第五百二十四話「皐月は?」
冬休みが明けてから花梨のことや、それに続いて皆と婚約やお見合いについて話し合ったり色々あった。あっという間に日が過ぎて気がついたらもう一月も中頃。今日は鷹司家のパーティーの日だ。
危うく忘れかけていたけどドレスとかはちゃんと準備していたから俺が忘れていても実質問題はなかったかもしれない。ただ忘れてて急にパーティーだと言われたら俺が驚くくらいだろう。それ以外の準備は皆がしてくれているし、ドレスもずっと前に発注しているんだから当日慌てるということもない。
そんなわけで準備をしていると椛から槐が来たことを告げられて、お出迎えをして、車に乗せられて鷹司邸へとやってきた。
近衛家のパーティーは大規模すぎて準備も長く、伊吹が迎えに来るのも随分早い。長時間待たされるから本番前にまたメイクや衣装を直さないといけないし面倒だらけだ。それに比べれば鷹司家は迎えに来る時間もそんなに早くない。パーティーの規模も大きくないし、待ち時間も少ないし、近衛家のパーティーよりはマシだろうか。
「それじゃ僕はパーティーの準備をしてくるから。九条さんは寛いでいてよ」
「ありがとうございます」
控え室に通された俺は槐が出て行ってからソファに腰掛けた。あとは招待客の出迎えに行くまでは暇だ。こんな時にうまく時間を潰す方法でもあれば良いんだけど生憎とそういう手段は持ち合わせていない。
家で時間を持て余したら空気椅子をしたり、指立て伏せをしたり、時間を潰す方法はあるんだけど、さすがにドレスを着込んでメイクをしているのに汗をかくようなことは出来ない。そもそも家じゃないのにそんなことをしてたら頭のおかしい子かと思われてしまいそうだ。
「どうしたものでしょうか……」
前世なら携帯ゲーム機とかで時間を潰したり、スマートフォンでゲームでも出来たかもしれないけど、これもさすがに人の家の控え室でスマホゲームをしていたら何をしているんだと思われてしまうだろう。携帯ゲーム機は持ち合わせていないし、どちらにしろ同じ理由でゲームをして時間を潰すというわけにもいかない。
暇を持て余した俺が暫く考え事をしていると扉がノックされた。返事をして迎える。どうせ鷹司家の家人か、あるいは槐が来たのかと思っていたけど……。
「お邪魔するわね!咲耶ちゃん」
「こっ、近衛様っ!?どうしてこちらに?」
入ってきたのは近衛母だった。コンサートの練習とかでたまに顔を合わせているから久しぶりということはないけど、何で鷹司家のパーティーで、開始前に控え室にいる俺の所にやってきたのかがわからない。
そもそも俺が早く来ているのは槐のパートナーだからであって他の招待客はまだ来ていない、というかこんな早くに来ていたら帰れと言われるだろう。遅れたら悪いと思って早く来るのはあまりお勧め出来ない。少し早いくらいならともかくこんな早くに来ていたら常識がないと思われるだろう。
そんな時間に何故近衛母が鷹司邸にいて、しかも俺の控え室にやってきたのか……。
「うちは今、山吹がいるでしょう?だから早めに来て控え室を用意してもらったのよ」
いや、言ってることがおかしい!
確かに近衛母は赤ん坊を抱いている。近衛家は第二子のこの山吹がいて大変だというのならそうなんだろう。それは良い。でも問題はそこじゃない。赤ん坊が居て大変だというのなら近衛母はゆっくり遅れて来て、挨拶などを済ませたら早めに帰るべきだろう。どこの馬鹿がその赤ん坊を連れてこんな早くにやって来るというのか。
そもそも近衛家ほどの家なら赤ん坊の面倒を見る人間などいくらでもいるはずだ。無理に近衛母が連れて来る必要などまったくない。しかも赤ん坊を連れているのに早く来るなんて大間違いであり、遅く来て早く帰って短時間で済ませるべきなのに言っていることが滅茶苦茶だ。
「はぁ……」
「あっ!そうそう。山吹はもうすぐ一歳になるのよ。咲耶ちゃんにも是非お祝いしてもらいたいわ」
「え゛っ!?はっ……、いえ……、あの……」
『はい』と言いかけて踏み止まった。ここで余計なことを言うわけにはいかない。もし『はい』なんて言おうものなら『じゃあパーティーをするから出席してね!』とか言われかねない。身内だけの楽しいパーティーならいくらでもしたいけど近衛や鷹司のパーティーなんて本当は全部お断りしたいくらいだ。
現実としてそうはいかないから最低限我慢して出ているだけで、今日だって出なくて良いのなら来なかった。それなのに山吹の誕生日パーティーになんて呼ばれてたまるか。
「ほらほら。山吹~、お姉ちゃんですよ~」
「あ~あ~」
近衛母が抱っこしている山吹をこちらに向けてきた。抱っこされていた山吹は俺に近づいたことで興味を持ったのか声を出しながら手を伸ばしてきている。
「かわいぃ~!」
「あっ!あっ!」
「笑ってるぅ~!」
手を伸ばしてきた山吹が可愛くてその手にこちらの手を差し出してみた。すると俺の指を触りながら笑っていた。とても可愛い。赤ちゃんって見てるだけなら天使だよなぁ。まぁ自分でお世話するとなると大変だけどな!俺は絶対にお断りだけど!
ペットとかもある意味そうだけど、都合の良い時だけ可愛い可愛いとするのはとても楽だ。他人のペットとか、動物がいるカフェとかに行くのがまさにそれにあたる。でもいざ自分で飼うとなると色々とお世話も大変だし、ストレスもたくさんかかる。
自分の子供だったらまた違うと言う意見もあるだろうけど、それでもやっぱり赤ん坊の世話も大変だということは俺でもわかる。こうしてたまに見るだけなら『可愛い』『可愛い』で済むけど、実際に自分の周りに居たらとても大変だ。
「少し山吹の相手をしていてもらえるかしら?私はお手洗いに行ってくるわ」
「はい」
「きゃっ!きゃっ!」
「わらってるぅっ!かわい~!」
近衛母から受け取って抱っこすると機嫌良く笑っていた。可愛くて面白いからついついあやしてしまう。
「それじゃ少しお願いね」
「はい。お任せください」
「…………咲耶ちゃんってこういう所はチョロすぎるわね。少し心配だわ……。私がしっかり教育してあげなくちゃならないわね」
近衛母が出て行った後も俺は抱っこした山吹をあやして遊んでいたのだった。
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暫く山吹と遊んでいるといつの間にか近衛母が戻ってきていた。山吹を返すと近衛母は出て行き、俺はドレスと化粧を直してから槐と一緒に招待客を迎えに出た。
「御機嫌よう」
「まぁ咲耶ちゃん。また綺麗になったわねぇ!」
「ありがとうございます」
一部の親しくしてくれているご夫人達と社交辞令を交わしたりしながら出迎えもすぐに終わった。鷹司家のパーティーは人数が少ないからこういう所では助かる。
槐と一緒に戻った俺はパーティー開始の挨拶を聞いて、パーティーが始まってからの挨拶ラッシュを受けて、ようやく自由の身となった。いくら人数が少ないといっても面倒臭いことは面倒臭い。でもこれでダンスまでは自由だから皆と合流する。
「お疲れ様でした咲耶様!」
「飲み物をどうぞ」
「ええ、ありがとう」
皐月ちゃんが出してくれた飲み物を受け取る。
「咲耶ちゃ……、あっ!」
「え?あぁ……」
こちらへ合流しようとしていた茅さんが通りかかった招待客とぶつかってしまった。そしてドレスに飲み物がかかっている。ジワリとシミが広がっているからこのままじゃまずい。
「茅さん、裏へ……」
「いえ、私が行ってきます。さぁ、正親町三条様!裏へ行きましょう!」
「どうして薊なのよ!ここは私と咲耶ちゃんが二人っきりになる場面でしょう!」
「そんなことを言っていないで!さぁさぁ!早く行きますよ!」
「ちょっ!?引っ張らないで!」
「「…………」」
薊ちゃんが茅さんを引っ張って裏へと行ってしまった。最近薊ちゃん色々と強くなってきたな……。昔は結構茅さんにタジタジだったような気がするけど、最近では一人で茅さんと渡り合っているような気がする。
それよりも皐月ちゃんと二人になってしまった。何となく気まずい。この前の花梨の婚約騒動やその後の話し合いの時に皐月ちゃんだけどうにも様子がおかしかった。もしかしたら皐月ちゃんも婚約関係とかで何か困っていることがあるのかもしれない。でも俺が安易にそこに踏み込んで良いのか?
皐月ちゃんには皐月ちゃんの事情がある。西園寺家にも西園寺家の事情がある。それを他所の家で派閥も門流も違う九条家の、それも娘の一人でしかない俺が下手に踏み込んで良いものだろうか……。
「皐月ちゃんは……」
「……はい」
俺が声をかけると皐月ちゃんも観念したというか、覚悟を決めたというか、そんな顔をして俺の方を真っ直ぐに見ていた。少し呼吸を整えて、震えそうになる声を何とか普通に聞こえるように絞り出す。
「もしかして皐月ちゃんも……、許婚や婚約で何か困っていることがあるのではありませんか?」
「…………」
「…………」
俺がそう言っても皐月ちゃんはただ真っ直ぐ俺を見ているだけだった。否定も肯定もしない。もし違うというのならすぐに違うと言うはずだ。でも皐月ちゃんは何も言わずにただ真っ直ぐ俺を見ていた。
「咲耶ちゃん……、この前のお話の時に薊が言っていたことを覚えていますか?」
「はぁ?」
そりゃ覚えてはいるけどどれのことを言っているのかはわからない。俺が気の抜けた返事をしていても皐月ちゃんは構わずに先を続けた。
「初等科一年生の時、初めて会った時薊とその取り巻きの子達は咲耶ちゃんに随分な態度でしたよね。もちろん私も咲耶ちゃんや薊達に随分な態度でした」
「ええ、まぁ……」
その話をしたことも、当時皆がゲームのイメージとまったく違っていて驚いたことも覚えている。ゲームでは皆咲耶お嬢様の取り巻きとしてべったりだったのに、初等科一年の時はあんなに棘があって驚いたものだ。
「私も実家から近衛様や鷹司様との縁談をもぎ取るようにと言われていました。だから咲耶ちゃんや薊はライバルだと思っていました」
「…………」
それはそうだろう。その話は薊ちゃんの時も思ったことだ。そして皐月ちゃんも同じように言われていても何も不思議じゃない。五北会に入るような家の子は皆そう言われていたことだろう。
「私も薊も咲耶ちゃんのことを侮っていたのですよ。いくら家柄が良くとも社交界にも出てこない、いえ、出てくることも出来ない出来の悪い子だと思っていたのです」
「あ~……、そう思われても止むを得ませんね……」
実際俺は社交界から逃げ回ってたわけだし、当時はまだそんなにマナーもしっかり出来ていなかった。今でも極めたとは思っていないけど当時は本当に酷いものだったと思う。
「もし……、咲耶ちゃんが普通に他の子と同じように初等科に上がる前に社交界デビューをして私達と顔を合わせていれば……、また違った関係があったかもしれません」
「えっ!?」
え?え?ちょっと待って……。じゃあ……、もしかして……。
いや、そうだよ。何で俺は今までそんなことに気付かなかった?咲耶お嬢様とその取り巻き達は初等科一年の時からそういう関係だった。俺はそれが初等科に入ってから築かれた関係だと思っていたけどそうじゃない。ゲームの咲耶お嬢様は俺と違って普通に社交界デビューしてたんだ。そしてそこで薊ちゃんや皐月ちゃん達と出会った。
「社交界デビューのパーティーで咲耶ちゃんと出会っていたら、私も薊も初等科に入ってから咲耶ちゃんと張り合おうなどとは思っていなかったでしょうね」
「そっ……、そうでしょうか……」
やばい……。俺は……、始まった時点でもうレールからはずれていたんだ。途中で何かの拍子にルートやレールからはずれたんじゃない。そもそも根本的に俺は前世を思い出し、今生が始まった時点ではずれていた。これは致命的だ……。当時の俺が馬鹿すぎて殴りたい。
「でも私はそのお陰で今の私達が出来たと思っています。最初に咲耶ちゃんに突っかかって、身の程を思い知らされたからこそ……」
「え?」
皐月ちゃんはそんなに俺に突っかかってなかったような気がするけど?薊ちゃんとその取り巻きメンバーは俺に結構きつかったけど、皐月ちゃんはどちらかと言えばすぐに俺をフォローしてくれて……。
「あの当時咲耶ちゃんに近づいていたのも計算だったんですよ。でもそんなことをしている間に器が違うことを思い知らされたんです」
「皐月ちゃん……」
皐月ちゃんはフッと笑った。でも……、何も答えになっていない。
何故急にそんなことを言ったのか。さっきの問いの答えは何なのか。何もわからないまま……、モヤモヤした気持ちのまま鷹司家のパーティーは終わったのだった。




