第五百三十六話「頑張ったご褒美は……」
春休みに入って幾日かが過ぎた。蕾萌会の春期講習、百地流の修行、九条家のパーティーに向けたマナー講習など忙しいながらも順調に進んでいると思う。そして今日は本来ならばコンサートの練習が予定されている日だった。でも途中でその予定は変更となり、今日は定期テストで頑張って成績を上げた皆にご褒美をあげる日となっている。
「手作りお菓子は準備出来ていますし……、あとは着替えとメイクと……」
マスター、緋桐さんに菖蒲先生と一緒に習った手作りのベイクドチーズケーキはもう出来ている。量もあるし時間もかかるから前日に用意したものだ。作りたての方が良いのかもしれないけど、焼いたり冷やしたりに時間はかかるし、当日に用意しようとして万が一何かあれば用意が間に合わないことになってしまう。
昨日作って冷やしておいたからケーキは準備出来ているし、どうせ俺の男装執事は皆に何度も見られているし、今日男装執事で給仕をすることは皆も知っている。というか皆からの要望なんだから隠す意味はない。それならばと皆が来る前に着替えやメイクを済ませておく。
「咲耶様!どうしてご自身でメイクされているのですか!?私にお命じください!」
「椛は他に色々と準備があるでしょう?」
「私にとって一番大切なことは咲耶様に関することです!」
「あっ!ちょっ……」
俺が何か言う暇もなく椛は俺の横にやってきてメイクを手伝い始めた。椛には他の準備をしてもらわなければならないんだけど、そちらが間に合うのなら別にメイクの手伝いを断る理由もない。やってくれるというのなら任せてもいいんだけど……、本当に他の準備は大丈夫なんだろうか?
「椛……、他の準備は大丈夫なのですよね?」
「はい!大丈夫です!ですがご心配なようでしたら手を打っておきましょう。柚!向こうを手伝ってきなさい!」
「えぇっ!?そんなぁ……。椛師匠だけ咲耶お嬢様にお触り出来るなんてずるいですよ……」
「つべこべ言わない!さっさと行きなさい!咲耶様が心配されているのですよ!」
「ふぁい……」
椛に命令された柚は渋々メイク室から出て行った。う~ん……。本当に準備の方は大丈夫なのか?むしろ余計に心配になったんだけど……。
「さぁ咲耶様!もっとメイクに磨きをかけますよ!」
「まぁほどほどにね……?」
シュバババッ!と手を動かし始めた椛に任せながら俺は目の前の鏡を見ていたのだった。
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全ての準備を終えた俺は玄関口に出て皆を待っていた。するとこういう時だけ早い薊ちゃんが一番に到着した。
「御機嫌よう薊ちゃん」
「おはようございます咲耶様!少しでも長く咲耶様といたくてちょっと早く来てしまいました!」
何度も言うように相手先を訪ねる時は約束の時間より早すぎるのは良くない。商談や面接で遅れるのは論外だが特に相手のお宅を訪ねるような場合は約束の時間よりやや遅れるくらいが理想的だ。でも薊ちゃんにはそういうことはお構いなしなようでとても早く来ていた。
「ありがとうございます。でも私は他の皆さんのお出迎えをしなければならないので……」
「じゃあ私も一緒にここで皆を待ちますね!」
薊ちゃ~ん……、それはどうなんだい?まぁ今日は別に何か正式な会談というわけでもないし、同級生が集まって遊ぶだけならそんなに気にするようなことでもないのかもしれないけど……。それにしても薊ちゃんはご令嬢としては型破りすぎる。
「御機嫌よう皐月ちゃん」
「御機嫌よう咲耶ちゃん……、と薊……」
「おはよう皐月!」
皆を迎えると全員が全員微妙な顔をしていく。そりゃ俺と一緒に薊ちゃんも出迎えに立っていたら反応に困るだろうな。他の子達が『じゃあ自分も一緒に!』と言わないだけよかったのかもしれない。
「譲葉ちゃん御機嫌よう」
「咲耶ちゃん、薊ちゃん、おはよー!」
「おはよう譲葉」
最後に譲葉ちゃんがやってきてグループのメンバーは全員揃った。譲葉ちゃんも別に遅れているわけじゃないけどやっぱりグループメンバーの中では最後だった。何かもうそういうキャラとして自分でもわざとそういう行動をしているんじゃないかと思えるほどだ。
「さぁ、それでは皆さんお揃いですから中へ入りましょう」
「はーい!」
最後にやってきた譲葉ちゃんと一緒に中へと入ってサロンへと向かう。今日は別に演出とかは必要ないので俺も一緒にサロンへと入った。
「ようこそお越しくださいました皆さん。それでは今日は定期テストを頑張った皆さんへの労いということで私が給仕させていただきます」
「待ってました!」
「ひゅーひゅー!」
「咲耶ちゃん決まってるー!」
何か皆が変なノリで言葉をかけてくれる。どう反応していいのかわからないので苦笑いを浮かべながらとりあえず順番にお茶とお茶請けとして俺の手作りのベイクドチーズケーキを配っていく。
「どうぞ。皐月お嬢様」
「ありがとうございます」
皆に紅茶を淹れていく。淹れ方は基本通りだけど加減の好みは俺の好みに合わせてある。もちろんお茶請けのベイクドチーズケーキに合うようにはしているけど、それでも俺の好みに淹れてあるから皆の好みに合うとは限らない。
それでも今日は俺がホストとして皆をおもてなしして労うんだから、一先ず俺の思うようにしていくのは当然だろう。もちろん皆から好みや淹れ方の注文があればその通りにするけど、皆何も言うことなく俺に任せてくれているので俺の好みを通している。
「それではいただきますね」
「良い香り……」
「ん……。丁度良いですね」
「私もこれくらいが好きです」
皆が紅茶を飲んでそんな感想をくれる。多少はお世辞や社交辞令が入っているかもしれないけどそう言ってくれて少しホッとした。あくまで俺は自分の好みで淹れただけだから合わない人だっているだろう。それでも皆がそう言ってくれて少し気持ちが楽になった。
「んっ!このケーキおいしー!」
「本当ですね!お茶とも良く合います!」
「チーズとクリームの甘みと酸味が程よく、お茶とも良く合ってとてもおいしいです」
お茶請けのベイクドチーズケーキを食べて皆が褒めてくれた。本当は俺のような素人が作った手作りお菓子なんて、日ごろ高級品や有名なパティシエが作った物を食べている皆には物足りないだろう。でも嘘でもそう言ってくれたらとてもうれしい。苦労して作った甲斐があったと思える。
「これはどちらで売っているベイクドチーズケーキなのでしょうか?」
「え?私の手作りですよ?」
「え?」
「……え?」
椿ちゃんとお互いに首を傾げ合う。こんな出来の悪いケーキを売っている店はないだろう。俺はあまり料理やお菓子作りが得意じゃないから緋桐さんに簡単な物を教えてもらって、特別な材料も使わずに庶民的な手作りお菓子くらいしか作れない。
使った材料だってそこらで売っている市販品で、プロのお店で使っているような本格的な物は何も使っていないし、教えてくれている緋桐さんも普通の庶民的な主婦で作り方も普通だ。よくあるお手軽レシピとかをそのまま真似しているに過ぎない。
「「「「「えええぇぇ~~~~~っ!」」」」」
「こっ、こちらは咲耶ちゃんの手作りなのですか!?」
「てっきりどちらかのお店から取り寄せたものかと……」
「私としては一生懸命作りましたが、とてもプロのパティシエが作った物とは出来が違うでしょう?」
皆がやたらと褒めてくれるのでむず痒い。でもあまりにオーバーに言われても素直に喜べない。あまりにお世辞が過ぎればそれは嫌味のようにもなってしまう。皆がそんなつもりで言っているわけじゃないのはわかるけど、あまりに度が過ぎればそう受け取られても止むを得ないだろう。
「いやいやいや!すっごくおいしいですよ!さすが咲耶様です!」
「特別なものは何も使っていませんし、皆さんのお口に合えば良いのですがそれほどのものでもないでしょう?」
本当に市販品の普通の材料を使っただけだし、レシピも簡単なもので隠し味とかそういうものもない。日ごろ良い物を口にしている口の肥えた皆には物足りないくらいだと思う。
「紅茶との相性が抜群なのでしょうね。それがお互いを高め合っておいしさを引き出しているのだと思います」
「皆さんに喜んでいただけたのなら良いのですが……」
皐月ちゃんがそう言ったから一応納得しておく。確かに紅茶との相性は考えていた。お茶の種類だけじゃなくて淹れ方まで含めて丁度合うように考えたつもりだ。それでお互いが程よく合って余計においしく感じられると思ってもらえたなら苦労した甲斐があった。
「いやぁ、とても堪能させていただきました!」
「それではそろそろ……」
「次の段階へと進みましょうか」
「…………え?次の段階?」
皆がお茶とケーキをおいしいおいしいと言って味わってくれた後、何故か目を変に光らせて手をワキワキさせながら俺に近づいてきていた。何か良くないモノを感じ取った俺はジリジリと皆から下がって距離を取る。でも……。
「さぁ、咲耶様、覚悟してください」
「もっ、椛っ!?」
下がろうとしていた俺の背後に立っていた椛がまさかの裏切りをする。俺をがっちりと掴んで離さない。本気で抵抗すれば逃げられるだろう。でも椛や皆を相手にそんなことをするわけにはいかない。そう思って悩んでいる間にとうとう俺は皆に完全包囲されていた。
「さぁさぁ!」
「咲耶ちゃ~ん!ぐへへっ!」
「痛くないから……」
「身を任せて……」
「ちょっ!まっ……、アッー!」
椛に確保された俺は殺到してきた皆に連れられて更衣室へと放り込まれた。そして男装用メイクを落とされ、男装執事服を脱がされ、着替えて新しいメイクを施された。折角この日のために新調した男装執事服だったというのに、皆に特に気付かれることもなくもうお役御免だ。そして……。
「ちょぉっ!?何ですかこれは!?こんな恥ずかしい格好だなんて……」
「とても良くお似合いですよ咲耶様!」
「そうですよ!恥ずかしくなんてありませんよ!」
「この格好を恥ずかしいということは咲耶ちゃんの家のメイドさん達も皆さん恥ずかしいと言っているのと同じですよ!」
「それはそうかもしれませんが……」
今日は男装執事だと言うから平気だと思っていたのに……、更衣室で着替えさせられた俺が着せられたのはメイド服だった。何故俺のサイズぴったりのメイド服があるのかと思う所だけど、椛が向こうに加担している以上は俺のサイズなんて丸分かりだろう。それにしてもこれはあまりに酷い……。
「それにしてもスカートが短すぎます!これでは下着が見えてしまうではありませんか!」
そう……。用意してくれていたメイド服はスカートの丈が短い。完全に膝が出てしまっている。これでは何かあったらすぐに下着が見えてしまうに違いない。もちろん俺はスパッツを穿いているからいきなり下着丸出しということはないけど、スパッツだったとしても男に見られたらと思うと鳥肌が立つ。
「咲耶ちゃん……」
「それで短いって……」
「世の中ではそれでも十分長い方なんですがそれは……」
「どこが長いのですか!?膝が……、膝が出るほどの丈しかないのですよ!?皆さん目を覚ましてください!結婚前の女性が膝を放り出すなんてはしたないでしょう!」
皆は俺を説得しようと思って嘘をついているに違いない。膝上丈なんて穿いて良いのは女児までだろう。結婚前の乙女が膝を放り出して往来を歩くなんてあるはずがない。だってこんなに恥ずかしいんだから!
「まぁ!まぁまぁまぁ!咲耶ちゃんが真っ赤に!」
「かわいー!照れてるー!」
「これくらいで本気で恥ずかしがっているなんて……、特別天然記念物ですね!」
「でも咲耶様は競泳水着は着られていますよね?競泳水着の方が露出は多いのでは?」
「水着で肌が出るのは当たり前です!お風呂で裸だからと恥ずかしい方がおかしいでしょう!?ですが服を着て外に出て人と会うのに裸だったらおかしいでしょう?恥ずかしいでしょう?」
皆はキャッキャと喜んでいるけどそれどころじゃない。こんな丈の短いスカートを穿くなんて信じられない。恥ずかしすぎて顔から火が出そうとはこのことだ。
「ちゃんとスカートを穿いているじゃありませんか」
「裸は恥ずかしいですけど膝上丈のスカートくらい普通ですよ」
「絶対嘘です!こんな恥ずかしい格好が普通なんて嘘です!」
もう恥ずかしすぎる。グループの女の子や椛達しかいないのにこんなに恥ずかしいんだ。それなのにこれで外を歩くなんてしようものなら気絶してしまう。
「それでは次はこのメイド服で給仕してもらいましょうか」
「えっ!?ちょっ、嘘ですよね?」
「ここからが本番ですよ!」
「このために密かに椛さんにも協力してもらってこの服を用意してたんですから!」
「さー!サロンへ戻ろー!」
「ひっ!まっ、待って!無理!無理ですぅ~~~っ!」
俺の抵抗も空しく……、結局この後サロンへ戻ってこの恥ずかしく短い丈のメイド服で給仕をさせられることになったのだった。




