第五百十七話「二学期期末テスト」
柾に付き纏わられて面倒なことになったけどそんな場合じゃない。十二月上旬といえば学生にとっての一大イベント、『期末テスト』が待っている。もちろん中間テストもあったけど何となく中間テストよりも期末テストの方が重大な気がする。
多分本来きちんとしていれば成績には中間も期末も同じ割合で計算されると思うけど、何となく中間より期末の方が重要な気がしてしまうのは何故だろうか。
まぁそれはともかく今週から二学期の期末テストが行われる。俺も柾に構っている場合じゃなくてテストに集中しなければならない。
「御機嫌よう、皆さん」
「おはようございます、咲耶様!」
「咲耶ちゃん御機嫌よう」
さすがに今日から期末テストだからか皆早くから来ている。最後の追い込みとばかりに必死に予想問題を見ていたり、復習したりしている。一夜漬けのような勉強をしてもあまり意味はないと思うけど、それでも藁にでもすがる思いで一夜漬けをしてしまう子も多いのだろう。
うちのグループの子達は一学期の成績発表があってから皆で集まって勉強に力を入れてきた。中間テストでも成績が上がっていたし、今回の期末テストについて俺はそんなに心配していない。
夏休みにこれまでの復習をやり直してわからない所は解消し、二学期になってからはコンサートの練習日の休憩時間などに皆の勉強を見てきた。その甲斐あって皆の成績は徐々に上がってきている。特に最初から下の方だったメンバーの上昇率は凄い。
元々かなり高得点を取っていたメンバーが突然点数を伸ばすというのは難しい。それに比べて元々点数の低い子の点数が伸びやすいことはわかっている。でもそれがわかっていても驚くほどの伸びだ。うちのグループの子達はただ勉強をしていなかっただけとか、勉強の仕方がわからなかっただけで、皆頭はかなり良いということはわかった。
「皆さん昨晩はゆっくり休まれましたか?」
「もちろんです!」
「ぐっすり寝たよー!」
薊ちゃんとか、譲葉ちゃんとか、あまり成績のふるわなかった子達ほどそう答えているけどそれは悪いことじゃない。無理に一夜漬けをしてダラダラと長時間徹夜で勉強をしても、テスト当日に寝不足で余計に成績が下がるなんてことは良くある話だ。
勉強は日々の積み重ねこそが大事であり、寝不足で一夜漬けしても効率は上がらない。それならぐっすり眠って体調を整えて頭の働きを良くしておく方が遥かにマシというものだ。
「今回のテストは絶対ばっちりですよ!任せておいてください!」
「薊ちゃん……」
どうして薊ちゃんはこう全てにおいて自信満々なんだろうか……。自信を持つことは良いことだと思う。それは否定しない。でも薊ちゃんのこの根拠のない自信はいつもどこから来るのか気になる。
「えっと……、鳴くよ、鎌倉、遣唐使?」
「茜ちゃん……」
「「「…………」」」
茜ちゃんは茜ちゃんでかなりテンパッているらしい。今日は社会のテストじゃないし、言ってる語呂合わせも滅茶苦茶だし、かなり緊張しているんだろう。
「茜ちゃん、落ち着いてください。今まで皆さんとしてきたことを思い出して……」
「ぁ……」
目がぐるぐるになっている茜ちゃんを抱き寄せてそっと頭を撫でながら言い聞かせる。皆で予習復習をしていた時は茜ちゃんだって特別出来てないということはなかった。だからそれを思い出して落ち着いて実力を出し切れば大丈夫なはずだ。
「薊ちゃんほど無根拠に自信満々になれとは言いませんが、あまり自信がなさ過ぎるのもよくありませんよ。茜ちゃんはこれまで皆さんと一緒に勉強してきたではありませんか。今日はその成果をお披露目する場だと思えば良いのです。適度な緊張を持つことは良いですがあまり緊張しすぎては実力を発揮出来ませんよ」
「…………はい。ありがとうございます、咲耶ちゃん」
少しそうして胸に抱き締めたまま頭を撫でていると茜ちゃんの体から力が抜けてきていた。きっとこれで大丈夫だろう。俺達は、例えば楽器の発表会なんてものを何度も経験している。そういう時に緊張でガチガチになっていると当然実力を出せずに失敗する。だからリラックスして実力を出せるように気持ちを整える練習もしてきている。
今日からのテストだって同じだ。発表会に出るようなつもりで、気持ちは切らさず、でも緊張しすぎないようにリラックスしつつ集中して本番に臨めばいい。
「茜……、ズルいわよ!私と代わりなさい!」
「まぁまぁ薊ちゃん。茜ちゃんは緊張していたし折角緊張が解けてきたのですから、またそうやって緊張させるようなことを言ってはいけませんよ」
「いえ、大丈夫です。ありがとう咲耶ちゃん」
そう言って茜ちゃんは離れた。その顔には自信が戻ってきている。薊ちゃんほど根拠のない自信ばかりでも困るけどある程度は自信を持って臨まないと実力は発揮出来ない。今の茜ちゃんならきっといつもの実力を発揮出来ることだろう。
「それじゃー最後の復習をしよっかー!」
「譲葉はただ咲耶様に質問したいだけじゃないの?」
「とりあえず一時間目が始まるまで最後の追い込みと行きましょうか」
「「「はーい」」」
皆リラックスした様子でそう言って頷いてくれた。どうやらもう大丈夫なようだ。きっと今回の成績はこれまでにないほど皆上がっていることだろう。
~~~~~~~
三日かけて行われた二学期の期末テストもようやく終わった。気持ちとしてはテストが終わったから遊びたい気分だけどそうもいかない。テストが終わったからってこれからの残り日数の授業がどうでもいいかと言えばそんなことはない。ここで気を抜けばこの先の授業内容で躓きかねない。テストが終わってもきちんと授業を聞く必要がある。
「あ~!終わりましたね!今回はばっちりですよ!」
「薊が言うと何か不安ですけど……」
「ちょっと皐月!それどういう意味よ!」
どうもこうも言葉通りだと思いますけどね……。俺も何か不安になるし……。
薊ちゃんは決して頭が悪いわけじゃない。むしろ物覚えも良いし機転も応用も利く。何か目標を持って集中して勉強すれば相当上位の成績が取れるんじゃないかと思う。でも薊ちゃんには勉強してどうするかという先がない。
普通なら勉強して良い大学に行く。自分のしたい勉強が出来る進学先へ進む。特定分野での研究や勉強をしたい。そういった何らかの望みがあって勉強しているものだ。だけど俺達は藤花学園高等科、大学への進学がほぼ決まっている。大学でもっと上の大学を目指す者はいるけどそれはほとんど外部生であって内部生は藤花学園大学に入る生徒がほとんどだ。
家の人も娘に期待するのは勉強の成績ではなく良縁を結んでくれることを期待している。学校の勉強なんて最低限出来ていれば良いのであって、良家の娘として生まれた時点で望まれるのは教養であって勉強じゃない。
目標や目的がないのなら頑張る理由もなく、ただ言われるがままに最低限の成績さえ取れば良い。薊ちゃん達にはそういう意識が根付いている。だから本来なら勉強を頑張れば良い成績が取れる子でもあまり成績がふるわない。この悪循環をどうにかしないことには中々成績も上がらないだろう。
今は皆で勉強会をしているから、という理由がある。でもそれだってただ『皆で集まってしているから』というだけの動機では弱い。もっと自分から頑張ろうと思うような理由がないと人はそこで止まってしまうものだ。それでも薊ちゃん達の成績はかなり上がっていると思う。特に理由も目的もなくても、皆で集まって勉強会をしているだけでもこれだけの効果がある。
「私も出来た気がするよー!」
「私もたぶん……、前よりは……」
俺達の中で成績が悪かった薊ちゃん、譲葉ちゃん、茜ちゃんの三人はそれぞれなりの表現方法で自信を示してくれた。中間テストの成績もかなり上がっていたし、今回はさらに上がっているというのなら相当期待しても良いくらいの成績になっていることだろう。
「テスト終了の打ち上げとかをしたいところですけど……」
「さすがにそれは難しいでしょうね」
蓮華ちゃんの言葉に椿ちゃんが残念そうな表情を浮かべた。そう言えばよくあるイメージでは定期テストが終わったら打ち上げとかに行く学生というのは定番のような気がする。でも俺達はそんなことをしている暇はない。皆だってこの後帰って色々と用事があるだろう。
俺達だと学園が早く終わったから暇だということはない。早く終わる日があればその分だけ何らかの予定が入っているものだ。俺も前世なら午前中で学校が終わったりしたらいつもより長く遊べると思ったものだけど、今の俺達にはそういうものは無縁とも言える。
でも……、だからってこのままはいさよならで帰るのもどうかと思う。出来ることなら皆と打ち上げでもして帰りたい。
「大規模、長時間というのは難しいですが、打ち上げとして少しサロンに寄ってお茶でも飲んでから帰りますか?」
「えっ!?良いのですか?」
「私達が五北会のサロンへ?」
「え?どうして駄目なのですか?」
「「「…………」」」
「…………?」
皆が首を傾げるから俺も首を傾げる。何故皆が五北会サロンに入ってはいけないのかさっぱりわからない。別に五北会サロンは関係者以外立ち入り禁止というわけじゃない。誰でも入りたければ入ればいい。日ごろはサロンメンバーも大体全員来ているから席に余裕はないけど、こういう時は大体空いている。席が空いているのならそこに座っても何の問題もない。
「皆さんは初等科の時も何か遠慮がありましたよね。初等科の間に皆さんがサロンに入った回数も数えるほどだったと思います。ですが別にそのような遠慮は必要ないのですよ。部外者立ち入り禁止ということはありませんのでもっと自由に入ってくだされば良いのです」
「そうは言われましても……」
「うん……」
「ちょっと恐れ多いというか……」
皆そんな感じでちょっと及び腰になっている。普段だったら人も多くて余っている席がほとんどないけど、今日のような日ならあまり人もいないと思う。少しお茶を飲んでいくくらいならどうってことはない。
「まぁまぁいいじゃない!咲耶様もこう言われているし、たまにはサロンに行ってみましょうよ!」
たまにはというか中等科になってから皆が五北会サロンに行くのは初めてだと思う。薊ちゃんにそう言われて皆も恐々とサロンへ向かったのだった。
~~~~~~~
「御機嫌よう」
「えっ!?くっ、九条様っ!?」
「どうして……、あっ!ごっ、御機嫌よう」
サロンに入ると数名がいただけでほとんど誰もいない状態だった。これだけ空いていれば俺達が入っても問題ないだろう。
「へぇー!こんな風になってるんだねー!」
「あっ!他の方が……、御機嫌よう」
「えっ!?御機嫌よう」
俺達がゾロゾロとサロンに入ってきたからか先に来ていた子達は随分驚いた顔をしていた。でも挨拶だけ交わして気にすることもなく俺達はいつもの席へと向かった。俺達の椅子だけじゃ足りないから周辺の椅子とテーブルを動かしてもらって全員で近場に座れる形にしてもらった。
「適当にお茶とお茶請けを頼みましょうか。自分で淹れることも出来ますよ」
「いえ……、自分でお茶を淹れているのは咲耶様だけですよ……」
え?そうなのかな?そう言われたらそんな気がするな。皆は給仕をさせているけど俺は自分で淹れるのも割りと好きだ。でも今日は他の皆もいるから給仕を頼むことにする。
「それでは皆さん、テストお疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした!」」」
一応テストの打ち上げなので簡単にテストについての話などをしていく。でも皆はテストの話よりサロン内のことが気になるようだ。何人かはソワソワしているし、会話の内容もどんどん五北会についての話になっていた。
「うわぁ、このお茶おいしい……」
「お茶請けも凄く良い物ですね」
「ふふっ。気に入っていただけたのならうれしいですね」
皆が喜んでくれているから俺もついうれしくなってしまう。
「サロンの茶葉の一部は咲耶ちゃんが選んで仕入れてくださっている物なんですよ」
「お茶請けもそれに合うように咲耶様がアドバイスされてるのよ!」
「「「へぇっ!」」」
「さすが咲耶ちゃんですね!」
いやぁ、それほどでも!えへへっ!
「それほどのことでもありませんよ」
本当は内心ニコニコデレデレだけどそれを表には出さない。あくまで謙遜しつつ軽く流す。本当は滅茶苦茶選びに選んで、かなり苦労して決めているけどそんなことはおくびにも出さない。軽くこなしているように、何でもないことのように見せておく。
「それに咲耶ちゃんだけ特別な椅子で上座の最奥に座っているなんて……」
「五北会のボスが誰なのか一目瞭然でしょ?」
何で薊ちゃんがそんな得意そうなんですか?それに俺は一番奥の隅の目立たない席に座っているだけだ。ボスみたいな面倒で大変なことをわざわざしたいとも思わない。出来るとも思ってないけどね!
「まぁまぁ、私のことはそれくらいで良いではありませんか」
皆に俺のことを話題にされても何かむず痒い。それよりも皆でもっと楽しい話がしたい。そう思って話題を振ると皆も笑顔で応えてくれた。元々皆予定があっただろうしそう長い時間はいられなかったけど、それでも二学期期末テストの打ち上げは大いに盛り上がって終えたのだった。




