小話集03
武者小路蓮華はオカルト趣味だ。昔はそれほどでもなかったかもしれない。ただ少し怖い話が好きだったり、UFOやUMAというものに興味があっただけだった。未知のもの、未解明のもの、現代科学では説明のつかない怪奇現象。そういうものを見聞きするとワクワクしたものだ。
それが高じて年齢を重ねるごとにオカルトに嵌っていき、今ではすっかりグループの皆にもそっちの人だと思われるようになってしまった。
暇と金を持て余している者が趣味に嵌ると大変なことになる。蓮華はその典型であり暇と金にあかせてとにかく興味を持ったことにとことんつぎ込んでいた。マニアやオタクと言われる者達と同じだ。何を趣味にしているかはともかく、そういった者達の性質は同じであり行動原理も変わらない。
「ふっ……、ふふっ……。ふぁ~っはっはっはっ!ついに……、ついに完成したわ!これこそが私の最高傑作よ!」
蓮華は自分の目の前にある、今しがた完成したばかりの人間と見紛うほどの完成度を誇る人形に大変満足していた。蓮華はオカルト趣味に嵌るにつれてとある物作りにも嵌っていった。それは『偶像製作』だ。
一部の宗教などでは偶像崇拝が禁止されていたりする。それをあえて破るようなことは何か反宗教的というか、何か秘められたことをしているような気持ちになれる。悪魔崇拝などでもよくそういった反宗教的な、宗教の教えに反するようなことをしているイメージがある。そこで蓮華は自ら理想とする偶像を作り祀ることを考えた。
蓮華が理想とする最高の神は九条咲耶様だ。普段は『咲耶ちゃん』などと気安く呼んでいるがとんでもない。心の中では神様、仏様よりも上なのが咲耶様なのだ。
咲耶様はお美しいだけでなくお優しく、自分達にも気安く接するようにと言ってくださっている。だから咲耶様の望まれる通り普段はお友達として気安く接しているが、蓮華はいつも心の中では咲耶様を敬い、祀り、崇め奉っている。
蓮華の最終目標は『咲耶教』を興し、世界中に広め、人類全てを『咲耶教』で染めてしまうことだ。全ての人類が『咲耶教』に帰依すれば世界の争いも何もかもなくなる。完全なる世界平和と全人類の幸福を実現するためには全ての人類が『咲耶教』に帰依するしかない。
そのために蓮華は『咲耶教』のご本尊となる偶像作りに没頭していった。時には彫刻で、時には粘土で、時には壁画や絵画で、あらゆる形でそれを実現しようとたくさんの試作を繰り返してきた。しかしどれも完全ではない。
蓮華にとっては目の前に現人神であらせられる咲耶様ご本人がおられるのだ。それに比べてどのような彫刻を作ろうとも、粘土を捏ねようとも、絵を描こうともその神々しさ全てを映し出すことは叶わない。
今まで数多くの作品を作り上げ、蓮華のオカルト部屋にはそれらが所狭しと並べられている。蓮華のオカルト部屋を掃除しているメイド達からはそこは蓮華の手作りの咲耶様グッズが置かれている部屋だと思われているが違う。あれらは御神体、ご本尊にするために作られた『咲耶教』の聖遺物となる……、予定なのだ。
そしてこれまで試作を繰り返してきた蓮華はついに一つの到達点へと達した。それが今目の前に横たわる人形。1/1スケール、等身大咲耶様フィギュアなのである。
全身シームレスのシリコーン製であり、ぬるま湯などで温めながらゆっくり曲げると手足どころか指や首や腰の関節まで曲げることが出来るようになっている。さすがに人間と同じだけ関節があるとは言えないが、それでも一般的に人間がとれるであろうポーズの大部分は再現可能ではないかというほどの関節の多さだ。
髪の一部にはとあるルートから仕入れた咲耶様ご本人の本物の髪が植えられている。また内部には咲耶様の血と髪が埋め込まれており魂の器となるように出来ているのだ。そこに着せる衣類も全て咲耶様が使われた本物の下着や衣類を着せることで限りなく咲耶様に近い器として完成されている。
「器は出来ました……。あとはこれに……。ヒッヒッヒッ!」
床に赤い絵の具で描かれた魔法陣の中に完成した器を寝かせる。そして魔法陣の要所に電気ローソクを置いて点灯させる。本物の蝋燭や火を使うと危ない。安心、安全の電気ローソクで儀式を行うのが蓮華流だ。
魔法陣の中心に器である咲耶フィギュアを寝かせ、周囲に電気ローソクを点灯させ、最後に肝心の生贄を捧げる。バラバラに切り刻まれた哀れな生贄の肉塊を並べて準備は整った。
「これより器に魂を宿す大秘術を行う!」
蓮華は一人しかいないのにそう力強く宣言した。一体誰に向かって宣言しているのかは蓮華にしかわからない。だが蓮華にとってはそれは必要なことなのだろう。突っ込みも不在のその場では何も問題がないかのように流れていく。
「エコエコアザラシ!エコエコドメイン!エロイよ、エッロイよ!エロイよ、エッロイよ!」
突然何かに取り付かれたのかと思うような奇怪な動きをしたかと思うと、蓮華の口から奇妙な言葉が紡がれた。それはまるで何かの魔術的なものであるかのように……。
「ベントレー!ベントレー!アブナイ・ダレダヨ・オスナヨ・ノムナヨ・ベル・オス・ホリマク!」
さらに蓮華はカックンカックンと痙攣でも起こしているのかと思うように動き、呪文?らしき言葉を続ける。
「テカマジヤルコン・テカマジヤルコン・サクタス・サクタス・ララララー!マホリクマホリタ・ナンバラバーン!」
「蓮華お嬢様、今夜のおかずのから揚げを知りませんか?」
「あっ……」
「…………」
蓮華の儀式?が最高潮に達した時、無慈悲にもガチャリと扉が開かれ武者小路家のメイドが入ってきた。蓮華は変な姿勢のまま固まる。しかしメイドはいつものこととして特に反応することもなく部屋を軽く見てから肩を竦めた。
「蓮華お嬢様が遊ばれるのはよろしいですが、おかずを勝手に持ち出すのはおやめくださいね。それでは失礼いたしました」
メイドは何事もなかったかのように等身大咲耶フィギュアの前に置かれていたから揚げの皿を持って出て行った。そこには生贄を持っていかれ、儀式の途中で変なポーズのまま固まっている蓮華だけが残されていた。
「あっ……、あぁ……、あああぁぁぁ~~~~~っ!!!」
秘密の儀式を見られたことで蓮華が悲鳴を上げたのだが、武者小路家ではいつものこととして誰も取り乱すことなく華麗にスルーされていた。
この後夕食に呼ばれた蓮華はおいしくから揚げをいただき、お湯に等身大咲耶フィギュアを浸けて一緒にお風呂に入り、ゆっくりと抱き合える形にポーズを変えた後、自室に運び込みほんのり温かい咲耶様フィギュアと抱き合うように眠りに落ちたのだった。
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日ごろ明るく、何の悩みもなくお気楽に思える河鰭譲葉ではあるが、当然譲葉にも譲葉にしかわからない悩みや苦労というものがある。特にここ最近はとある悩みを抱えていた。
「蓮華ちゃーん!相談に乗ってー!」
「譲葉ちゃん……。アポもなしに急に家に来るのはやめて欲しいんだけど……」
蓮華と譲葉は初等科に上がる前から親しい間柄だった。そのきっかけは元々の家同士の繋がりというものもある。
河鰭家も武者小路家も本を正せば藤原北家閑院流に連なる。閑院流は西園寺家や徳大寺家も含まれる一大勢力でありその嫡流は七清家の三条家が務めている。
細かい流れは省くとして、河鰭家は藤原北家閑院流滋野井庶流であり、武者小路家は藤原北家閑院流三条西庶流であり両者ともある程度は近い流れを汲む。しかしそれだけではなく、藤花学園初等科に入学する前の社交界デビューの時、二人は徳大寺薊様に共に仕えることになった。
本来その時に取り入るようにと両親に言われていたのは九条咲耶様に対してだった。しかし華々しい社交界デビューの日だというのに九条咲耶様が現れることはなかった。そこで両親は次の相手として徳大寺薊様に付くようにと指示を出した。
当時はまだ子供だった二人にはよくわからず、ただ両親があの子と仲良くしなさいというからその通りにしたというだけのことだった。だがこの年になってみればわかる。あれはこの世代の中心人物を、主役を決めるための大切な日だったのだ。それなのに当初取り入ろうと考えていた九条咲耶様は姿を現さず、急遽大人達は他の中心人物を決めた。
その結果若干の混乱が起こり、判断を違えたいくつかの対立集団が出来てしまった。
本来であればこの年は当たり年でありそんな分裂や混乱が起こる余地がない年であるはずだった。それなのに何故か現れなかった九条咲耶様のために、代わりに誰を担ぐかで混乱が生じ、その場で咄嗟にそれぞれが判断したためにいくつかの集団に分裂してしまうという結果になったのだ。
主に人が集まったのは徳大寺薊と西園寺皐月の下だった。それは当然だろう。五北家である九条咲耶を除けばこの世代ではその二人が頭抜けている。しかし一部の者はさらにその二人も避けて第三勢力となったためにこの年のスタートは混乱したものになってしまった。
譲葉と蓮華は元々家同士のある程度の付き合いがあったこと、そして両者とも最初から徳大寺薊に付いたことですぐに仲良くなった。薊も二人の実家の力などを考えて側近として重用したために会う機会も多く、薊グループはすぐに出来上がり仲良くなったのだ。
それから薊グループは咲耶様に吸収され咲耶グループとなったが、今でも譲葉と蓮華は当時からの付き合いのまま親しい関係だった。譲葉がアポなしで突撃してきても武者小路家の家人達が黙って通す程度には……。
「それで?どうしたの?」
呆れながらも蓮華は肩を竦めてから譲葉の話を聞いてみた。
「私の『グーパーですたい』が危険が危ないんだよー!でもチョキはどこへいったんだろーねー?」
「はぁ?グーパー……、チョキ?何?」
譲葉の言葉は意味がわからない。蓮華は必死で頭を働かせながら読み解いていく。
「胸が大きくなりすぎて『グーパーですたい』が危ないんだってー!」
「もしかして……、『クーパー靭帯』?」
「あー!それだー!よかったー!通じたー!」
何かそれがわかっただけで解決したとばかりに譲葉は喜んでいた。しかし何も解決していない。ようやく蓮華に相談事が伝わりそうになったというだけだ。
「それで?クーパー靭帯がどうしたの?」
「私さー、胸が大きくなりすぎてこのままじゃくーぱーじんたいが危ないから気をつけなきゃならないんだってー!」
「…………それは私に対する嫌味なのかな?」
蓮華は自分の胸を見てから譲葉の胸を見た。譲葉はグループで咲耶に次いで二番目に大きい。むしろ学年でも二番かもしれない。それくらいこの二人は大きい。それに比べて蓮華は慎ましい膨らみだ。グループでは真ん中くらい。学年でも真ん中くらい。年齢も考えれば小さくはないが大きくはない。とても健気で慎ましい膨らみがあるだけだった。
「それでねそれでねー!グーパーですたいが切れたらおっぱいが垂れちゃうんだよー!そうならないためにコラーゲンを摂った方がいいんだってー!だから一緒にコラーゲン食べよー!」
「……え?それを誘いに来たの?」
「そうだよー!それとこれから運動する時はしっかり支えられる下着を着なきゃいけないんだってー!蓮華ちゃんもお揃いで着ようよー!」
それは何という地獄なのだろうか。胸が大きい人がきちんと支えたり、運動したりするための下着を……、この慎ましい胸を持つ蓮華が着用する。『あのサイズでそんなこと気にして意味ある?』とか思われるのが目に見えている。
「とりあえずご飯いこー!」
「ちょっ!?譲葉ちゃん!」
譲葉は強引に蓮華の手を掴んで連れ出した。向かった先はとあるお店だった。そこに強引に蓮華を連れ込む。
「さー!食べよー!」
「譲葉ちゃん……、これは?」
蓮華の前に並べられているのは何とも見た目からして恐ろしいものばかりだった。美味しいかどうかはわからないがまず見た目で無理だ。蓮華にはとてもじゃないが食べられる気がしない。
「コラーゲンたっぷりすっぽん鍋だってー!はい。蓮華ちゃん先に味見してー!あーん!」
「ちょっ!まっ!いやぁ~~~っ!」
まったく悪意のない笑顔で……、譲葉が蓮華にあ~んをしてくる。見えるのは黒いというか茶色いというか、食欲をそそらない色と臭いがする塊だった。
「あーん!」
「うぅ……、はむっ……」
嫌でも逃げられない。意を決して蓮華がそれを口に含んだ。その瞬間に広がるなんとも言えない生臭い味わいにリバースしそうになる。武者小路家のご令嬢としての意地でギリギリリバースは踏みとどまったがもう二度と食べたくない。
「どうー?おいしー?」
「うっ……。生臭い……。もういらない……」
「そっかー……。じゃあ私はやめとこー!」
「――ッ!!!」
蓮華は心の中で『おいっ!』と叫んだ。自分には食べさせておいて美味しくないとわかったら自分は食べない。突っ込みたくなるのも当然だろう。
「次はこれねー!」
「ヒェッ!?そっ、それは何?」
「とんこつー?あっ!とんそくだー!」
「ヒィィッ!まっ、待って!いやぁ~~~!」
この後蓮華の拒絶も空しく豚足とミミガーを食わされた。あまりのことに蓮華はもう倒れそうになっているが譲葉に悪びれた様子はない。
「うーん……。コラーゲンを摂るのってむずかしーねー……。やっぱりブラが大事なんだねー!これからは一緒にお揃いのグーパーですたいに優しい下着を着けようねー!」
「この子は……」
蓮華の口がヒクヒクと動く。しかし譲葉に悪気はないのだ。蓮華にコラーゲンたっぷりの食事を食べさせたのも、お揃いの下着にしようと言っているのも、全ては蓮華を心配してのことだということを知っている。
ただ譲葉がクーパー靭帯に気をつけてコラーゲンをたっぷり摂ったり、うまく補助してくれる下着を着用するだけなら勝手に一人ですればいい。わざわざ蓮華の所まできて一緒に食べたり着用したりしようと誘っているのは蓮華の胸も危険にならないように心配してのことなのだ。
例えその蓮華の胸が垂れる心配もないほど慎ましいもので譲葉の気遣いが見当外れのものだったとしても……。
「まったく……、本当に憎めない子よね……」
「れんげちゃーん……、むにゃむにゃ……」
帰りの車の中で自分に寄りかかって眠っている譲葉の顔を見て、蓮華もそっと体を寄せてゆっくり進む車がもう暫く家に着かなければ良いのにと思っていたのだった。




