第五百五十六話「あちこち会議」
そこは真っ暗な部屋だった。何もわからないほどに真っ暗な部屋の中で女の子の声が上がった。そしてその声に反応するかのように女の子が座っていた机が光り、その女の子を下から照らし出す。
「ついにこの時が来たわね……」
机に両肘をつき、指を絡ませて手を組んでいる。その手でまるで口元を隠すかのように顔を軽く乗せているのは徳大寺薊だった。
「そうね……」
別の少女が声を上げるとその少女の前の机も光を放ち少女を照らし出した。暗い部屋に二人の少女の顔が浮かび上がる。
「ついに咲耶ちゃんが……」
「立つ時が来たのですね」
次々に声が上がり、その声に反応するようにそれぞれの少女達の机が光りだす。円卓を囲むように座る少女達が七人、光に照らされて浮かび上がった。
「咲耶様による『貴族統一計画』……、それがついに動き出すわ」
「咲耶ちゃんが全てを統べる王だー!あははっ!」
「ちょっと譲葉!折角雰囲気を出しているのにぶち壊さないでよ!」
この場の雰囲気にそぐわない譲葉の言葉や態度に薊が怒り出す。他のメンバー達は苦笑を浮かべつつ薊と譲葉の間を取り成した。
「まぁまぁ薊ちゃん……。それよりも私達もこれからに向けて話し合わなければ……」
「そっ……、そうね……。ゴホンッ!それじゃ気を取り直して……」
薊も別にどうしても演出に凝っているわけではない。ただ何となくそんな雰囲気で始めてしまったので途中でぶち壊した譲葉に苦言を呈しただけだ。そんなことよりも大事なのは中身であり、それをこれから話し合っていかなければならない。
「とにかくまずはついに咲耶ちゃんが全門流・派閥の統一のために動き出したということを全メンバーに周知徹底しておきましょう」
「そうね……。皐月の言う通りよ。まずは咲耶様のファンクラブや協力組織、隠れメンバーに至るまで全ての者にこれからのことについて周知徹底する必要があるわ」
「咲耶ちゃんが立つ時のためにこれまで準備してきたんですもんね」
蓮華の言葉に他の者達も頷く。表立って咲耶グループと言われる同級生グループはここにいる七人しかいない。しかしそれが全てではないのだ。咲耶グループのメンバー達はいつか必ず咲耶様が全ての貴族を、派閥を、門流を統一し女帝として君臨する日がやってくると信じていた。だからそのための準備に余念がなかった。
密かに咲耶シンパを集め、組織を作り、徐々に徐々に時間をかけてあちこちへと浸透させていた。イベントの時だけ騒ぐミーハーのような者達ではなく、心の底から咲耶様を敬い、忠誠を誓い、命を懸けられるほどの本物の忠臣達を選りすぐり、表に出てこない裏組織として根を広げ続けた。
咲耶が将来貴族社会を、いや、この国を背負って立つ人物になることは誰もがわかっていたことだ。だがそれはまだまだ先だと思っている者も多い。確かに咲耶グループの人脈やネットワークの広さはあったとしても、それらは子供同士での話でしかない。家の方針を決定出来る親世代当主には何の影響力もない。
子供達が藤花学園で共に育ち、やがて大人になり、家を継いだ時……、その時ようやく咲耶世代の者達が貴族社会を、延いてはこの国を真の意味で支配出来るようになる。誰もがそう思っている。だが違う。咲耶様の才覚を持ってすればそこまで待つ必要などまったくない。
派閥・門流はもとより世代すら超えて、現当主世代すら咲耶様に心酔している者は増えてきている。あとは何か決定的な決め手があれば雪だるま式に咲耶様への支持も集まるだろう。その最後の一押しが何かはともかく、その時のために咲耶グループのメンバー達はこれまで奔走してきたのだ。いつ咲耶がその気になり行動を起こしても大丈夫なように……。
しかし気の優しい咲耶様は力ずくで他者を支配することを望まれない。だから今まではそういったことに興味も示されず逆らう者達にも寛大な処置しか取られなかった。その咲耶様が杏の件をきっかけについに貴族社会統一に向けて動き出される覚悟を決められた。
ならば自分達がすべきことはただ一つ!咲耶様のために全ての派閥・門流を糾合し、咲耶様を頂点とし、咲耶様が理想とされる社会を実現する!そのために出来ることは何でもするのだ!
「後で竜胆や李達にもここでの決定を伝えないといけないわね」
「そろそろあの子達もこの会議に参加させてあげても良いんじゃないかしら?」
「そうだねー!」
メインメンバーは咲耶と同級生の七人だが他にもこの会議のメンバーは多い。というより場合によっては茅や杏が参加したり、下級生達が参加することもある。ただ下級生達は竜胆や李や射干といった上位の家の子だけで秋桐達下位の家の子達を呼ぶことは滅多にない。
「秋桐ちゃん達はどうでしょうか?」
「地下家以下の子達はまだそっとしておいてあげた方が良いと思いますよ……」
椿の言葉に芹が困ったような顔をしてやんわり注意した。芹は地下家以下の子達の気持ちがわかるのだ。自分もこんな席に呼ばれているが非常に恐縮してしまうばかりで分不相応だと思っている。そんな場に五年生の子達まで巻き込むのは気が引ける。
「萩原紫苑とかはどうします?」
「「「う~ん……」」」
茜の言葉に皆が顎に手を置いて唸った。紫苑が咲耶にベタ惚れなことはわかっている。別に敵だとは思っていない。いや、恋敵という意味では敵なのかもしれないが、咲耶を盛り立てていく仲間という意味ではちゃんと仲間だと思っている。だが……。
「萩原紫苑は何か……、わがままだし、口が軽そうだし、呼ばない方が良いんじゃない?」
「「「ははは……」」」
薊の言葉に皆は苦笑しか出来ない。それを薊が言うか?という感じではあるが、本人に向かってそれを言える者はいない。皐月であってもさすがにそこまで言うのは憚れる。
「正親町三条様はどうでしょうか?」
「正親町三条様はそれこそ口が軽すぎでしょう。先日の杏の件もありますし、少なくともこちらが一斉蜂起した後でないと教えるわけにはいきません。事前に察知されては妨害を受けたり失敗する可能性もありますから」
椿の言葉に皐月が答える。別にクーデターを起こそうというわけではないのだが、まるで皐月の言い方ではそういった企みをしているかのように聞こえてしまう。ただクーデターではないが、確かに各所の重要な家を咲耶派閥に取り込もうと思っていることが事前にバレれば対応されてしまう可能性はある。なるべくギリギリまで秘密にしておく方が良いのは確かだった。
「優先して取り込む家やその方法については咲耶ちゃんが指示される前にこちらでも進めておきましょう。言われてから始めたのでは私達の評価も下がってしまいますからね」
「そうだねー。最近私達あまり活躍してないしねー」
「「「うぐっ……」」」
譲葉の言葉に全員が胸を押さえる。完全にクリティカルヒットで反論出来ない。
確かに日ごろから咲耶の身の回りに侍り、守っているのは自分達だ。しかし咲耶のために何か出来ているかと言われればこれといって何か功績があるわけでもない。下準備や裏工作はこれまでもしてきたが、それだって咲耶がその気になれば一人で出来たことばかりだ。
自分達がいなくてはならない存在なわけではなく、咲耶様の慈悲により仕事を与えられ任されているに過ぎない。自分達の代わりなどいくらでもいるし、そもそも自分達がした仕事など咲耶様にとってはどれほどのことでもない。
「大体今回の杏の件……、咲耶様は杏に肩入れしすぎじゃない?あれじゃまるで……」
「そうですね……。これでは二人が、いえ、杏がヒロインのようではありませんか……」
「もしかして咲耶ちゃんは……」
「杏さんのことが一番……」
「それ以上言っちゃだめー!」
譲葉はその言葉は聞きたくないとばかりに隣の芹の口を押さえた。今回の事件の顛末や咲耶の対応を見てみれば、それはまるで愛し合う二人のラブストーリーのように思えてしまう。身分差や家のしがらみによる困難を乗り越えて結ばれる正統派ラブストーリーそのものではないか。
「仮に最初はそこまでの想いではなかったとしても、空気や勢いに流されるということもあり得ます……」
「「「…………」」」
障害が二人の恋をますます燃え上がらせるというのは普通に良くある話だ。後で落ち着いてみれば何故こんな奴のことにあれほど執着していたのかと思うことも多々あるが、そういった障害や周囲の反対があるほどに変に盛り上がる気持ちというのは確かにある。
咲耶と杏がそうだとは言わないが、悲劇のヒロインや困難や障害があるほどに、そしてそれを二人で乗り越えるほどに二人の気持ちが盛り上がってしまう可能性は十分にある。
「こっ……、このままじゃ咲耶様が杏に取られちゃう!」
「咲耶ちゃんはそこまで短絡的でもありませんし、すぐにいきなりどうにかなるということはないと思いますが……、確かに気持ちが盛り上がってしまう可能性は捨て切れません」
「どうにかして咲耶ちゃんの気持ちを私達の方に向かせないと……」
「もういっそ強引に咲耶ちゃんを奪ってしまいましょうか?」
皆であーでもないこーでもないと話し合う。当初は『咲耶派閥結成のための会議』だったはずの話し合いは、いつの間にか、いや、いつも通りに咲耶グループによる咲耶への思いの丈をぶちまける会へと摩り替わっていたのだった。
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とある喫茶店にて年齢層がそれなりにバラバラな三人が窓際の席に座っていた。店はすでに閉められており無関係の者が入ってくることはない。ただ窓際の席に座っているために外を通る通行人達はその三人の美貌に見惚れてあちこちで電柱にぶつかったり、人同士で衝突したりしていた。
「今日集まってもらったのは他でもないわ!杏がやばいの!」
「「はぁ……?」」
二人を呼び出した茅の言葉に菖蒲と椛は首を傾げる。何を言っているのか意味がわからない。
「もう少しちゃんと説明してください」
「ちゃんと説明してるじゃない!」
茅はちゃんと説明しているつもりになっているが話を聞いている二人には意味がわからない。菖蒲は塾の講師らしく茅に順序立てて問い質しようやくその全貌を聞き出した。
「ちょっと!?それって咲耶ちゃんが杏を好きってこと!?」
「そんな……、咲耶様が自らの身を差し出してまで杏を……?」
「ようやく事の重大性がわかりましたか?」
茅はふふん!と得意気に反り返っているがそんな場合ではない。茅の得意気な顔にイラッとした二人はすぐさま突っ込みを入れた。
「茅が得意気になることじゃないでしょう」
「そもそも最近私達の影が薄いと思うのよ……。そこへきてさらに一歩リードされるなんて……、このままじゃまずいわよ……」
「「影が薄いのは菖蒲だけでしょ?」」
「なっ!?なんてことを言うのよ!一番気にしていることを二人揃って!」
菖蒲はそのことを一番気にしていた。一人だけ年齢も高いし会える機会も少ない。家や学園で毎日会っている他の面子に比べて蕾萌会の講習の時くらいしか会えない菖蒲はそもそも圧倒的に不利だった。
「そもそもアラサーのくせに中等科生を狙ってるなんて……」
「なっ、何よ!もっと年上なのに咲耶ちゃんを狙ってる人だっているじゃない!」
「へぇ?例えば?」
「え?それは……」
誰が狙っているのかと聞かれればすぐには答えられない。もちろんそういう相手もいるであろうが、すぐに思い浮かぶほど露骨に狙っている年上というのは名前が出てこない。
「そんなことよりもまずはどうにかしなければならないことがあるでしょう!」
「「はい……」」
茅に叱られて二人とも少し声のトーンを落とした。いつもなら滅茶苦茶なことを言う茅を大人の二人が抑える方だが、少なくとも今に関しては茅の言うことの方が正しく二人が脱線しすぎだった。
「このまま杏に咲耶ちゃんを奪わせるわけにはいかないわ!だから二人とももっと真剣に咲耶ちゃんを手に入れる方法を考えてちょうだい!」
「(このまま他の者に奪われるくらいなら咲耶様がお休みの間に寝室に忍び込んで……)」
「(私が一番不利だし、いっそ蕾萌会が終わった後、真っ暗な夜道で襲ってしまおうかしら?)」
椛と菖蒲は真剣な表情を浮かべてぶつぶつと何事かを呟きながら考え始めた。茅も二人が真剣に考え始めたのを見て満足してから自分も考えに没頭する。
「咲耶ちゃんにお薬入りのお弁当でも渡して……、意識を失ったところでうちまで運んでしまえばあとは好きなように……」
「ちょっと茅!それは犯罪よ!」
「無理やり咲耶様を襲おうというのなら見過ごせませんね!」
「じゃあ他にどうするのよ!というか私の考えを勝手に読まないでちょうだい!」
「読んだんじゃなくて茅が口に出してたのよ!性犯罪者!」
「咲耶様の気持ちを振り向かせることじゃなくて無理やり体を奪おうということばかり考えるなんて、この色情魔!」
結局三人の話し合いは特に何か成果や結論が出ることもなく、緋桐が止めに入るまでギャーギャーと騒ぐだけで終わったのだった。




