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第四百九十八話「真実の愛」


 柾についていくとやってきたのは校舎裏の人気のない場所だった。柾が呼び出しに来たから生徒会室にでも行くのかと思っていたけどまさかこんな所に連れて来られるとは予想外だった。


「もうこの辺りで良いのではありませんか?」


「…………そうだな」


 柾は辺りを確認してから俺の方へ向き直った。校舎裏といっても校舎のすぐ近くではなく裏庭のような場所に入って校舎からも離れている。これだけの距離があればよほど騒いだりしない限りは校舎の方に声が届くこともないだろう。一体何の話があるのか知らないけど、わざわざこんな所まで連れてくるなんて……。


「九条咲耶!お前は速水生徒会長に何をした!?」


「はぁ?速水生徒会長様……?」


 はて……?何かしたっけ?特に思い当たることはないと思う。そもそも最後に会ったのはいつだっけ?何かあったかなぁ?


「お前が速水会長に何かしたのはわかっている!でなければ……、でなければあんな……」


 柾は青褪めてガタガタと震えだした。一体何をそんなに震えているのか意味がわからない。それに俺は石榴に何かした覚えもない。いや、そもそも色々とされた覚えはある気がするけど俺が何かをすることなんてあり得ないだろう。


「また根拠もなく言いがかりをつけるのですか?前回のことで反省されたと思ったのですけれど?」


 柾は前回の四組のイジメ問題のことで一応反省してそういった決めつけや思い込みはしないと言ったはずなんだけどな……。結局人の本質は変わらないということか。そしてそういうところが先日の生徒会役員選挙で落選した理由でもあるだろう。本人に自覚はないみたいだけど、そういう所が落ちた原因だろうな。あっ……。


「それはっ!……いや、そうだな……。だが九条さんが何か関係ある可能性は極めて高いと言わざるを得ない。速水会長がおかしくなる直前に、会長は九条さんを生徒会室に呼び出した。そこで何かがあり、会長はおかしくなった。生徒会室から九条さんの高笑いが聞こえてきたという情報もある。九条さんは会長がおかしくなったことについて何か知っているんじゃないのか?」


「あ~……、え~……」


 やっべぇっ!わかった!わかってしまった!柾が言っているのは石榴が『真実の愛』に目覚めたことを言っているに違いない。


 そうだ……。そうだった……。すっかり忘れていたけど確かにそんなことがあった。もう俺には関係ないと思って忘れてたけど確かに俺が関係している。石榴だけ『真実の愛』に目覚めさせて、気付かせて放置してしまっていた。この計画は柾も『真実の愛』に目覚めてこそ完結するものだ。それを忘れてどうする。


「――ッ!やはり何か知っているんだな?」


「いえ……、知っているというほどのことでは……」


 問題は石榴が柾にどういうアプローチをかけて、柾がどれくらい影響を受けているかだ。それがわからないことにはあまり下手なことは言えない。うっかり下手な手を打てばかえって柾の態度が硬くなる可能性が高い。ここはうまく柾に『真実の愛』に目覚めてもらう必要がある。


「何だ?どういうことだ?はっきり言え!」


 う~ん……。どうしたものか……。伊吹と槐に『真実の愛』を気付かせた時は比較的簡単だった。二人は俺の周りにいたから状況も見やすかったし、会話する機会も、二人の様子を見る機会も多かった。でも柾と石榴の件はすっかり記憶の彼方に飛んでいたからここまでの経緯がまったくわからない。とにかく何か情報を集めないと……。


「……それよりも押小路様、その速水生徒会長様の様子がおかしいというのは具体的にどういうことでしょうか?それがわからないことには私には答えようがありません。もっと詳しくお聞かせ願えますか?」


「うっ!?……いや、それは……」


 明らかに柾の勢いが弱まって視線を逸らした。どうやらあまり言いたくないことのようだ。それだけ石榴が激しいアプローチで柾に迫っているということかもしれない。


「さぁ?遠慮はいりませんよ?全てをお話になって?」


「くっ……、それは……」


 俺がジリジリと迫ると柾がその分だけ下がる。しかしすぐに裏庭に植えられていた木にぶつかって下がれなくなった。


「さぁ?さぁさぁ!さぁさぁさぁっ!」


「わっ、わかった……。説明する……。だから何とかしてくれ……」


 ほとほと困り果てたという表情で柾がそう言った。どうやら結構本気で困っているらしい。こんな弱気な柾を見ることは滅多にない。案外この弱っているところに付け込めば柾もすぐに『真実の愛』に目覚めるかもしれないな。


「実は……、少し前から速水会長が俺を励ましてくれるようになったんだ……」


「それは良いことではありませんか?」


 確か石榴もそんなことを言っていた。選挙で落選した柾が落ち込んでいるから励ましてやって欲しいとか何とか。だからこそそんなに気にかけているのは石榴が柾のことを愛しているからだと気付かせてやったんだからな。


「確かに俺は生徒会役員選挙で落選してから自暴自棄になっていた。それを速水会長が励ましてくれようとしていたことには感謝している。だが問題はそこじゃないんだ!速水会長は……、何か様子がおかしい!まるで恋する乙女のように俺に迫ってくるんだ!」


「…………」


「…………」


 柾の言葉に俺と柾は無言で見詰め合った。別に甘い雰囲気とかは一切ない。ただお互いに表情を無くして無言で見詰め合っている。


「それ……、自分で言います?」


「だから言いたくなかったんだ!でも実際そうなんだよ!九条さん!君も見てみればわかる!」


 まぁ見なくても想像つくけどね?伊吹もそうだったし、初等科の時に伊吹を『真実の愛』に目覚めさせた時も槐の下にやってきてはそんな顔をしていた。石榴も柾に対して似たような感じになっているんだろう。それに対して特に驚きや、嘘だと疑うような気持ちはない。


「はぁ……、良いですか?押小路様……。それで誰が困るのですか?」


「……は?」


「ですから、仮に速水生徒会長様が押小路様に恋をしている乙女だったとして、それで誰がどのように困るというのですか?」


 俺の言葉に一瞬ポカンとしてから柾はすぐに反論を始めた。


「そっ、それは俺が困るに決まっているだろう!」


「どうしてですか?押小路様は人に好かれて困ることがあるのですか?」


「いや……、だから……、普通に好かれるだけなら問題はない。しかし速水会長は男で俺も男で、それなのにそういう感情はおかしいだろう?」


 ふむ……。どうやら柾はそういう風に考えているらしい。大体わかった。これはもう俺の勝ちだな。


「押小路様……、貴方は好意を寄せてくれている相手を見た目や性別で判断するのですか?速水生徒会長様が男だというだけでその気持ちはあってはならないものだと否定されるというのですね?」


「そっ……、それは……、しかし……」


 柾の視線が揺れている。チョロい!チョロすぎるぞ押小路柾!お前はもう俺の掌の上だ!ふははっ!


「押小路様が誰からも見捨てられ、相手にもされず苦しんでいた時、支えてくれたのは誰ですか?」


「――ッ!」


「押小路様が生徒会役員選挙で落選して落ち込んでいた時に励ましてくれたのは?周囲から蔑まれていた時に庇ってくれたのは?一番苦しい時に一番欲しい言葉をくれたのは?」


「――ッ!――ッ!」


 柾の顔が歪む。俺はあたかも見てきたかのように語っているけど実際にはそんな場面があったかどうかも知らない。ただ俺はそうじゃないかという想像で偉そうに勝手に語っている。でも柾の反応を見る限りではそう大きく外れてはいないのだろうと確信した。


 ここで俺まで迷っていたり、自信がなさそうにしていては全ては台無しになる。何も知らないと悟られないように、あたかも全てを知っているかのように、全てを見てきたかのように、自信満々に語りかける。


「押小路様は、そうして支えてくださっていた速水生徒会長様の心まで、気持ちまで否定されるのですか?」


「ちっ、ちがっ……、俺は……」


 落ちた!ここで即座に否定出来ない時点でお前はもう負けてるんだよ!押小路柾ぃ~~~っ!


「速水生徒会長様のお気持ちは、心は本物です。それなのに、速水生徒会長様が男で、その想いを寄せる押小路様がたまたま男だったというだけで、その気持ちを否定し、踏み躙り、支えられ助けられた事実すら否定されるのでしょうか?」


「違う!そんなことはない!」


「だったら!……何を迷われる必要があるのでしょうか?速水生徒会長様は押小路様のことを愛し、押小路様も辛い時に支えてくださった速水生徒会長様の気持ちに応えたいと思っている。それならばもう答えは出ているでしょう?」


 さぁ、言え!認めろ!真実の愛を受け入れろ!


「でも俺は……」


「何が『でも』ですか!デモもストもありません!貴方はまだ自分の気持ちから目を背けようというのですか?自分でもわかっているのでしょう?私に相談に来た時点で速水生徒会長様の気持ちに応えたいと思っている自分がいることに!でなければとっくに一人で速水生徒会長様にお断りしているでしょう!」


「――――ッ!!!」


 柾はガガーンという音が聞こえてきそうな顔をしていた。どうやらお終いのようだな。


「貴方が本当に速水生徒会長様のお気持ちに応えたくないと思っていたのならば……、わざわざこのように私を呼び出し話などしていなかったはずです。速水生徒会長様にきっぱり断りを入れられるのが貴方という人でしょう?それをこうして私を呼び出し、あれこれ理由をつけて話をしている時点で……、貴方の気持ちは明白でしょう」


「おっ……、俺は……、俺はっ!」


 ふむ……。もう一押しか。


「押小路様……、一度自分の気持ちを言葉にしてみましょう。そうすることで自然と受け入れられるようになるものです」


「俺の……、気持ち……」


「そうです。私に続いて同じ言葉を言ってください。『俺は速水石榴を愛している』」


「『俺は速水石榴を愛している』?」


「『速水石榴も押小路柾を愛している』」


「『速水石榴も押小路柾を愛している』」


 柾の目に段々力強い光が戻ってきていた。どうやら柾も真実の愛に目覚めたらしい。


「『真実の愛の前では性別など関係ない』」


「真実の愛の前では性別など関係ない!俺は俺が苦しい時に支え続けてくれた速水会長のことを愛している!速水会長も俺のことを愛してくれている!そこに何の問題もない!そうだな?九条咲耶!」


 本当に……、真面目で頭が固い奴ってのはチョロいもんだぜ!


「はい。何も問題ありません」


「ありがとう!お陰で俺は本当の気持ちに気付けた!それでは俺は失礼させてもらう!」


「御機嫌よう、押小路様」


 頭を下げた俺は口が吊り上るのを抑えるのに必死だった。さようなら、押小路柾君。


 柾が立ち去った後、俺は少し時間を置いてから五北会サロンへと向かった。良いことをした後というのは本当に気分が良い。何だか清々しくて空気まで澄んでいるかのような気分だ。


「ふふっ……、あははっ!あ~っはっはっはっ!」




  ~~~~~~~




 諸々の問題が片付いたので俺は気分良く帰ることが出来た。ついでに文化祭の招待状を配っていく。藤花学園の文化祭では入場券というか、招待状というか、を持っている人しか入れない。一応学園が開放されているわけで、誰でも自由に出入り出来てしまっては良家の子女達を狙って変な人が入ってこないとも限らないからだ。


 招待状は家族券が五枚、その他の招待状が五枚の一人十枚までとなっている。事前に何枚必要か申請して、必要な枚数しか受け取れない。家族券は家族の人数を超える数は申請出来ないし、家族が多すぎて足りなくとも追加で貰うことも出来ない。五人以上の家族を招待したければ家族券以外の招待券を渡すしかない。


 誰がどの招待券で入ったか管理されるため、勝手に他人に譲渡したり、他の人に券を多めに申請させて譲ってもらうということも出来ない。


 俺は家族券で両親と兄に招待状を渡し、その他の招待券で椛、柚、茅さん、菖蒲先生、そして師匠を呼ぶことにした。兄や茅さんは同じ藤花学園の生徒なのに招待状が必要なのかと思うけど、一応同じ学園の生徒でも文化祭の日の出入りには招待状が必要らしい。


 事前に文化祭の日時を伝えて、招待しても大丈夫かどうかは確認してある。でも学園から招待状を貰えたのが今日なので今日皆に配るしかない。貴族ならもっと早くに招待状を配るべきだと思うけど、一応学園の文化祭だからその辺りは少し緩いのだろう。


 俺も自分の招待したい相手には事前に伝えてあるし、他の皆もいきなり今日招待状を渡しているわけでもないはずだ。他の家の者だって馬鹿じゃないんだから事前に伝えて予定を空けてもらっているに違いない。


「いよいよ来週末ですね……」


「まさか私までご招待いただけるとは……」


 今日全員に招待状を配り終えたからようやく実感が湧いてきた。ゴロンとベッドに寝転がってつい口から言葉が漏れたけど、それを聞いて椛はまた招待状を出して目を輝かせていた。招待状を渡してから椛はずっとあの調子だ。


「椛にも柚にも日ごろお世話になっていますからね。少しでも文化祭を楽しんでいただけたらと思います」


「柚まで一緒というのは少々腑に落ちませんが……、楽しみにしております!」


 椛も良い笑顔で頷いてくれた。これは思ったよりも文化祭が楽しみになってきたな。とはいえまだ一週間ある。最後の準備もしっかりして当日を迎えなければ……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 正に心が腐った悪役令嬢、汚い手を使う!!!
[一言] こいつぁひでえや! さすがに傷心状態で咲耶様の洗脳の前に立つのは無謀な行為でしたな。。。 咲耶様の高笑いが堂に行ってこれは悪の女帝。。。悪役令嬢? しかし性癖を薔薇に放り込んだ男衆の前に、男…
[一言] 咲耶楽しそうだなぁ
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