第六十九話「もう一つの予定」
伊吹のパーティーの日程は決まりそうだし、近衛家が考えることだから俺達は後は待つだけしか出来ない。昨日サロンで呼ぶメンバーと希望日が決まっただけだから招待状が来るまでまだ暫くかかるかもしれない。
それよりも今日はもっと重要な話があった。今日もまた食堂に集まった七人で話をする。
「近衛様の件については希望日やメンバーはお伝えしたので、あとは近衛家から招待状が来るのを待つのみなのですが……、私達は私達で重要なことを決めなければなりません」
「ゴクリ……」
「うん……」
俺が厳粛な態度でそう言うと皆も顔を突き合わせて頷いていた。これからその大事な話し合いが行なわれる。
「それでは私達七人全員が集まってお買い物に行ける日を決めましょう!」
そう……。俺達は七人で集まろうと約束したけどその日取りはまだ未定なままだ。藤花学園に通うような子供達は皆忙しい。習い事や社交界や付き合いやと色々と予定が詰まっている。
よほど優先しなければならない用事でも出来れば、元からある予定をキャンセルしてでもそちらを優先することもあるだろう。でも基本的にはそんなことは滅多にない。あっても稀だし本当によほどの用が出来た時くらいだろう。
そんな大事な用でもなく、ただ俺達、つまり子供達が遊びに集まりたいというだけで日程を合わせるのは至難の業だ。近衛家からのパーティーの誘いを受けた、とでもいうのなら家の人も都合を空けるように考えてくれるだろうけど、ただこの七人が集まって遊べる日を作りたいんです、と言っても誰も聞いてなどくれない。
そんな中でどうにかして皆で集まれるように、とにかく空いている日を話し合う。
「私が空いている日は……」
「とりあえず皆自分の空いてる日を書き出しましょう」
「この日はちょっと……」
皆あーでもないこーでもないと必死に話し合っている。でも決まりそうにない。現時点での皆の空いている日を書き出してもらっても全員が完全に空いている日はなかった。
やっぱりこれだけの面子で全員が空いている日なんてそうそうないということだろう。一日だけ……、とても惜しい日がある。六人までが予定の空いている奇跡のような日だ……。だけどその日は……。
「この日がどうにかなれば……」
「ですね……」
「他に全員の都合のつく日と言えばもう来年になっちゃうわよ……」
皆の視線が突き刺さる……、ような気がする。多分皆はそんな目で俺を見ていないと思うけど……、俺は負い目で自分で勝手にそう感じてしまっている。何しろ六人は揃って空いているのに一人だけ空いていないのは俺なんだから……。
薊ちゃんが言う通り、もうこの日を逃せば年内は無理だろう。奇跡的に六人が空いているこの日を逃せば……。
「わかりました……。私がこの日を空けられないか母に尋ねてみます」
ゴクリと喉が鳴る。あの母に……、遊びたいから日を空けてくれと頼む……。それがどれほど度胸のいることだろうか。それもこの七人で集まりたいというだけで特別な何かがある日というわけでもない。
「すみません……。咲耶ちゃんにそのようなことを頼んでしまって……」
「でも他に空きそうな日はないしね……」
皆は済まなそうにしながらもそう言う。やっぱり俺が空ければいいのにと皆思ってたんだろう……。
「あっ!でもあまり期待しないでくださいね。あくまで母に頼んでみるだけです。まだこの日が絶対大丈夫というわけではないので……」
皆に釘を差しておかないとな……。期待だけさせておいて母に却下されて『やっぱり無理でした』とかなったら皆に何て言えばいいのかわからない。
「まぁ大丈夫だよ。そもそもこの日ってあまりに先すぎるから予定が立ってないだけで、本当にこの日が空くか私達だってわからないし」
「譲葉ちゃん……」
譲葉ちゃんが身も蓋もないことを言う。そうだろうなとは思っていた。俺だってそうだと思ってたよ。あまりに先すぎるから『空いてる』んじゃなくて『まだ予定が決まってないだけ』だろうとは思ってた。でもそれを言っちゃあおしめぇよ……。
「皆も出来るだけこの日は空けておけるように気をつけるしかないね。まぁこっちの都合で決まるんじゃないんだから気をつけていてもどうしようもないけど」
「「「そうですね……」」」
譲葉ちゃ~ん!止めを刺しちゃだめぇ~!皆一気に暗い雰囲気になっちゃったから!
でも一応皆頑張ってこの日は空けておくことを確認して今日のお昼休みは終わったのだった。
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放課後にサロンでお茶を飲みながら考える。前の席には当然のように茅さんが座ってるけど気にしてはいけない。話かけられたら答えるけど一人で考えたい時だってある。毎回毎回ずっとおしゃべりしていられない。
伊吹と話し合った結果、候補に選ばれた近衛家のパーティーの候補日は九月十月に集中している。薊ちゃんや皐月ちゃん達七人で集まろうと話し合った予定日は十一月だ。
今入っている遊びの予定としては月で言えば一月に一回あるかどうかという所だろう。普通に考えたら十分少ないと思う。小学生なんて毎日遊び呆けていても当たり前だろう。それが月に一回遊ぶ程度だったら少なすぎるくらいだ。
でも今日帰ってすぐに母に十一月の予定を変えて空けて欲しいと言ったら、また遊びすぎだと怒られるだろうか。少なくとも遊ぶ日まで時間が空いていることなんて関係なく、最近パーティーだと言って、すぐにまた遊ぶから予定を空けて欲しいなんて言えば、しょっちゅう遊んでいるような印象を持たれてしまうよな。
だからって母に相談しないなんて選択肢はあり得ないんだけど……、日をおいてまた後で言うというのも良くない。俺の場合はすでに入っている予定を変えてくれと頼むんだから、出来るだけ早く言った方が良い。
あ~、悩ましい……。伊吹が余計なことを言わなければ……、近衛家のパーティーなんてなければせめて一回遊ぶだけだったというのに……。参加したくもない近衛家のパーティーのせいで七人で集まる方がおじゃんになったら最悪だ。
「ねぇ咲耶ちゃん」
「はい?何ですか茅さん?」
俺が考え事をしていると茅さんが声をかけてきた。声をかけられてまで無視する理由はない。というよりサロンに来てすぐに挨拶をしているから無視しているわけでもないし……。
「咲耶ちゃんはお姉さんに何か重大な隠し事をしてないかな?」
「え?茅さんに重大な隠し事ですか?」
何かあったかな?別に何もないような気がするけど……。
俺が前世男です、なんて言えるはずもないし……。ここはゲームの『恋に咲く花』に良く似た奇妙な世界なんですよ、とも言えるはずがない。
何だろう?他に何か隠し事なんてあったかな?
「特に思い当たりませんが……」
「本当に?」
茅さんがズズイッと迫ってくる。でもそう言われても本当に覚えがない。茅さんは何のことを言ってるんだろう?
「じゃあ私から言うわよ?」
「はい……」
ゴクリと喉が鳴る。一体何のことだろう。茅さんは何を言うつもりなんだ……。
「咲耶ちゃん今度たくさんの子達と集まってお出かけするのよね?どうしてお姉さんは誘ってくれないのかしら?」
「……え?」
何?たくさんの子達と集まってお出かけ?薊ちゃんや皐月ちゃん達と集まってお買い物に行く話のことを言っているのか?
「え~っと……、まずそれはどこで?」
そもそも何故茅さんがそのことを知っているのか。別に秘密というわけじゃないけど俺達しか知らないはずだ。それなのに何故茅さんが知っているのか不思議で仕方がない。
「私は咲耶ちゃんのことなら何でも知ってるのよ」
「そうですか……。それは同級生の子達だけで集まってお買い物に行こうと言っていただけなので、茅さんをお誘いすることは考えていませんでした」
別に誘いたくないとか誘わないでおこうとか思ったわけじゃない。ただ単純に一年生ばっかり七人も集まる所に六年生の茅さんを誘おうとは考えられなかっただけだ。
「それじゃ私も誘ってくださるかしら?」
「えっと……、それは……」
たぶん茅さんのことだから日時を言えば他の予定をキャンセルしてでも行くと言うんだろう。今からまた皆で予定を話し合わなければならない、という事態にはならないはずだ。
でもそれでいいのか?茅さんにいつもいつも予定を空けさせて……。そもそもこれは俺だけで勝手に決めていいことじゃないだろう。七人皆に聞かないと俺だけで勝手に誘うわけにはいかない。
皆に聞けばどうしても反対だという子はいないだろう。来るなら来ればというのが正直なところだと思う。でもだからって俺がここで勝手に決めるわけにはいかない。まずは最低でも皆に聞いてから……。
「申し訳ありませんがこれは私達一年生だけの集まりです。正親町三条様はご遠慮ください」
「貴女には聞いていないのだけど?西園寺さん?」
俺が答える前に、サロンでは珍しく皐月ちゃんがやってきてそう言い切った。皐月ちゃんは基本的にサロンでは門流や派閥の所にいるから、俺の所に来て話をすることは珍しい。それなのに今はわざわざここに来て茅さんに待ったをかけた。
「このお約束は私達七人で決めたことです。ですので咲耶ちゃんなら私達が賛成しない限り了承しないはずです。そうですよね?咲耶ちゃん」
「えっと……、それは……」
それはそうなんだけど……、俺もそう考えていたけど……、皐月ちゃんがそう言って俺に同意を求めると角が立つ。俺が一人で茅さんに他の子達にも聞いてみないと了承出来ないと言えばそれほど角は立たなかった。
もしこれで俺が皐月ちゃんに同意すれば俺は皐月ちゃんの肩を持って、茅さんを誘うことを断ったということになってしまう。俺や皐月ちゃんにそういう意図があろうがなかろうがそういう意味になる。これは困った……。
「正親町三条様、一度私達の方で検討させていただきます。それからお返事をします。ね?咲耶様」
「薊ちゃん~~っ!」
ナイス薊ちゃん!助かった!ここで俺がどちらに答えても角が立つ所だった。でもここではっきり茅さんのことを断らずに、持ち帰って七人で話し合うとなればそう角も立たない。誰が断ったとか、誰が嫌だと言ったとかそういうことが曖昧なまま、七人で合意出来なかったから茅さんは誘えないと言えばいい。
「まぁいいでしょう。もともと私はそのお出かけに参加することが目的ではないですからね」
「え?」
じゃあ何でまたこんな面倒なことを言い出したんだ?茅さんだって一年生が七人もいる所へ六年生一人が居るなんて苦痛だろう。最初から参加するつもりはなくあんなことを言い出したというのなら、一体何が目的だったというのか。
「私は咲耶ちゃんと遊ぶ時は二人っきりが良いのです。ただ私を誘うことも忘れていた咲耶ちゃんに少し意地悪をしただけです」
「そうですか……」
いや、どこまで本気なのかさっぱりわからない。冗談なのか?本気なのか?多少本気も入っているけど冗談で言ってるのか?
「咲耶ちゃん、正親町三条様と遊ぶ時は気をつけてくださいね。何なら正親町三条様と遊ぶ時は私を呼んでください」
「そうね。西園寺さんが駄目なら私を呼んでくださっても良いですよ、咲耶様」
「「「…………」」」
そう言うと三人は視線で火花を飛ばし始めた。何なんだこれは……。茅さんも一年生相手にそうムキにならないで欲しい。
「茅さん……、ここは六年生である茅さんが大人の対応を取られるのが良いのではないでしょうか?」
「ふふん……。そうね……。この『お・と・な』である私が引き下がってあげましょう。咲耶ちゃんがどうしてもと言うのですからね」
「くっ!」
「咲耶様……、どうしてですか……」
皐月ちゃんと薊ちゃんは何か負けたみたいな顔をしているけど違う。別に今ので茅さんの肩を持ったとか、茅さんが勝ったというものじゃない。むしろ一年生である俺にそう言われてようやく『大人の対応』をしたなんて茅さんの負けだろう。
でも茅さんがいるこの場でそれを言うとややこしいことになる。茅さんをのせておいて引き下がらせる。それでこの場は収めるのが一番だ。
何だか負けたみたいな顔をしていた皐月ちゃんと薊ちゃんには帰る前に説明しておいた。俺の説明を聞いた二人は途端に元気になっていた。やっぱり大人びているように見えても薊ちゃんと皐月ちゃんもまだまだ子供なんだな……。