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第五百二十三話「皆お見合いしてたのね」


 花梨の婚約話の件は勘違いで済んだ。でもそれでめでたしめでたしかと言えばそうじゃない。こういう騒動があるたびに俺は『皆もいつか婚約や結婚をするだろうから覚悟しなくちゃ』と言ってきた。『後悔しないように今を精一杯楽しんで皆と思い出を作ろう』とも言ってきた。でもいざこういう話になるといつも取り乱してしまう。


 俺はまったく覚悟も出来ていないし、そういうことが起こるという現実を本気で受け止めていないんじゃないだろうか?


 人は誰しもそういう所があると思う。いつかやってくることはそのいつかでいいだろうと心のどこかで思ってしまっている。時間のある間に覚悟を決めようとか、準備をしようとか、口で言うのは容易い。でも実際にそんなことが出来ている者がどれほどいるだろう?


 良家の子女が政略結婚に出されるのはこの界隈では当然のことだ。政略結婚なんて時代遅れで~、とか言った所で実際に罷り通っているのだから仕方がない。客観的にはわかっている。そしてそれを覚悟して日々過ごしているつもりになっている。でも実際にはまったく何の覚悟も準備も出来ていなかったのだと毎回思い知らされる。


 茅さんの時は何とかなったからいいか、今回は勘違いだったからいいか、どこかでそう考えて安易に受け流してやしないだろうか。このままだと俺はいつか本当に取り返しのつかない場面で後悔することになるのではないか?


「…………」


「咲耶様?どちらへ?」


「少し中庭へ……。誰も付いて来なくて良いですよ」


「…………かしこまりました」


 少し間を置いてから椛は頭を下げた。いくら夜とはいえ自分の家の中庭へ出るくらいはどうということもない。確かに普通なら椛や柚が付いてくるだろうけど、一人になりたいからと言えば無理に付いて来なければならないような場所ではないだろう。


「はぁ……」


 中庭に出て植えられている植物を見てから空を見上げる。綺麗な庭園に綺麗な夜空だ。ただ都会のど真ん中なので綺麗な星空とは言い難い。うちだけが灯りを全て消しても周囲が明るすぎて星はほとんど見えないだろう。


「今度こそ……、覚悟を決めなければなりませんね」


 夜空を見上げて覚悟を決めた俺は、まるで自分に言い聞かせるかのようにそう呟いたのだった。




  ~~~~~~~




 翌日の朝、学園に登校してもまだ全員は揃っていなかった。それはそうだろう。うちのグループの子の大半は日ごろはあまり早く登校してこない。何かイベントなどがあった次の学園がある日は早く来ておしゃべりしている。でもそういうことがなければ俺より早いのは皐月ちゃんと芹ちゃんくらいだ。


「御機嫌よう」


「咲耶ちゃん御機嫌よう」


「咲耶ちゃんおはようございます」


 予想通り二人しかいなかったんだけど、俺が教室に入ると二人が何か深刻そうな顔で俺を見ていた。もしかして何か問題でもあったんだろうか?


「咲耶ちゃん……、何かあったのですか?」


「私ではお力になれないかもしれませんが相談くらいはしてください」


「え?」


「「……え?」」


 俺が首を傾げると皐月ちゃんと芹ちゃんも首を傾げていた。俺はまたてっきり二人に何かあったのかと思ったけど……。


「むしろ皐月ちゃんと芹ちゃんの方こそ何か深刻な問題でもあったのでは?」


「ああ……、違いますよ。私達は咲耶ちゃんが何か深刻そうな表情をされていたので心配になっただけです」


「そうですよ。私達は別に悩みも問題もありません」


 そうか……。俺はそんなに変な顔をしていたのか。そのために二人にも余計な心配をかけてしまったようで申し訳ない。


「そうでしたか。それはご心配をおかけして申し訳ありません。まぁ深刻な問題でも悩みというほどでもないことですが……、皆さんが来られたらお話します」


 そう……。俺は今日覚悟を決めて登校してきた。その覚悟を決めた顔が二人に深刻に受け止められてしまったのだろう。ただ具体的に何か問題があるとか悩んでいるというわけじゃない。聞くのは怖いし真剣ではあるけど、具体的に何か問題があるわけじゃないからね。


「おはようございます咲耶様!って、どうされたんですか!何かお悩みですか?この私に出来ることなら何でもしますから相談してください!」


「あはは……、御機嫌よう薊ちゃん。そういうわけではないのですよ」


 薊ちゃんも俺を見るなりそんな風に言ってきた。俺はそんなに深刻そうな顔をしているんだろうか?


 結局この後登校してきたグループの子全員に同じことを言われたのだった。




  ~~~~~~~




 朝のうちに話しておきたかった気もするけど、朝はあまり時間もなかったし周囲にも人が多かった。皆とゆっくり話したかったので話は放課後に空き教室で誰にも聞かれない形でしようと決めた。放課後に話をすると言ってからは皆も無理に何か言ってくることもなくいつも通りに過ごして……、ついに放課後がやってきた。


「ここで良いでしょう」


「「「はい」」」


 皆を連れて人気のない空き教室へとやってきた。この周囲は使われていない教室だし普段人が利用する予定のない一画だ。特に人の気配も感じられないし扉と窓を閉めていれば音もそんなに漏れないだろう。


「実は先日のことなのですが花梨が……」


 俺は皆に花梨との騒動を掻い摘んで説明した。もちろん具体的なことは言っていないけど、冬休み明けに花梨の様子がおかしくて、鈴蘭からのメモで花梨が婚約したと勘違いして、という話だ。


「ああ。そう言えば休み明けすぐは少し花梨の様子がおかしかったですね。そういうことだったんですか」


「それは鈴蘭さんも悪いですよね。咲耶ちゃんが誤解するような書き方もどうかと思います」


 皆はそう言って納得したという顔をしていた。皆も花梨の様子がおかしいことには気付いていたみたいだし、俺が誤解してしまったのも鈴蘭のヒントが悪すぎたと言ってくれている。でも話の重要なポイントはそこじゃない。


 花梨は親戚のお兄さんが婚約したことでちょっと気持ちが落ち着かなかっただけだし、鈴蘭にもメモのことを聞いたら慌てて不安定な場で書いたからあれだけしか書けなかったのは申し訳なかったと謝られている。でもそうじゃなくて……。


「私は今回のことで思い知ったのです!皆さんもいつか誰かと婚約し、結婚してしまう!それは貴族の娘として当然のことだと表面では言いながらまったく理解も納得もしていなかったのです!」


「「「…………」」」


 皆ポカンとしている。きっと『こいつは今頃何を言っているんだ?』と思っているんだろう。普通の貴族の娘ならばとっくに理解していて覚悟していることのはずだ。それを今更こんなことを言っているなんて馬鹿じゃないかと思われているかもしれない。でも言わずにはいられない。


「何度も何度もこんなことがあって、そうなった時に皆さんを笑って送り出せるように生きようと何度も覚悟を決めたつもりなのに……、まったく出来ていないのです!そんな未来が来なければ良いと思っているのです!私は……、最低です……」


 俺は男から転生したから男となんて結婚したくないと思っている。大好きなグループの子達とずっとこうして楽しく生きていきたいと思っている。でもそれは俺の勝手な願望だ。皆は普通の女の子だし家としてのこともある。いつか政略結婚して、子供を産み育て、それなりに女としての幸せを掴んでいくのかもしれない。それを縛る権利なんて俺にはない。


 ないのに……、そう願ってしまっている。俺は皆を縛りつけようとしている。本当に……、最低だ……。


「咲耶様、私……、何度もお見合いをさせられていますよ?」


「えっ!?」


 薊ちゃんの衝撃の告白に驚いて顔を上げた。今まで薊ちゃんはそんなこと一言も言わなかったのに……。まさかもう婚約者が決められているとか?


「初等科一年の時のことを覚えておられますか?私は最初咲耶様に酷い態度でしたよねぇ……。あの頃は自分の分も咲耶様の器も知らず身の程知らずでした。そして両親は近衛様の目に留まって婚約出来るようにしなさいと言っていたんです。まぁ近衛様が無理でも鷹司様とか、私達の周りの世代には上位の家の子が多いですからね」


「それは……」


 確かに薊ちゃんは最初随分ゲームのイメージと違うと思った。ゲームだったら今の薊ちゃんよりもっと『咲耶お嬢様一筋』みたいな、よいしょする太鼓持ちみたいな感じだった。それに比べてグループの皆の大半も薊ちゃんもまったくそんな雰囲気がなくて困惑した覚えがある。


 でもそうか……。そう言われれば普通はそうだよな。同世代の同性なんて皆ライバルみたいなものだ。普通なら良縁を結ぶための政略結婚の駒として扱われるんだから、伊吹や槐、桜なんかが揃っている俺達の世代前後は大当たり年だ。普通の貴族の娘なら皆が伊吹達を狙っていたことだろう。


「その後は咲耶様にまったく敵わないって思い知って、両親も九条家と争うよりも九条家と親しくしつつ他の結婚相手を探し始めたんですよ。近衛様は咲耶様とご結婚されるだろうからって鷹司様とか、二条様とか、良実様だって候補でしたよ。他にも広幡様とかもそうです」


「なるほど……」


 まぁそれはわからなくはない。狙っていた伊吹を俺に譲ったとしてもそれなら他の上位の家を狙えば良いだけだ。あっ……、だから今まで何度もお見合いを……。


「でも私が全部お断りしました。最初は両親と何度も衝突しましたけど今では両親ももう私の結婚は諦めています。それよりも私が咲耶様の側近として九条家とお近づきになれるのならそれで満足しようということのようです。うちの両親は欲深いですけど、私が咲耶様に嫁いで九条家との縁を作るようなものだと言えば妙に納得していました!」


「薊ちゃん……」


 何と言っていいのかわからない。それは素直に喜んで良いことなのか?貴族の娘としてそれは許されることなのか?幸せなことなのか?


「うちもそうですよ」


「私も何度もお見合い話がありましたけど全てお断りしてきました」


「私もお見合いさせられたことあるよー!」


「え?え?」


 皆がとんでもないカミングアウトをしていく。俺の知らない所で皆何度もお見合いをして……、それを全部断って……。


「わっ、私のせいで……、皆さんがお見合いを断ることになるだなんて……」


「違いますよ咲耶ちゃん。私達は『咲耶ちゃんのせい』でお見合いをお断りしたわけじゃありません」


「そうですよ!ちなみに『咲耶ちゃんのため』でもありませんよ!」


「え?それでは……?」


 俺のせいでも、俺のためでもなければそれじゃあ一体……。


「私がお見合いを断ったのは私のためだよー!」


「そうです。私達は私達の意思で咲耶ちゃんと一緒に居たいから全ての婚約話をお断りしているんです!」


「自分のために!」


「皆さん……」


 目に涙が溜まってくる。何と言えばいいのかわからない。それが喜んで良いことなのか、皆を止めた方がいいのかもわからない。でも一つだけわかることは……。


「皆さん……、ありがとう……」


 俺はとてもうれしく思っている。皆がこうして俺の傍に居てくれると言ってくれただけで、それが皆の将来を滅茶苦茶にしてしまっているかもしれないとわかっていても、それでもうれしく思ってしまう。


 ゲーム『恋に咲く花』中でも、設定資料にも、咲耶グループの皆の将来については一切言及されていない。ゲームが終わった後皆は一体どうなったのか。咲耶お嬢様はほとんどのルートで死亡か破滅が待っているけど、グループの子達がどうなったのか具体的なことは何も設定されていなかった。


 普通に考えたらそれなりの相手と結婚して普通に過ごしていったのかもしれない。ちょっとイジメに関わっていたとは言っても首謀者である咲耶お嬢様は断罪され、その取り巻きの子達が罪に問われるような描写はなかった。全ては咲耶お嬢様が行ったこととして処理されたんだろう。


 それなら皆は普通に貴族の娘としての生活に戻って、相応の人生を送ったんだと思う。


 今皆が言っていることはゲームで本来皆が辿ったであろう未来を拒否して違う道に行くということだと思う。ゲームならもしかしてこの段階ですでに婚約者の居た子もいたのかもしれない。それなのにそれらを全て断ってしまっているのだとすればもう取り返しはつかない。でも……。


「私も皆さんと離れたくありません!」


「「「咲耶ちゃん!」」」


 皆でヒシッ!と集まって抱き締めあう。何かいつもこうなっているけどそれは仕方がないというものだろう。だって俺は他に感情の表し方を知らない。この気持ちを表すのにこれより良い方法が思い浮かばない。


 ただ……、一人だけ……、皐月ちゃんだけ少し浮かない表情をしていた。さっき皆でああ言ってくれていた時も皐月ちゃんだけあまり発言していなかった。もしかしたら皐月ちゃんには皐月ちゃんなりの何か問題があるのかもしれない。


 聞いた方が良いだろうか。本人が言わないとしても、こちらから無理にでも聞き出した方が良いのかもしれない。だけど……、いつか皐月ちゃんの方から言ってくれるのを待った方が良いのかもしれない。


 他の皆の気持ちはわかって通じ合った気がする。でも皐月ちゃんのことだけ何故か俺の心に引っかかったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] そして次の話になるとまたすべてを忘れて、石頭咲夜に戻りますのが怖いです。
[一言] 女の子は女の子とくっついてるから余った男の子は男の子とくっつけばいい( ˘ω˘ )
[気になる点] さて皐月嬢を救い出し真の黒幕を打倒できるのか 咲耶様も最後のピースを見つけるきっかけは手に入れたがこのままだとトゥルー(お友達)エンド止まり ハッピー(咲夜様総受け)エンドに行けるのか…
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