第六百八十九話「ノーアポ・ダブルブッキング」
六月も半ばの日曜日……。バンドの練習は土曜日が多いし今日は特にこれといって用事もない。もちろん日ごろの習い事はあるけど、蕾萌会はそんなに差し迫った授業はないし百地流もいつも通りだ。バンドの練習に時間を取られているから少しその分修行がタイトな内容になっているけど、それでも日曜日に朝から晩まで修行しっぱなしというほどでもない。
「ん~~~……」
今は午前の修行も終わって自宅に帰っている。ベッドの上で少し伸びをしてからコロリとうつ伏せにひっくり返った。
「はぁ……」
こうして一人で静かにしているとふと思い出す。先日の皆とのインナー品評会……。皆がスカートを捲り上げて、その下にあるインナーパンツを見せてくれながらその機能性や使用した実感などを生々しく話してくれたあの時間を……。
初等科の頃に何度も行っていたインナーの見せ合いっこ。大人になってきたし色々とまずいだろうと思ってやめていたけど久しぶりに復活した見せ合いっこ……。皆成長していた。それはもう色々と……。
昔はマッチのように細いだけだった足の子達も今や女の子のむっちりした太腿へと成長していた。でもただ太いわけでもなく色気のある女の足になっていたというか何というか。
もちろん見せていたのは見られても大丈夫なために穿いているものだ。決して下着丸出しというわけでもないので何かやらしいことをしていたわけじゃない。一部にはただのズボンを穿いていた子もいるんだからな。でもあの時の皆の秘められたスカートの中を覗いてしまっているかのような時間はとても至福の一時だった。
「うへへへ……」
思い出すだけでも頬が緩んで声が漏れてしまう。あぁ……、また皆とインナー品評会をしたいかも……。
あっ!でもあれをするということはまた俺のスカートの中も見られるということだ。俺がいくらもう限界だと言っても皆にもっとちゃんと見せろと言われてスカートを捲り上げて中身を見られる……。俺は膝上丈のスパッツを穿いていたけどそれでもそれをじっくり見られるなんて……。
「ふぎゃぁぁ~~~っ!」
思い出した俺は恥ずかしさのあまりベッドの上をゴロゴロと転がった。手で顔を覆って勝手に足がバタバタしてしまう。恥ずかしすぎる!もうあんな思いはしたくない!でも皆のインナーは見たい!でもでも俺まであんなことをしなければならないのは恥ずかしい!
「ああぁぁぁ~~~っ!」
ボフボフと枕元に置いてあるぬいぐるみを殴る。何ていうか……、何とも言えないというか……、とにかく変な気持ちだ。何かやらかしてしまって恥をかいて、あとで一人で思い出して悶絶しているような、そんな感覚に襲われる。
「何をされておられるのですか?咲耶様……」
「ひょっ!?もっ、椛っ!?いつからそこに?」
急に声をかけられて飛び上がりそうになった。声のした方を見てみればベッドの足元の方に椛がしゃがんでいた。一体椛はいつから室内にいたんだ……。
「咲耶様がお戻りになられた時に一緒に入室して以来ずっと居りますが……」
「そっ……、そうでしたね……」
そうだっけ……。そういえば椛っていっつも俺の傍にいるから時々その存在を忘れてしまうな。存在感が薄いとか気にも留めていないという意味じゃなくて、あまりに自然にいつもずっと一緒だから居るのが当たり前すぎるというか何というか。
「咲耶様にお客様が訪ねて来られております」
「え……?そのような予定がありましたか?」
椛の言葉に首を傾げる。今日は訪問客の予定はなかったはずだけど……。
「ノーアポです。追い返しますか?」
「あぁ……。いえ。応接室ですか?」
椛の態度から来たのは茅さんだろうと想像がついた。俺にノーアポで家まで突撃してくるのは二人しかいない。そして椛の態度からすると今回は茅さんの方だろう。
「まだ門を入った所です」
「そうですか。それでは玄関へ向かいましょう」
まだ通したわけではなく来たばかりらしい。ずっと俺の部屋に居たという椛がどうして茅さんが来たことを知っているのか不思議だけど、うちの家人達はイヤホンで無線を聞いているので椛も警備や門衛達の無線を聞いたのだろう。
「あっ……」
「え?どうかしましたか?」
ベッドでゴロゴロしていたので椛に少し服を直してもらってから部屋を出ようとしたら急に椛が声を出した。何かあったのかと思って振り返ると椛が渋い顔をしていた。
「もう一人ノーアポで……」
「あぁ……」
どうやらダブルブッキングしてしまったようだ。まぁこちらが予定や約束をしていたわけじゃないんだからダブルブッキングという言い方は正しくないんだろうけど……。そもそもノーアポで突撃してきてるわけだしな……。
「とにかく迎えに出ましょうか」
「はい……」
とにかく先に到着するであろう茅さんを迎えに玄関へと急いだのだった。
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現在応接室には不機嫌そうな顔をした茅さんと不機嫌そうな顔をした紫苑が座っている。予想通り先に来たのは茅さんで、その後すぐに紫苑がやってきた。二人とも自分以外にも人が来ていたことに不機嫌になったようだけどそれはこちらのせいじゃない。
二人ともノーアポで今日急にやってきたのであり、約束が被ったとか時間を取り間違えたわけじゃない。俺には何の落ち度もないはずなんだけど女の子二人が不機嫌そうな顔で座っていると何だか俺が悪いような気がしてしまう。
「どうしてこのお邪魔虫がいるのかしら?」
「それはこちらの台詞ですけど?どうして貴女がいるんですか?気に入らないならさっさと帰れば?」
「何ですって!」
「何よ!」
「まぁまぁ二人とも……、落ち着いてください」
さっきからずっとこんなやり取りの繰り返しで正直しんどい……。何なら俺が帰るから後は二人でどうにかしてもらいたいくらいだ。
「咲耶ちゃん……、急にこの子が押しかけてきて迷惑を蒙っているのでしょう?嫌なら嫌と言えば良いのよ?この子がごねるようならお姉さんが追い払ってあげるわ」
「ふんっ!アポイントメントも取らずに勝手にやってきたのは貴女の方でしょう?よくそんなことが言えますね?貴女こそお呼びじゃないんですから帰れば良いでしょう?」
「貴女だってノーアポで来たんでしょ!私のは咲耶ちゃんを驚かせようと思ってのサプライズなのよ!貴女のようなただの迷惑な押し掛けとは違うわ!」
「私はちゃんと咲耶様に連絡しました!貴女の方こそ迷惑な押し掛けでしょ!」
「二人とも落ち着いて……」
確かに紫苑は俺に連絡してきた。いつも通り門に着いてからね……。たまに本当に事前にアポを取ってから来ることもあるけど、それでも未だに基本はノーアポで門の前に来てから連絡してくる。今日もそれで事前に約束などなく門の前に来てから連絡してきた。それを約束していたとかアポを取っていたと言って良いものではないだろう。
「はぁ……。二人とも似た者同士なのでは……」
「ちょっと咲耶ちゃん!?酷いわ!お姉さん、こんな礼儀知らずでおバカな子と同じじゃないわ!」
「咲耶様!私はこんな世間知らずとは違います!」
うん。二人とも良く似てるよ……。
もちろん完全に同じというわけでもないしまったく違う所もある。でも性格というかタイプというか、色々と似ている部分が多い。薊ちゃんも紫苑と似ているタイプだとは思ったけど薊ちゃんと茅さんを同じタイプだとはあまり思わない。そうなると薊ちゃんと近い紫苑と近い茅さん、みたいな関係性なんだろうか。
「大体大臣家であるこの正親町三条茅に向かって半家ごときがそんな口を利いて良いと思っているのかしら?」
「あ~ら、ごめんあそばせ。家格しか縋るところのない財力も権力も持たない正親町三条様に対して正直に対応してしまいましたね!」
「なんですって!この成金が!」
「お生憎様。萩原家が財力で優れるのは遥か昔からです」
確かに萩原家が裕福なのは昔からだ。最近急に財を成したわけじゃない。しかも萩原家の財は大臣家である正親町三条家の実に五倍に相当する。五北家は別格としてもそれを抜けば堂上家の中でもトップレベルの財力だ。
「お二人とも……、そのようなことを言い合うために来られたのではないでしょう?」
「お姉さんはただ咲耶ちゃんとお出かけしようと思って……」
「咲耶様は最近、近衛プロダクションに所属しているメンバーとバンドの練習をされているんですよね?バンドメンバーじゃない私はその分咲耶様と一緒に居る権利があるんじゃありませんか?」
いや、それ何て権利?何の権利?どうしてそれを紫苑が持ってるんだ?意味がまったくわからない。
「とりあえずお二人とも遊びに来られたのですよね?それならばそうしていがみ合って時間を浪費するよりももっと楽しく過ごしませんか?」
「でもこの子達とは学園でも一緒で、放課後に勉強会と称して集まっているのでしょう?お姉さんだけ除け者で寂しいわ」
「バンドの練習とか言って私だけ除け者じゃありませんか!その分咲耶様と触れ合う時間を私にもください!」
どちらの言い分もわからなくはない。本当は他とそう変わらない待遇を受けていても、他人が自分は受けていない待遇を受けていると思ったら羨ましく思ったり、ズルイと感じたりするものだ。トータルで考えれば自分も別の形の優遇などがあって結果的には同じだとしても、人間というのはどうしてもそう思ってしまう。他山の石とか隣の芝生という言葉がよくそれを表しているだろう。
「茅さんは科も違い、一緒に勉強会もしておりません。紫苑はバンドメンバーではないのでバンド練習には参加出来ていないでしょう。ですがそれぞれ相手にはない時間を茅さんとも紫苑とも過ごしているではありませんか。相手がズルイ、羨ましいと言うばかりではなく、折角の時間を共に楽しく過ごしましょう。ね?」
「「…………」」
俺がそう言うと二人ともお互いに見詰め合っていた。そして茅さんは肩を竦めて紫苑は溜息を吐いた。
「そうね……。ここで争っても折角咲耶ちゃんと楽しく過ごせる時間を無駄にするだけだわ」
「正直まだ気に入りませんけど咲耶様と楽しく過ごす時間を無駄にしていることには同意します」
よかった。一応二人ともわかってくれたようだ。完全に納得しているかどうかはともかく、少なくともこのまま対立していても良いことはないことは間違いない。どうせなら楽しく遊びたいだろう。俺だって折角時間を取っているんだから二人が不機嫌に罵り合っているのを聞かされるよりも、三人で楽しく有意義に過ごしたい。
「それじゃ今からお出かけしましょ」
「……え?」
「正親町三条茅がいるのは気に入りませんけど仕方ないです。行きましょう咲耶様」
「……ん?」
茅さんと紫苑にそれぞれ片腕を掴まれる。え?何これ?どういうこと?
「えっと?」
「今からお姉さんとお出かけしましょう」
「私は出かけるよりも咲耶様と自宅で一緒にゆっくりしたかったですけど、今回は正親町三条茅の希望に合わせてあげます」
いや……、俺にも色々と予定がありましてね?急に言われてはいそうですかと出かけるというのも……。
「止むを得ません。咲耶様の予定は調整いたします。それでは咲耶様、お出かけのためにお召し替えいたしましょう」
「ちょっ!?椛っ!?」
二人に両腕を持たれていた俺を後ろから椛が引っぺがした。俺から引っぺがされた二人は不満そうな顔をしている。
「柚!咲耶様のお召し替えの間、客人をおもてなししておきなさい」
「合点承知!」
どこから現れたのか茅さんと紫苑の間から急に柚が出てきた。そう言えば椛もよく突然生えてくる。あの特技は椛だけのものではなく柚も出来るのかもしれない。
「さぁ咲耶様はこちらへ。まずはお出かけに相応しいものに着替えましょう。それと私と柚も同行いたします。よろしいですよね?」
「いや、あの……」
応接室から無理やり引っ張られて出て行く。俺って女の子にしては結構力とか強い方だと思うんだけど椛にはまったく抵抗出来ない。椛ってどんだけ力持ちなの?
「どうして椛がついてくるのよ!私と咲耶ちゃんのデートなのよ!」
「そうよ!そもそもメイドが二人もついてくる必要ないでしょ!」
「いやいや、咲耶お嬢様ですから。そりゃメイドの三人や五人は連れて歩きますし、護衛も必要でしょう?」
茅さんと紫苑は椛と柚にギャーギャーと抗議していた。でも椛は聞く耳も持たずに俺を連れて部屋を出る。俺達が応接室を出たから柚があの二人に詰め寄られているけど平然としていた。
昔の柚はもっとオドオドしていたというと変だけど、普通のか弱いメイドさんだったと思う。それなのにこの数年の間にすっかり逞しくなって、茅さんと紫苑に詰め寄られても平気で言い返せるくらいに図太くなってしまったんだな……。あの可愛く儚げだった柚はもういないんだ……。どうしてあんな図太い子になってしまったのやら……。




