第五十話「またパーティー」
今日も家に帰ってから色々と考える。さて……、大体の方針が決まったからあとは具体的にどこへ行って何をするかだな……。普通なら藤花学園に通うような子供達なら高級店が並ぶ町を歩いて商品を見て、予約必須やドレスコードの店で食事をすることになるだろう。でも皐月ちゃんを誘ってそんなことをして仲良くなれるだろうか?
茅さんが教えてくれたようにただそうして二人で同じ体験をして、共通の話題を持って、話をするだけでも意味はあるだろう。二人の距離も縮まるはずだ。だけどそれだけで満足してしまってはいけない。
あまり難しく考えすぎてかえって悪くなったら意味がないけど、そういう形式ばったことで遊んでも距離はあまり縮まらないと思う。もっとこう……、崩れたというか、気楽というか、気を張らずに気軽に楽しめて本心が出やすいような……、そういう風にしたい。
あまり狙いすぎてかえって皐月ちゃんを不愉快にさせてしまっても意味はないけど……、どうしたものか……。
「…………よし」
覚悟を決めた。今度の皐月ちゃんとの遊びは上流階級のお嬢様風にはいかない。俺流でやらせてもらう。もしかしたら失敗するかもしれない。皐月ちゃんのようないかにもお嬢様という感じの子にはウケが悪い可能性もある。それでも俺なりのやり方でやってみよう。
それにこれは薊ちゃんになら結構ウケそうな気がする。皐月ちゃんの趣味趣向や好みはまだわからないから断言出来ないけど、薊ちゃんなら好きそうだ。そうと決まれば実際にどうするかプランを考えなければ……。
軽く下調べしたり当日のプランを考えながら皐月ちゃんと遊ぶ準備を進めたのだった。
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色々プランを考えているけど中々纏まらない。どうすれば女の子が喜ぶのかもイマイチわかってないし、俺には少々ハードルが高いようだ。でも諦めるわけにはいかない。皐月ちゃんともっと仲良くなるためにはこんな所で諦めている場合じゃない。
いつものように朝皐月ちゃんと挨拶をして、今日も昼食に誘ったけど断られ、結局薊ちゃん達と昼食を一緒にすることになった。
「あの……、椿ちゃん……、そんなに見られていると食べ難いのですけど……」
「あっ、すみません」
そういいながらも視線はじーっとこっちを向いている。ここ最近はずっと俺が真ん中で左右に薊ちゃんと椿ちゃんが座って、残りの三人が向かいに座る形になっている。そして何故か横に座っている椿ちゃんはじーっとこっちを見ているのだ。
気のせいなんかじゃない。そっちを向けば確実に視線が合う。それでも顔を背けることもなくじっとこちらを見ている。ご飯を食べている時にじっと見られていたら滅茶苦茶食べ辛い。それはマナーとか気にしない人でもわかるだろう。それでなくとも俺は対人経験が少ないから、こういう時どう対処すれば良いのかわからない。
「そんなに見たければ向かいに座った方がよくない?」
「むっ……」
そしてまたしても譲葉ちゃんがズゲッと言ってしまった。そりゃそうだ。横に座って横から見るより正面に座って真っ直ぐ見た方が見やすい。それは誰もがわかっていることのはずだ。
「確かに見ることだけを考えれば正面に座った方が良いですけど、お隣で近い方が良いのです」
いやいや!椿ちゃん?何が?何が良いの?俺には全然意味がわからないんだけど?そもそもで言えばなんで俺をそんなに見る必要がある?自分の食事に集中しようよ?
「え?何で?」
譲葉ちゃんは本当に怖いもの知らずというか遠慮がないというか……、思ったことをすぐ何でも口に出すんだな……。そういう所はちょっとうらやましくもあるよ。
「見るだけなら前から見る方が良いですけど、なるべく近くにいるためには向かいよりも隣の方が近くて良いのです。お隣ならば咲耶ちゃんが動いた時にふわりと香る良い匂いも感じられますし、まるで温もりまで伝わってくるかのようです。息遣いまで聞こえるほど近くに居たいのです」
椿ちゃん!?何言ってんの?!一体この子はどうしてしまったんだ?前まではこんな子じゃなかったはずだ。もっとこう……、ちょっと俺を怖がって避けてるような子だったはずなのに何かおかしい。一体何故こんなことになってしまったというのか。
いや、いいよ?怖がられて避けられるよりこうして近づいてくれる方が良いし俺も望んだことのようなものだけど、それでもやっぱり何かおかしい。ウェルカムのはずなのに何故かこちらが引いてしまう。ちょっと怖い。
「…………」
そして茜ちゃん……。茜ちゃんは何故そんなに俺を睨んでるんですかね?俺何かしましたか?茜ちゃんに睨まれなきゃならないようなことをした覚えはないんだけど……。
「貴女達!わかってると思うけど咲耶様の一の子分は私だから。いいわね?」
「「「「はい」」」」
そして薊ちゃん……、お嬢様が一の子分って……、それでいいのか?でも何か変な雰囲気すぎて俺は何も言えずただ黙って聞いていることしか出来なかった。
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今日も放課後はサロンにやってくる。何か最初の頃は五北会にも関わるのは嫌だったはずだけど、今ではそんなに嫌じゃなくなった。やっぱり薊ちゃんや皐月ちゃん、茅さんみたいなお友達が出来たお陰かな。どんな嫌な所でもお友達が一緒なら耐えられるものだ。
「御機嫌よう」
扉を開いて挨拶しながらサロンに入ると視線が集中した。え?え?一体何事?俺何かした?失敗した?
「おう!来たか!」
「近衛様……」
何か知らないけど俺がサロンに入ると伊吹がズカズカと近づいてきた。とてもじゃないけどこの国で一番の御曹司の歩き方とは思えない。それはあれだ……。チンピラの歩き方だ。御曹司云々以前に小学校一年生がチンピラのように歩いている。
「ほらよ!受け取れ!招待状だ!」
「…………は?」
伊吹に渡されたものを受け取る。確かに可愛らしいいかにも招待状そのものだ。
「よし!次はお前達だ」
そう言いながら伊吹はサロンにいた他のメンバー達にも同じような招待状を配り出した。だけど俺のだけ装飾というか見た目が違う。俺のだけ妙に可愛らしい。
まぁ一応相手によってある程度の違いがあるようだ。男性に渡しているのは普通の変哲もない招待状。女性に渡しているのは少し可愛らしい招待状。俺だけその中でも何か見た目が凝っているというか、妙に可愛らしいというか、少しだけ違う。
「伊吹が気にすると思うからすぐに確認して返事をしてあげてくれるかな?でないときっと今日夜も眠れなくなると思うから……。それとももしかしたら夜に電話がかかってくるかもしれないよ?」
げっ!それは嫌だ。伊吹が俺から離れて他のメンバー達にも招待状?を配っていると槐が俺の前に来てそんなことを言い出した。伊吹から夜に電話がかかってくるとかどんな嫌がらせだ。
「鷹司様、ご忠告痛み入ります」
どこまで本気かわからないけど『俺様王子』ならあり得ないとは言い切れない。自分勝手の申し子みたいな奴だから本当に自己都合で夜中でも電話をかけてきかねない。招待状を受け取った他の人達も中身を確認しているから俺もそれに倣う。
「え~っと……」
何々?夏休み中に近衛家主催の花火大会があるからそのパーティーへの招待状のようだ。伊吹のお誘いなんて最初からお断りだったけど今回はさらに断れる明確な理由がある。誰憚ることなく断れるので俺は零れそうになる笑顔を必死で堪えて返事をすることにした。
「申し訳ありません、近衛様。この日は家族で旅行に行っているので参加出来ません。兄と私は不参加でお願いします」
そう!生憎と伊吹の招待状に記されている日は家族で旅行に行っているからそもそも居ない。俺の意識が出てくる前、まだ咲耶お嬢様の意識で生活していた頃から毎年ずっと夏休みは家族で旅行に出かけている。今年ももう予定は決まっているからこの日程では参加は不可能だ。
「ばかな……」
「近衛様!?」
「大丈夫ですか!?」
俺の返事を聞いて伊吹は失意体前屈をしていた。実際にする奴がいるのは初めて見た。まぁ知ったことじゃない。すでに予約までしている家族旅行が入っている。これなら母にだってとやかく言われる筋合いなく完璧なる理由でお断り出来るというものだ。
「家族旅行なんて毎年しているし今からなら予定も変更出来るだろう。両親に相談してから決めてもいいんじゃないか?」
兄よ~~~っ!何故そこでそんな余計なことをいう!ほらみろ!伊吹がゾンビのようにユラリと立ち上がってきたぞ!何故そんなことをした!俺を伊吹に売り渡そうというのか!
「よし!咲耶!旅行の予定を変えろ!キャンセル料は全て近衛家が払う。何なら九条家に出向いて両親に説明もしよう」
来るな!絶対来るな!そして余計なことをするな!俺は家族で楽しく旅行に行きたいんだ!いや、別に家族旅行もそれほど楽しみじゃないんだけどここはあえてそう言っておく。何故折角の夏休みにまで伊吹に会いに行かなければならないというのか。
大体こいつは何を企んでいる?そこで咲耶お嬢様を嵌めて九条家を破滅させるつもりか?
そうか……。そうに違いない。だからわざわざ両親に直談判してでも予定を変えさせようというんだな?だけどそうはいくか!お前の思い通りに進むと思ったら大間違いだ!
「近衛様……、ご自身が働かれて稼がれたお金でもないのに『キャンセル料を払う』などと気安く言わないことです。それはご両親が一生懸命働いて稼がれたお金であり伊吹様が稼がれた物ではないのでしょう?それを安易にバラまくようなことを言われるとは……、もう少しご自身の姿をよく見られた方が良いのではありませんか?」
「――ッ!?」
ガガーン!という背景が見えそうな顔をした伊吹はそのまま再び失意体前屈になった。今日の伊吹はちょっと面白いじゃないか。でも許さない。こいつは咲耶お嬢様を裏切り、貶め、破滅させる悪魔だ。今ちょっと面白いからって油断したら何をされるかわからない。
「咲耶様が来られないのなら私も興味ないです」
薊ちゃん!伊吹がいる前でそこまで言うのはやばくない!?参加を断るのは良いけどそんな理由で、しかも本人を目の前にして言うのはどうなんだ?ついでにそれってまるで俺が悪いみたいに伊吹に思われない?大丈夫?こういうことの積み重ねで咲耶お嬢様と九条家が破滅させられるんじゃないのか?
「私も……、咲耶ちゃんと花火を見れると楽しみにしていましたが……、咲耶ちゃんが来られないならどうでも良くなりました……」
おおい!茅さん!あんた近衛門流でしょうよ!伊吹がますます落ち込んでるぞ!どうすんのこれ!?
「まっ、まぁまぁ、まだこの場で返事は出来ないよ。ねぇ咲耶?一先ず両親と相談してから返事をするってことでいいかな伊吹君?」
兄よ!確かに状況はカオスだけどそんな期待を持たせるようなことは言うべきじゃないぞ。むしろもう今すぐはっきりと断る方が良いくらいだ。少なくとも俺は近衛家のパーティーなんて二度とごめんだからな!
そうだよ……。よくよく考えたら薊ちゃんとのことだって全ては伊吹が原因じゃないか。そう考えたら段々腹が立ってきたぞ。
まぁ結果的にはそのお陰でこうして薊ちゃんと仲良しになれたんだから良かったのかもしれないけど……。それでも俺や薊ちゃんが余計な苦労をしたのは間違いない。別に伊吹のせいじゃないかもしれないけど伊吹にも原因がある。だからやっぱり伊吹が悪い!
「九条さん、あまり伊吹をいじめないであげてね」
「鷹司様……。いつも近衛様にいじめられているのは私の方ですが……?」
槐もどこをどう見たら俺が伊吹をいじめているなんて言葉になるのか。槐は伊吹の味方だからそういう印象操作をしているのかもしれないけど失敬な言葉も甚だしい。
う~ん……。でも伊吹のパーティーで薊ちゃんとの仲が進展したのなら、もしかしてこのパーティーがきっかけで皐月ちゃんとの仲も進展したりしないかな?
俺が咲耶お嬢様として振る舞うことを避けたために周囲との関係が変化してしまった。今からでも俺が少しは咲耶お嬢様らしくしたらちょっとは影響が出たりしないだろうか?悪い影響は出てもらったら困るけど、皐月ちゃんとの仲がゲームのようになってくれるのならば悪いことじゃない。
まっ、どちらにしても俺が決められることじゃないだろう。もしかしたら予定通り旅行に行くかもしれないし、兄や両親次第では予定を変えて近衛家のパーティーに参加することになるかもしれない。あまり出たくはないけど皐月ちゃんとのことに関してだけはちょっとだけ期待している俺がいたのだった。