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第七百二十七話「レモネードスタンド」


 幸運にも俺達が三年一組の喫茶店に入った時には伊吹はいなかった。だけどいつまでものんびりしていたら伊吹と出くわさないとも限らない。皆も一度中を確認すれば満足したのか早々に店を出ることに同意してくれた。三年一組の喫茶店を出て下級生や年上のお姉さん達との合流を目指しながら考える。


 恐らく伊吹がいなかったのは俺達と同じ理由だろう。朝一番から店にいて、今が丁度交代の時間だから店から離れていたに違いない。そして伊吹が朝一番に店に居た理由は監視だと思う。


 伊吹は近衛派閥などの相手に『俺様が店をするんだから当然来るよな?』という圧力を加えていたんだろう。そして朝一番から来る者は忠誠心があって、声をかけたのにちゃんと来ない奴は忠誠心が足りないからだとか事前に脅していた。それを伊吹が朝一番から店で見張っていたんだ。


 そう言われた近衛派閥の子達は嫌でも朝一番から来るしかない。伊吹が見張っている上にそんなことを言われて知らん顔が出来る派閥の家なんてないだろう。


 そうして朝一番から近衛派閥の子達を来店させて、飲み物や食べ物にぼったくり価格をつけた。お茶一杯しか頼んでいなくても客単価が数千円や数万円に跳ね上がれば売り上げは伸びる。今朝俺達の教室に来て売り上げで勝負を持ちかけてきた理由はこれだろう。これが伊吹の秘策であり自信だったんだ。


 でもこんなことを強制されたら近衛派閥の子達が伊吹に反感を覚えると思う。それでなくとも伊吹はあまり信頼されてなさそうなのに、こういうことの積み重ねがあると本当に近衛派閥が割れてしまいかねない。伊吹はその辺りのことをわかっているんだろうか?


「あっ!咲耶ちゃん!あそこに秋桐ちゃん達がいますよ」


「本当ですね」


 いつもは秋桐の方から先に俺を見つけてタックルしてくるというのに、今日はたまたまなのかこちらが先に皆を見つけることが出来た。ちょっと悪戯心が芽生えた俺はコソッと秋桐の後ろに回り込む。


「秋桐ちゃんっ!」


「あははっ!咲耶お姉ちゃんだ!」


 驚かそうと思って後ろから抱えたのに秋桐に驚いた様子はなかった。後ろから抱えただけでこっちを確認してもいないのに俺の名前を言った秋桐は、クルリと振り返ると二パッ!といつもの笑みを浮かべて抱きついてきた。う~ん……、秋桐は本当に可愛いなぁ……。


「今日は咲耶ちゃんにしてやられたわね、秋桐」


「あっ、御機嫌よう、緋桐さん。他の皆さんも御機嫌よう」


 秋桐を驚かせることばかり考えていたから少しお嬢様らしくない行動をしてしまったかもしれない。それに保護者の方々がいたのに挨拶もせずにこんなことをしているなんてマナーが悪かったかな……。そう思って慌てて保護者の方々に挨拶をした。


「いつも秋桐が迷惑をかけてごめんなさいね、咲耶ちゃん」


「いえ、迷惑だなんて。こちらも秋桐ちゃんの元気な姿を見て元気を分けていただいておりますよ」


「それじゃ私達は離れて回ってるわね。何かあったら連絡をちょうだい」


「はい。それでは秋桐ちゃん達をお預かりしますね」


 挨拶を済ませると緋桐さん達保護者は子供達を俺達と合流させて、保護者は保護者だけで文化祭を回りに離れていった。一見子供達を俺達に押し付けて無責任にどこかへ行ったようにも思えるけどそうじゃない。大人達だったら色々と気を使わなければならないし、子供達も俺達とリラックスして遊べない。だから保護者達は離れるのであって俺達に子供の面倒を押し付けているわけじゃない。


「咲耶お姉様!どこを回りましょうか?」


「竜胆ちゃん……、そうねぇ……」


 俺達は当事者である中等科生だ。だけど全てのクラスの出し物の内容を正確に把握しているわけじゃない。何となく三年一組は喫茶店をするとか、何組は劇をするとか、そういった情報をぼんやり知っているだけだ。だからどこが楽しそうだとか、どこが凄いということは何もわからない。そういう意味ではお客さんである下級生達や上級生達と変わらない。


「お姉さんは咲耶ちゃんと一緒ならどこでも良いわ」


「茅さん……」


 秋桐を抱いた俺をさらに後ろから茅さんが抱きしめてくれた。何か良い匂いがする。茅さん……、どんどん大人っぽい綺麗なお姉さんになっていくな……。これは本当にそのうち俺は綺麗なお姉さんに恋をしてしまうかもしれないぞ……。


 それにしても……、いくら同じ学園とはいえ、いや、むしろ同じ学園だからこそよくも初等科や高等科の生徒達が文化祭にやってくることを学園が何も言わないのが凄い。


 今日は平日であり他の科は皆授業がある。初等科の下級生達も、高等科の杏も、もちろん大学の茅さんだって。まぁ大学は多少授業に出ていなくてもどうにかなるとしても、普通なら初等科や高等科の生徒が授業をサボって中等科の文化祭に来ていたら注意されそうなものだ。でも藤花学園では明らかに他の科の生徒が来ていても注意もされない。


 学園が公認している……、とまでは言えないまでも、少なくとも黙認しているということだろう。前世の感覚だと平日に学校をサボって他の学校の文化祭とかに行ってたら怒られそうなものだと思うけど、藤花学園ではその辺りはかなりラフというかルーズというか、自由にされている部分がある。


「文化祭で物思いに耽る咲耶たんいただき!」


 カシャッ!カシャッ!カシャッ!とフラッシュがたかれる。かなり眩しい。


「杏さん……、そういうことは相手の同意と許可を……、って、あっ!」


「え?」


 勝手に写真を撮っている杏に注意をしようとしてふと思い出した。そういえば体育祭の時に杏にあんなマイクパフォーマンスをされて後で〆てやろうと思ってたんだった。何だかんだと忙しくしているうちに忘れていた。思い出した時にきっちり〆ておかないと……。


「ていっ!」


「ぎゃーっ!痛いっす!何をするっすか!?」


 ズビシッ!と杏の脳天に唐竹割りを叩き込む。目を見開いて悲鳴を上げた杏は頭を押さえてしゃがみ込み涙目でこちらを見上げて抗議してきた。しかしそんなもので怯む俺ではないわ!


「体育祭では随分な実況をしてくれてましたね?そのお礼……、まだまだこの程度で済むと思われないことです」


「あわわわっ……。あっ!パンチラチャンス!」


 カシャッ!カシャッ!カシャッ!としゃがんでいた杏が俺のスカートの下にカメラを入れてシャッターを切りまくった。


「なっ!?なっ!?なっ、何をしているのですかっ!」


「ぎにゃーーーっ!痛いっす!痛いっす!ついいつもの癖で!」


「『いつもの癖』って何ですか!『いつもの癖』って!」


「あだだだだっ!しっ、死ぬっす……」


 スカートの中を撮影した杏を〆ているといつの間にか白目を剥いてぐったりしていたのだった。




  ~~~~~~~




 はぁ……。酷い目に遭った……。いくらスカートの下にスパッツを穿いているとはいえスカートの中を撮影されるなんて恥ずかしすぎる。見られても大丈夫なように穿いているものだったとしても、あんな風に故意に見られて、しかも画像が残るなんて許せるはずがない。杏にはあの場でデータを廃棄させたけど撮られたという事実だけでも何かゾワゾワとして落ち着かない。


「(杏……、いいえ、エージェント・アプリコット、ちゃんとさっきの写真は確保しているのでしょうね?)」


「(もちろんっすよ長官。どうせ消させられるとわかっていたので向こうの方は消される前提で撮ったものっす。本命は別でばっちりっすよ)」


「(よくやったわ!)」


「(はいっす!)」


「「あ~っはっはっはっ!」」


「???」


 さっき俺に散々〆られた杏は茅さんと一緒に笑っていた。もう立ち直ったのかな?さすがに白目を剥いてビックンビックンしていた時はやりすぎたかと思って焦った。でも無事そうだし機嫌も良さそうだし特に問題はないかな?


 皆で揃って露店を回ったり、有志によるバンド演奏を聞いたり、劇を観たり、あれこれ頑張って時間を潰してはみたけど……。


「もうすることがありませんね……」


「どーやって時間潰そーかー?」


「「「う~ん……」」」


 皆がお互いに視線を向け合うけど誰も答えが出せない。皆と一緒なら時間を潰そうと思えばいくらでも潰せる。でも折角の中等科最後の文化祭だから文化祭らしく楽しもうと思うと何をすればいいのかわからない。


「クラスの出し物に戻って皆さんに飲み物をお作りしましょうか」


「咲耶様の手作りがいただけるのですね!すぐ行きましょう!」


「まったく……、椛はいやしいわね。さぁ咲耶ちゃん!早く行きましょう!」


「あははっ」


 椛と菖蒲先生は面白いなぁ。いつの間にこんなに仲良くなってたんだろう。前から段々仲良くなってきてるなとは思っていたけど、今ではすっかり友達のように漫才まで出来るようになっている。


「それでは三年三組の露店へ向かいましょう」


「「「おーっ!」」」


 まだ俺達の交代時間じゃないけど、あまりすることもなかったので早めにクラスの露店へと戻ることにしたのだった。




  ~~~~~~~




 クラスの露店に戻るとまだ大行列が出来ていた。クラスの子達に聞けばどうやらあれから行列は一度も途切れていないらしい。特別おいしいわけでもない普通のレモネードスタンドなのに何故こんなに大行列が……?


「ともかく皆さんがお知り合いだからといって順番を抜かしてお出しするわけにはまいりません。申し訳ありませんが列に並んでお待ちいただけますか?」


「は~い!」


「仕方ありませんね」


 俺達もまだ店員の交代時間じゃないから暫くは秋桐達下級生や茅さん達年上メンバーと一緒に行列に並んでおしゃべりを楽しむ。さすがにレモネードスタンドだと客の回転が早く列が結構進んでいく。これならもうすぐ順番が回りそうだ。


「私達はそろそろお店の方へ行きましょう。皆さんに手作りをお渡しするためには早めに戻らなければなりません」


「そうですね!咲耶様!」


「咲耶お姉ちゃんまたね!」


 クラスの子達だけ列を離れて店へと向かう。まだ俺達の交代時間じゃないから他のクラスメイト達に遠慮されたけど、知り合いに自分達の手作りを出したいからと言うとクラスメイト達も受け入れてくれた。秋桐や茅さん達が来る前に準備を終えた俺達は皆が来るのを今か今かと待ち構える。


「咲耶お姉ちゃん、来たよ!」


「いらっしゃい秋桐ちゃん」


「あぁ~ん!可愛い~~~!」


「さすが九条様の後輩の方ですね!」


「こんな妹欲しい~!」


 うんうん。秋桐達はクラスメイト達にも大ウケだった。そりゃこんな可愛い天使達が素直な笑顔で甘えてくれたら誰でもメロメロになるってものだ。


「咲耶様!私は『完璧女帝』をいただきます!」


「あっ!それじゃ私も『完璧女帝』をお願いね」


「咲耶ちゃん、お姉さんも『完璧女帝』が欲しいわ」


「ありがとうございます。すぐにお作りいたしますね」


 何か『完璧女帝』というジュースカクテルの注文率が高い気がする。オリジナルカクテルは三種類ともおいしいんだけどな……。具体的な販売数はまだわからないけど、俺が店員をしている間の体感としては『完璧女帝』が一番多く売れている気がする。


「お待たせいたしました」


「ありがとうございます!」


「わぁ!素敵な色ね」


「ありがとう咲耶ちゃん」


 出来た分から次々に出していく。年上組、下級生組だけでも結構な人数だから順次出して渡していかないと置くスペースが足りなくなる。年上組はほとんど『完璧女帝』だったけど下級生組は色々と頼んでいた。ジュースを受け取ると皆離れて早速味見しているようだった。


「ふぅん。中々繁盛してますね」


「ああ、坂本さん、いらっしゃい」


 グループの皆が少し離れた場所でジュースを飲んでいるのを見ているといつの間にか酢橘達がうちの店に来ていた。もしかしたら並んでいる時から少し後ろにいたのかもしれない。でも俺達の知り合いだからと横入りを許していては次々に順番を抜かして横から入ってくる子が増えてしまいかねない。だからちゃんと後ろに並んで待っていたんだろう。やっぱり酢橘達は良い子達だな。


「私はスダチカクテルを」


「私はレモネードです~」


「……オレンジジュース」


「ふふっ。はい。承りました」


 酢橘達はそれぞれ自分の名前と同じジュースを頼んだ。それが何だか可愛らしい。


「はい。どうぞ」


「んっ!すっぱ……」


「酢橘ちゃん~……、こんな場所ですぐに飲むなんてはしたないよ~」


「人前では坂本様って……、はぁ……。もういいわ。それでは九条様、私達はこれで……」


「お買い上げありがとうございました」


 酢橘達に手を振って見送る。前に一度家に招いて海桐花や蕗との間を取り持ってから酢橘達の雰囲気も柔らかなくなった気がする。これならきっと海桐花や蕗達ともうまくやっていけるだろう。




  ~~~~~~~




 ジュースのカクテルを受け取ってから離れた酢橘に檸檬が声をかける。


「酢橘ちゃん~……、露店のこと言わなくてよかったの?」


「いいのよ。私達は『影の親衛隊』なんだから。自分達の成果を誇ったりはしないの。咲耶お姉様にすら気づかれないように、闇から闇に葬り解決する。でもきっと咲耶お姉様には全てお見通しなんでしょうね……」


「……うん。九条様は神にも等しき……、ううん。女神様そのものだから……」


 珍しく会話に入ってきて口を開いた蜜柑の言葉に酢橘と檸檬も頷いた。佐々木赤松と高坂銀杏の凶行を未然に防いだことなど言い触らす必要はない。それは自分達のすべきことではないのだ。自分達はただ影となって咲耶様のために尽くせば良い。


「我らの全ては咲耶様のために!」


「「咲耶様のために!」」


 酢橘達三人は密かにいつもの言葉をかけあって、手にした咲耶様手作りのカクテルを掲げ、乾杯してから飲んだのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 咲耶様が着々と神格化されていってる笑
[一言] 杏の盗撮技術が上がっている。。。 破棄させられることを前提とした隙を生じぬ二段構え
[一言] 完璧女帝は出荷よ~
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