第五百三話「文化祭始まる」
十一月十七日金曜日、ついにこの日がやってきた。今日俺達は中等科に上がって初めての文化祭の日を迎えている。
「とうとう今日ですね!」
「緊張します!」
皆で教室に集まって今か今かとソワソワしていた。俺達生徒はいつも通り八時半にホームルーム?を行い、すぐに最後の準備に取り掛かる。開始と一般入場が九時からで十五時までの六時間が文化祭の時間だ。
「え~、今日は文化祭ということで一般入場の方もたくさん来られます。このクラスは出し物が喫茶店ということで……」
八時半になるとすぐに担任がやってきて説明を始めた。とはいえ言ってることは定型文のようなものなので特別何か注意事項などがあるわけではない。
「接客担当の方は九条家のご厚意によって出していただいている車が裏にありますので、そちらで着替えとメイクを行ってください。車は文化祭終了まで停めていますのでメイク直しや着替えの際に活用してください。それから……」
ちょっと説明が長いな……。ちなみに今先生が言ったのは俺達の着替えやメイク場所を確保するための車のことだ。学園にも更衣室はあるけど今日着替えるのは俺達だけじゃない。演劇をするクラスとか、何か出し物でその時だけ着替えるクラスというのは他にもいる。だから俺達だけがこっそり更衣室を利用するというわけにはいかない。
そこでちょっと学園に掛け合って裏のスペースにキャンピングカーというか、マイクロバスというか、簡単に言うと着替えやメイクが出来る設備の整っている車を置かせてもらえることになった。俺達はメイクとか衣装の特殊性から普通の更衣室は使いにくいし、恐らく途中で何度もメイクを直しに行かなければならないと思う。そのための車だからクラスの予算などに含めずに使って良いと許可を貰っている。
「九条家の車を使えることになってよかったですね!」
「まぁさすがに学園の方も外で着替えろとか、そこらでメイクを直せとは言えませんからね」
まさか年頃の女の子達の着替えをそこらでしろとか、設備もない場所でメイクしろなんて言えない。本当は学園やクラス予算以外の力を借りるのは禁止らしいけど、着替えとメイクのための更衣室とメイク室だと頼みに行ったら校長が許可してくれた。中等科の校長も話のわかる人で助かる。
「それでは皆さん、準備に取り掛かりましょう!」
「「「はーい!」」」
長々と十分くらいしゃべっていた担任のお陰で時間が押している。九時に開店するためには残り二十分で着替えて戻ってこなければならない。
「給仕係は急いで着替えましょう!」
「はいっ!」
車の広さは十分だから十人同時にも着替えられるしメイクも出来る。各家のメイク係等も来ているから何とか間に合うだろう。そうは思うけど気は急くもので、皆でワタワタしながら着替えに向かったのだった。
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「咲耶様!こちらです!」
「椛!柚は男子の方をお願いね!」
「お任せください、咲耶お嬢様!」
男子は男子用の車に乗り込む。俺達は大きい方のバスだ。人数が違うんだから車の大きさも違うのは当然だし、向こうは三人しかいないんだからあのサイズの車でもこちらより広々使えるだろう。
「お召し替えを……」
「これは一人の方が早いので椛はメイクの用意をしておいてください」
いちいち人に着替えを手伝ってもらっていたらその方が時間がかかる。そんなに待っていられないから自分で着替えて、まだボタンとかはきっちり出来ていないけど鏡の前に座って椛にメイクを始めてもらう。
「出来ました!」
「よし!それでは椛は他の子達のメイクや着替えを手伝ってあげてください。私は……」
「咲耶お嬢様!申し訳ありません!錦織様のメイクのお手伝いをお願いいたします!」
「柚……、わかりました!私は男子の方へ行ってきます!こちらは任せましたよ!」
「お任せください」
柚が女子の方へ飛び込んできたから俺は柚と一緒に男子の方へと乗り込んだ。途端に悲鳴が上がる。
「きゃーっ!」
「くっ、九条様!どうしてそう毎回毎回平然と男子の着替えに入ってこられるのですか!」
ええい、うるさい!男のくせにごちゃごちゃ抜かすな!今はお前達お笑い担当に構っている暇はない!
「錦織君?錦織君は?」
「…………」
男子の車の奥へと分け入ると錦織が暗い表情で沈んでいた。そしてその理由はわかった。何故ならば錦織の顔が……、他の男子二人に負けず劣らずの化け物になっていたからだ。どうしてこんなことになった?
「錦織君……、どうしてこんな……」
「加瀬に任せたらこうなった……」
錦織は暗い声でそう言った。
「加瀬?」
「…………」
「…………」
俺が聞き返すと錦織が隣に立っている執事に視線を向けた。見られた執事の方は顔を伏せて黙っている。この執事は見た覚えがある。本番前に試してみようと言った時にも来ていた執事だ。あの時にこの執事にメイクを見せてやり方を教えたはずだけど……、そりゃ一回言われたくらいで出来るわけないか……。
「一度でメイクを覚えるのは無理でしょう。それならば柚に任せればよかったのに何故……」
「加瀬が出来るからって……、他所の家のメイドには任せられないって……」
あぁ……、何となくわかった。前回は俺が無理やりメイクした。本当なら俺の時もその執事の加瀬とやらは色々と言いたかったんだろう。でも相手は九条家のお嬢様その人だ。錦織家の執事の一人である加瀬とやらが俺を相手に偉そうに言うことは出来ない。でも今日は違う。今日男子のメイクの手伝いに来たのは若いメイドである柚だった。
この加瀬という執事は恐らく他の家のメイドなどに自分の家の坊ちゃんを任せるのが気に入らなかったのだろう。相手がいくら九条家のメイドとはいえ所詮はただの若いメイドに過ぎない。椛のような一条家のご令嬢が相手だったら黙って任せていただろう。でも柚は地下家である諸大夫の娘だ。それなら自分の方が立場が上だと思って柚の手伝いを断ったんだろう。
「まったく……、時間がありません。すぐに手直ししますよ!柚も手伝って!」
「はい!咲耶お嬢様!」
隅の方で小さくなっている加瀬とやらを放ってとにかく俺と柚で錦織のメイクを直していく。錦織は女装メイドの中心的役割を担う人物だ。こんな姿で出すなんて出来るわけがない。加瀬とやらに色々と言いたいことはあるけど全部後回しにして、とにかくひたすら錦織のメイクのために手を動かし続けたのだった。
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「よし!間に合った!」
「ありがとう、九条さん……。俺……、俺……、可愛い……」
「「「…………」」」
何か頬を赤く染めて、うっとりと鏡で自分の顔を見ながらニヤニヤしている錦織の頭を無性に叩きたくなった。でも我慢する。今はそんなことをしている場合じゃない。他の皆は先に教室に向かっている。万が一俺達が間に合わなくても先に開店出来るように……。でも俺達も間に合ったんだから早く移動しなければならない。
「コートとフードで顔と格好を隠して!さぁ!行きますわよ……、いや、行くよ柳ちゃん!」
「はい!」
少し声を低くして手を差し出すと錦織もコクンと頷いて手を取ってくれた。コートにフードで車から教室までの移動の間も姿が見られないように細心の注意を払う。そうして教室に駆け込むと同時に九時の放送が始まった。
「ぎりぎり……」
「間に合った……」
「咲耶様!」
「咲耶ちゃん!」
「喜ぶのはまだ早いですよ!さぁ!開店の準備を!」
「「「「「はいっ!」」」」」
自分達がギリギリに駆け込んでおいて偉そうに言うことじゃない。だけど俺は皆を奮い立たせる。客がどれだけ入るかはわからない。でも文化祭は、一年三組の男装執事・女装メイド喫茶は今始まったばかりだ。
「一年三組、男装執事・女装メイド喫茶、オープンです!」
教室の扉を開けて、看板を廊下に出しながら声を張り上げる。一般入場はまだ始まったばかりだから人がここまで来るにはまだ時間がかかるだろう。でも他の一年の教室から出てきた生徒達は興味深そうに一年三組の出し物を眺めていたのだった。
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「九条様!これを四番テーブルに!」
「ああっ!」
「きゃー!九条様のイケボ素敵ぃ~~~っ!」
パーテーションとカーテンで間仕切った厨房もどきから出されたセットを受け取って四番テーブルへと向かう。ゆったりと座れるように席の数は少なくして、同時に入れる客の数は物凄く絞っている。そのはずなのにこの異常な忙しさはなんだ?
「お待たせいたしました、お嬢様方。こちらが本日のお薦めの手作りクッキーです」
「きゃー!やったわ!九条様の手作りクッキー大当たりよ!」
「いいなぁ。あっ!でも私は西園寺様の手作りクッキーだわ!やった!」
店内で出るクッキーはランダムで選べない。ただし誰が作った物か一応公開されている物がある。公開されていないのは誰が作ったかはっきりしないごちゃ混ぜのものだけだ。でも何か公開されてるのはうちのグループの子の分だけのような気がする。今まで給仕していてグループの子以外の物を出した覚えがない。
「それではお嬢様方、ごゆっくりどうぞ」
「はわぁ……」
「こんな執事がいたら毎日が楽しいでしょうねぇ」
お茶を淹れてから下がる。ずっとそのテーブルに付いているわけにはいかない。普通の執事やメイドなら後ろに控えているものだろうけど、俺達は店で擬似的にしているだけで本当の執事やメイドじゃないからな。
「誰が作ったか公開されているクッキーは私のグループの子の物しか出ていないようだが?」
一度カーテンの向こうへ下がってから確認してみる。すると衝撃の事実が、今頃になって、公開された。
「それはそうですよ。お持ち帰り用は一応全員分袋に詰めていますが、お店で名前を公開して出しているのは九条様派閥の方々の分のみです。他の人の名前なんて公開されてもむしろ嫌がられると思います」
「……え?」
ちょっと待って欲しい。それって俺達のグループの手作りしか名前が公開されてないってことか?それはおかしいだろう。そんなことが許されて良いのか?
「九条様……、一年三組には地下家の男子などもいるのです……。そのような男子が作った物が堂上家のご令嬢に当たったとしたら……、名前を公開していたらどうなると思われますか?」
「あ~……」
そう言われて俺は黙ることしか出来なかった。それはそうだ。もし堂上家のお嬢様が、別に地下家の男子と言わず気に入らない相手の手作りだと知ってしまったら……、絶対物凄いクレームが来るに違いない。誰の分と換えろとか言い出すのは目に見えている。そして一人それを認めたら後は全員それぞれ希望する相手の物を出せという要求を断れなくなる。
「ただ断られるだけならまだしも、もしそのようなことになっては作った子が何かされないとも限りませんので……」
「そう……、ですね……」
つい俺は男装の演技も忘れて素で頷いてしまった。そんなことが絶対に起こらないとは言い切れない。うちのグループの子達はそんなことをしないけど、他の堂上家の子達が地下家や一般生徒が気に入らないからと何かしないなんて言い切れない。実際にこれまでそういう騒動が何度もあった。いくら俺達が注意してもそういうことは完全にはなくならない。
「はぁ……、止むを得ませんか……」
そう言われたら納得出来た。俺達のグループは芹ちゃんを除いて皆結構良い所のお嬢様ばかりだ。その堂上家のお嬢様一人を相手にするのも大変なのに、俺達はこれだけグループで集まっている。その全てを敵に回して文句を言う者はまずいない。俺達の名前なら公開していても文句を言われないというのはわかった。
「きっ……、きゃーーーっ!」
「「「――ッ!?」」」
厨房もどきに入って話をしている間に客席の方で何かあったらしい。悲鳴が聞こえたので慌ててカーテンを捲って客席の方に出てみたら……。
「何もそんな悲鳴を上げることはないだろう?お嬢さん。俺様はただ美しい君の名前を聞いているだけなんだ」
「いっ、伊吹君……、正気に戻ってよ!俺だよ!柳だよ!」
「「「…………」」」
「これは……」
悲鳴を上げたのは柳ちゃんだった。酔っ払いに絡まれているウェイトレスそのまんまみたいになっている。そしてその絡んでいる酔っ払い役とは『俺様王子』近衛伊吹だった。伊吹が柳ちゃんの手を掴み、頬を赤くして、鼻を膨らませながら迫っている。
「咲耶ちゃん、どうしましょう……」
「え~……」
もしこれが男装執事、つまり俺のグループの女の子達が絡まれていたのならすぐに対処していただろう。でも絡んでいるのが伊吹で、絡まれているのが錦織かと思うと……、どうにも真面目に対応する気が失せてしまうのは俺だけではないはずだ。




