第五百四十四話「コンサート打ち上げ」
「お疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!」」」
高等科でのコンサートを終えた俺達は舞台を下りてから一気に解放された気持ちになっていた。月曜日から三日連続で行われたコンサートも今日でお終いだ。
「あ~、指がいた~い……」
「私は腕が上がりません……」
皆、指や手や腕を気にしている。実際俺だって指も腕も痛い。こんなことを師匠に言ったら『鍛え方が足らん!』とか言って怒られるかもしれない。でも三日連続で三時間近くぶっ続けの演奏を行っていれば指もボロボロになるというものだ。
途中で休憩を挟みながらしている練習と、一発勝負でぶっ続けで終わりまで演奏しなければならない本番では負担や疲れがまったく違う。俺はまだピアノが多いから指を使うといっても鍵盤だけど、弦を使う楽器の子は初日のコンサートが終わった時点で指の皮が剥けていた。
いくらお琴やギターがほとんど直接弦を弾くことがないとしても、それでも指への負担は尋常じゃない。長い年月をその楽器に費やしているプロならともかく、たまにしか触らない俺達のような子供のご令嬢の指がそんなにガチガチになっているはずがないだろう。
ピアノの鍵盤を叩き続けただけでも指が痛いというのに、もっと指を酷使する楽器を使っていた子達の負担はどれほどだろうか。せめて俺に出来ることはしてあげたいけど、俺自身も指や腕が痛くて辛い。ちょっと三日連続でコンサートをしただけでもこれほどとは……。
「咲耶ちゃんは大丈夫でしたか?」
「咲耶様はコンサート中ほとんどずっと出っぱなしですもんね!」
「咲耶ちゃん、手が痛いのなら身の回りのお世話は全部お姉さんがしてあげるわよ!」
皆自分の手がボロボロだというのに俺の心配までしてくれている。茅さんは俺の世話をしようと言ってくれるのは良いけど、むしろ茅さんの方が腕が上がらなくなってるよね?指も皮がめくれている。まめのように白く皮が膨れているからそのうちそれも破けるだろう。そうなるとますます痛くなって大変だ。
「私はピアノの鍵盤を叩いていただけですから……。皆さんこそ指も腕も疲れたでしょう?」
「三日連続で二時間も三時間もほとんどピアノを弾きっぱなしで平気とか……」
「もしや咲耶様はアンドロイドだった?」
何か皆がちょっとヒソヒソ言っている……。
「皆お疲れ様。とってもよかったわよ!」
「ありがとうございます、近衛様」
俺達が控え室で話していると近衛母がやってきた。その顔はホクホク顔で何かを企んでいるようにしか見えない。近衛母がこうやって近づいてきたら何か善くないことを企んでいる気がして身構えてしまう。
「惜しいわよねぇ……。本格的に芸能活動をすれば絶対大ヒット間違いなしなのに……。貴女達は見た目も華やかで、音楽も素晴らしいしパフォーマンスも完璧だわ。曲も映像も飛ぶように売れて、ライブもコンサートも全てチケット完売だと思うけど……」
「近衛様、私達はそういったことはしないという約束で近衛プロダクションと契約したはずですよ。まさか契約を違えるおつもりですか?」
「…………」
「…………」
俺は近衛母に向かってはっきりと告げる。ここでなぁなぁで済ませたら本当に芸能活動をさせられかねない。一応近衛プロダクションに所属はしているけど、芸能活動を強制されないという約束で所属しているはずだ。その契約を覆すというのならこちらも相応の手段を取らなければならない。その意思を乗せて近衛母を真っ直ぐ見据える。
「ふふっ。やっぱりいいわぁ……。私にここまで言える子なんて他にいないものねぇ……。安心してちょうだい。無理に芸能活動をさせるつもりはないわ。その程度のはした金を稼ぐために絶対欲しい人材を逃す方が損失だものね」
「はぁ?」
最初は厳しい表情をしていた近衛母がフッと笑ってわけのわからないことを言い出した。確かに近衛財閥にとっては芸能人が少し稼いだくらいの金なんてはした金なんだろう。そんなはした金のためにうちのグループの子達の家と衝突する方が損失が大きいというのはわかる。
「それに私は貴女達のファンでもあるの。確かに世間に広めてもっと知ってもらいたいという気持ちもあるんだけど……、それよりもこうして秘密にしておくことも楽しいのよ」
「そうですか……」
近衛母の言っていることもわからなくはない。例えばお気に入りのアイドルや歌手がいたとして、そのアイドルや歌手が売れて有名になるのはファンとしてもうれしいことだろう。だけど自分一人だけが知っている素晴らしいアイドルや歌手としてひっそりと愛でたいという気持ちもわかる。
大きく売れてしまったアイドルや歌手は何だか遠くへ行ってしまったようで寂しくなるものだ。それならば小さな町のライブハウスでひっそりとコアなファン達と近い距離で活動していた時の方がよかったと思うこともある。応援している相手が売れて欲しいと思う反面、あまりに売れすぎて遠くへ行ってしまったらそれはそれで寂しくなる。
「さぁさ!それじゃ打ち上げに行きましょう!」
「「「えっ……?」」」
パンパンと手を叩いた近衛母の言葉に全員が驚く。打ち上げ?
「こういうことがあった後は打ち上げをするって相場が決まってるのよ!反対は認めないわ!各家にも許可は貰っているから全員参加ね!さぁ行くわよ!」
「えぇ……」
さすが近衛母というところなのか?すでに皆の家にまで根回ししているとは……。
確かに何かのイベントの後で打ち上げをするというのはわかる。前世ならば俺もそういうことをした経験もある。だけどそれは近衛母のような立場の人がするようなことだろうか?
現場スタッフ達がイベント終わり等にそういうことをするのはわかるけど、俺達のような貴族家の子女が『コンサート終わったから打ち上げしようぜ!』とかそんなノリで良いのか?
「早く行くわよ!全員私についてきなさい!」
「「「は~ぃ……」」」
近衛母は本当にグイグイくるな……。滅茶苦茶引っ張っていくタイプとは思っていたけどここまでとは……。
ともかく控え室で着替えた俺達は近衛母に言われるがまま打ち上げへと向かったのだった。
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バスに乗せられてやってきたのは近衛家の施設だった。自宅ではなく貸しホールだ。そこに居たのは……。
「お疲れ様、咲耶」
「凄かったぞ!パパは感動した!」
「手指が大変でしょう。後できちんとケアを忘れないようにしなさい」
「お兄様、お父様、お母様!」
会場には家族も来ていた。俺達はこんな打ち上げについて何も聞かされていなかったけど、各家の親兄弟は皆知っていて集まっていたようだ。全ての家の全員が揃っているわけじゃないんだろうけど結構な数の家族が来ていた。
「それじゃコンサートお疲れ様!皆のお陰で大成功だったわ!」
前に立った近衛母の挨拶が唐突に始まり、乾杯が行われてからパーティーのような打ち上げが始まった。打ち上げというともっと前世であったような雑なものかと思っていたけど、今回の打ち上げはどちらかと言えばパーティーのイメージに近い。
「お疲れ様、咲耶ちゃん!」
「えっ!?菖蒲先生!?」
ここには関係者しかいないと思っていたのに何故か菖蒲先生も来ていた。ほとんどは演奏したメンバーの家族で近衛家の家族すら来ていない。いるのは近衛母くらいだったのにそんな中に菖蒲先生がいた。両親と少し話をしてから離れていた俺に菖蒲先生が素敵な笑顔で挨拶に来てくれた。
「コンサートとっても素敵だったわよ」
「え?菖蒲先生もコンサートに来てくださっていたのですか?」
コンサートと言ってもチケットが販売されたり、外部から客を呼ぶようなものではなかった。昔にホールを借りて行ったコンサートならチケットも配っていて関係者以外も来ていたけど、今回のコンサートは学園関係者くらいしか入れないはずなのに……。
「ええ。蕾萌会でコンサートの話を聞いてから近衛様にどうにかして欲しいって掛け合っていたのよ」
えぇ……。あの近衛母に?そんなことを頼んだら見返りに何を要求されるかわからないぞ……。そもそも近衛母相手にそんな要求を出来る時点で凄い。俺なら近衛母にコンサートに参加させろとか言えない。
「初日は少し硬かったわね!二日目は硬さは取れていたけど手指や腕が痛かったのかしら?少し調子が悪かったわよね。今日、三日目はもっと疲れていたでしょうけど最後に全てを注ぎ込んでいるという気迫が伝わってきたわ!」
「はぁ?ありがとうございます?…………ん?もしかして菖蒲先生は三日とも来てくださっていたのですか?」
一瞬聞き流しそうになったけど何かとんでもないことを言っていた気がする。今の言い方だとまるで菖蒲先生は小中高のコンサート全てに顔を出していたかのような……。
「当然よ!三日とも最初から最後まで全部聞かせてもらったわ!あっ!実は本番前のリハーサルとかも観ていたのよ!」
「そっ……、そうでしたか……」
えぇ……。何か今日の菖蒲先生はちょっと怖いぞ……。というかいくら塾の授業が本格的に始まるのは放課後以降だとしても、三日も連続で午後を丸々コンサートに費やしていて大丈夫なのか?いい加減菖蒲先生は蕾萌会をクビになるんじゃ?
「私がこっそりコンサートを聴きに行っていて、打ち上げパーティーでこうして登場することもサプライズだったの」
「それは……、まぁ……、確かに驚きました……」
色々な意味でね……。
「何をしているのです!菖蒲!」
「何よ?貴女には関係ないでしょ?椛」
「う~っ!」
「シャーッ!」
俺と菖蒲先生が話をしていると椛がやってきて俺と菖蒲先生の間に立った。先生と見詰めあいながら動物の威嚇のような真似をしている。本当にこの二人って仲が良いんだなぁ。ずっと咲耶お嬢様付きで自分の時間もなく友達を作る暇もなかった椛だけど、こうして親しいお友達が出来てよかったね。
「咲耶ちゃん、そんな者達は放っておいて向こうでお姉さんとお話しましょう?」
「茅さん……」
菖蒲先生と椛がフーッ!フーッ!と言い合っていると後ろから近づいてきた茅さんが俺の手を取って移動しようと言い出した。無理に抵抗するのもおかしいので軽く茅さんに引っ張られていると……。
「ちょっと!茅!何を抜け駆けしようとしているの!」
「そうです。それも咲耶様にそんなに触って……。万死に値しますよ」
「貴女達は貴女達だけで醜い争いをしておきなさい。私は咲耶ちゃんと楽しい一時を過ごすわ」
「何ですって!」
「殺りますか」
「何よ!」
菖蒲先生と椛と茅さんが三人で言い争いを始めた。こうなるともう俺にはどうすることも出来ない。この三人の争いを止めることが出来るのは選ばれし者のみだ。俺は選ばれし者ではないので止められない。
「さぁ咲耶ちゃん、今のうちにこちらへ」
「あぁ、ありがとう皐月ちゃん」
三人の争いをどうしたものかと思って見ていると皐月ちゃんが助けに来てくれた。皐月ちゃんの助けをうけて三人の争いから離れる。
「咲耶様!この料理おいしいですよ!」
「おー!咲耶ちゃんさっきぶりー!」
「咲耶お姉ちゃん!楽しかったね!」
「皆さん……」
皐月ちゃんに連れられて別のテーブルへ行くとグループの皆が集まっていた。どうやら集まっていなかったのは俺だけだったようだ。
「折角のコンサートの打ち上げですから、バンドメンバー全員で集まろうと言っていたんです」
「だから正親町三条様が咲耶ちゃんを呼びに行ってくださったんですけど……」
「あ~……」
それで茅さんが来たけど菖蒲先生と椛に捕まって揉め始めたと……。何かいつも通りすぎて変な笑いが出てしまう。
「咲耶様!リーダーとして音頭を取ってください!」
「えっ……、ええ……」
急にそんなことを言われても俺は近衛母のように前に立って挨拶をすることには慣れていない。事前に準備していたのならともかく急に何か言おうとしてもスピーチなんて浮かばないんだけど……。
「ちょっと待ちなさい!私を置いていくのではありません!」
「正親町三条様、はやくはやくー!」
ドタドタとお嬢様らしくない足取りで茅さんも遅れてやってきた。それに菖蒲先生や椛もついて来ている。これで全員揃ったようだしどうせスピーチをしなければならないのなら、もうこの勢いでやってしまおう。
「一先ず皆さんコンサートお疲れ様でした。色々と大変なこともあった三日間でしたが……、私は皆さんとコンサートが出来てよかったと思っています。最初は大勢の人前で演奏することに不安や抵抗がありましたが……、一年近くも皆さんと演奏の練習に励み、その成果がこの三日間で出せたと思っています。『またしましょう!』とは言えませんが」
「まぁ!」
「ふふっ!」
俺が少し冗談を言うと皆が笑ってくれた。
「皆さんと良い思い出が出来て本当によかった……。それが私の正直な気持ちです。そして……、これからも誰一人欠けることなく皆さんでもっと思い出を作っていきましょう。それが私の願いです」
「咲耶様……」
「咲耶ちゃん……」
皆が少ししんみりしてしまった。やっぱり俺はスピーチとかは苦手だ。薄っぺらな綺麗事を言うだけなら簡単なのかもしれない。でも俺はそういうことはあまり言いたくない。だから本心から思っていることばかり言ってしまう。それではスピーチとして出来の良いものにはならないだろう。だけどこれが俺だから……。
「それでは皆さん、お疲れ様でした。……乾杯」
「「「「「かんぱ~い!」」」」」
もう今日何度目になるかわからない乾杯を皆として、打ち上げのサプライズパーティーはさらに更けていったのだった。




