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第六百六十五話「合意のデート」


 春休みは忙しいのに短い。いや、短いから忙しいのか?どちらでも良いけど、しなければならないことは大量に山積みなのに時間が足りなくて大変だ。先日から始まったマナー講習に加えて俺の個人的な用事として蕾萌会の春期講習と百地流の修行がぎっちり詰まっている。


 今日も蕾萌会の春期講習に来ているけど……。


「はぁ~~~……」


「そんな深い溜息など吐かれてどうされましたか?菖蒲先生」


 蕾萌会のビルの中で授業中に菖蒲先生は溜息ばかり吐いている。


 俺と菖蒲先生が真面目に授業をしていることに驚いたりしてはいけない。俺と菖蒲先生だって大半はちゃんと授業をしている。授業を抜け出してサボっている時の方が少ないのであって、日ごろはほとんどちゃんと授業をしているのだ。


 ただどうも俺が授業を受けると授業の進みが早すぎるらしい。前世でもすでに習い、今生になってからも何度も学校の授業に先行して習いまくった。予習復習などを考えればもう何度となく繰り返した勉強ばかりであり、それを再びやっても覚えているからサクサク進んでしまうのは止むを得ない。


 それで覚えていることの復習だからとどんどん進めば良いかと言えばもちろんそうじゃないだろう。学園の授業の進みなどにある程度合わせて勉強しないと意味がない。俺が進むのが早いからと春休みの間に中等科三年生の勉強を終わらせてしまっても、また試験前などに内容を戻って勉強し直さなければならなくなる。


 だから単純にどんどん進めば良いというものではなく、今後の授業やテスト範囲に合わせてじっくり進めるのがメインとなっている。


 でもそれだけだとどうしても授業内容が薄くなるというか、授業時間が余ってしまうので仕方なく別枠として学園の授業よりも先々の内容を勉強したり、受験対策の勉強も行っている。その上でどうしても余る時間に関しては授業をサボってマスターの喫茶店に行ったりしているだけだ。


 決して俺と菖蒲先生が日ごろから蕾萌会をサボって遊んでいるわけではない。


「私って影が薄すぎると思うのよ……」


「はぁ……?」


 何か前にも似たようなことを言ってなかったっけ?でも菖蒲先生の影が薄いなんてまったく思わないけどな……。むしろキャラとしては濃いくらいじゃないかと思うけど……。


「そもそも私だけ咲耶ちゃんと会える時間が少なすぎると思うのよね!私だけ歳も離れすぎだし不利でずるいと思うのよ!ね?そう思うでしょ?咲耶ちゃん」


「いやぁ……」


 う~ん……。菖蒲先生の言っていることがいまいち良くわからない。確かに菖蒲先生と会えるのは蕾萌会の授業がある時だけだ。そして年齢もそれなりに離れている。でもそれと不利とかずるいという言葉がどう繋がるのかさっぱりわからない。


「咲耶ちゃん!そこは『わかる』って言ってよ!」


「いやぁ……」


 嘘は吐けない性質なもので……。わからないのにわかるとは言えない。


「そこで私は考えました!」


 あっ……、そのまま進めるんですね……。わかりました。聞きましょう。


「次の春期講習の授業の時に私とデートしましょ」


「はぁ……?……ん?えっ!?」


 デッ、デッ、デッ、デートッ!?


 女の人と?俺が?俺の一方的な思い込みとか、そう解釈しようとしているだけじゃなくて双方合意で本当に本物のデート!?


「菖蒲先生……、それは……、言葉の綾やお友達同士で出かけることをそう言ってるのではなく……、本当に、本当の意味で……、恋人同士がする『デート』という意味で良いのでしょうか?」


 俺はもう堪らずにストレートに聞いてしまった。これで『ただの友達同士のお出かけのことをデートと言っただけなのに何を言っているんだ?』と思われたら最悪だ。でも聞かずにはいられない。これが俺の一方的な解釈ではなく、双方合意の恋人同士がする『デート』と同じ意味であるというのなら……。


「(勢いでとんでもないことを言っちゃったわ……。もしかして咲耶ちゃんに気持ち悪いおばさんだと思われちゃったかしら……。でもここで引き下がるわけにはいかない!)」


 少し菖蒲先生が視線を逸らしてブツブツと言っている。やっぱり俺が本気のデートかと問い返してきて気持ち悪い奴だと思われたのかもしれない。普通なら同性同士でちょっとお出かけする時のもジョークでデートだと言ったりすることもあるだろう。菖蒲先生はその程度のつもりだったのに俺が本気で反応したから引かれたのかもしれない。


「もちろん恋人同士の本気のデートよ!受けてくれるわね?」


 なっ、なんだってー!


 これも菖蒲先生のジョークであることはわかっている。わかっているけど……、それでも浮かれてしまっている俺がいる。ついに……、ついに俺は女性と合意の上でデート出来るんだ……。


 俺が勝手にそういうシチュエーションだからと脳内でデートだと思っているわけでもなく、相手に確認した上でちゃんとデートだと約束を取り付けた。


 菖蒲先生は俺が変なことを言ったから冗談で合わせてくれただけなんだろう。それはわかっている。わかっているけどうれしいものはうれしい。


「はい!菖蒲先生!しましょう!デート!」


「(キターーー!咲耶ちゃんは女の子同士の冗談のつもりかもしれないけどはっきり合意の上での『デート』だって言ってくれたわ!)」


「うへへっ!菖蒲先生とデート……」


「デュフフッ!咲耶ちゃんとデート……」


「「ウェッヘッヘッ!」」


 こうして俺は菖蒲先生と合意の上で初めてのデートに行くことになったのだった。




  ~~~~~~~




「るんるんら~♪るんるんら~♪」


「咲耶様……、今日は随分とお機嫌が良いようですが何か良いことでもあるのでしょうか?」


「えぇ?そんなことはないですよぉ?んふふっ!」


 姿見の前で今日着ていく服を選びながらちょっと腰を捻ったりして横からや斜めからも見てみる。椛にはああ言ったけど実は今日これからのことを俺は楽しみにしている。何しろ菖蒲先生とちゃんと合意の上での初めてのデートだからな。


 今までのように俺だけが勝手に脳内でデートだと思っているとか、女の子同士でのお出かけについても冗談でデートと言っているのとは訳が違う。今回は間違いなく菖蒲先生も『恋人同士のデート』だと確認した上でのお出かけだ。


 もちろん今回のことだって本当は菖蒲先生にとってはいつもの冗談のつもりなのかもしれない。でもそれを聞いて受け取った側の俺が脳内で本当の恋人同士のデートだと思えるのならそれでいい。例え冗談だったとしても俺がそう思えることが重要だ。


「旦那様と奥様が月謝を出してくださっているというのに、当の本人は菖蒲とのお出かけにばかり精を出されているとは……、奥様がお聞きになられたらどう思われるでしょうね?」


「――ッ!?」


 浮かれながら着ていく服を選んでいた俺は椛のその言葉で固まった。


「どっ……、どうして……」


「どうして知っているかですか?私が咲耶様について知らないことなどないのですよ。ですが問題はそこではありませんよね?」


「――ッ!どっ……、どうすれば良いのですか?」


 観念した俺がそう言うと椛はニヤリと笑った。本当にこれが椛なのか?椛がこんな邪悪そうな笑みを浮かべるなんて……。もしかして中身だけ入れ替わったとか、宇宙人や闇の組織に改造でもされてしまったんじゃないかと思える。その椛は一体俺に何を要求するつもり……。


「それでは今度私と二人っきりでデートしてください!拒否権はありませんよ!デートです!恋人同士がするガチのマジの本気のデートです!良いですよね?」


「………えっ?」


 ん?俺の聞き間違いか?さっきまで邪悪に嗤っていたと思った椛は頬を上気させ、尻尾を振りながら擦り寄ってくる子犬のようにそう迫ってきた。その顔がまた何とも可愛らしい。


「ええ……。椛がそれで良いのなら……」


「本当ですか?やったぁ!約束ですよ!絶対ですからね!」


 う~ん……。可愛い……。椛はそれなりに大人のお姉さんのはずなのに、今目の前にいる女性はとても可愛らしく見える。大人の女性に対してこう言うのは失礼なのかもしれないけど年齢よりも遥かに幼く可愛い。


「それで今日のことはお母様には黙っていてくれるのですよね?」


「もちろんです!もし奥様に告げ口したら私と咲耶様のデートも出来なくなる可能性がありますから!」


 そりゃそうだ。もし俺が蕾萌会をサボって遊んでいたなんて母に知れたら俺の行動を全て管理・監視されてしまうかもしれない。そうなれば椛とのデートだって出来なくなる。


「今日のことは私がうまくフォローしますので咲耶様は私とのデートのことだけを考えておいてください!」


「ありがとう?」


 とりあえず椛が協力してくれるのならそれほど助かることはない。椛はとても優秀だし俺と違って母からの信任も厚いだろう。しかも菖蒲先生とデートした後で椛ともデートする約束が出来てしまった。これは俺にとって良いことしかない。


 何で急にこんなに次々デートの約束が舞い込むことになったんだろう?


 人生には三度モテ期があるなんて言われている。もしかして今の俺もそのモテ期なんだろうか?だとすれば折角のこのモテ期を無駄にせず有効に使っていかなければ……。




  ~~~~~~~




 まずはカモフラージュも込めて蕾萌会のビルへとやってきた。菖蒲先生とはここで待ち合わせの約束だ。


「あっ!菖蒲先生!御機嫌よう」


「おはよう咲耶ちゃん!」


 ビルの前に立っていた菖蒲先生と挨拶を交わす。今日の菖蒲先生はいつものスーツ姿と違っておしゃれだ。しかもテンションが高い。これからお出かけだと思うと気分も上がるのかもしれない。


 今までも何度か菖蒲先生とは出かけたこともあるし、冗談でデートだと言っていたこともあるだろう。でも今回は違う。いつもの冗談や俺の脳内変換ではなくちゃんと合意の上での正式なデートだ。


 舞い上がりそうになる気持ちを抑えてまずは蕾萌会に入りカモフラージュしておく。一度は来たという形にしておかないと本当にただのサボりになってしまう。蕾萌会は個別指導なので家庭教師のような面もある。だから一応形だけでも授業をしていて、ちゃんと良い成績を修めたり成績を維持していれば時間や講義内容はある程度自由に出来る。


「咲耶ちゃん……、今日の咲耶ちゃんの服装とても可愛いわよ。でもいつもの格好と違いすぎて結構注目されてるわね……」


「それは菖蒲先生もでしょう?いつものスーツ姿と違って今日はおしゃれで綺麗ですけど、その分蕾萌会の方々に注目されてしまっていますよ」


 俺達は一度中に入って一応春期講習をしている振りをする必要がある。でも菖蒲先生がスーツ以外の格好で授業をしているのを見たことがない。俺がないのだから他の生徒や講師達もないんだろう。皆今日は綺麗に着飾っている菖蒲先生に視線が釘付けだった。


「ふふっ」


「あはっ」


「「あははっ!」」


 菖蒲先生と見詰め合うと自然と笑みが零れてしまった。笑ってる場合じゃないのかもしれないけど抑えられない。隠れてこっそり授業を抜け出してデートするつもりならこんな目立つ格好をしていては駄目だ。お互いにそれくらいわかっていたはずなのについおめかししすぎたらしい。


「まぁいいわ。どうせ蕾萌会には咲耶ちゃんの成績は知らせてるし、多少サボっても何も言われないわよ。何しろ毎回ほぼ全教科満点なんだから」


「ふふっ。そもそも今更ですよね」


 俺達がちょくちょく抜け出していることは蕾萌会の中では公然の秘密というやつだろう。皆俺達が時々出て行っていることくらい気付いているはずだ。でもちゃんと成績を取っているから何か言われることもない。放任と言えば放任だけど結果さえ出せばとやかく言われないのが蕾萌会の良い所だ。


「それじゃいきましょ。こっそりとね?」


「ふふっ。はい!」


 菖蒲先生が茶目っ気たっぷりにウィンクしながらそう言った。こっそりも何も今更な話だけど、だからこそ冗談としてそう言ったんだ。菖蒲先生の冗談に合わせて俺もこそこそと忍び足で蕾萌会から出た。一度入ったけど授業を抜け出してきた俺達の前に椛が立っていた。どうやらビルの前で待っていたようだ。


「それじゃ椛、任せたわね」


「菖蒲に言われるまでもありません。咲耶様と私のために私は私に出来る最大限のことをするだけです」


 菖蒲先生が椛に声をかけると椛も良い顔でそう応えていた。菖蒲先生と椛もいつの間にか随分仲良くなっていたようだ。二人の表情ややり取りは何だか出来る大人の女性同士の友情のようで格好良い。見ているだけで俺の口からほぅっと溜息が出てしまう。


「私からもお願いしておきますね、椛」


「はい!お任せください!」


「私の時とは随分態度が違うじゃない」


「菖蒲と咲耶様への対応が同じなはずないでしょう」


 こうしてこの場は椛に任せ、俺は菖蒲先生とデートに出かけたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 二人とも笑い方がwww
[一言] モテ期。。。咲耶様はずっとモテモテですって うぇっへっへとか 菖蒲先生と咲耶様、互いに女の子が出したらあかん声を出している。。。 これが合意ってやつか 椛=サンが自分のデートも取り付けてる。…
[一言] 良かったな。せんせ
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