第四百四十七話「成長」
押小路柾と四組の生徒達が乗り込んできて、何とか帰らせ、咲耶も帰った後のサロン内は静まり返っていた。
「咲耶様……、どうして……」
薊は咲耶がさっさと出て行った扉を見詰めたままそう呟いた。
「…………薊、一度帰ってグループチャットで全員集まって話をしましょう」
「え?ええ……。わかった……」
そうしてすぐにグループチャットで全員に集まるように伝えつつ、薊と皐月も早々に五北会から帰ったのだった。
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全員が参加出来る時間にグループチャットで集まる。別に無理に全員が集まらなくとも、後でログを見れば内容はわかるだろう。だがここはやはり全員がリアルタイムで集まり、意見を出し合うのが良い。そのために全員の手が空く時間を先に聞き出し、その時間に集合しているのだ。
『それでは臨時会議を開きます』
皐月の開始の宣言でグループの臨時会議が始まった。まずは皐月と薊が今日の放課後にサロンで起こったことを説明する。皐月達も完全に把握しているわけではないが、今日の流れからわかる範囲のことと、推定されることをまずは全員で共有した。
『咲耶様はどうして私達に任せてくださらなかったの……?』
『『『…………』』』
最後の薊の呟きに皆も静まり返るしかない。『何故』の答えは持ち合わせていないし、気持ちは薊と同じだったからだ。
四組のイジメ問題に介入したことそのものはどうでも良い。上位貴族の中には『何故上位貴族である自分が下賤な四組に関わらなければならないのか』と言う者もいる。しかし咲耶様がそのような方ではないことは周知の事実であり、イジメ問題解決のために骨を折られたとしても何ら不思議ではない。
それよりも問題なのは、その問題解決のために、介入のために、グループである自分達には一言の相談もなく、仕事を頼まれることもなく、吉田花梨などという見ず知らずの者に仕事を頼んでいたことだ。
『四組の問題を解決するために四組内の協力者を得るのはわからなくもありませんが……』
『私達に一言も言ってくれないなんて……』
『『『…………』』』
皆そこでショックを受ける。いつもなら自分達に一番に相談してくれるはずなのに……、協力して欲しいと頼まれるはずなのに……、今回は一言の相談もなかった。全て咲耶様がお一人で解決されてしまった。そのことが重く圧し掛かり、胸がつっかえたような気持ちになる。
『そのことですが……、イジメられていた二人というのは、以前咲耶ちゃんが私達に何か頼もうとされていた河村鬼灯さんと加田鈴蘭さんのことなのですよね?もしかしてあの時に私達が何か失敗してしまったから、もう任せられないと思われたのでは?』
『『『あっ……』』』
芹の言葉で皆もそのことを思い出した。薊と皐月以外は五北会サロンに乗り込んできた面々を直接見ていなかったので、文字で名前だけ言われてもピンときていなかった。しかし芹にそう言われてようやく両者が結びついた。
『つまり……、本当はすでに一度私達に相談して頼ろうとしてくださっていた……?』
『でも私達が失敗してしまったから……』
『もう任せられないと……』
『『『…………』』』
そう言葉にしてみれば……、ますます胸が苦しくなった。そう言われればそうだった。咲耶様は『あの二人を……』と言われただけなのに、何も確認せず皆で咲耶様の前に連れて行っただけだった。後からでも今回のイジメの件を聞いてみれば、確かに咲耶様の前に連れて行くなど間違いだったのだろう。
今回咲耶様は自分が関与していることを表に出さずに解決なさろうとしていたことは明白だ。結果的にそれを任せていた人物が自白してしまって表に出てしまったようだが、それまでの経過から考えれば咲耶様がそのように考えて行動されていたことは誰にでもわかる。
それなのに自分達は咲耶様のお話を最後まで聞くことなく、とりあえず本人達を咲耶様の前に連れてくればいいのだろうと先走って行動してしまった。その結果咲耶様に『このメンバーには任せられない』と思われても止むを得ない。
確かにその通りだ。自業自得だ。最初は自分達に頼もうとしてくださっていたのに、お話も聞かず、勝手な行動をして、かえって咲耶様にご迷惑をおかけしたのは自分達の方だった。それをようやく自覚した。
『ごめんなさい、皆……。あの時私が咲耶様のお話も聞かずに先走ったから……』
『いいえ。薊だけの責任じゃありません。私達も薊を止めずに一緒になって行動していたのです。全員の責任でしょう』
『とっ、とにかく……、もう過ぎたことを悔いるよりもこれからのことを考えよ?』
完全に意気消沈している薊を気遣い、そしてこれからどうすれば良いのかを話し合おうと意見を出し合う。
『私達は失敗し、咲耶ちゃんからの信頼を失いました。どうにかそれを取り戻す方法を……』
『待って!一度失敗しているのにこちらから無理に挽回しようとすると余計に失敗すると思います』
『そだねー。取り戻すチャンスを窺うのは良いと思うけど、こっちから無理に何かしようとしたら同じことの繰り返しになると思うよー』
焦って行動しようと思っていた者も、こうして話し合っているうちに次第に落ち着いてきていた。そうだ。一度信頼を失ってしまった以上は無理にそれを取り戻そうとしてもますます失敗してしまう可能性が高い。ここは冷静になって次の機会を待つべきだ。そういう結論に至った。
『それじゃー、明日からも今までと変わらない感じでねー』
『そうですね……。無理をしようとせず、出来るだけ自然に、今まで通りに過ごしましょう』
『次に咲耶ちゃんが私達を頼ってくれた時にきちんと応えられるように……』
『がんばろー!』
『『『おーっ!』』』
こうして、グループチャットによって決まった方針に従って、咲耶グループのメンバー達は先の失敗を反省しつつ、無理に挽回しようと躍起にならず、咲耶がまた自分達を頼ってくれるように、そして頼ってくれた時には今度こそ期待に応えられるように頑張ることで一致したのだった。
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五北会サロンに乗り込んでいった次の日、吉田花梨は鳴らない電話を見詰めていた。
これまでは毎日のように九条咲耶様と連絡を取り合い、何らかの指示を受けたり、相談を聞いてもらったり、時には屋敷に招かれて直接お会いすることも多かった。それなのに、昨日あのようなことがあったというのに昨晩は一度も連絡がなかった。
普通なら口を滑らせて二人に本当のことを話してしまった自分が呼び出されるかと思っていた。しかし逆にそのような裏切りをしてしまった自分とは、もう二度と連絡を取ってくれることはないという意思表示なのかもしれない。
「はぁ……」
「どうしたの?花梨。元気ないね」
「……ん」
「あ……。ううん。何でもない……」
明らかに何でもないことはないのだが、花梨はそういって無理に取り繕ったような笑みを浮かべた。
「九条さん……、じゃなくて、九条様から何かお叱りを受けたの?花梨は何も悪くないよ」
「……ん!ん!」
鬼灯と鈴蘭は花梨を庇うようにそう言ってくれた。しかし絶対に咲耶様の関与を口にするなと言われていたのに、あっさりとそれを裏切って話してしまったのだ。自分が悪くないわけがない。そしてお叱りを受けたのならまだ気も楽だっただろう。むしろお叱りすらなく、一切連絡もないことがこれほど堪えるとは思ってもみなかった。
「私が悪いのは明らかだよ……。それにお叱りどころか、あれから一切連絡もないし……」
「「…………」」
無理に『ははっ』と笑っている花梨の姿が痛々しい。何か言葉をかけてあげたいが、自分達が原因である以上は二人にも花梨にかける言葉は見つからない。とてもではないが気休めを言えるような状況でも立場でもないのだ。
「九条様ってさ……、怒ってるのかな?」
「そっ、それはそうだよ……。だって……、私は……、九条様が絶対に言うなって言われてたことを言っちゃったんだもん……」
花梨は不安そうに下を向いて視線を泳がせた。自分では間違ったことをしたとは思っていない。あのまま咲耶様が悪者扱いされるのは我慢がならなかった。あれだけ四組のために奔走されて、汗を流された咲耶様が、誰にも理解されず、それどころか悪いように思われるなど我慢ならなかった。
しかし……、絶対に言うなと言われていたことをしゃべってしまったのは事実だ。それは咲耶様の信頼を裏切る行為であり、だからこそ自分は許されず、こうして無視されているのだろう。でなければ昨晩のうちには呼び出しがあってお叱りを受けていたはずだ。
それもないということはもう……、自分は見捨てられたに違いない。そう思うと自然と目に涙が溜まってきた。
「ちょっ!ちょっ!花梨!泣かないで!」
「……ん!」
「うん……。大丈夫……」
まったく大丈夫そうではないが本人はそう言う。どうしたものかと鬼灯と鈴蘭も頭を捻る。
「とりあえずこれからどうすればいいか一緒に考えよ!」
「……ん!」
「はい……」
その日一日ずっと三人で知恵を絞ったが良い案は浮かばず、結局帰ってからも考える宿題として持ち帰ることになったのだった。
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翌日、鬼灯も鈴蘭も花梨も目の下に隈を作っていた。鬼灯と鈴蘭は一晩中案を考えていたが何も良い案は浮かばず、花梨はずっと咲耶様を裏切ってしまったことを思い詰めていた。
「結局良い案は浮かばずか……」
「…………ん」
「はぃ……」
皆くたびれている。このまま何日もこんな調子が続けば花梨の方が保たない。寝不足で思考回路がますます鈍っている鬼灯はカッ!と目を見開いて決断を下した。
「よしっ!もうこうなったら直接乗り込むわよ!」
「……は?」
「さぁ!花梨!鈴蘭も!」
「……ん」
「ちょっ!?」
困惑している花梨と、鬼灯同様にナチュラルハイになっている鈴蘭を引っ張って三組に乗り込んだ。まだ朝なのでそれほど多くの生徒はいない。
「九条咲耶様!お話があります!」
乗り込んだ三組でそう声を上げる。寝不足でナチュラルハイになっている鬼灯は、元々の性格もあって肝が据わっていた。
「…………良いでしょう。それではこちらへ」
「咲耶ちゃん!」
「私一人でお聞きします。皐月ちゃんと芹ちゃんは教室で待っていてください」
側近達にそう言うと咲耶様は一人で教室を出られた。慌ててその後を追う。鬼灯はあのまま教室で話すつもりだったが、よくよく考えてみれば咲耶様側からすればそれは困るのだろう。とことん自分は考えなしだなと思いながら鈴蘭と花梨を引き摺った鬼灯は咲耶様の後を追った。
「ここなら良いでしょう」
「ここは……」
やってきたのは朝の誰もいない五北会サロンだった。確かにこの部屋だけは作りが違う。壁も扉も厚いようで外の音も入ってこない。ここなら多少秘密の話をしても誰にも聞かれないだろう。
「それで……、どのようなお話でしょうか?」
「――ッ!」
ジロリと咲耶様に睨まれて花梨は縮み上がった。あれは絶対にお怒りになっているに違いない。それはそうだ。絶対言うなと言われていたことをあっさりバラしてしまったのだ。怒っていないはずがない。その圧を受けて花梨は萎縮して話せなくなっていた。そこでまずは鬼灯が口を開く。
「じゃあまずは私から!」
「…………どうぞ」
咲耶様がそう言ったのを確認してから鬼灯は続ける。
「まずは助けていただいてありがとうございました!」
「ですからそれは私は知らないと……」
「いいえ!九条様が助けてくださったお陰です!違うと言われても、知らないと言われても、それは変わりません!」
「…………はぁ」
諦めたのか、呆れているのか、咲耶様はそうやって溜息を吐かれた。しかし鬼灯の用件はそれだけではない。むしろここからが重要だ。
「九条様!私のお姉様になってください!咲耶お姉様!」
「…………は?」
急にはにゃ~んとなった鬼灯に咲耶様の顔が若干引き攣る。しかし鬼灯はそれに気付かない。
「あぁっ!素敵な咲耶お姉様!どうか私のお姉様に!」
「えっと……」
咲耶様は完全についていけないという表情になっている。そこで片膝をついて片手を胸に、もう片手を伸ばしていた鬼灯の顔を鈴蘭がむぎゅうっ!と押し退けた。
「……ん。鬼灯邪魔」
「むぎゅぅ……」
「……ん。九条様、思慮深く、行動力も、リーダーシップも、カリスマもお持ちの偉大なる九条咲耶様。わたしも九条様にお仕えさせてください」
「…………は?」
またしても咲耶様は理解出来ないという表情をされている。しかしもう咲耶様に仕える自分を想像して酔っている鈴蘭は気づかない。
「ちょっと二人とも!私のために来てくれたんじゃなかったんですか?もう!九条様!どうか……、どうか愚かな私にもう一度チャンスをください!どのような罰でもお受けいたします!ですから、どうか!もう一度私が九条様のお傍にお仕えする機会をお与えください!」
「いえ……、あの……」
自分達の欲望を優先して咲耶様を拝み始めた二人に負けまいと、花梨も咲耶様の前に跪き、自らへの罰と、そしてもう一度仕える許しを請うたのだった。




