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第四百六十一話「謝ってばかり」


 朝、ロータリーで竜胆に初等科五北会に誘われて、教室に入って皆とおしゃべりしていると全員が揃ったので今朝の話題を切り出した。別に五北会に関係ない皆に揃って言う必要はなかったんだけど、全員が揃ってない所で言うと、誰が聞いた、誰は聞いてない、という話になったら面倒だと思ったからだ。


「実は今朝中等科のロータリーで竜胆ちゃんに誘われたので、今日は放課後に初等科五北会へ顔を出そうと思っています」


「あっ!それじゃ私も初等科五北会サロンに行きます!」


「それでは私もご一緒に……」


 うん……。薊ちゃんと皐月ちゃんがすぐにそう言って乗っかってきた。もしかしてそうなるかもしれないと思ってすでに朝のうちに竜胆に確認してある。


「それでは一緒に初等科五北会へ顔を出しましょうか」


 例えば竜胆が俺に個人的に何か相談があるから来て欲しいとかだったら、こちらが勝手に同行者を連れていくのはまずいだろう。折角俺に相談しようと思っていたのに、話を聞かせたくない他人が混ざっていたりしたら竜胆も傷つくに違いない。


 でもどうせ二人に言えばこうなるだろうと思って朝のうちに竜胆に確認しておいたけど、特に迷った様子もなく二つ返事で他の同行者がいても良いと答えてくれた。その様子からして深刻な相談があるとかそういうものではないというのが窺える。


「でも一体何でしょうね?」


「どうせ竜胆が寂しくなったとかじゃないの?」


「う~ん……。ないとは言い切れませんが……」


 皆も何故竜胆が俺を呼んだのか気になるようで、あーでもないこーでもないと意見を出し合いながら話していた。でも結局こちらで考えていても何かわかるわけもなく、朝の話題代わりになっただけで皆も本気で推理しているわけでもない。


 予想通り薊ちゃんと皐月ちゃんが同行することになったとだけ竜胆に伝えて、次の休み時間にはもうこの話題は忘れ去られていたのだった。




  ~~~~~~~




 何事もなく一日が過ぎ去り、あっという間に放課後になった。今日はいつもと違って初等科五北会に行かなければならない。うっかり間違えていつも通り中等科五北会に行ってしまうなんてベタな失敗はしないぞ。


「初等科!懐かしいですね!」


「あはは……」


「私達にもあんな時代がありました!」


「まぁ……」


「そうですけど……」


 中等科を抜けて初等科の校舎を歩いていると薊ちゃんがそんなことを言い出した。俺と皐月ちゃんは少し、いや、かなり苦笑いするしかない。薊ちゃんは中等科になって先輩風を吹かせたいんだろうけど、俺達が初等科を卒業してからまだ二ヶ月も経っていない。いくら何でも懐かしんだり、先輩風を吹かせるにはまだ早すぎないかな?


「あっ!この扉……。懐かしいですね!」


「薊はさっきからそればっかりよ」


 初等科サロンの前に立った薊ちゃんが、サロンの扉に向かってそう言った。でも少しだけわかる。まだ卒業してからほんの少ししか経っていないけど、確かにこの扉には多くの思い出がある。


 教室の扉というのはあまり思い入れがない。毎年教室が変わってしまうから六年間同じ扉を利用することはない。でも五北会サロンの扉は初等科にいる六年の間ずっとお世話になった扉だ。その間にあった様々な思い出や思い入れは他の扉とは桁が違う。


「ふふっ。それでは行きましょうか」


「「はいっ!」」


 まるで初等科の頃に戻ったように、俺が扉を開けて薊ちゃんと皐月ちゃんが続いてサロンへと入った。何だか懐かしい空気だ。こんなことを思うなんて薊ちゃんのことを笑えないな。


「御機嫌よう」


「「「「「――ッ!?」」」」」


 扉を開けて俺が入るとすでにサロンにいた子達が驚いた顔をしてこちらを見ていた。ほとんどの子は顔見知りだ。新一年生以外は全員知っている子ばかりだからな。


 だけど皆驚いた表情で固まったままで動かない。仕方がないのでそのまま間を通り抜けていつもの席に向かう。最奥の隅っこにポツンと一つだけ他とは違う椅子が置かれている。いつも俺が座っていた奥の目立たないぼっち席だ。何だか懐かしくなってそこに座る。


「何だか懐かしいですね」


 昔は大きすぎるくらいだと思った椅子も、今座ってみればそんなに大きくないような気がする。もちろん背もたれや肘掛は大きくて良い品なんだけど、俺が六年近くも使ってたこともあって少々くたびれているかもしれない。どうせなら新しい椅子に換えてもよかったんじゃないかな?


「ちょっと!あなた誰ですか!そこは竜胆お姉様のお席なんですよ!勝手に座らないでください!」


「……え?」


 俺がいつもの指定席に座ると一年生らしき女の子が飛んできて怒られてしまった。俺が見たことがない子だから新一年生だろう。驚いて周囲を見てみれば現二年生以上の顔見知りの子達が驚いた顔をしていた。どうやら俺は悪いことをしてしまったようだ。


「ごめんなさい。竜胆ちゃんの席だとは知らなかったの」


 何か俺が悪いみたいだからとりあえず謝っておく。そう言えば前に竜胆にも、俺が卒業したらこの席を譲って欲しいとか何とか言われていたような気がする。別にどこでも好きに座れば良いと思うけど、今の新一年生達にとってここが竜胆の指定席だという認識ならばそれを尊重するべきだろう。


「ここは竜胆お姉様がそのさらに偉大なお姉様に譲っていただいた特別な席なんです!そしてその次は私が譲っていただくんです!勝手に座らないでください!それから竜胆お姉様を『竜胆ちゃん』なんて気安く呼ばないでください!」


 う~ん……。一年生にしてはしっかりしているな……。いや、まぁ……、俺達の同級生も幼少の頃からこれくらいしっかりしていたし、やっぱり上位の家の子達は幼少の頃から英才教育を施されているだけのことはある。これだけ口が達者なら頭も相当回るんだろう。下手すると四年生である今の秋桐達よりまだ口が達者かもしれない。


「本当にごめんなさいね。よく知らなかったの。それではこちらに移るわね」


 新一年生の女の子が怒っているから、とりあえず謝って席を立ってから向かいの席に移動しようとする。竜胆に呼ばれたんだし、竜胆がこの席に座るのならその向かいに座る方が良いだろう。昔は茅さんや睡蓮が座っていた向かいの席に移動しようとすると……、また怒られた。


「そこは木通(あけび)の席です!勝手に座らないでください!」


「木通?」


 あけび?何のことだ?


「木通は木通です!聞いて驚いてください!私は五北会メンバー!広橋(ひろはし)木通(あけび)です!」


「あぁ……、日野流の……」


 名乗られてわかった。五北会に入れる広橋家と言えば、藤原北家真夏日野流庶流の広橋家しかない。名家の二大勢力の一方である日野流の庶流で近衛門流の堂上家だ。また広橋家は日野家の庶流だけど、広橋家の庶流として他にも分家の堂上家がいる。家格も財力もかなりの勢力を誇る家の一つだ。


 家格が名家のため五北会正規メンバーではないけど、家格や財力、一門などの勢力から考えれば十分五北会に入ってもおかしくない。


 日野家と言えば茅さんの許婚問題で暴れた木槿が思い出される。あいつは今頃大変なことになっているだろうけど、だからって別に他の日野流の家まで全て悪いわけでもない。日野流の家だと言われたらどうしても悪いイメージで見てしまうけど、広橋家が茅さんにちょっかいをかけていたわけでもないし、木通に何か文句を言ったり、悪いイメージを持つのは違うだろう。


「ふふんっ!よく知ってますね!そうです!日野流の広橋家です!畏れ敬いなさい!」


「まぁ!難しい言葉を良く知っていますね」


 何かちっちゃい子が得意顔になって頑張って難しい言葉を使おうとしているのを見ると可愛らしく見える。可愛らしいから頭をなでなでしてあげよう。


「んふふっ!……って違います!頭をなでないで!」


 なでなでしていると、最初は気持ち良さそうに目を細めていたけどすぐに手を払い除けられてしまった。皆の方を見てみると初等科五北会メンバー達が凄い形相でブンブンと首を振っている。どうやらこの子は怒らせてはいけないらしい。どういう立ち位置なのかわからないけど俺が悪いようなので謝っておこう。


「ごめんなさい」


「わかったら庶民はさっさと出て行ってください!ここは選ばれし者のみのサロンです!」


 う~ん……。まぁ確かに五北会なんて選民思想の塊みたいなものかもしれないけど、それでもあまり小さいうちからそういう思想に染まって欲しくないな……。


 実際に藤花学園を動かしているのは五北会かもしれない。この国の経済を、政治を動かしているのは五北会OB達だろう。でもそれを表に出して偉そうにするのは違うんじゃないかな……。そんなことをしても恨まれるだけだ。


「確かに藤花学園は五北会の寄付で成り立っているわ。でもそういうことを自分から言って偉そうにするのはよくないと思うわ」


「――ッ!この学園は偉大なお姉様達が作られたんです!」


 ますます怒らせてしまったらしい。こうなると聞く耳も持ってもらえないかな……。どうしよう……。出て行けと言われているけど竜胆を待たないといけないしな。サロンの外で待つか?卒業生が口を出すべきじゃないだろうし、やっぱり外で……。


「ちょっと!何をしているの!」


「竜胆ちゃん」


「竜胆お姉様!この庶民が竜胆お姉様の席に……」


 どうしたものかと思っていると竜胆がサロンに来てくれた。でも騒ぎを起こしてしまったし俺はもう帰れと言われるかな?


「このお馬鹿!木通!何があったかわからないけど貴女が悪いのだけはわかるわよ!咲耶お姉様!どうかお許しください!私の教育不足でした!」


「え?ええ……、まぁ……、私は気にしていないのだけど……」


 チラリと後ろを見てみれば……、薊ちゃんと皐月ちゃんが……、怒ってない?あれ?てっきり初等科一年生のくせに生意気だ!とか言うのかと思ってたけど、むしろ笑いを堪えている。


「この咲耶お姉様こそがこの席の本来の主よ!私がこの席を咲耶お姉様にお譲りいただいたんだから!」


「ええええええええええええええええええっ!」


 木通は驚愕の表情を浮かべていた。ん?でもその席を譲るくらいそんな驚くようなことか?サロンの奥の隅にある目立たないぼっち席だぞ?


「そもそもこちらにおわすのは九条咲耶お姉様なのよ!」


「ええええええええええええええええええっ!!!」


 さらに目が落ちるんじゃないかと思うほど驚愕に目を見開いた木通が俺を凝視してきた。そう言えば名乗られたのに名乗り返していなかった。名乗り返す暇もなく責められていたとも言えるけど……。


「九条咲耶です。よろしくね、広橋木通ちゃん」


「………………」


 あれ?俺が名乗り返してにっこり微笑んでフレンドリーに手を差し出したのに、木通は真っ白になって口を開けたまま固まってしまった。


「あれ?咲耶お姉様!?私に会いに来てくれたんですね!桜感激です!」


「桜……、別に貴方に会いにきたわけでは……」


 それからゾロゾロと何人か有力な家の子達が来て久しぶりに話すことになった。木通は固まったまま動かなくなっていたけど、特に誰も気にすることなく俺の周りに人が集まってくる。久しぶりに簡単な挨拶や近況を聞いてから本題に入る。


「それで……、竜胆ちゃん。私を初等科五北会サロンに呼び出した用件は一体何かしら?」


 木通の件もあったから、とりあえず例の指定席は竜胆に座らせて、向かいの席も木通の指定席らしいので、俺達は横の席に座った。前までならば薊ちゃんと皐月ちゃんが座っていた席だ。俺の指定席の両横だけど、今日は俺が薊ちゃんと一緒に座って、向かいには皐月ちゃんが一人で座っている。


「実はご相談がありまして……」


 やっぱり……。何か重要な相談があったのか?それなら薊ちゃんと皐月ちゃんは呼ばない方がよかっただろうか?朝も確認したし、二人がついてくると言った時もメールで確認した。それでも良いと言われたから良いのかと思っていたけど、本当は竜胆も二人っきりで相談したかったとかないだろうか?それなら悪いことをしてしまった。


「実は……」


「ゴクリ……」


 我知らず喉が鳴った。一体どんな重要な相談が……。


「藤花学園七夕祭の会議がうまくいかないので、咲耶お姉様達にもアドバイスを貰おうと思ったんです」


「…………は?」


 七夕祭?ん?俺の聞き間違いか?七夕祭の会議がうまくいかない?


「あの……、それをどうにかするのが会議なのでは?」


「「「…………」」」


 俺の身も蓋もない言葉でサロン内に沈黙が訪れてしまった。


「そうなのですがうまくいかないんです!別に咲耶お姉様に纏めていただこうというわけではありません!ですがせめて私達の会議を聞いて、何かもっとうまくやれるようにアドバイスをいただけたらと思ったんです!」


「なるほど……」


 どうせもう前年までの実績があるんだから、予算や催しの問題だけならほとんどそのままコピーで出来るはずだ。それなのに竜胆がこうして頼ってくるということは何か相当問題がある……、ということなんだろう。何がどう問題なのかはわからないけど、それは俺もこれから会議を聞けば自ずとわかる。


 だったらとやかく言うよりも、ここはまず実際に今の初等科五北会の会議を見てみる方が早い。


「わかりました。それでは……」


 とりあえず今日は引き受けて会議を見てみようと言おうとしたら電話が鳴り響いた。もちろん俺の電話だ。やっぱり重要な話をしようとしている時は電源を切るか、最低でもマナーモードなど音が出ないようにしておかないといけないな。長らく社会人から離れている間にそういった常識も忘れてしまっていたらしい。


「ごめんなさい。少し失礼するわね」


 そう断ってからスマートフォンを取り出してみれば電話の相手は茅さんだった。


「もしも……」


『ざぐや゛ぢゃ~~~ん゛っ!どごに゛い゛る゛の゛~~~っ!』


「あ~……」


 俺の言葉を遮って茅さんの情けない声が聞こえてきた。そう言えば今日初等科五北会に来るというのは朝にクラスのメンバーに伝えただけだった。茅さんには何も言ってなかったから茅さんはきっといつも通り中等科五北会へ行って俺を待ってくれていたんだろう。


「すみません茅さん。今は初等科五北会サロンに……」


『すぐに行くわ!』


「あっ……」


 まだ何も言ってないのに電話を切られてしまった。言葉通りならそのうちここに来るだろうし、その時にもっとちゃんと謝ろう。何か最近の俺はいつも誰かに謝ってばかりだな……。失敗ばかりしているから謝ってるんだろうけど……。俺って日ごろから皆に迷惑をかけすぎじゃないか?



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― 新着の感想 ―
[一言] 竜胆ちゃん、ちゃんとした理由だったw
[一言] >私達にもあんな時代がありました! 薊ちゃんがどこぞの地下闘技場王者みたいなことを言い出して草 木通ちゃんのことも似たような顔して眺めてたんだろうな。。。 いやー、若かったですね(中1女子)…
[一言] 昔を思い出して笑いをこらえてるのかな?
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