第五百二十八話「想定外に増える」
グループの皆に加えて四組の三人組にも招待状を渡すことに成功した。杏にも渡したしあと中等科で渡すべき相手を見つけようと放課後の校舎内を歩く。
「ああ、紫苑」
「――!?咲耶様!何か御用ですか?」
人気のない廊下を歩いている紫苑を見つけたから声をかけた。するとすぐに悪巧みしてそうな顔でニヤリと笑うとこちらに小走りで駆け寄ってきた。普通の子だったらここは『可愛い笑顔で子犬のように駆け寄ってきた』となる所だと思うんだけど、紫苑がやると何か悪巧みをしている悪役令嬢が笑っているようにしか見えない。
「ええ……。去年からの約束でしたし紫苑にも九条家のパーティーの招待状を……」
「あっ!やっとですか!去年は萩原家にあんな急にパーティーをやらせておいて、いざ九条家のパーティーには呼んでいただけませんでしたもんね!」
「うぐっ……」
まだ俺が話しながら招待状を差し出そうとしていたのに、それに被せて紫苑が痛い所を突いてきた。
確かに俺は中等科が始まってから間もなく紫苑に急遽パーティーを開いてくれと頼んだ。四組の問題を解決するために紫苑と花梨に近づき、利用し、無茶振りをして突然パーティーをさせたというのに、代わりに自分を九条家のパーティーに呼んでくれという紫苑の申し出は断った。普通に考えたらかなり最低だろう。
でも言い訳をさせてもらえるなら九条家のパーティーは色々と特殊だし、こちらだけではなく招待客の方も準備が必要になる。もし去年のパーティーにあのタイミングで紫苑を呼んでいたら紫苑はパーティーで大恥を掻くことになったと思う。
もちろんこんなものは言い訳であり、紫苑のためだと言いながら相手には頼み事をしておきながら、こちらは相手の頼み事を聞かないという酷いことをしてしまった自覚はある。だから次のパーティーでは必ず呼んで欲しいと紫苑に言われていたし、こちらもそのつもりで準備してきた。
あれから随分経ってしまったけど紫苑も覚えていたようだし、俺もようやく約束が果たせて一つ肩の荷が下りた気分だ。
「あっ、九条さん……、と、紫苑?珍しいね。二人で何をしてるの?」
「錦織君……」
「何よ?あんたなんてお呼びじゃないんだけど?や・な・ぎ・ちゃん?」
俺と紫苑が話していると陸上部の練習用ユニフォームに着替えた錦織が通りがかった。特に隠れていたわけじゃないんだから見つかっても不思議ではないけど、何となく俺と紫苑が二人で密会していたようで、しかもそこを紫苑の親戚の錦織に見られたというのは後ろ暗いような気持ちになってしまう。
「おっ、俺のことはいいだろ!それより二人してどうしたの?あっ!もしかして紫苑がまた九条さんに迷惑をかけてた?だったら俺から注意しておくよ」
紫苑にからかわれて少し取り乱した錦織だったけどすぐに持ち直して爽やかにそんなことを言った。少し前までの……、『柳ちゃん』になる前までの錦織だったらそれはとても様になっていると思ったことだろう。下手すると錦織の方が馬鹿な伊吹や腹黒な槐より主人公っぽい気すらしてしまう。でもそれはもう幻想だ……。
どこで道を踏み外してしまったのか……。錦織は爽やか青春熱血少年から女装趣味のうっとりナルシストへと変貌を遂げてしまった。そんな錦織が爽やかぶってこんな格好をつけても締まらない。
「いえ……、紫お……、萩原さんには色々とお世話になっていますし、今度の九条家のパーティーにご招待しようと思っただけなのですよ」
そう言って俺は少しだけ招待状を錦織にも見えるように見せた。それを見て錦織は『へぇ』と声を漏らしていた。
「紫苑なんか呼んで大丈夫?紫苑はマナーも出来てなくてお見合い相手が途中で気分を害して退席しちゃうくらいだし、きっと他の招待客に迷惑をかけるよ」
「ちょっと!私のお見合いの話なんて関係ないでしょ!」
「いや、だからそういう態度が駄目なんだって言ってるだろ!」
錦織の暴露に紫苑が食ってかかる。親戚だからか錦織も紫苑相手なら結構ズケズケと言いたい放題のようだ。家の財力から言えば錦織家と萩原家は天と地ほどの差もあるし、萩原家の方が本家であって錦織家は萩原家庶流なのに結構フランクな関係なんだな。
卜部氏吉田家の庶流が萩原家と藤井家であり、さらにその萩原家の庶流が錦織家となっている。だから錦織家は吉田家の分家の萩原家のさらに分家という立場になる。普通なら二人の関係ももっと主従関係みたいになっていてもおかしくない。でもこの二人はお互いに本音を言い合えるような関係のようで少し羨ましい。
「どうしたの?九条さん。そんな顔をして……」
「……え?」
錦織に言われて自分の顔を触ってみる。別に変な顔をしているわけじゃないと思うけど……。でも一体どんな顔をしていたんだろう。自分で自分の表情は見れないから何とも言えない気分だ。でも理由はわかる。それは……。
「いえ……。本来ならば萩原家と錦織家ではもっと接し方や態度に色々とあるものかと思いますが、お二人はいつもざっくばらんで仲がよろしいなと……」
「俺と紫苑が仲が良いなんてあり得ないよ!」
「そうです!いくら咲耶様でも言って良いことと悪いことがあります!」
ほら……。息ぴったりじゃん。そういう所が仲が良いって言ってるんだよ。
「でもまぁ……、初等科一年の時のことがあったお陰かな?それまではもっと九条さんが言うような『嫡流と庶流』みたいな関係だったよ」
「ちょっ!?いつまであの時のことを持ち出すのよ!いい加減にしなさいよね!女々しい奴ね!あっ、そう言えば柳ちゃんは女の子だっけ?」
「何だよ!それは今関係ないだろ!」
「そっちこそ!初等科一年の時のことはもういいでしょ!」
「あぁ……」
俺の口から妙に得心がいったというような声が漏れた。俺は今ふと……、急に理解してしまったのだ。
ゲームの錦織の設定にそんな説明は詳しく書かれていないけど、恐らくゲームの錦織柳は萩原紫苑との関係がこんな風ではなかったんだろう。もちろんゲームにはそもそも萩原紫苑自体が出てこない。だけどきっとそうに違いない。そしてそれはこの世界でもそうなるはず『だった』。
今錦織が言ったように、運動会でのあの事件が起こるまでは実際に萩原嫡流萩原家の紫苑と、萩原庶流錦織家の柳は本家と分家のような関係だったに違いない。でもそれが変わってしまった。俺というイレギュラーな存在のせいで……。
紫苑は運動会で事件を起こし、萩原家や紫苑には相当ダメージがあったことだろう。そして他の卜部氏吉田流の各家との関係や付き合いも変わったに違いない。騒動を起こしたのは紫苑が勝手にやったことだけど、この世界に『久遠朔矢』というゲームのシナリオ通りに動かないイレギュラーが現れたせいで、この二人の関係も本来の関係から大きく変わってしまったんだ。
「あっ、九条さん!やっぱり紫苑に困らされてるんでしょ?だったら俺もそのパーティーに参加するよ。紫苑は俺が見張っておくから俺も招待してくれないかな?」
「「えっ!?」」
錦織の言葉に俺と紫苑の声がハモッた。そりゃ驚くだろう。いきなり錦織を招待しろだなんて……。
「おい。そこで何をしている?」
「げっ……」
そして……、何故か呼んでもいないのに柾までやってきた。さっきも言った通り別に隠れているわけでもなく廊下で話しているんだから人が来ても不思議ではない。でもそれにしたってどうして次から次へと面倒な奴が集まってくるというのか。
「何でもありません。押小路様がご心配されるようなことは何もありません」
「む?それは招待状か?」
遠回しに『お前には関係ないから向こうへ行っていろ』と言っているのに、目敏く俺が持っている招待状を見つけてさらに追及してくる。実に面倒臭い……。こいつ嫌い……。
「ああ、そうだった。ね?九条さん!俺も呼んでもらえないかな?今から急に、それもこっちからお願いするのも失礼で礼儀がなってないというのはわかるけどさ!ね?俺も九条家のパーティーに呼んで欲しいんだ」
錦織はどうしてこんなに必死なんだ?別に九条家のパーティーじゃなくてもパーティーへの招待くらいいくらでもあるだろうに。何故こんなに必死になって頼んでくるのかわからない。少なくとも建前で言っているような紫苑を監視するためというのは本気ではないと思うけど……。
「ほう?九条家のパーティーがあるのか?九条さん、俺の招待状もここで受け取っておこう。その方が面倒がないだろう?」
「……は?あの……、押小路様に招待状は用意しておりませんが?」
柾は何を言っているんだ?どうして俺が柾をパーティーに招待しなければならいというのか。こいつのこの『自分も招待されていて当然』みたいな自信はどこから出てくるんだろう?ある意味こいつの方が伊吹より『俺様王子』っぽいんじゃないだろうか?
そう言えばゲームでは伊吹が『俺様王子』で柾は『冷徹王子』だけど、この世界ではまったく違うよな。伊吹はただの馬鹿な『残念王子』で、柾は自信過剰な『俺様王子』っぽい。それらも含めて空回りしている『空転王子』といえばそうなんだろうけど、それにしてもあまりにあんまりだろう。
「きゃははっ!何こいつ?馬鹿なの?どうして自分が咲耶様に呼ばれて当然とか思ってたの?ダッサー!」
おい紫苑、あまり柾を煽るな……。こいつは面倒臭い奴なんだ。あまり下手に煽ったら……。
「いっ、いやいや。待て。待て待て九条咲耶……。俺と九条咲耶はここの所、次の生徒会役員選挙に向けて協力したり良い関係だろう?それなのにこの俺に招待状がないなんて嘘だろう?冗談なんだろう?」
完全にうろたえた様子でそう言っている柾が面白い。でも面倒臭い。こいつが空回りしている様子を遠くから見ているだけなら面白いだろう。でも自分が関わっていると面倒臭いだけだ。
「九条さん、俺には招待状をくれるよね?」
「なっ!?……いや、そういえばこの者にも招待状がないと言っていたな。それなのに自分から頼んでいるということは……、俺も頼む!今からでも招待状を作ってくれ!」
「はぁっ!?」
こいつら馬鹿なのか?自分の方から相手に招待してくれって頼むとかどんだけ恥知らずなんだよ。そもそも目的と理由は何だ?柾はわからないけど錦織には何か裏がありそうな気がするぞ。
……まさか誰か好きな子が九条家のパーティーに出るとか?
紫苑……、はないだろうな。紫苑を口実にはしているけど錦織と紫苑の関係は本当にそう言うものじゃないと思う。強いて言うなら喧嘩の絶えない年の近い兄弟という感じだ。致命的に仲が悪いわけじゃないけど、いつも小さなことですぐに喧嘩をしている兄弟っぽい。じゃあ他に誰か……?
うちのグループの子……、にしてはクラスでの態度はあまりそういう感じではないと思う。なら一番可能性がありそうなのは四組の三人組か?普通に考えたら陸上部で接する機会が多い鬼灯かと思う所だけど、四組のイジメ問題で他の二人とも親しくなったはずだから残りの二人の可能性も捨てきれない。いや……、待てよ?もしかして……。
「錦織君……、まさかパーティーにご招待したらドレスで来るなどということはないでしょうね?」
「いやいやいや!違うよ!いくら俺でもそこまで出来ないよ!桜君じゃあるまいし!」
ふむ?違うのか?てっきり仮面舞踏会にかこつけて女装してドレスで来るつもりかと思ったけど……。この慌てようだと本当に違うらしい。少しは考えていたのかもしれないけど、実際にそこまで踏み切れるほど度胸も自信もないっていう所かな。
「九条咲耶!そちらに招待状を作るのなら俺を断る理由もないだろう!」
「それでは率直にお伺いいたしますが、押小路様はどうしてそれほど九条家のパーティーに参加したいのでしょうか?」
何かもう断れそうにないけど一応出来る限りの抵抗はする。せめて理由を聞いて納得出来るものなら招待状を出すことも吝かではない。ただ真っ当な理由もないのに次々招待客を増やすわけにはいかない。
「それでは逆に聞くがどうして俺には招待状がないんだ!?俺達はあんなに親しくなったのではなかったか?何故俺を呼んでくれないんだ!?」
「「うわぁ……」」
あまりに必死な柾に俺と紫苑の声は再びハモッた。あまりに必死すぎる……。そして理由もわかった。
こいつ……、ボッチなんだ……。
多分柾は中等科に入学してからまだ一度も友達からパーティーに招待されてないんじゃないのか?というかそもそも友達らしい友達もいないんじゃないかと思う。『全員参加』とか『全員招待』というようなパーティーにしか出てないんだろう。いつまでもどこからもパーティーに招待されてもいませんなんて恥ずかしくて言えない。それも地下家で最上位格である押小路家の柾ともあろう者が……。
柾が必死なのは俺以外にそんなことを頼める相手もなく、ここで俺に断られたら下手をするとまたあと一年誰からもパーティーに誘われないとかいう事態になりかねないからだ。だからこそここまで必死なんだとわかった。そしてそれはあまりに切ない……。
柾……、お前……、ゲームではもっとクールで格好良い役じゃなかったのか?どうしてこんな面白……、残念……、お笑い要員になっちゃったんだ?
「ぷっ……、くくっ……」
駄目だ……。堪えきれない……。
「ぎゃははっ!ひーっ!ひーっ!必死すぎ!ちょーウケる!あひゃひゃっ!」
紫苑、笑いすぎだぞ。俺だって本当は笑いたいのを我慢しているというのにそんなに思いっきり自由に笑いやがって……、羨ましい。
「ぷふっ!ええ、ええ……。もうわかりましたよ……。それでは錦織君と押小路様にも招待状を出しましょう。今日は用意していませんのでまた後日お渡しいたします。あるいは郵送でも良いのですが……」
「本当?ありがとう!」
「ああ!まぁ当然だな!」
俺がそう言うと二人して食い気味に被せてきた。そんなにうれしかったのか。
「あっ……。押小路様は速水生徒会ちょ……、いえ、速水様もお呼びした方が良いのでしょうか?」
「む?そうだな……。呼べるのなら頼む」
「わかりました。どのようなお返事になるかはわかりませんが速水様にも招待状を出しましょう」
まさか俺が伊吹や槐のような必要最低限の相手以外に男を誘うことになるとはな……。こうして予定外に思わぬ面子が三人増えることになったのだった。




