第四百九十六話「気付き」
すでに十一月に入り文化祭の日も刻一刻と迫ってきている。今年の文化祭は十一月十七日金曜日だ。文化祭も平日なのかと言えばその通りだ。しかも一日しかない。フィクションの文化祭だと何日も開催していたり、土日などだったり、そういうイメージがある。でも俺は前世でも平日に一日だけの文化祭しかしたことがない。
前世でも学校によっては複数の日にわたって開催されていた学校もあったのかもしれないし、土日祝などに行われていた学校もあったかもしれない。でも前世の学校も今生の藤花学園も平日の一日開催なんだから仕方がない。
「今週から放課後の居残りが可能となりますので、残り日数とペースを考えながら無理のない範囲で作業を進めてください。それでは朝のホームルームを終わります」
いつも通りの説明をすると担任が教室から出て行った。今担任が言った通り今日から放課後の作業も解禁だ。これで一気に文化祭の準備が進むだろう。とはいえうちのクラスは放課後に作業をするほどすることが溜まっていない。
食器類やテーブルクロスなどの道具や内装関係は順調に進んでいる。物凄く手間のかかるものも特にないからこれまでの準備時間に普通に進めるだけで特に問題もなく出来ている。
当日はお茶を淹れたり、洗い物をしたり、色々と忙しいと思うけど、その分事前の準備と言えば食器類と内装くらいしかない。後は接客の練習くらいだけどそれは接客係に選ばれている俺達だけだからな……。
茶葉とお茶請けを買いに行くのはもう少し先の予定だし、手作りクッキーももっと直前に焼くから本当に今はもうあまりすることがない。
それに比べて他のクラスは劇とかをするのなら劇の練習やら、小道具大道具の作製をしたりと色々忙しいだろう。他のクラスの出し物ははっきりとは聞いていないけど皆は何をするのかな……?あとクラブや有志による出し物もある。一体どんな文化祭になるのか少し楽しみだけど、本当にちゃんと出来るのか心配でもある。
まぁ不安や心配だといっても所詮俺達は主催じゃない。学園や生徒会が主催となって行っているのが文化祭だ。自分のクラスの出し物さえきちんと出来ていれば他はどうでも関係ない。七夕祭の時は五北会、つまり俺達が主催者ということで祭りを成功させなければならなかった。その責任があったけど文化祭は別に俺達は関係ないから気楽と言えば気楽かもしれない。
「放課後に残れるようになったと言っても三組は特に残ってするような作業はありませんよね!」
「そうですね……。手作りクッキーを焼く時だけ放課後に家庭科調理室をお借り出来れば良いのではないでしょうか」
薊ちゃんの言葉に思った通りに答えておく。ぶっちゃけ今言った通り、手作りクッキーを焼く時だけ放課後に家庭科調理室を借りれば済む。
「家庭科調理室を借りる日も申請はすでにしてあるのですよね?」
「学級委員がすでにしているはずですよ」
「はっ、はいっ!すでに許可はいただいております!」
俺達の会話が聞こえたのか、学級委員が慌てて立ち上がってそう言っていた。そんな話をしている間に一時間目の先生が来て授業が始まったのだった。
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お昼休みに食堂での食事を終えて皆で話をしているとある人物が近づいてきているのが見えた。普段は食堂でなんて顔を合わせないその人物は、食堂に入って暫くキョロキョロと誰かを探していたかと思うと俺と目が合ったら真っ直ぐに向かってきた。
「九条さん」
「御機嫌よう、速水生徒会長様」
俺の傍まで来た石榴が声をかけてきたので挨拶しておく。生徒会となんて関わりたくないけど声をかけられたのに無視するわけにもいかない。それにしても石榴は柾といつもべったりだと思っていたけど今日は一人で俺の所に来るなんて珍しい。
「九条さん……、ちょっと良いかな?」
「はぁ……?ああ、皆さんはこのままどうぞ。どうやら速水生徒会長様は私に用があるようですので、少しお話を聞いてきます」
「咲耶様!何かあればすぐに呼んでくださいね!生徒会でも何でも咲耶様に何かしようとしたらすぐにぶっ潰しますので!」
「ぅ……、いや……、なっ、何もしないよ……?」
薊ちゃん、お嬢様がぶっ潰すなんて言っちゃだめでしょ。薊ちゃんがそういうちょっとお茶目な女の子だって知らない石榴の顔が引き攣っているじゃないか。すみませんね石榴君。うちの薊ちゃんはちょっとお茶目だけどちゃんとしたご令嬢らしいところもあるんですよ。誤解しないでくださいね。
「いってらっしゃい」
「いってらー」
「もし戻りが遅いようでしたら皆さんは先に教室に戻っておいてくださいね。それでは速水生徒会長様、参りましょうか」
皆に見送られて食堂を出た俺達は石榴の先導について移動していった。食堂ではかなり注目を集めていたけど廊下に出ると人の数もグッと減るし、石榴が俺を呼び出したということも知らなければそんなに注目されることもない。
「わざわざこんな所までごめんね。でもゆっくり話したいからここしか思い浮かばなくてね」
「いえ」
そう言って石榴が案内したのは生徒会室だった。この前の生徒会役員選挙の時も色々と騒ぎがあったばかりだというのに、こうしてまた頻繁に俺が生徒会室に足を運んだり、食堂のような目立つ所で生徒会長である速見石榴と話しているのは色々と問題になりそうな気はする。
だけど話があるから来て欲しいと言われたら応じるしかないし、こちらが勝手に他の部屋に案内するのも問題だろう。向こうが用があるといい、行き先も指定してくるのならそれに従うのが道理というものだ。
「お茶の一つも出せないで悪いね」
「お気遣いは無用ですよ。それでご用件は?」
生徒会室は普通の教室のような部屋だ。いや、教室というと語弊があるか。倉庫とか会議室のような部屋に普通の机や棚を運び込んでいるだけでしかない。水道も給湯設備もないのでお茶も入れられない。でも別に俺はここにお茶を飲みにきたわけではない。用件だけさっさと言ってくれればいいので先を促す。
「あ~……、そのね……、九条さんもご存知の通りとは思うけど……、押小路君が生徒会役員選挙で……、その……」
「ああ……。副会長に立候補して落選されましたね」
「まっ、まぁ……、身も蓋もない言い方をすればそうだね……。それで……、随分落ち込んでいるんだよ」
「はぁ?」
何を言っているのかまったく理解出来ない。まず第一に何故生徒会役員選挙に立候補して落選したくらいで落ち込まなければならないのか。そんなことで落ち込むという気持ちがまず俺には理解出来ない。そして第二に何故俺にそんな話をしているのかだ。わざわざ生徒会室に呼び出してまで何故俺にそんなことを言う必要があるのかわからない。
「それでね……、よければ九条さんが押小路君を励ましてあげてくれないかな?」
「お断りします」
「そうかい。ありが……、えっ!?」
俺が即答すると石榴は驚いた顔をしていた。でも何を驚いているのかさっぱりわからない。さっきも思った通りまず俺は何故生徒会役員選挙で落選したくらいで落ち込んでいるのか、その気持ちがわからない。だから励まそうにも励ましようがない。自分が痛いほどよくわかる気持ちならば励ましようもあるだろうけど、自分のわからない気持ちを励ましようがない。
そして俺は柾に迷惑はかけられても助けられたことは何一つない。そんな俺がどうして今まで散々迷惑をかけられた柾を励ましてやらなければならないというのか。むしろ柾を励ましたいというのなら将来の恋人である石榴の方が適任なのではないか?
そうだ……。そうだよ!ここで石榴が優しく柾を励ましてあげれば、柾も石榴への気持ちに気付くんじゃないのか?そうすれば二人は晴れて恋人となり全員がハッピーじゃないか。
「いや、あの……、普通友達が落ち込んでいると聞いたら励ましてあげようとか思わないかな?ここで九条さんと押小路君が仲良くなれば色々と良い方向に進むと思うんだけどな?」
「私と押小路様は友達ではありません。それに何故その程度のことで落ち込まれるのかその気持ちが私にはわかりかねます。自分がわからない気持ちで相手を励ますことなど出来ないのではないでしょうか?」
「うん……。まぁ……」
石榴は引き攣った顔をして苦笑いをしていた。でも俺はこんなことで折れたり引き下がったりはしない。
昔の俺ならば可哀想だと思ったり、頼まれたら断れなかったかもしれない。だが今の俺は違う!しかも柾に関しては余計にだ!俺は柾に世話になったこともなければ友達でもない。むしろこれまで数多くの迷惑をかけられてきた。それをこんな時だけどうにかして欲しいなどと言われても『はいそうですか』とはならない。
「それよりも速水生徒会長様……」
「――ッ!なっ、なんでしょうか……?」
俺が反転攻勢に出ると石榴がますます引き攣った顔をしていた。でもここで手を緩めたりはしない。むしろここからが本番だ。
「速水生徒会長様はこれまで生徒会を率いてこられたお方ではありませんか。その速水生徒会長様が押小路様を励まし、より良いアドバイスをされる方が良いのではありませんか?そうすることでお二方の心もぐっと近づくはずですよ」
「あっ……、うっ……」
俺がジリジリと迫ると石榴は完全にしどろもどろになっていた。どうやら石榴も柾にそれなりの気持ちを持っていたようだ。でも今までそれに気付いていなかった。俺に言われてようやくその気持ちに気付いて困惑しているに違いない。ここはもう一押ししておくとしよう。
「速水生徒会長様……、押小路様は貴方を待っているのですよ。貴方を必要としているのです。そして貴方もご自身のお気持ちに気付かれたのでしょう?その気持ちに正直になりましょう。貴方は押小路様を、いいえ、『柾を愛している』。さぁ、ご自身の口ではっきりとおっしゃってください。ご自身の気持ちを確かめてください」
「おっ、俺は……、『柾を愛している』」
「そうです。良い調子ですよ。さぁもう一度。『俺は柾を愛している』」
「『俺は柾を愛している』」
「『柾も俺のことを愛している』」
「『柾も俺のことを愛している』」
よし!かかったな!かかりおったわ!ふははっ!
「それでは落ち込んでおられる押小路様を励ますべきなのはどなたですか?」
「俺だ!柾を愛している俺が柾を励まさなければ!」
「そうです。よく出来ました。そして……、速水生徒会長様が励まされることで押小路様の心はますます速水生徒会長様の方へと向くのです。他の方に奪われてしまう前に……、さぁ……」
「――ッ!九条さん、俺は用が出来た!これで失礼する!」
「はい。御機嫌よう、速水生徒会長様」
俺はニッコリ笑って石榴を見送った。これで片方はうまくいった。後は柾にも自分の気持ちに気付いてもらえば全ては解決する。いきなり柾にも自分の気持ちを気付かせようとしても難しいだろう。ここは少し様子を見て、石榴の対応に柾の気持ちが動いてから働きかけよう。
「こんなにあちこちで皆さんを幸せにするなんて……、私はまるで愛のキューピッドのようですね。ふふっ。うふふっ。あははははっ!」
良いことをした後は気持ちが良い。俺は悠々と生徒会室を後にして皆の下へ戻ったのだった。
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午後の授業が始まり、最後の六時間目はまた文化祭の準備時間となった。とはいえうちのクラスはそれほど慌ててしなければならないことはもうない。最初に内容を決める話し合いと、あとは当日に忙しいばかりでそれ以外は比較的暇だ。こうも文化祭関連の時間ばかり取られていると暇の方が多い。
「仕立て屋さんがですね、一度衣装を合わせに来て欲しいと言われているんです」
「もう出来ているのですか?」
少しだらけた文化祭準備の時間に芹ちゃんがそんなことを言い出した。注文してからまだ一ヶ月も経っていないというのにもう出来たとでも言うのだろうか。
「はい。基本的には出来ているようです。なので最後に一度合わせに来て欲しいと」
「それでは今から向かいましょうか?」
「あっ!いいですね!丁度退屈していた所です!」
「いこーいこー!」
「衣装などの必要なものは早めに準備出来るに越したことはありませんしね」
皆が乗り気だったので担任に確認して許可を貰い、今日これからすぐにあの時の服屋へ向かうことになった。男装執事十名と女装メイド三名の十三名を乗せて、呼び寄せた車は一路以前の仕立て屋へと走り出したのだった。




