第五百三十七話「メイド服サプライズ!」
春休みに入って暫く経ったある日、咲耶グループの面々は内心でニヤニヤとしながら続々と九条邸へと集結していた。
出迎えてくれた咲耶は男装執事服を着て、男性っぽいメイクを施してまるで某歌劇団の男役のように完璧に決まっていた。だが今回の目的はそれだけではない。確かに咲耶の男装執事に給仕してもらうことも目的の一つではあったが、それよりももっと凄いサプライズを用意している。
そのサプライズに気付いていない咲耶は爽やかなスマイルを浮かべて咲耶グループの面々を迎えていたが、それを受けてグループメンバー達はさらにニヤニヤが止まらなかった。
「咲耶ちゃんは完全に気付いていませんね」
「あとのサプライズが楽しみです」
「まさか薊が咲耶ちゃんと一緒に出迎えに立っているとは思いませんでしたが……」
先に屋敷内に通された面々は出迎えに立っていた咲耶と薊の姿を思い出していた。薊の抜け駆けのような行動は予定通りというわけではなく、薊が勝手にやっていることだった。本当なら色々と突っ込みたい部分もあったが、あまり下手なことを言うと薊がうっかり今日のサプライズのことまで口を滑らせるかもしれない。
薊は色々考えているようで考えていないし、鋭いようで抜けている。二つも三つも一度に考えることが増えると余計なことを口走ったり口を滑らせる。下手に余計なことを言われるくらいなら黙って今の行動を黙認している方がいくらかマシという判断だった。
「でもまさか……、薊はそこまで考えてあんなことをしているんじゃないでしょうね?」
「う~ん……」
「さすがにそこまで考えているとは……」
「まぁ薊ちゃんは欲望に忠実ですし……」
まさか皆が引き下がるとわかった上でやっているのかとも思ったが、冷静に考えてみれば薊がそこまで考えているとも思えない。単純に自分の欲望に忠実に行動している結果が今の結果だと考えられる。
「とりあえず一緒に出迎えに立っていたことはもう黙認しておきますか」
「そうですね」
下手に突くよりも、今機嫌良く余計なことを口走らないでいてくれるのならと、他の面々は薊の行動については追及しないことにしたのだった。
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「ようこそお越しくださいました皆さん。それでは今日は定期テストを頑張った皆さんへの労いということで私が給仕させていただきます」
全員が揃ってから咲耶は恭しく頭を下げてそう言った。男装執事の咲耶はあまりに絵になりすぎている。それはまるで二次元から出てきた女性向けゲームのキラキラした男性キャラのようだった。美しい女性の顔をつけて男だと言っているような、そんな現実離れした光景に心を奪われる。
しかし勘違いしてはいけないのは、咲耶グループの面々は決して『美しい男性』のようだから心を奪われたのではない。あくまで『美しい咲耶様』が『男性のような格好をしている』ことに萌えているのだ。ここにいる面々は男性にも女性にも興味はない。興味があるのは『咲耶様』唯一人に対してのみだ。
「待ってました!」
「ひゅーひゅー!」
「咲耶ちゃん決まってるー!」
グループメンバー達は茶化しているかのようにそう言ったが決して茶化しているわけではない。本気で言っているがどう言えば良いかわからなかったので、知識にあるそれらしい風に言おうとしたらこうなっただけだった。本人達は至って真面目に咲耶を褒め称えているつもりだった。
「どうぞ。皐月お嬢様」
「ありがとうございます」
一瞬顔が引き攣った咲耶だったが気を取り直して給仕を進めていった。そしてそれぞれのご令嬢達に順番に給仕していく。その所作の美しさ、加えて咲耶様ご自身の美しさ、男装をしていることによって醸し出されている大人の雰囲気やキリッとした凛々しさに、皐月ですら頬を赤らめてポーッと見入ってしまっていた。
「それではいただきますね」
お茶の準備も終わり、お茶請けも出されて、ようやくお茶会の始まりとばかりにまずは紅茶を楽しむ。ご令嬢でありながら執事の所作も完璧である咲耶が淹れてくれた紅茶はいつも自分達が飲んでいるものよりも格段においしく感じられた。そして実際に味が良い。
使っている茶葉が違うとかそういうことではない。同じ銘柄の茶葉を使っていても、同じように淹れたつもりでも、お茶の淹れ方が少し違うだけで味や香りはガラリと変わってしまう。日ごろあまり紅茶に慣れ親しんでいなければ同じに感じられるかもしれないが、堂上家のご令嬢達にはその違いははっきりと感じられる。
「んっ!このケーキおいしー!」
「本当ですね!お茶とも良く合います!」
お茶を楽しんだ後はお茶請けにも手をつける。しかしそれがまたお茶と良く合いとてもおいしかった。こんなベイクドチーズケーキは食べたことがない。
「これはどちらで売っているベイクドチーズケーキなのでしょうか?」
「え?私の手作りですよ?」
椿はつい自分でも買いたくなってどこで売っているのか聞いてみた。しかし返ってきた言葉に全員が固まった。これが……、このおいしいベイクドチーズケーキが咲耶様の手作りだったなんて……。
咲耶の手作りというだけでもグループメンバー達にとってはご褒美どころではない。いくら積んでも惜しくないほどのものだというのに、さらにその出来がこれほどであるなど信じられない思いだった。
咲耶が昔から色々とお菓子作りなどもしていることは知っていた。これまでにもご相伴に与ったこともある。しかしそれにしてもプロのパティシエ顔負けの腕というのはどうしたものか。九条家のご令嬢がお菓子作りの腕でもプロ並など一体どれほどご自身を高められているというのか。
このベイクドチーズケーキに使われている材料はどれも一級品だ。クリームもチーズも有名な牧場からこのためだけに直送されてきたものであり、チーズも工場で量産されたものではなく昔ながらの製法によって熟成されたものを使っている。
細々した物ではビスケットやバターなども最高級品を取り揃えており、これらを一式揃えるだけでも庶民からすれば趣味で使える金額を逸脱している。もちろんここにいる堂上家の面々ならばその程度は大した額ではない。また高級品を寄せ集めたからといって良い物が出来るとも限らない。
それらの組み合わせや相性、作る者の技量や素材に合わせた配分、配合があってこそのものであり、咲耶がいかにお菓子作りに精通していて惜しまず研鑽し、これらの素材に合った分量や配合を研究しているかが伺える。そんな珠玉の逸品に舌鼓を打つ。
「いやぁ、とても堪能させていただきました!」
「それではそろそろ……」
「次の段階へと進みましょうか」
「…………え?次の段階?」
咲耶様が手ずから淹れてくださった紅茶と、手作りしてくださったベイクドチーズケーキを堪能したメンバーは次なる行動に移ろうとしていた。一瞬あまりのお茶とケーキのおいしさに本来の目的を忘れそうになっていたが忘れるわけにはいかない。むしろここからが本番なのだ。
何かを感じ取ったのかジリジリと下がろうとしている男装咲耶様だったが、その後ろに立った椛にガッシリと掴まれてしまった。
「さぁ、咲耶様、覚悟してください」
「もっ、椛っ!?」
硬い表情で驚いていた咲耶だったがそれが命取りだった。お互いに目配せし合ったグループメンバー達はすぐに咲耶を逃がさないように周囲を取り囲む。
「さぁさぁ!」
「咲耶ちゃ~ん!ぐへへっ!」
「痛くないから……」
「身を任せて……」
「ちょっ!まっ……、アッー!」
包囲を狭めたメンバー達はついに咲耶を捕えて九条邸にある更衣室へと咲耶を連れ込んだのだった。
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更衣室へと咲耶を連れ込んだ面々は早速咲耶を剥いた。男性風メイクを落とし、執事服を脱がせる。
「あっ!ちょっ!待って!待ってください!」
「いいえ!待ちません!」
「咲耶様のお肌が……」
「サラシはいりませんよね!さぁ!全てを曝け出してください!」
「あっ!あっ!あっ!ああぁぁ~~~っ!」
胸を潰すために巻いていたサラシを剥ぎ取る。下もズボンだったのでスパッツを穿いていない。執事服とサラシを剥ぎ取られた咲耶様はパンツ一丁にされていた。
「ぶふっ!」
「こっ……、これが咲耶ちゃんの……」
それは椛以外のメンバーにはあまり見慣れない姿だ。当然全員が咲耶を凝視して……、鼻を押さえたり、目を見開いて網膜や脳にその姿を焼き付けようとしていた。
「さぁ咲耶様、こちらにお召し替えください」
「「「あぁっ!」」」
椛は咲耶の着替えや入浴の手伝いなどをしている。当然日ごろからそういった着替え中の姿は見慣れているのでさっさと咲耶の着替えを進めてしまった。他のメンバー達は折角剥いた咲耶がまた隠れてしまうことを残念に思ったが、いつまでもただ剥かれた咲耶を眺めているだけでは不審に思われてしまう。止むを得ず咲耶の着替えを手伝う。
スカートに着替えさせられると気付いた咲耶はすぐにスパッツを穿いた。サラシを外してブラをつけ、スパッツも装備している。しかしそれでも咲耶は赤面したままだった。
椛に咲耶の体のサイズを教えてもらい、皆で密かに注文して作っていた物。それを今サプライズで咲耶に着せている。服も着替え、メイクも先ほどの男装用とは違う女性用の甘いメイクを施し出来上がったのは……、とても尊いものだった。
「ちょぉっ!?何ですかこれは!?こんな恥ずかしい格好だなんて……」
「とても良くお似合いですよ咲耶様!」
「そうですよ!恥ずかしくなんてありませんよ!」
咲耶は恥ずかしそうにしているが何も恥ずべき所などない。完璧だった。そこにいるのは完璧な可愛いメイドさんだ。本職のプロ向けのメイド服ではなく、少しだけ可愛い感じの、仕事には少し向かないが装飾が凝ったメイド服を着た可愛い生き物がそこにはいた。
顔を赤面させ、恥ずかしそうにしながらプルプルと震えている。その姿はいつもの美しいご令嬢とも、先ほどまでの凛々しい男装とも違う。小動物のように庇護欲を掻き立ててくるか弱い乙女のような姿がそこにはあった。
「それにしてもスカートが短すぎます!これでは下着が見えてしまうではありませんか!」
「咲耶ちゃん……」
「それで短いって……」
「世の中ではそれでも十分長い方なんですがそれは……」
咲耶は必死でスカートの丈を下に伸ばそうとするかのように押さえて引っ張っていた。そんなことでスカートが伸びるはずもないのだがプルプルと震える手で必死に押さえている。
咲耶様は一体どれほど箱入りなのだろうか。
この程度の丈などまだまだ長い部類でありミニスカートなどもっと遥かに短いものだ。それなのに少し膝上丈になっているというだけでこれほど恥ずかしがっているなど……。
「まぁ!まぁまぁまぁ!咲耶ちゃんが真っ赤に!」
「かわいー!照れてるー!」
「これくらいで本気で恥ずかしがっているなんて……、特別天然記念物ですね!」
むしろメンバー達の劣情を煽っていた。あのいつもは凛として美しい咲耶様が、時には男性顔負けなほどに男らしいこともある咲耶様が、顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら恥ずかしがっておられる。メンバー達は全員今自分達の中にある衝動をどう表現すれば良いかわからなかった。
とにかく抱き付いて、撫で回して、嘗め回して、クンクンペロペロして……、ギュッてして、ムニムニして……。自分でもどうしたいのか、どうすれば良いのかよくわからない。何だかよくわからない衝動だけに突き動かされて咲耶に群がる。
これがアダルト三人衆のような知識もあり肉体的にも成熟している者達だったならば咲耶の貞操の危機だったことだろう。だが同級生グループの面々はまだこの気持ちをどうすれば良いのかわかっていない。胸が苦しくなって、切なくなって、どうにかしたいのにどうすれば良いのかわからず吐き出せない。胸のうちにドンドンと溜まり溢れてくるというのにそれをどうすれば良いのかわからない。
「それでは次はこのメイド服で給仕してもらいましょうか」
「えっ!?ちょっ、嘘ですよね?」
「ここからが本番ですよ!」
「このために密かに椛さんにも協力してもらってこの服を用意してたんですから!」
「さー!サロンへ戻ろー!」
「ひっ!まっ、待って!無理!無理ですぅ~~~っ!」
だからいつもと変わらないように行動する。更衣室から咲耶を引き摺り出したメンバー達は、再びサロンに戻ってメイド服姿に着替えて真っ赤になっている咲耶に給仕の続きをしてもらい、心ゆくまで今回の『ご褒美』を堪能したのだった。




