第五百十四話「一気飲みはやめましょう」
「一番テーブルに咲耶君が入りま~す」
「「「「「ご指名ありがとうございま~~~す!」」」」」
全員の紹介が終わった後、ようやく男装執事喫茶のお茶会が始まった。掛け声と共に咲耶が下級生達のテーブルについた。一番テーブルとはどうやら下級生達のテーブルらしいということは全員が何となく理解した。
「それではお嬢様方、お茶の用意をさせていただきます」
「うん!咲耶お姉ちゃん頑張って!」
下級生達のテーブルについた咲耶はテキパキとお茶の準備を進める。その手に淀みはなくスムーズに、そして完璧に行っていた。
「すごーい!」
「こうするんだぁ……」
下級生達が咲耶のしていることを見て感心していた。竜胆や睡蓮を除いて下級生達はあまり良い育ちではない子が多い。李や射干くらいまでならば辛うじて堂上家として最低限の暮らしをし、そういった経験もそれなりにあるだろう。だが地下家以下の家の子達は小金持ちの家の一般人とそう変わらない。
もちろん地下家として相応に振る舞いが求められる。教養や社交界での常識やマナーも必要になる。そういった教育は受けているし、そういう場に出た経験もそれなりにはある。だがそれはあくまで『それなり』であり、上位の堂上家の子女が受けている本物の教育とはレベルが違う。
生まれた時からメイドや執事に囲まれて育ち、そのメイドや執事達も高い教養を備えたプロであり、そういうモノを常に目にして生きてきた者達とでは持っているモノが違う。
いくら地下家の子達が教養やマナーを身につけているといっても、たまに作法教室に通い、呼ばれたパーティーの席などでだけ気をつけるのと、日ごろからそれが当たり前として過ごしている堂上家の家々とでは根本から違うのは当然だ。
その『本物』を持つ咲耶が丁寧に、しかし手際良くお茶を淹れていく様子はそれだけでも感動するほどのものだった。普段見ることのない『本物』を見せられて、まだその違いがわからない下級生達ですら驚きを隠せなかった。
「さすがは咲耶お姉様です!あっ……、今は咲耶お兄様?う~ん?」
「別に無理に何かつけなくても『咲耶様』で良いんじゃないですか?」
混乱している竜胆に李が答える。李は日ごろから『咲耶様』と呼んでるのでどんな時にも対応可能だ。
「こちらは私達が昨日焼いたクッキーです」
「わぁ!咲耶お姉ちゃんの手作り?食べる~!」
「秋桐ちゃん!まだだめだよ!」
「そうそう!ちゃんと順番を守らなきゃ!」
秋桐達が自分達に出来る範囲とはいえ一生懸命お茶の作法を守っているのは微笑ましい。そんな様子を見ながら咲耶は下級生達を温かく見守っていたのだった。
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二番テーブル、咲耶達の同級生が座っているテーブルには女装メイドが主についていた。下級生達の座る一番テーブルには咲耶と一部のグループの者達がついている。こちらには女装メイドが至らない部分を補うために皐月が監視役としてついていた。
「え~っと……、それではお茶の準備を……?」
「こうだっけ?」
柳ちゃんと石榴ちゃんは慣れない手つきで自信なさげにお茶の準備をしていた。男子三人の中で堂上家である錦織柳が一番家格が高いが、錦織はあまりそういった作法に明るくない。堂上家とはいっても他の親戚に比べて錦織家はそれほど裕福ではなく、柳自身があまりそういったことを気にするタイプではなかった。
今でもそうだが伊吹の取り巻きでもある錦織柳にとっては、細かい作法がどうとか、面倒なパーティーや茶会がどうこうというものは煩わしいだけだった。伊吹もそういう部分は割りとルーズなので伊吹の取り巻きにはそういうタイプが多い。
ただし伊吹は近衛家の嫡男としてきちんと教養もマナーも身につけている。取り巻き達にそういう細かい部分を言わないのでルーズと思われがちだが、伊吹自身はパーティーでもお茶会でもマナーを失敗したことはほとんどない。
そんな柳ちゃんと、家があまり上位でもなく裕福でもない速水石榴は手間取っていたが、押小路柾は正確に、テキパキと準備を進めていた。
「へぇ。押小路君……、じゃなくて柾ちゃん?は何か手際が良い感じがするね」
「……ん。慣れてる」
柾の手際の良さを見て鬼灯と鈴蘭が素直に感想を述べた。この二人も別に作法に精通しているわけではない。どちらかと言えば二人もあまり出来ない方であり、柳や石榴が失敗してくれているから落ち着いていられるのだ。以前咲耶とお茶をした時は緊張でガチガチになった上にたくさん失敗をやらかしている。
二人にとってもあまりガチガチで本格的なお茶会よりも、柳や石榴が失敗してくれているような軽いノリの方がやりやすくてありがたい。
「実際に押小路君はよく出来ていますよ。手がかからないので私も大助かりです」
皐月も素直に柾の手際の良さを認めた。柳と石榴のフォローで手一杯である皐月にとって手がかからない柾は助かる存在だ。
「当然だ。押小路家は地下家最上位。その押小路家の名を辱めるようなことは出来ん!」
家格の上では錦織家が上だが、押小路家は地下家最上位格という自負がある。いつ誰に見られても恥ずかしくないようにと厳しく律している。だから柾も幼い頃から様々なことを厳しく躾けられてきた。この程度のことなど朝飯前だ。
「そんなことより私は柳ちゃんなんて見飽きたからさっさと咲耶様と代わって欲しいんだけど?」
「俺だって紫苑の相手なんてしたくないよ!」
「ほらほら!今だって『俺』になってたわよ。あんた詰めが甘いのよ。やるならもっとちゃんとしなさいよ」
紫苑にそう言われて柳は『ぐぎぎっ!』と歯を鳴らした。
「でもまさか錦織君にこんな趣味があったなんてね。もっとまともで格好良い人だと思ってたけど……」
「ぅ……、それは……」
鬼灯にそう言われて柳は顔を赤くしつつ視線を逸らした。二番テーブルは終始そんな空気だった。
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三番テーブルには年上達が座り、咲耶グループのメンバーの半分がついていた。しかし……。
「はやく交代の時間にならないかしら」
「私達が接待で悪かったですね」
茅の言葉に薊が食って掛かる。とても客と給仕の態度とは思えない。
「まぁ咲耶ちゃんに接待してもらえると思っていたからこそだったしねぇ」
「ずっとこのままではなく時間でテーブルにつく者が代わりますので、それまでお待ちください」
そんなこんなで、三番テーブルはいつもの昼食の席と大して変わらずまったく盛り上がらないまま交代の時間を待っていたのだった。
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「二番テーブルに咲耶君が入りま~す!」
「「「「「ご指名ありがとうございま~~~す!」」」」」
ようやく交代の時間となって給仕……、接客?についていた者が交代となった。同級生達の席に咲耶がやってくる。
「本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます」
「う~ん……。やっぱり決まってるなぁ……。私は女の子が好きだけど、こうして咲耶っちが男装してると男装もイケる気がしてきたよ!」
「……ん!咲にゃんとても似合ってる」
「本当ですよね。こうして近くで見てもまるで本当の男の人みたいです」
四組の三人は相変わらず凄い凄いと褒めるばかりだった。咲耶も苦笑いすることしか出来ない。
「んほぉっ!これがっ!これが咲耶様の男装執事!なんってこと!なんってことなんでしょう!執事ということは私の思うがままに命令して良いのですよね?私の足を舐めなさいと言えば舐めていただけるんですよね!?」
「「「…………」」」
同級生テーブルに一人だけおかしな者が座っている。全員がドン引きした目で見ているがそんなものは紫苑には如何ほどの痛痒も与えない。
「え~……、紫苑お嬢様……、さすがに何でも命令を聞くお店?ではないのでそれを聞くわけには参りません……」
四組の三人も男装執事咲耶ともっと色々と話したかったが、このテーブルでは終始紫苑が咲耶に絡んで中々他のメンバーがじっくり話す機会は訪れなかった。
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「三番テーブルに咲耶君が入りま~す!」
「「「「「ご指名ありがとうございま~~~す!」」」」」
そしてようやく年上組のテーブルに咲耶がやってきた。ここが一番の魔窟とも言える。
「ようやく来てくれたわね!咲耶ちゃん!」
「さぁさぁ、ここに座って」
「咲耶様、こちらにお座りください」
まず誰の横に咲耶が座るかでバチバチと火花を散らし始めた。まだ始まってもいないのにすでにこれでは先が思いやられる。
「時間ごとに順番に回りますので……」
咲耶が妥協案を出したことで一応の決着となってお茶とお茶請けのクッキーが用意された。前回咲耶の手作りクッキーを食べそびれた者もこれで全員が一通りはクッキーが当たってご満悦だった。
「それじゃそろそろ始めましょうか」
「始める?」
菖蒲の言葉に咲耶が首を傾げる。一体何を始めるというのか。
「そうよ。それはね……、クッキーゲームよ!」
「クッキーゲーム?」
「クッキーゲームとは!クッキーの両側を口に咥えてぎりぎりまで食べていくゲームよ!限界を見誤れば口付けしてしまうという定番のゲームなの!」
「……それは本来細長い棒状のお菓子でするやつですよね?クッキーみたいに丸くて短いものでやろうとしたら、最初に咥える時点でもうほぼキス状態なのでは?」
説明を受けた咲耶が冷静に問い返す。しかし菖蒲はそれこそが目的だと自ら暴露した。
「当然そうなるわね!これはゲームにかこつけて咲耶ちゃんの唇を奪うための口実なのよ!だから短い食べ物ほど都合が良いの!たまたまクッキーが出たからこれでしたらどうかと思ったのよ!」
「「「…………」」」
「欲望駄々漏れすぎる……」
他の者達ですら何も言えなくなり、柚の本音がポロリと零れた。
「それよりも女王様ゲームをしましょう」
「え~……、女王様ゲームとは?」
「このクジを引いて、女王様を引いた人が番号を指定して命令を聞かせるゲームです」
「それはただの王様ゲームですよね……」
椛の言葉に咲耶はやや疲れた顔でそう言うことしか出来なかった。
「それよりも杏、盛り上げるために貴女一気飲みしなさいな」
「……はいっす!わかったっすよ!それじゃ不肖今大路杏!一気いかせてもらうっす!」
茅の言葉を受けて杏がカップを持って立ち上がった。ティーカップを……。
「いいわね!杏ちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい!」
「ぷっ。なんですかそれは?」
菖蒲の掛け声に椛がフッと笑って小馬鹿にした。それを受けて菖蒲も椛を睨み返す。
「あら?じゃあ貴女はどうするのかしら?」
「サーバーは増やすんじゃなくて、時代は『飲ま飲まイェイ』なんですよ!」
「ぐぬぬ!」
「うぬぬ!」
「「「…………」」」
「たぶん今時の子はどっちも知らないですね」
柚の言葉に他の三人も無言で頷いていた。そんないかがわしいお店のようなやり取りをしているとサロンの扉が開かれて九条夫人がやってきた。三番テーブルの惨状を見て額に手を置いて目を瞑る。そして……。
「貴女達!何をしているのですか!」
「「「ヒィッ!」」」
三番テーブルのメンバーは九条夫人に散々怒られ、九条夫人監修の下、ようやく普通の平和なお茶会に戻ったのだった。
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男装執事・女装メイドお茶会もお開きになった後、男子更衣室では柾と石榴が真剣な面持ちで向かい合っていた。
「押小路君……、大事な話があるんだ」
「速水会長、いや、速水さん、丁度俺もだったんです。恐らく同じ用件ですよね」
二人は真剣な表情で向かい合っている。お互いに相手を美しいと思っている。黙ってさえいればまるで本物の女の子のようだ。その姿にトキメキすら覚える。だが……、だからこそ気付いてしまった。途轍もない真理に……。
「押小路君……、君の女装は素晴らしい。まるで本当の女の子のようでとても綺麗だと思う。そして俺は気付いてしまったんだ……」
「わかります……。速水さんもとても綺麗な女性そのものに見える。そしてだからこそ俺も気付いたんです……」
二人はお互いに目と目で分かり合って頷いた。そして声を揃えて全てをぶっちゃけてしまった。
「「女装してる貴方を良いと思ってしまった!それはつまり普通の女の子の方が良いっていうことに!」」
そう……。二人は気付いてしまった。二人はお互いに女装しているパートナーを見て、『パートナーが女装しているから良い』と思ったのではなく『女の子はやっぱり可愛い』ということに気付いたのだ。別にその相手が女装したパートナーでなくとも、やっぱり可愛い女の子が好きなのだ。
それなら無理に男を女装させる意味はない。本当に本物の女の子と付き合えば良い。『パートナーだから良い』のではなく『女の子っぽいから良い』と思ってしまった時点で二人の魔法はもう解けていた。
「押小路君……、君との思い出は良い思い出だった。でも……」
「はい……。これからはお互いの道を歩みましょう……」
女装メイドをしたことで二人の愛は終わりを告げてしまった。ここからは二人ともそれぞれ今までのことを良い思い出に変えて、新しい思い出を新しいパートナーと作っていこうと誓って別れたのだった。




