第七十話「外出禁止」
さぁ……、とうとう帰って来てしまった。つい先日近衛家のパーティーに誘われたと言った所なのに、今日また母に遊ぶために日程を調整してくれと言ったら怒られるかもしれない。でも言わないわけにはいかない。七人皆揃って遊ぶためにはここは絶対に引けない所だ。
「あの……、お母様……」
「なんですか?」
うっ……。何かジロリと睨まれた……、気がする。
母にとっては普通のつもりだったのかもしれないけど、何だか母に見られたらそれだけで睨まれているような気がしてしまう。でも引き下がるわけにはいかないと言ったばかりだ。耐えろ!
「実は十一月の予定を変更していただきたいのですが……」
「……何故です?」
うぅ……、今度は明らかに睨んでるな……。でも負けるか!俺だって前世から加えればそこそこ生きているんだ。今生の両親を超えるほどではないけど、それでも親子ほどの差はない。男を見せる時だ!
「私が親しくしていただいているグループの子達全員で集まってお買い物に行きましょうという話になっています。ですが七人も集まるとなると日程の都合が中々つかず、私以外の方の予定が空いている日がその日だけなのです。ですから七人で集まるためには私がその日を空けるより他に方法がないのです」
「咲耶、夏休みが明ける頃にあまり遊びすぎるなと注意しましたね?」
きた……。やっぱりそうなるよな……。
「はい……」
「先日は近衛様のパーティーに行くとも言いましたね。それでも遊ぶというのですね?」
うぅ……。でも負けるか!ここで負けたら皆と遊べなくなってしまう。俺は絶対に引き下がらない。
「はい。近衛様のパーティーの予定は九月か十月に一日だけです。七人で集まる予定は十一月です。確かにお母様はあまり遊びすぎるなとは言われましたが一切お付き合いをするなとも申されておりません。一月に一度出掛けるだけですら遊びすぎだと言われるのでしょうか?」
真っ直ぐに母を見据える。九、十、十一月の三ヶ月で二回出掛ける予定を入れるだけで遊びすぎだと言われたら、俺はどれほど人付き合いも抑えなければならないというのか。ここで目を逸らしたら負けだ。真っ直ぐ母を見詰めろ!
「確かに今の予定では三ヶ月で二つの予定というだけでしょう。ですがここでそれを許せば『ではこの日も』『追加でこちらも』『前が許可されたのだからあれも』と増えるのではありませんか?」
「それは……」
わからない……。正直予定なんて未定だからだ。いつ突然不意に予定が入るかわからない。確かに今は予定が二つだけだったとしても、この調子であれもこれもと増えないとは言い切れない。だけど……。
「それでも……、この日は譲れないのです……」
母を真っ直ぐ見据える。何と言われようとも……、七人で集まることだけは諦めない。
「はぁ……。それでは咲耶、近衛様のパーティーか、その七人で集まるという日、どちらか一日だけ許可しましょう。どちらを選ぶかは咲耶が決めなさい」
「えっ!本当ですか!ありがとうございます!それでは七人で集まる日に行きます!近衛家のパーティーはお断りしますね!」
やった!それはむしろご褒美だ!伊吹のパーティーを断る理由も出来たなら万々歳!俺にとってはこれ以上ない結末だ!
「そうですか……。わかりました。咲耶……、貴女を外出禁止にします。近衛様のパーティーにも、七人で集まる日とやらにも行く必要はありません」
「…………え?」
母は静かにそう言った。
~~~~~~~
「はぁ~……」
ベッドに寝転がりながら溜息ばかり出る。まるで意味がわからない。何故母はあんなに怒っていたんだ?
別に怒声を上げたわけじゃない。はっきり何か怒られたわけでもない。でもさっきの母は絶対に怒っていた。いや、呆れていたのかな?わからない……。でも良い感情を持っていなかったことだけはわかる。何で母はあんなに怒っていたんだろう……。
「咲耶お嬢様」
「椛?」
俺がベッドに寝転がりながら溜息を吐いていると声がかけられた。そう言えば椛も一緒に下がってきたのか。同じ室内に居たのにすっかり忘れていた。何かそんなことに気を割いている余裕もない……。皆に何て言えば……。
「差し出がましいようですが『どうして外出禁止を言い渡されたかわからない』と思っておられるのではないでしょうか?」
「…………はい。その通りです」
椛の言う通りだ。俺は何故母がいきなり俺に外出禁止を言い渡したのかさっぱりわからない。母の虫の居所が悪かったからか?この前パーティーに行くと言ってすぐにまた遊びに行く話をしたからか?でも月に一回も行かない程度なのにそこまで怒られなければならないことなんだろうか?
俺にはもうわからない。上流階級のご令嬢というのがどうやって生活しているのか。どうすればいいのか。母の怒りが理不尽に感じる。
「奥様がお怒りになられたのは咲耶お嬢様の遊ぶ回数が多いからでも、理不尽に怒られたのでもありません。奥様がお怒りになられたのは咲耶お嬢様が『先に約束していて段取りも進めている近衛様のパーティーを蔑ろにしたから』です」
「……え?」
椛の言葉に俺はベッドから体を起こしてそちらを見る。
「差し出がましいことを申しました。それでは私はこれで失礼させていただきます」
「あっ……」
俺が何か言う間もなく椛は部屋から出て行った。
今椛に言われた言葉を考える。俺が伊吹のパーティーを蔑ろにしたから……、だから母が怒った……。
俺にとっては渡りに船だと思った。伊吹のパーティーになんて行きたくない。だからどちらか一つしか行ってはいけないと言われたら絶対に伊吹のパーティーを断る。むしろ断る理由が出来てラッキーくらいに思った。
でも……、それはして良いことだったか?伊吹のパーティーはもう俺と伊吹だけの問題じゃなくなっている。近衛家はパーティーのために準備を進めているだろう。招待客達はその日の都合を空けて待っているだろう。それなのに……、もう話が進んでいることなのに今更俺が、自分勝手な理由で参加を取りやめたらどうなる?
全ての関係者に多大な迷惑をかけることになる。俺はそんなことを考えていなかった。もう走り出したイベントを一方的に断るということがどういうことなのか理解していなかった。
相応に理由があるのならいいだろう。親族が危篤だと言うのなら誰もそれでもパーティーに参加しろなんて言わない。でも俺がただ他の日に遊びたいからその休みとバーターで取りやめると言って誰が納得出来るだろうか。例え俺が伊吹と反りが合わないとしてもそれとこれとは別問題だ。
今更自分勝手な理由でパーティー参加を取りやめれば、近衛家にも迷惑をかけ、参加を聞いた皆にも迷惑をかけることになる。それはゲームの咲耶お嬢様の高飛車な振る舞いと同じじゃないのか?俺は今生で咲耶お嬢様を破滅から救いたいと思っているんじゃなかったのか?
それなのに俺はそんな咲耶お嬢様の立場や評判を悪くするようなことをしようとしていた……。母が怒るのは当たり前だ……。
俺の行いは最低だった……。
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「……様」
……。
「……耶様」
…………。
「咲耶様!」
「え?あっ、はい?」
隣から急に大きな声をかけられて驚いた。何だっけ……。
「咲耶様、どうされたのですか?大丈夫ですか?」
「あっ、あぁ……、はい。大丈夫です」
ああ、そうだった。今はいつもの七人が集まって食堂で昼食の最中だった。俺を心配そうに覗き込んでいる薊ちゃんに心配ないと伝えて食事に戻る。
昨日の出来事は堪えた……。俺ってこんなに馬鹿だったのかとつくづく思い知らされたというべきか。
勉強なら自信はある。今すぐ大検、高認を受けて飛び級で大学に入るのも簡単だ。仕事だって出来る。前世でしていた仕事なら俺は同期の誰にも負けていなかったと自負している。
でも俺は人の心もわからず人付き合いも何も出来ていなかった……。パーティーに行きたくないから断る理由が出来たらラッキー?馬鹿か俺は……。
確かに子供ならそういうわがままを言っても許されるのかもしれない。でもそれは藤花学園に通うような家の子女がして良いことではない。嫌でも、行きたくなくても、一度引き受けたのならやり通さなければならなかった。それを俺は投げ出そうとしたんだ。母が俺を外出禁止にするのも当然だろう。
皆に何て説明しよう……。外出禁止にされたからもう遊びにもパーティーにも行けませんと言うのか?
いや……、そもそもそんな簡単に諦めて良いのか?俺はこのまま黙って引き下がって全てを諦めるのか?
「咲耶様、やはり何かあったのですか?」
薊ちゃんが心配そうに俺を見ている。そうだ……。いつまでも過ぎたことをウジウジ悩んでいても仕方がない。俺がするべきことは後悔じゃなくて反省だ。失敗を次に活かさなければならない。
「皆さん、聞いてください……。実は昨晩私は選択を間違え出掛けることを禁止されてしまいました」
「えっ!?」
皆がそれぞれ驚いたような顔をしている。折角皆でお出かけしようねって話していた所なのにどうなるのかと心配なんだろう。だから俺は力強く言葉を続けた。
「ですが心配には及びません。もう少し待ってください。今度こそきちんと説得してみせます!」
そうだ。クヨクヨしていても仕方がない。昨日のことはなかったことには出来ない。でもまた頑張ることは出来る。禁止だと言われたからと全てを諦めるつもりはない。
何度でも……、何度でも母と話をしよう。俺に至らない所があることは最初からわかっていることじゃないか。何でも一発で全て完璧にこなすことなんて出来ない。だから失敗してもいい。ただ諦めるのは駄目だ。何度でも挑戦してやる。
「それでは私達もしっかり予定を空けて確保しておかなければなりませんね」
「そうだね。他の予定が入らないようにきちんと主張しておかないとね」
「皐月ちゃん……、譲葉ちゃん……」
皆も、俺が母を説得出来ると信じて待ってくれている。だったら俺はその想いに応えなければならない。諦めている暇なんてない。
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さて……、もう一度、いや、説得出来るまで何度でも母と話そうと決めたのは良いけど……、具体的なプランは何もない。どうすれば母を説得出来るのか。
俺は昨晩椛に教えてもらえるまで母が何故怒っているのかもわからなかったような馬鹿だ。人の気持ちも、世の中の常識も知らない。自分で言うのも何だけど前世でも俺は勉強はエリートだった。でもそれだけだ。希薄な人付き合い。他人はライバルでどちらが優れているか競うだけの敵でしかなかった。そんな俺がどうすれば母を説得出来るのかさっぱりわからない。
理詰めで詰め寄るとか、感情じゃなくて理屈で話し合うというのなら出来る。そもそもパーティーへの出席もグループの子達と出掛けるのも謂わば俺の仕事だ。それに反対する母が悪いのであって本来なら応援こそすれ、あんな反対する母の言い分の方がおかしい。
でも伊吹のパーティーに行きたくないからと、すでに決まって走り出しているパーティーを安易に放り出そうとしたのは俺が悪かった。理屈で話し合うならそういう会話になるだろう。
問題は果たして母にそんなことを言ったからと何か解決出来るのか?ということだ。そしてそれは不可能だろう。母には母の理屈と言い分があり、俺が今考えたことを理解した上で、それでもああして俺に遊びに行くなとか外出禁止だと言っている。それを今更蒸し返しても効果はない。
じゃあどうすればいいのか……。それがわかればこうして悩んでいないわけで……。意気込んだはいいけど解決策は何もない。
「ねぇ咲耶ちゃん」
「はい。何ですか茅さん」
いつものごとくサロンで向かいに座っている茅さんが声をかけてくる。きちんと向き合って目を見ながら聞き返した。
「何か悩み事ならお姉さんが相談に乗るわよ?」
茅さんは何で俺が悩んでいるってわかったんだろう。俺ってそんなにわかりやすいかな?小学校六年生に相談して何になる、と言うのは簡単だ。でも茅さんだって相応に正親町三条家のご令嬢として生きてきた。俺よりご令嬢経験は遥かに上だ。それなら聞いてみるのもいいかもしれない。
「相手にお願いを聞いてもらいたかったのですが、私が選択を間違えて相手を怒らせてしまいました。ですが私はどうしてもその相手にお願いを聞いてもらわなければなりません。どうすればお願いを聞いてもらえるようになるでしょうか?」
「あら、それなら簡単よ。謝れば良いじゃない」
「……え?」
謝る?それは謝ればいいかもしれないけど……。
「素直に謝って、素直にお願いすればいいじゃない。咲耶ちゃんのお願いなら何でも聞いちゃうわ」
「素直に……」
素直に……。俺は素直だったか?小賢しいことを考えてうまく立ち回ろうとばかり考えていなかったか?
そうか……。そうだよな……。
「茅さん!ありがとうございます!」
「ふふっ、いいのよ。お姉さんはこうやってちょっとでも咲耶ちゃんのポイントを稼いでおきたいの」
…………。最後のは聞かなかったことにしておこう。でも茅さんのお陰でわかった。今日、もう一度母と話をしてみよう。