第五百十三話「俺達の接客はこれからだ!」
今日は下級生達を迎えて男装執事喫茶でお茶会の日だ。普通に考えたら文化祭の日の方が緊張しそうなものだけど、はっきり言って俺は今日の方が緊張している。
文化祭の日は不特定多数に見られる代わりにそういうイベントだということで押し通せた。それにそこらのイモや案山子に多少見られたってどうってことはない。スカートフリフリで下着が見えそうになりながらダンスをしろと言われたら恥ずかしいけど、男の格好をして人前に立てと言われても何も恥ずかしいことはない。
でも今日は違う。今日呼んでいるのは知り合いばかりであり、しかも文化祭の日と違ってじっくり見られてしまう。男装が恥ずかしいとか、接客がどうこうという話ではなく、今日の下級生達とのお茶会がうまくいかなかったらと思うと緊張してしまう。
「さすがは咲耶ちゃんですね。こんな日でも落ち着いておられます」
「私も緊張で固くなってるのに咲耶様は平気そうですもんねぇ」
チラホラと先に集まってきている子達が準備に入っている。客は座って接待されれば終わりだけど、俺達の方は着替えやメイクや何だかんだと準備だけでも時間がかかる。それだけ皆早めにうちに来て準備をしているけど、今日は文化祭の日と違って椛と柚の手伝いはない。
今日は椛と柚もお客様として招待している。そのお客様に準備の手伝いをしてもらうなんて本末転倒なわけで、文化祭の日はそれで失敗してしまった。二人にも文化祭を楽しんでもらいたかったのに、結局当日は中途半端に喫茶店に少し入っただけでお終いになった。
その失敗を繰り返さないためにも、今日は椛と柚には俺達の準備の手伝いはしてもらわないことにして皆にも事前に連絡しておいた。各家のメイドさんやメイク係達はもうある程度この男装執事メイクも覚えただろうから大丈夫とのことだったけど、果たして本当にこれで無事メイク出来るのかは少し不安が残る。
「咲耶お嬢様、男性の方々が到着されました」
「ああ、はい。男性用のメイクルームに通しておいてください」
今日男達のメイクを担当するのは俺だ。女性用メイクなら出来るメイドやメイク係もたくさんいるだろうけど、とりあえず錦織と、急遽参加となった柾と石榴のメイクは俺が引き受けた。また文化祭の時のようなことがあったら困る。今日は絶対に失敗したくないから俺が引き受けた方が確実だ。
「私は男性の方のお手伝いに行ってきます。残りは皆さんで大丈夫ですね?」
「はい」
「こちらはお任せください」
グループの子達やそのメイク係の返事を聞いて俺は女子用のメイクルームから出た。今日は元々コンサート用の練習の日で来れない子もいるはずだった。だけど今日は男装執事喫茶をすると予定変更になって皆無理やり予定を空けてくれたらしい。今日は無事に全員揃うことが出来てよかった。
最後にもう一度皆の様子を見てから俺は男子の方へと向かったのだった。
~~~~~~~
男子の更衣室とメイクルームが一緒になった部屋に入った瞬間俺はめまいがする思いだった。
「ん?これはどうやって着るんだったかな?」
「先にこっちを通して……?」
「はぁ……、何をしておられるのですか……」
錦織は手馴れたもので着替えを済ませているけど、まだこれが二回目の女装らしい柾と石榴は女性用の下着や衣類の着方に手間取っていた。
「すまない、九条さん」
「着方がわからなくなっちゃったよ」
「はいはい。まずはこちらに来てください。はい、それでは一回座って」
先日メイド服の寸法直しのために一度着たはずだけど、まだ一人では着方がわからないらしい。それならそれでメイドや執事を連れてきて手伝ってもらうとか方法があるだろうに……。錦織はまた加瀬とかいう執事を連れてきている。でも加瀬は最低限の手伝いや準備をしているだけで前のような暴走はしていない。
「こうして、こう……。そしてこうして……、あとは形を整えて……、はい、出来上がりです」
「おおっ!凄い!本当に胸があるみたいだ!」
パッドマシマシでブラをつけて胸を整えてやると柾が喜んで自分の胸を揉んでいた。まぁ別に性的な意味で揉んでるわけじゃないのはわかるけど絵面がやばい。まだメイクもしてなければ裸にブラをつけているだけの男が自分の胸を揉んでたら……、と想像すればどれくらいヤバイかわかるだろう。
「終わったらどいてください。ブラウスやスカートくらいはどうにか出来るでしょう?次は速水生徒……、ではなく速水様と交代です」
「よろしくお願いします、九条さん」
石榴にもブラのつけ方を見せながらササッと装着してしまう。あまりモタモタしている暇はない。そもそも俺もまだ衣装を着替えただけでメイクはしていない。人のメイクをしているよりも本当なら自分のメイクをしなければならない所だ。
「ちょっと待ってくださいね。お二人の着替えの補助を頼みます。その間に錦織君からメイクしていきましょう」
「「え?」」
二人が固まっているけど気にしている暇はない。どうせ家では女性のメイドさんに着替えを手伝わせているんだろう。だったら別に着替えに女性メイドが来たってどうってことはないはずだ。
男性陣に同意を得ることもなく、俺は外に居たメイドさん達をメイクルームに招き入れた。二人のメイドさんに石榴と柾の着替えを手伝ってもらっている間に錦織の前に座る。
「それでは早速錦織君のメイクをしていきますよ」
「うん。お願い……、します……」
錦織が頬を赤くしてモジモジしながらそんなことを言う。正直に言うと頭をひっぱたいてやりたい気分だけどグッと我慢してメイクを始めた。錦織は俺があげたメイク道具を持参してきている。相当気に入ったのか丁寧に化粧箱に並べて直して、使いやすく整理されている。しかもちょっと使った形跡がある。どうやら日ごろからメイクしているようだ。
「今日は前よりも少し甘い感じのメイクにしましょうか」
「よくわからないから九条さんに任せるよ」
錦織は多少遠いとはいえ紫苑の親戚だけあって日ごろは優しそうだけどキリッとした顔立ちだ。きつめの悪役令嬢メイクとかも似合いそうだけど今日は甘い甘い可愛いメイクに仕上げる。
俺のメイクを錦織は真剣な表情で見ていた。どういう順番でどういうメイクをしていくのか。真剣に学び取ろうとしているのが窺える。勉強もそれくらい頑張ればもうちょっと上の成績くらい簡単に取れるはずなのにな。
「はい。出来ましたよ」
「うわぁ!うわぁ!凄い!凄いよ九条さん!これ……、俺絶対可愛いよね?」
「えっ、えぇ……、まぁ……、可愛いですよ……」
「ふふっ!」
錦織、いや、柳ちゃんが良い笑顔で笑っている。確かに可愛い。錦織は柳ちゃんになると声も女性っぽい声を出そうと努力しているし、仕草も女の子らしくなって一目では男か女か見分けがつかないくらいだ。
ただ……、何か錦織のいけない扉を開いてしまったような気がしてならない。少し前まではどちらかと言えば男前役、二枚目役っぽかったはずの錦織が、何故か今はキワモノキャラの残念三枚目みたいになっている気がする。
まっ、まぁ?ゲームでは錦織なんてほとんど出てこないし?伊吹の取り巻きのモブAみたいな奴だ。多少原作ゲームと変わっていてもどうってことはないだろう。
「ほらほら!ぼーっとしている暇はありませんよ。次は押小路様か速水様、どちらが先にされますか?」
「俺はもう着替え終わっている。俺から頼もう」
柾はもう着替えも終わっているようだ。というか石榴も終わってるな。でも先に柾がそう言ったから先に柾から始める。二人は錦織と違ってメイク道具はないから今日のためにまた安物を用意した。それを使って二人をメイクしていく。
「押小路様はくっきり凛々しい顔立ちなので、くっきりはっきりした美人メイクでいきましょう」
「九条さんに任せる」
まぁ今までメイクしたことがない奴に詳しいことを言っても意味も伝わらないだろう。ざっくりとした感じだけ説明して、結局丸投げされるのでこっちの勝手に進めさせてもらう。柾は攻略対象の普通の男だから顔立ちはくっきりした男前だ。ただ乙女ゲーらしい綺麗な顔立ちだからクールな美人風にメイクしていく。
「はい。これでどうでしょうか?」
「…………これが、俺……?」
鏡に映る自分の姿を見て柾が驚いた表情をしている。まぁ俺の手にかかればこの程度のメイクなど朝飯前だ。時間がないわけでもないし手間と時間をかければこの程度は誰でも出来る。
「それでは速水様もサクッといきましょうか」
「あっ、はい……」
石榴は攻略対象でもないけど、特別不細工ということもない。どちらかと言えば普通の学校に居れば滅茶苦茶モテるくらいの顔立ちだろう。ただ残念ながら乙女ゲーム『恋に咲く花』の藤花学園に通っていてはそう目立たない。これくらいの顔ならそこそこいるのが藤花学園のレベルだ。
まぁ顔の作りは悪くないし、普通にイケメンアイドル(笑)とかイケメン俳優(笑)のようなテレビタレントよりはよほど整った顔をしている。これなら化けさせるのは簡単だ。
「速水様はおっとりお姉さんメイクにしましょうか。甘さは押小路様と錦織君の間くらいで、そこに少し大人っぽさを足して……」
「きつめのメイクより柔らかめでお願いします」
「はい。お任せあれ」
他の二人はお任せという感じだったけど石榴は少し注文をつけてきた。注文というほどではないけど、ざっくりでも希望を言われるのと言われないのではこちらの意識も変わる。
「……いかがでしょうか?」
「うん。いいね。ありがとう」
石榴が良い笑顔で頷いた。どうやら気に入ったらしい。二人にメイク直しもあるから自分のメイク道具はきちんと管理しておくように伝えて俺も女子の方に戻る。俺も自分のメイクにかからなければならないし、グループの皆がどうなっているかも気になる。
「皆さん大丈夫ですか?」
「はい」
「大丈夫ですよ」
女子の方に戻ったら皆メイクも終えて本番前にリラックスした空気だった。ざっとメイクも見てみたけどこれなら大丈夫そうだ。ちょっと女の子っぽい甘めのメイクの子もいるけど、一応男装執事っぽい感じに仕上がっている。多少はそういう遊びや個性もあっても良いだろう。
「あとは私ですね……」
人のことばかり気にしていて自分が間に合わなければ本末転倒だ。俺も鏡に向かってメイクを始める。男装メイクはもう慣れた。人にするのと自分にするのは多少違うけど基本は同じだ。急ぎつつ、しかし決して手を抜かずにメイクを仕上げていく。
「ふぅ……。間に合いましたか」
「すごーい!」
「さすが咲耶ちゃんですね!」
「見てるだけで面白かったよー」
俺のメイクを皆がじーっと見ていた。もちろん見られていたのは知っているけど見るなとも言えないし言う意味もない。皆だって俺のメイクを見て男装メイクを覚えてくれたら、また何かあった時にメイクを任せられるし、真似出来ることはどんどん真似して欲しい。
まぁ百地流関係とかは下手に真似しない方がいいけど……。生兵法は怪我の基とも言うし、そもそもきちんと鍛錬していないと百地流の真似をすることすら出来ない。
「少し余裕が出来ましたね。おしゃべりでもしておきましょうか」
「緊張している私達のことまで気遣ってくれるなんて……」
「さすが咲耶様ですね!」
まだ時間があるから皆とおしゃべりして少し緊張を和らげる。あのまま緊張して待っていたらこっちの気がもたない。そんなことをしているとついに呼び出しがかかった。
「咲耶お嬢様、お時間です」
「わかりました。今行きます」
今日のお茶会の司会は杏に頼んでいる。杏も招待客の一人だけど、本人もノリノリで司会をしたいと言っていたから任せた。大まかな流れなどは打ち合わせをしているのであとは杏のマイクに合わせてこちらも動いていくだけだ。
『それではまず紹介しますのは~~~……、まさきちゃん、ざくろちゃん、そしてやなぎちゃんで~~~す!』
俺達が扉の外で待機しているのを確認すると杏は早速紹介を始めた。最初は男子が呼ばれて入っていく。男子は笑いのネタにされていたけど、そこからは女子グループが呼ばれて、下級生達はとても喜んでいたようだ。そしてついに……。
『さぁ!次は皆様お待ちかね!九条咲耶君の登場でっす!』
皆が呼ばれて入っていった。残っているのは俺だけだ。少し緊張するけど呼ばれたらもう入るしかない。覚悟を決めてサロンへと入ってみれば……。
「「「「「おおおっ!」」」」」
何か皆から変などよめきが起こった。でもいい。これが変なものを見せられたというどよめきだったとしても、今日は下級生達を喜ばせるための集まりだ。俺が笑いものになっても皆が楽しんでくれるのなら大成功と言える。
そう思って開き直ったら案外楽しくなってきた。そもそも俺は精神的に男なんだから男の格好をして男の振りをするなんて朝飯前じゃないか。そう思うと気持ちが楽になり、スラスラと言葉が出てくるようになった。
「さぁ、それでは皆さんをおもてなししましょう」
全員の紹介が終わって、いよいよ男装執事お茶会が本格的に始まったのだった。




