドのカフェが可愛かった。出てくるメニューもラテアートでニャンちゃんが描かれてたり、ニャンちゃんのパンケーキがあったりと可愛らしい。
「休憩はここでしましょうよ。ね?」
「そうですね……。また皆さんとお話しましょうか」
俺達だけで勝手に決めるわけにはいかない。また明日にでも皆で相談しよう。
それに……、こういう所のものは見た目やキャラクターがついているだけで値段が高いのに味はチープだ。外で買えば数百円で買えるようなものが、お土産価格やテーマパーク価格で千何百円にもなっていたりする。
しかもキャラクターがついているから値段が高いだけで味とか出来が良いわけではない。庶民にとっては少々お高い割に……、ということになるだろう。
藤花学園に通っているような家ならばその程度の金額なんて大した額ではないけど……、問題は味とかだろうな。キャラクターがついていて可愛いけど味は……、となると舌の肥えた藤花学園レベルの子達にウケるだろうか?
その辺りの感覚は俺にはわからない。俺と薊ちゃんだけで勝手に決めるよりも皆で相談した方が良いだろう。




