第六百一話「狙撃」
競技を終えた俺達はまた席へと戻ってきた。待っていたメンバー達が労ってくれる。
「おかりなさいませ咲耶様!さすがでした!」
「咲耶ちゃん凄かったです」
「もしかしたら杏の言う通りアンドロイドかもしれないので調べさせてもらってもいいですか?」
「ありがとうございます、薊ちゃん、芹ちゃん。それと蓮華ちゃんはその手をやめてください……」
薊ちゃんの言う『さすが』というのが何がどう『さすが』なのかはわからないけど、二人が普通に褒めてくれていることはわかる。まぁ可愛い女の子に『凄かったです』とかうっとりした表情で言われたら善からぬ想像をしてしまうけど……。脳内でばっちり記憶して都合の良い時に再生しよう。
それはともかく蓮華ちゃん……、俺はアンドロイドじゃないし、その両手をワキワキさせている手の動きはやめて欲しい。何かとても不安になる。しかもその手の位置や動きが丁度俺の胸の辺りのように思えて、実際に触られているわけでもないのに何かムズムズしてくる。
「咲耶っち凄かったね!」
「……ん!凄かった!」
「えっと……、凄かったです!」
いや……、君達……、他に語彙がないのか?花梨なんかは最後無理に『凄かった』という必要はなかったんじゃないかな?
「え~……、皆さんはご自分の席に戻られなくとも良いのでしょうか?」
「私はもうあとダンスとリレーだけだし」
「……ん。私はダンスだけ」
「鈴蘭ちゃん……、どうしてそんな嘘を……。私と一緒にムカデ競走があるじゃありませんか……」
ふむ……。どうやら鬼灯は本当にもうリレーだけのようだ。女子は全員ダンスがあるからそれはわざわざ言うまでもない。そして鈴蘭は何故か花梨と一緒にムカデ競走があるのに嘘を吐いたらしい。何故そんなすぐにバレる嘘を吐く?
「ほらほら。ムカデ競走の選手を呼んでいますよ。今日は別のチームなので一番は三組を応援させていただきますが、お二人も頑張ってくださいね」
「……ん!咲にゃんが応援してくれるなら一位になる!」
「あはは……、頑張ります……」
鈴蘭はフンスッ!と気合を入れているけど花梨の反応からして恐らく勝ち目はない感じなんだろう。呼ばれていった鈴蘭と花梨を見送ってから席に着いて応援に徹しよう。
「……あの?鬼灯さん……、席に戻られないのですか?」
「二人ともいなくなって私一人で席に戻っても仕方ないじゃん!ここにいちゃ駄目?」
「うっ!」
ちょっと日に焼けた健康そうな少女がウルウルした瞳でこちらを見ている。何というか……、健気に見える。咲耶お嬢様がこんなことをしても何か善からぬことを企んでいると思われるだろうけど、日ごろ爽やかな健康少女である鬼灯がやると本当に困っているように見えるから不思議だ。
「私は構いませんが一応曲りなりにも敵チームですし、私達が全員いるので空いている席がありませんよ?」
まぁ実際にはクラス対抗といっても別に他のクラスを敵視しているわけじゃない。鬼灯以外にも他のクラスの所へ行って友達と話している子もいる。ただ俺は気にしないけど中には気にする子もいるかもしれないし、さっきまでと違って今は俺達が全員揃っているから空いている席がない。ずっと立ったまま見ているわけにもいかないだろう。
「あっ!じゃあさ!咲耶っちの膝の上に乗ってもいい?」
「いや……、あの……、答える前にもう乗られていますが……」
乗ってもいい?って言いながらもう乗っている。俺の膝の上に横向きに座る形だ。これ……、俺の太腿の上に鬼灯のお尻が……。もし俺に象さんがついてたらパオーンしてしまうところだぞ!このお尻の柔らかさ!温もり!気にならないわけがない!
「嫌だった?重い?あっ!それともお尻が硬いかな?じゃあ逆になる?」
「いや……、あの……」
確かに鍛えていたらお尻が硬いかと思っていた。でもそんなことはない。鬼灯のお尻は確かに引き締まって小ぶりだけど女の子らしく柔らかい。野郎のケツと違って柔らかくて、温かくて、色々といけないことを意識してしまう。
「鬼灯さん……、後でシめますね」
「「ヒェッ!?」」
ニッコリ笑っていない笑顔でそう言った皐月ちゃんは本気で怖かった。俺も鬼灯も同時に息を飲み固まる。和風美少女の本気の怒りはとても怖い。
「じょっ、冗談はこれくらいにしようかぁ~……」
「鬼灯……、あんた弱いわね……。皐月に言われたくらいでへこたれてたらこの先咲耶様と同衾なんて一生回ってこないわよ」
あまりの皐月ちゃんの迫力に鬼灯が俺の太腿の上から立ち上がると薊ちゃんが何かヒソヒソと言っていた。それを受けて鬼灯も何か言っているけど歓声がうるさくて良く聞こえない。
「それよりほら!鈴蘭と花梨が走ってますよ!」
「え?あぁ……、そっ、そうでしたね」
そう言われてグラウンドの方を見ると今はどのチームも二年のムカデが走っていた。でも……。
「あ~~~……」
「まぁ予想通りね」
「ははっ……。練習の時からああだったから驚かないよ」
俺の声に薊ちゃんは当然の結果とばかりに肩を竦め、鬼灯は苦笑いしていた。本当なら俺達は三組の応援をするべきなんだろうけど、やっぱり親しい友人が出ているとそちらを目で追ってしまう。だけど鈴蘭はまったく動きが合っておらず、ついには四組のムカデは前につんのめって皆転んでいた。
横に盛大にこけたわけじゃないから怪我はしていないと思うけど、前につんのめってバタバタと倒れたから立ち直るのに時間がかかっている。その間にもレースは進み、結局大方の予想通り四組は最下位となっていたのだった。
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午前最後の大きな出し物として全学年男子による合同組体操が行われた。前世で自分達が組体操をしている時は大変な思いをしただけで何が面白いのかと思ったけど、人がしているのを見ている分には確かに目を引くかもしれない。綺麗に揃っていたり、大技が決まった時は思わず声が漏れてしまった。
組体操が終わると午前のプログラムは全て終了となり昼食休憩に入った。同じクラスのメンバーに加えて四組の三人組も一緒に昼食へと向かう。
「保護者の方と一緒に昼食の子もいるけど咲耶っち達は全員こっちでいいの?」
「はい。そのように約束しておりますから」
確かに一部の生徒は保護者と一緒に昼食を摂っている。でも俺達はいつもこのメンバーで揃って食事をしている。何かの催しがある時でも事前に予定を話し合っているので当日に突然誰かがいなくなるなんてことはない。
「ですが無理に全員が揃わなくとも、折角の機会ですのでご両親とご一緒したい方がおられればそちらを優先していただけば良いのですよ?」
何かもういつも一緒だからそれが当たり前みたいになってるけど、保護者が来ているのならそちらと一緒に食事するのも良いと思う。俺達はいつでも一緒に昼食が摂れるけど、運動会や体育祭で両親と一緒なんて初等科から高等科まででも十二回しかチャンスがないしね。
「家族との食事なんていつでも摂れます!ですが咲耶様との食事は学園生の間しか自由に出来ないのですよ!その貴重な一回を潰してまで両親と食べて何の意味があるんですか?」
いやいや……。それ逆でしょうよ……。俺と一緒なんて十二年間の平日のお昼は毎回のようにチャンスがある。でも保護者と一緒に食べれる体育祭の昼食は十二回しかないんだよ?
「あっ!咲耶たん!私もご一緒していいっすか?」
お?向こうから杏がやってきた。
「ええ、もちろ……、あっ」
「え?」
そう言えば杏の顔を見て思い出したぞ。こいつには言いたいことがあったんだ。
「杏さん?誰がアンドロイドでしょうか?あのイジってる放送も何ですか?あれじゃイジメと同じですよね?何か私に恨みでもあるのでしょうか?」
「いや……、あはは……、さいならっす!」
「逃がすか!」
逃げようとした杏をすぐに捕まえて、お昼の間散々お説教してやった。そう言えばその前に何か話していたような気がするけど、誰も何も言わないしそんな重要な話じゃなかったんだっけ?
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午後一番から全学年女子合同でダンスが行われた。食べた直後に踊るなんて何を考えているんだと思うけど、特に激しく動いたり危険があるわけでもない。腹ごなしには丁度良いのかもしれない。
そんなこんなで短い午後のプログラムもどんどん進んでついに最後の種目となった……。今年もこれで体育祭が締め括られる。
『さぁ~~~っ!やってまいりました!最終種目!クラス対抗男女混合リレー!今年も注目はリレーの女王九条咲耶様です!』
いや、俺いつからリレーの女王になったの?そんなのになった覚えはないけど……。あと杏はお昼にちょっとシメすぎたからかマイクパフォーマンスが若干大人しくなっている……、気がする?
『現在総合得点一位は三組!二位二組!三位四組!四位一組となっております!一組は何があっても逆転優勝の目はすでになく、四組は自身が一位になった上で三組が四位の場合のみ逆転優勝が可能です。二組は順位で三組を上回れば自力優勝の可能性がかなり高いです』
一応真面目に解説しているようだな。杏が言う通り二組は三組に勝てばほぼ逆転出来る。ただし四組が一位になると四組に逆転されてしまうので、四組一位の場合は優勝出来ない。
初等科のように最後の最後まで勝負がわからないように逆転可能な点数設定にはなっていない。とはいえやっぱり最後まで盛り上がりたいからかリレーで一位の配点は大きい。そんな状況でもすでに勝ち目がない一組はどうかと思うけど、他の三クラスは中々に熱い状況だ。
『まぁどうせ九条様がぶっちぎっておしまいなので三組の優勝は揺るぎありません!順位や優勝争いは無意味なので皆さん九条様の走る姿を堪能しましょう!』
杏……。どうやらシメ方が足りなかったらしいな……。あとで覚えてろよ?
『位置について……、よーい』
パーンッ!と最後の勝負の火蓋が切られた。俺としても負けてやるつもりはないけど気は引き締めておこう。勝負というのは最後まで何があるかわからない。
「咲耶っち!遠慮は無用だからね!」
「はい。正々堂々と勝負しましょう」
四組女子代表の鬼灯の言葉に頷く。リレーだとスタートする前にすでに差がついてしまっている。だから俺と鬼灯の力比べとは言えない。鬼灯とちゃんと決着をつけるならやっぱり同じスタートラインから同時にスタートしなければ駄目だ。だからこれは俺と鬼灯の勝負じゃない。あくまで三組と四組の勝負だ。
『今……、一年男子が第四コーナーを曲がって……、最後の直線に入ったぁっ!トップは二組!僅差で四組!三組、一組は少し遅れています!これが二年女子にバトンが渡ってどうなるか!?』
先に来ているチームにインコースを譲る。二組、四組が出た後でインコースに入りつつバトンパスを受ける。
「フゥゥッ!」
「「――ッ!!!」」
『速い!九条咲耶様が速すぎる!もうリードしていた二組、四組を追い抜いたぁ~~~!独走状態に入る~~~!』
少しリードされていたけど第一コーナーに入る前には追い抜いた。後はある程度差をつけて錦織にバトンを渡せば……。
「――ッ!?」
『おっとぉ!?どうしたぁ?今突然九条様が姿勢を崩されたぞぉ?何かアクシデントがあったんでしょうか?』
第二コーナーを曲がって直線に入って少し走った頃、俺の足に向かって何かが飛んできた。ギリギリで姿勢を変えてかわしたけどそのお陰でばたついて結構なロスだ。まだコースはあるし後続に追い抜かれたわけでもないから問題はない。でも今のは……、エアガンの弾か?
今のは明らかに俺を狙っていた。誰も気付かなかったのか?あんなあからさまに俺を狙った弾が飛んできたというのに……。いや……、目立たず光も反射しない色の弾だった。観客席からここまであんな小さな弾が見えるはずもない。師匠なら見えるだろうけど一般人には無理だろう。
誰だ?誰が何の目的でこんなことを?というか当たっても大丈夫なのか?威力的には大怪我をするということはないと思う。皮膚を貫くこともないだろう。毒の塊だったとしても体内に入らないのならそう害はない。でもあんなものに狙われていると思ったらレースに集中出来ない。
結局俺が撃たれたのはあの一発だけで他には撃たれることもなく錦織にバトンを渡すことが出来た。でも何とも気分の悪いものだ……。今年の体育祭は色々とケチがついてしまった。撃たれたことは俺が黙っていれば皆にはわからないだろう。無駄に心配させることもないから俺の胸に仕舞っておくか……。
レースは結局三組が逃げ切り優勝。以下二組、四組、一組の順となり幕を閉じた。狙われたのは俺なのか、それとも体育祭の妨害が目的だったのか……。体育祭の妨害にしては最後にあんなことをするのは不可解だし、やっぱり俺が狙いだったと考えるべきか。
まぁ犯人というか、犯人の一味には目星がついている。何故俺を狙ったのかはわからないけど、誰がこんなことをしたのかは次の生徒会選挙ではっきりするだろう。
いつも読んでいただきありがとうございます。
いつもは作品内の解釈について作者の意図と違う解釈をされている方がいても、感想等で書かれていた場合はその方には感想返しである程度説明しますが全体には特に説明しないのですが、前話の鬼灯との話については誤解されている方が多いかなと思って少し補足説明させていただきます。
前話の鬼灯とのやり取りは
鬼灯が「(特別な咲耶様と勝負出来るのは)特別な機会でもないと勝負出来ないのにエントリーしてくれなかった」と言いに行き
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咲耶が(本人は無自覚に)「私達は普通のお友達なのだから一言言うだけでいつでも勝負に応じるほどの仲でしょう?」と答え
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皆が「それをいっちゃあおしめぇよ」(相手にそこまで言われて鬼灯が恥ずかしいでしょ)となり
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鬼灯が咲耶の真意(本人は無自覚)に気付いて笑って見送る
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咲耶が皐月ちゃんに相談すると「すでに咲耶ちゃんが自力で解決したでしょう?」というお話でした。
ただ見方によっては確かに鬼灯が「特別な場で特別な思い出を作りたかった」
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咲耶が「走るのなんていつでも出来るし鬼灯と走るよりグループの子達と遊びたいし」
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鬼灯が寂しく笑ってる
というような感じに読めなくもないなと。
咲耶視点で鬼灯の内心が書かれていないので色々と解釈のしようはあると思って書いておりましたが、今回は感想等から作者の意図と違う解釈をされている方が多いかもしれないと思って補足させていただきました。




