第五百話「クラスでお披露目」
残りの男子二人は化け物になっていた。でも決して柚が悪いわけじゃない。俺がメイクしても恐らく似たような感じになるだろう。これはもう素材の問題と言うしかない。むしろ柚は精一杯頑張ってメイクしてくれたと思う。褒め称えたい。
「え~……、それでは私は一度女子更衣室を確認してきますね……」
「「…………」」
何とも言えない表情をしている男子二人が物悲しい。でもすまん!俺にはどうすることも出来ない!
男子の方は柚に任せて俺は一度女子の方へと戻ってみた。こちらも皆大方メイク直しは終わったようでお互いに見せ合っていた。
「あっ!咲耶ちゃん!向こうはどうでしたか?」
「う~ん……。まぁ……、それなり……、でしょうか?」
何が『それなり』なのか言っている自分でもわからない。でもそうとしか言いようがない。まさか錦織はちゃんと化けたけど残りの二人は化けるどころか化け物になりましたなんて言えない。いや、言ってもいいんだけど俺の口からは言い辛い。
「こちらが完了したのならコートとフードで隠して教室へ戻りましょうか」
「そうですね。それじゃ男子の方へ行きましょう!」
「あっ!薊ちゃん……」
止める暇もなくグループの子達は皆すぐにフードとコートで姿を隠して隣の男子更衣室へと突撃していった。そこに躊躇とかは一切ない。良家のお嬢様達ともあろう者が、男子更衣室に男子がいるとわかっていながら恥らうこともなく突入していくのはいかがなものか。
「「きゃーっ!」」
そして隣から聞こえてくる悲鳴……。しかしその悲鳴は可愛い女性の声ではなく、野太い男の悲鳴だった。俺も皆を追いかけて隣の男子更衣室へと入る。
「女子がドカドカと男子更衣室に入ってくるってどういうことですか!?」
「何よ?別にどうってことないでしょ?」
「そー!そー!男の裸なんて見てもどうでもいいよー」
「そもそもその程度のものなど見慣れております。この程度のことできゃーきゃー騒がないでください」
グループの子達は平然としている。むしろ押し入られた男子の方がきゃーきゃー騒いでいた。普通逆だと思うけどうちのグループの皆は強すぎる。それと見慣れてるってどういうことかな?もしかしてすでに密かにいる婚約者の裸なんていつも見ているとかそういう……?
「執事や様々な家のことをしている男性がたくさんいるのですから、男性のそういう姿を見る機会などいくらでもあるでしょう?貴方達だって家でメイドさん達の着替えとかを『何度も』『わざと』『事故を装って』覗いてるんじゃありませんか?」
「ちょっ!?うちのメイドさんはおばさんだけだし!そもそもこっちの二人の家にはメイドさんだっていないよ!」
錦織が余計なことを言ってしまった。これはかえって地雷だったんじゃないかなぁ……。
「なるほど……。錦織はおばさんメイドの着替えばかり覗いてるってわけね」
「その歳で熟女好きですか……」
「ちっ、違うって!何でそうなるんだよ!」
「まぁまぁ、双方とも落ち着いて……。とにかく準備が終わったら一度教室に戻ってクラスの皆さんにも見ていただきましょう。ね?」
何かますます変な方向にヒートアップしそうだったから止める。このまま俺達だけでアレコレ言っていても埒が明かない。
「そうですね」
「それではフードとコートで姿を隠してくださいね。教室へ戻りましょう」
何か皆はあっさり男子に興味がなくなったようですぐに姿を隠して男子更衣室から出て行った。男子ものそのそと動き出して姿を隠して廊下を歩く。いくら更衣室を使う予定が俺達だけだったとしても、廊下を歩いていれば他のクラスの者に見られる可能性は高い。一応一年三組の出し物は秘密になっているから執事、メイド姿を見られるわけにはいかない。
途中何人か廊下を歩いていた他の学年やクラスの生徒とすれ違ったけど、幸いにも何も言われず遠巻きに見られていただけで済んだ。一年三組の教室に戻ってきた俺達は早速クラスメイト達にお披露目することにした。
「さぁ!準備出来たわよ!一回見せるから皆も見てみて!」
教室を厳重に封鎖してから壇上に立った薊ちゃんがクラスの注目を集めてそう宣言した。クラスメイト達も楽しみにしていたのか手を止めてこちらに注目している。
「まずは失敗作の男子から!」
そう言われて錦織以外の二人の男子が壇上に上げられた。一人ずつコートを脱いでいくけど……。
「ぶははっ!」
「やだー、なにあれー」
「ひーっ!これ何て罰ゲーム?」
クラス中は大爆笑だった。女装メイドとしては罰ゲーム並みの失敗かもしれないけど、お笑いのネタとしてはまぁまぁ及第点というところだろうか。
「次は女装成功の錦織よ。見て驚きなさい!咲耶様が直々に施してくださったという化粧のマジックよ!」
「「「――――ッ」」」
錦織のコートがバサッ!と捲られると先ほどまで大爆笑だったクラスが静まり返った。壇上に立たされている錦織も何事かと思ってオロオロしている。その姿がまた可愛い。
「えっと……、そんなに変かな?」
「きゃーっ!なにあれ!」
「すごーい!」
「私より可愛くない?」
一瞬遅れて女子達からキャーキャーと違う意味の悲鳴が上がった。皆で可愛い可愛いと大絶賛だ。
「「「「「…………」」」」」
それに比べて男子はポカンと間抜けな顔をして静まり返っていた。誰も何も言わない。いや、言えない。しばらく呆けてからようやくポツリポツリと声が漏れてきていた。
「……え?」
「あれが錦織君?」
「可愛い……」
「え?あの胸本物?めっちゃ凄くない?」
「キスしてぇ……」
うわぁ……。男子って本当にキモい奴ばっかだな……。まぁ俺も前世は男子だったわけだし、男の目から見れば今の錦織が普通に美少女にしか見えないというのはわかる。でもそれにしたってその欲望駄々漏れはどうなんだ?
「ちょっ!?皆っ!?」
そして錦織は錦織で真っ赤になってクネクネしていた。何かあの顔と格好でそんな動きをしていると本当に女性のように思える。だけどこいつは男だ。男が可愛いとか言われて顔を赤くしてクネクネしていたらどう思うか?もちろん答えは一つ。
『気持ち悪いわ!』
しかない。
「錦織、気持ち悪いのよ。さっさとどきなさいよ。それじゃ次は男装執事ね!まずは~……、芹から!」
「えっ……、あっ、はい……。それでは……」
何故か司会進行役になっている薊ちゃんに言われるがままに芹ちゃんが壇上に立ってコートを脱いだ。
「「「おお~~~……」」」
何のどよめきか知らないけど芹ちゃんが姿を現すとどよめきが起こった。最初の可愛いメイクよりは男役っぽくなっている。それでもまだ可愛い女の子というジャンルからは抜け出せていないけど、これはこれでありだという意味では先ほどの反応も頷ける。
「さぁ、それじゃじゃんじゃんいくわよ!」
薊ちゃんが次々にグループの子を指名していき、まるで何かのショーの様に順番に壇上に立ってはコートを脱いでいく。皆最初の可愛い系のメイクから変更されているからか、全員一応男役っぽい雰囲気にはなっていた。ただやっぱりというか、どこか可愛い印象は拭えない。皆、元が可愛すぎるからこれが限界ということか。
「そして最後は……、咲耶様!魅せてやってください!咲耶様!」
「いや……、あの……」
そりゃ順番だったんだからいつかは俺もお披露目となるだろうとは思っていた。それに家格からして薊ちゃんが俺を大取にするつもりだったのは途中から気付いていた。だけど……、こんなにハードルを上げられて最後の最後に俺っていうのはどうなんだろう……。ちょっと自信がない。
更衣室で皆と見せ合いっこした時も何か俺への反応が変だったし、お世辞もいっぱい言っていた。ここで俺が大取だったらクラスの皆も微妙にスベッてしまって反応に困ったりしないだろうか。
とはいえ、ここで悩んでいても仕方がない。もう残っているのは俺だけだし、どうせいつかはお披露目しなければならないのなら覚悟を決めていこう。そう思って壇上に立つと徐にコートを脱いだ。
「「「「「…………」」」」」
クラスの皆が固まってしまっている。何か皆の時のような反応がない。全員がポカンとした顔でこちらを見ている様は何だか滑稽にも見える。でも一番滑稽なのはそんな顔で見られている俺なんだろう。俺が滑稽だから皆こんな反応しか出来ないのだと思うと悲しくなってくる。
「どう?どう!?凄いでしょ?ね?皆咲耶様に惚れ直したわよね!」
「あっ、薊ちゃん……」
何か変なテンションで薊ちゃんが必死にフォローしようとしてくれている。でもそれはますます俺の傷口を広げるだけだ。完全に変な奴だと思われているに違いない。それなのにその傷を広げるようなことはやめてくれ……。
「格好良い……」
「こんな王子様がいたら絶対にファンになるわ……」
「王子……。男装王子!」
「男装王子だ!」
「凄い!」
「可愛い!」
「格好良い!」
「「「「「男装王子!男装王子!男装王子!」」」」」
「え?え?」
何これ?何か変なのが始まったっ!?皆で語呂の悪い『男装王子』コールをしている。するならせめてもうちょっと語呂の良いやつでやって欲しい。
って、だからそうじゃなくて……、何これ?何これ?新手の嫌がらせか?それとも俺を笑いものにしているのか?
「私絶対うちのクラスの喫茶に来る!そして咲耶王子様に給仕してもらうの!」
「私も!」
「絶対!何があっても!咲耶王子様に給仕してもらわなくっちゃ!」
女子は何か変なスイッチでも入ったのか、怖い目をしてそんなことを言っていた。あの目はまるで何か獲物を狙う獣のように見える。ちょっと怖い……。
「うわぁ……。女子でこのレベルになるとか自信なくすわぁ……」
「いや、お前元々大した顔じゃないじゃん」
「そういうお前もな!」
「っていうか、本当にこんな男子がいなくてよかった……」
「もし九条様が男子だったら女子全員九条様ファンになって一人占めにされてたな」
男子からは変な溜息ばかり聞こえる。やっぱり俺の男装がどこか変なんだろうか?それならそうと言ってくれればいいのに誰もそうは言ってくれないし……。
「女装錦織君と男装九条様は凄すぎるよね」
「クオリティ高すぎ!」
「これ絶対流行るよ」
「これで勝つる!」
何か皆が俺と錦織を給仕としてずっと立たせておこうみたいな流れになってきている。別に文化祭は勝ち負けはないはずだけど……、一体クラスメイト達は何と戦おうとしているんだろう?
「はは……、困ったね……」
「錦織君?本当に困っています?」
何か若干うれしそうに頬を染めている錦織にイラッとする。こいつは案外自分が可愛いとか言われて良い気になってるんじゃないのか?俺は何かゲテモノ枠に収まってそうだけど、錦織は自分がチヤホヤされてるからってどことなくうれしそうに見える。
「悪いが私はグループの子達との約束がある。常に給仕に出ているわけにはいかない。休憩はきちんともらうよ」
「「「きゃーーーっ!イケボすぎるぅ!」」」
少し低い声を意識して男っぽくしゃべると女子達がまたキャーキャー言い出した。そんなにキモかったかな……。でも本番に向けてこれに慣れておく必要がある。あとグループの皆や招待した人と文化祭を回りたいから最初から最後まで休憩なしで給仕に入るのはお断りだ。
「給仕係は男子も女子も話し方や所作も忘れないようにな」
「あっ、そうだね……。じゃなくて、そうですわね?」
「あははっ!錦織キモッ!」
「キモいは酷いよ。じゃなくて、酷いですわ?」
「「「あははっ!」」」
俺の言葉を受けて錦織と薊ちゃんが面白い掛け合いをしてくれた。そのお陰でクラスの空気も軽くなった。さっきまでの俺を見て皆が何とも言えない痛々しい雰囲気になっていたのは全て吹っ飛んでいる。
俺は五北家である九条家のご令嬢だし、きっと皆も俺のことをキモいと思っていても正直に言えないんだろう。せめて他の男子二人みたいに笑いに変えられたらいいんだけど、九条家のご令嬢が相手ということで皆腫れ物扱いのようで言うに言えなくなってしまっているに違いない。
とりあえず本番通りに衣装を着て、メイクやウィッグをしてみたけど……、やっぱり俺も皆みたいに可愛い系のメイクに走った方がいいのかな?でも今更そんなことも言えないし……。
「薊ちゃん……、私……、じゃなくて俺ももっと可愛い系のメイクの方が良いかな?」
「なっ!?だっ、駄目ですよ!絶対駄目です!この今のお姿こそが至高です!これ以外認められません!ね?皆?」
「そうだよー!とっても似合ってるよー!」
「まぁ咲耶ちゃんなら他のメイクでも似合うとは思いますが……」
「もうこれで決定ですよ!」
「個人的には他の姿も見てみたいですが……、文化祭ではこの王子様スタイルで給仕してください!」
駄目か……。皆にこっそり相談してみたけど即却下されてしまった。俺の姿が変でもそれが笑いにでも繋がるのなら良いけど、今のままじゃ変だけど言えない腫れ物扱いみたいでどうなのかなぁ……。男子達を笑いものにしていたら俺が一番笑いものなのに笑えない状況になってしまった。
どうにかしたいけどもうどうにもならないか……。




