第五百九十五話「話を聞きたい」
「それではお手元の書類をご覧ください」
「「「…………」」」
俺は学園関係者や一部の保護者、生徒会役員達の前で資料を広げて説明を行った。先日体育の授業で俺達が確認したことを纏めて書類にして学園に提出したらその説明会も俺にやって欲しいと言われたからだ。
例年やっている種目や内容に関しては今更俺達がとやかく言う必要はない。事故のあった二人障害物競走や新種目として取り入れられた二人借り物競走についてのレポートや改善案は今説明している。
「……以上の改善案をもって新種目における安全性は確保されるものと確信しております」
「いやぁ、素晴らしい!」
「とても良い出来だと思います」
一通り説明が終わると教師達や一部の保護者からそんな言葉が出てきた。本気でそう思っているかどうかは怪しいけど、少なくとも九条家の娘がこれで大丈夫だと言っているのに下手な反対は出来ないだろう。
もちろん目的は事故を防いで生徒達が安全に競技を行い体育祭を楽しめることが一番重要だ。九条家の威光で反対意見を封殺したいわけじゃない。だから反対や疑問があればいくらでも受け付ける。俺なんて結構抜けている所があるから、自分達でこれで十分だと思っても案外抜けている部分もあるかもしれない。
「何かご質問や疑問点、反対意見などはありますか?」
「九条様とその派閥の皆様が検証されたのですから何も反対などありませんよ!おほほっ!」
「そうですわね!決して、けっっっして九条様に対して反対などありません!」
う~ん……。前回は稲田家と一緒になってやんややんやと学園を責めていた保護者達のこの掌の返りようよ……。
本気で思っているのなら良いけど、ただ九条家の威光で反対出来ないというのならきちんと言いたいことは言ってもらいたい。これで後で何かあって『ほらやっぱり子供が検証したからこんなことに……』なんて言われては堪らない。
「稲田家と松本家のご両親はいかがですか?」
「――!よっ、よろしいんじゃないでしょうか……」
俺が話を振ると稲田母が露骨に視線を逸らして吐き捨てるようにそう言った。どうにも納得していないという感じがする。事故の当事者の親なんだから言いたいことがあればはっきり言ってもらいたいんだけど、地下家の稲田家が五北家である九条家に物申すのは難しいのかもしれない。
でもそれだと前回の強硬な態度がおかしいわけで……。前回はまだ子供が落下してから間もなくだったから興奮していたけど、時間を置いているうちに冷静になって落ち着いたということだろうか?それなら良いんだけどどうにもそうは思えない。
「それでは安全対策は九条さんが纏められた案でよろしいですね?」
「「「異議なし!」」」
最後に校長がそう締めると会議は終了となった。稲田家に集められたであろう保護者達は自分達の子供の安全さえ確保されていれば文句はないんだろう。稲田母も態度としてはあまり納得していない感じだけど表立って反対するほどの意見もないらしい。
体育の授業で本来個別の種目練習をするはずだった時間だけど、先に全体練習など他の練習を前に持ってきただけなのでまだ取り返しはつく。授業が潰れたわけじゃないから後でするはずだった練習を前に持ってきただけだ。今年は例年とちょっとパターンが変わってしまうけどそれは大した問題じゃない。
一応安全対策が見直されたということで俺の出した案が通り、体育祭は予定通り開催されることになったのだった。
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グループの皆の協力のお陰で体育祭は予定通り開催出来ることになった。普通ならそれでめでたしめでたしと言いたい所だけど事はそう単純じゃない。いや……、俺達には関係ないこととしてこのまま終わらせても良いんだけど、どうにもこのままではすっきりしないことがある。
「皆さんのご協力のお陰で体育祭は予定通り開催されることとなりました。ありがとうございました」
「頭を上げてください、咲耶様!」
「そうですよ。私達も藤花学園の生徒として当然のことをしたまでです」
俺が皆に事の経緯を伝えて頭を下げると皆もほっとした様子で笑ってくれていた。皆にとってはこれでめでたしめでたしで良い。ここから先は俺の個人的な問題や興味というだけのことだ。
「私は少し一年の教室へ行ってまいりますね」
「え?それじゃお供いたしますよ!」
俺が一年の教室へ行ってくるというと皆がついてくると言い出した。折角の申し出はうれしいけど俺の目的は稲田海桐花と松本蕗に会って話を聞くことだ。それなのにいきなりグループ全員で行って取り囲めば向こうも話しにくいだろう。
いきなり上級生で取り囲めば脅しているとも取られるかもしれないし、相手の態度だって硬くなってしまう可能性が高い。大勢で取り囲んでおいて話せなんて言ってもフレンドリーな態度とは思われないだろう。
「いきなり大勢で押しかけても相手の方や周囲の方にもご迷惑がかかるでしょう。まずは私が一人で訪ねてみますので皆さんは教室で待っていてください」
「はぁい……」
うん。薊ちゃんはまったく納得していないね。でも納得は出来ていなくとも無理についてくるようなことはない。その辺りはさすがご令嬢だけあってきちんと分別が出来ている。
「そんな声を出すものではありませんよ薊。それでは咲耶ちゃん、いってらっしゃい」
「いってらー!」
「はい。それでは少し行ってまいります」
皆に見送られて教室を出る。目的地は一年一組で、用があるのは稲田海桐花と松本蕗だ。今回の騒動のきっかけとなった二人だけど、俺はこの二人とじっくり話したことはない。保護者達が押しかけてきた時にその場に一緒にいたけど、二人ともほとんどしゃべらず黙って俯いていた。
出来れば俺は今回のことについて二人に直接聞いてみたい。そのためにもまずは一年一組の教室へと向かおう。
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「少し良いかしら?稲田海桐花さん、松本蕗さん」
「「「「「えっ!?九条咲耶様っ!?」」」」」
一年一組の教室に入って目的の二人に声をかけた。体育の時間にペアを組んでいたのだから二人とも同じクラスなのは当然だ。保護者達が集まっていた時に顔は見ていたので迷うことはなかった。他の一年一組の生徒達が俺を見て驚いたような声を上げている。まぁ一年の教室に二年生が来ていたら注目されるのも無理はないか。
「あっ、あぁ……」
「わっ、私達が何か?」
海桐花と蕗は少し怯えたような表情で俺を見上げている。そりゃ先日にあんなことがあって、一騒動起こって、しかもその後の検証だの改善案だのを俺が出した。その俺がやってきたとあっては何か文句の一つでも言われるのかと思って身構えるのも無理はないだろう。
「いえ、特に大したことではないのよ。もう足は大丈夫なのかしら?海桐花さん」
「うぇっ!?あっ!あっ!その……、まだ少し痛みますが……」
うん。嘘だな。俺が一年一組の教室に入る前、海桐花は蕗の机の周りを歩いていた。特に足を引くようなこともなく普通にだ。今二人がいる席は蕗の席なのだろう。もし海桐花の足がまだ痛いのならば蕗が海桐花の席へ行くはずだ。それが逆で先ほどまで平然と歩いていたのに『まだ痛い』は説得力がない。
ご両親にそう言えと言われているからなのか。それとももう足が治っていると俺に言ったら何かまずいと思ってしまったのか。何にしろ咄嗟に嘘をついたのは間違いない。もう治っていると言うと『大した怪我でもなかったのに俺の手を煩わせやがって!』と言われるとでも思ったのだろうか。
「そうですか。早く良くなると良いですね。それで今日はお二人に色々とお話を聞いてみたいと思ってきたのです。よければ少しお話いたしませんか?」
「……はい」
「…………」
何か二人ともお葬式みたいな神妙な顔つきになって頷いた。これから俺に何か言われるとでも思ったのかもしれない。でも別に俺は二人を責めようと思って来たわけじゃない。本当に俺は二人から話を聞きたいだけなんだけど、この状況でそう言っても信じてもらえないかもな。
「報告書に書かれていた内容はもちろん承知しておりますし、お二人が保護者の方と同席されていた時に言われた内容は把握しております。ですが……、よければもう一度、今度はもっと『詳しく』色々とお聞かせ願えませんか?」
「「…………」」
二人は不安そうな顔でお互いに顔を見合わせていた。俺達が安全対策を考える上で二人の身の上に起こった事故については詳しく聞いている。でも二人の話は妙だった。理路整然としすぎているというか、作られたシナリオをそのまま読んでいるかのような説明だった。
事故があった直後は本人達も興奮していただろうけど、何度もそのことを話しているうちに次第に説明が整理されていったというのはあるかもしれない。最初は本人達も整理しきれず、興奮状態でうまく説明出来ていなかったものが、何度も話しているうちに要点がまとまり、手短に説明出来るようになるというのはあると思う。
でもそれにしても二人の報告書はあまりに整然としすぎていた。
もしかしてだけど……、二人は誰かが書いたシナリオ通りに説明していただけで、実際に本人達に起こったことや感じたこととは違う説明をしていたんじゃないだろうか?そんな疑問が拭えない。
「あの……、後ほど場所を変えて……」
「場所を変えるのは構いません。ですがそれは今からです」
「「…………」」
俺がぴしゃりとそう言い切るとまた二人で不安そうな表情を浮かべて見詰め合っていた。ここで時間を置きたいというのは他の誰かに連絡して相談する時間が欲しいと言っているようにしか聞こえない。まさか俺がいきなりやってくるとは思っていなかったんだろう。だから俺が説明を求めて来た場合の備えを何もしていなかった。
後でと言うのはその間に誰かに相談してどう対応したらいいか確認したいということだろう。ならば俺はここでこの子達に時間を与えるわけにはいかない。あくまで俺はこの子達自身の言葉で、感じた通りに起こったことを話してもらいたい。
「次の授業に遅れても良いように私の方から担当教師に説明いたします。ですのでこれからお話していただくことに何の問題もありません。良いですよね?」
「…………はい」
俺がにっこり微笑みかけてそう言うと稲田海桐花はついに首を縦に振ってくれた。一度職員室に行って、次の授業は俺とこの二人は遅れると伝えてから二人が話しやすい場所へと連れて行く。その間の移動で海桐花は平気な顔をして普通に歩いていた。やっぱり足がまだ痛いというのは嘘だったようだ。
「さぁ、それではここでお話いたしましょうか」
「「えっ!?」」
「こっ、ここここっ……」
こここっ、こけこっこ?海桐花はにわとりになったのか?
「ここはまさか……」
「五北会サロンじゃないですか!?」
「ええ、そうです。ここならば邪魔も入りませんし外に声が漏れることもありません。お茶やお茶請けもありますしゆっくり寛ぎながらお話ししましょう」
二人を安心させるように微笑みかけてあげる。二人を連れてきたのは中等科五北会サロンだ。ここなら多少中で騒いでも音が外に漏れる心配はない。それに不意に無関係の人が入ってくることもない。学園の椅子と違ってソファやテーブルもあるし、お茶もお茶請けもある。これほど寛げる贅沢な空間は他にないだろう。
「さぁ、どうぞ」
「ひっ!」
「――ッ!――ッ!」
俺が扉を開けて二人を招き入れる。でも何か二人はおっかなびっくりという感じで固まっていた。五北会は伊吹とかいうアホボンがいるせいで評判が悪いんじゃないのか?普段のサロンは俺や薊ちゃんや皐月ちゃんのような人畜無害のご令嬢達が集まってお話しをしているだけだけど、伊吹達のような者がいるためにイメージが悪くなっているんだろう。
「そんなに心配せずとも今の時間は誰も来ませんよ」
「誰もこない……。九条様と対面で……。ぶくぶくぶく……」
「海桐花ちゃん!しっかりして!私を置いて気絶しないで!」
伊吹みたいなバカが来ないと教えてあげて安心させてあげたというのに、何故か海桐花は泡を吹いて倒れてしまった。でも倒れたからといってお開きにされてしまっては困る。
「目を覚まさせる前にソファに運びますね。よっ!」
「えっ!?人を一人そんな簡単に担げるものなんですか!?」
「ん?」
「……え?」
蕗と俺がお互いに首を傾げる。蕗は何を言っているんだろう?人を担いで運ぶのにはコツがある。手や足を骨折していたり、力の弱い女性であっても、人や荷物を担ぐコツを知っていれば簡単に担げる。もちろん最低限の腕力は必要だけどそれだって物凄く強い力が必要なわけじゃない。
「これくらい簡単ですよ。蕗ちゃんもコツを掴めばすぐ出来ます。あっ!そうそう。前後してしまいましたが蕗ちゃんと呼んでも良いでしょうか?」
「え?あっ……、はい……」
何か目をぱちくりさせている蕗に微笑みかけてから海桐花をソファに運んで座らせた。さぁ……、それじゃ目を覚まさせてから話を聞くとしますか。




