第四百四十六話「記憶にございません」
全員の視線が集まる中、俺は頭が真っ白になってどうすればいいかわからなかった。薊ちゃんと皐月ちゃんにじっとり見られている気がする。というか、サロン中の視線が集まってるけど、特に薊ちゃんと皐月ちゃんの視線は何やら痛い。
「九条さん、あっ!いえ、九条様!私達は……、私は今まで勝手なイメージで勘違いして九条様が悪い人だと決め付けて、自分達のイジメにも関わっていると思い込んでいました!でもそれどころか吉田花梨さんを通じて私達を助けてくれていた……。何と言っていいかわかりませんが……、押小路君の勘違いを助長させたのも私達なんです。ですからどうか押小路君のしたことの罰は私に与えてください!」
「「「「「…………」」」」」
さらに一歩前に出た鬼灯がそんなことを言う。さらにサロン中から『お前何してんの?』みたいな視線が集まって痛い……。
鬼灯がこれだけはっきりと言っているということは恐らく花梨が口を滑らせたのだろう。何故だ?何故今更花梨が裏切った?
俺は花梨に『何があっても俺が関わってるとバラすな』と言っておいたはずだ。それなのに花梨は全て話したんだろう。でなければあれほど頑なだった鬼灯が急にこんなことを言い出すはずがない。
「ハァ……、ハァ……。九条様……、申し訳ありません……。私……、私は……、どうしても耐えられずにお二人に話してしまいました……」
「…………ん。聞いた……」
さらに遅れてサロンにやってきた花梨と鈴蘭も肩で息をしていた。陸上部の鬼灯でもあれだけ息を乱していたんだから、それなりの距離を結構な速度で走ってきたんだろう。まぁそれはどうでもいいけど……、そうかぁ……。やっぱり花梨がしゃべったかぁ……。
何故花梨は俺を裏切ったんだろう……。やっぱり自分は動かずに花梨にばかり仕事をさせていたからだろうか?確かにそういう上司がいたら腹も立つし秘密の一つや二つ暴露してやろうという気にもなる……、か?
「言われていることの意味がわかりませんが……」
「「「…………」」」
俺がそう言うと周囲から『うわぁ……』みたいな視線を向けられた。ここまで証言があるのにまだとぼけるか?みたいな雰囲気だろうか。呆れとかその手の感情を向けられているけど俺だってこのまま黙って認めるわけにはいかない。
「九条様の指示で花梨が陰ながら私達の手助けをしてくれていたことはもう聞いています!」
「そうです!私は九条様に言われたからお二人に近づいたんです!私一人だったらきっと今でも何も出来ずに四組で怯えていただけです!全ては九条様が背中を押し、尽力してくださったから出来たことなんです!」
「……ん!ん!」
まぁそう言うだろうな。でも俺は認めるわけにはいかない。そしてこういう時は究極の言葉がある。それを使う時は今だ。
「だから九条さん、あっ、九条様のお陰で私達は助かったんです!とても感謝しています!」
「……ん!感謝してる!」
「九条様がそのような……」
「やはり九条様は……」
やばい……。サロンメンバー達までヒソヒソと俺が四組の問題に関わっていたことで話し始めている。五北会メンバーの一人ともあろう者が、四組の問題を把握していながら、誰にも相談することなく勝手に一人で闇に葬ろうとしていたことがバレては俺の立場がやばいことになるかもしれない。
「さて……、何のことかわかりません」
「「「…………え?」」」
鬼灯達は驚いて顔を上げて俺を見ていた。サロン中からもまた『何言ってんだこいつ?』みたいな視線が集まる。でも俺は認めない。こういう時には究極の魔法の言葉がある。
それはすなわち『記憶にございません』だ!
花梨がいくら俺に指示されていたと言っても、俺の方が知らぬ存ぜぬで通せば延々と水掛け論になって結論が出ない。物証でも出されたら俺の方がやばいし、証拠がなくともこうやって言われている時点ですでに俺はかなり黒に近いグレーくらいに思われているだろう。でも俺が認めない限りは永遠に『そうだ』とはならない。
「私はそちらの方のことなど存じ上げません」
「え?え?」
苦しい言い訳なのはわかっている。誰も俺の主張など信じていないだろう。だがそれでもいい。別に信じられていなくとも、少なくとも俺が認めるまではそれは事実とはならない。だから俺はどれほど真っ黒に近づこうとも認めない。頭が回らず、時間もなく、この状況を打開する術を持たない俺が唯一出来るのはこの『記憶にございません』のみだ!
「それに……、何故私が四組のことなどのために骨を折らなければならないのですか?そのような些事に関わるような暇などありません」
俺がそう言うと再びサロン内はザワザワと騒がしくなり始めた。鬼灯や花梨や鈴蘭がやってきた時点で勝敗が決したかに見えたこの問題も、俺が知らぬ存ぜぬを通していることでこう着状態に陥った。
「私は『四組の問題』など聞いたこともありません。そちらの方々のことも存じ上げません。何か勘違いがあったようですが、私はそちらの事情など何も関わっておりません」
「「「「「…………」」」」」
俺が再びそう言うと全員からじっとりした視線を向けられた。言いたいことはわかる。事ここに至ってもまだ認めない俺に呆れているんだろう。だが呆れたければいくらでも呆れればいい。どれほど呆れられようとも、俺が認めない限りはずっと水掛け論だ。
俺は鬼灯や鈴蘭や柾とは関わっていない。無関係だ。それに四組のことなんて知らない。とにかくひたすらこのスタンスを貫く。
「何か勘違いがあったのかもしれませんが、貴女がたの言われることなど知りません。これで勘違いは解けたので早くお帰りなさい」
「「「…………」」」
暫く呆然とした表情をしていた鬼灯達は、何やらヒソヒソと少し話してから頭を下げた。
「勘違いで騒ぎを起こしてしまい申し訳ありませんでした。九条様の寛大な処置に感謝いたします。それでは失礼します」
「…………」
「……」
最後に柾は俺を睨んでいたけど鬼灯に引っ張られてサロンを後にした。扉が閉められて暫く……、サロンに静寂が訪れた。
「咲耶ちゃん?」
「どういうことですか?咲耶様?」
「あはは……」
そしてギギギッという感じで皐月ちゃんと薊ちゃんが俺の方を見た。これはやばいな……。
「え~……、あっ!そうでした!そろそろお稽古の時間です!それでは皆さん御機嫌よう!」
「あっ!咲耶様!」
「ちょっ!咲耶ちゃん!」
分が悪いと思った俺はサッと立ち上がるとサロンを後にした。他のサロンメンバーは何か言いたかったかもしれないけど黙っていたし、薊ちゃんと皐月ちゃんは何か言ってるけど聞こえないフリをしてとにかくその場から逃げ出したのだった。
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はぁ……。とりあえずあの場は逃げ出したけど結局何も根本的には解決していない。言い訳を考える時間くらいは出来たかもしれないけど、逃げ出したことで余計に言い訳が苦しくなったことも間違いないだろう。
どうして花梨はいきなり俺を裏切ったんだろう?何があっても俺が裏で指示していたことは黙っておいて欲しいって言ったのに……。
最初から裏切るつもりだった?それとも俺が裏で指示をするばかりで自分の手を汚さなかったから腹を立てたのだろうか?
わからない……。花梨本人に聞かないことには何を考えていたのかはわからないけど……、まさか今日いきなり呼び出すというのもな……。それこそ俺はあの場で知らぬ存ぜぬで通したわけで、それなのにその日の夜に花梨を呼び出すなんてことが出来るはずもない。
誰かが監視しているかもしれないし、花梨本人にも証拠を押さえられる可能性がある。花梨がどういうつもりなのかは聞いて確認したいけど、もし花梨が本当に裏切っていたらそれをさらに押さえられて証拠にされるかもしれない。これがグルグル回って答えが出ない。
「花梨……、どうしてですか……?」
俺は花梨とはそれなりにうまくやれていると思っていた。それなのにどうして花梨はあんな裏切りをしたんだろうか……。花梨が裏でやっていたことを鬼灯と鈴蘭に教えるだけなら別に教えてもよかった。でも俺がやらせていたということは、俺の関与は黙っておいて欲しいってあれだけ何度も頼んだのに……。
わからない……。もうわからないよ……。
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重い足取りで学園へと向かう。結局昨日は色々な考えがグルグル回って中々寝付けず、百地流の朝練も身が入っていないと師匠に何度も怒られた。それでも時間は進み、しなければならないことはやってくる。
「御機嫌よう……」
「御機嫌よう、咲耶ちゃん」
「咲耶ちゃん、おはようございます」
新学年、新年度が始まった当初は早めに登校してきていた子達も、これだけ日が経てば前まで通りの時間に登校してくるようになっていた。朝この時間にいるのは相変わらず初等科の時から早かった子達だけだ。
「咲耶ちゃん、そろそろ九条家のパーティーですね」
「え?ええ……、そうですね?」
「今年も楽しみです」
「例年通りなのであまり期待しすぎないでくださいね」
あれ……?皐月ちゃんと芹ちゃんに話しかけられたけど普通だった。もしかして昨日のことをアレコレ聞かれるのかと思っていたけど、別に何も聞かれることなくいつも通りと変わらない。そう言えば問題が発生した翌日とかは皆朝早めに来ているけど、今日はいつも通り皐月ちゃんと芹ちゃんしか来ていない。
もしかして皆昨日のことを知らないのか?それとも知っていて大した問題じゃないと思っている?
その後他の皆もいつも通りに登校してきたけど、特に何か聞かれることもなく、いつも通りの平穏な時間が流れたのだった。
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今日一日経ったけど本当に何もなかった。グループの皆もいつも通りだったし、サロンメンバーに何か言われることもなければ、鬼灯や鈴蘭や花梨がやってくることもなかった。まったく何もない平穏な日常……。もしかして昨日のは夢だった?
「御機嫌よう、九条様」
「え?ああ……、御機嫌よう萩原さん」
五北会のサロンから出て百地流の修行に行こうと思っていると萩原紫苑に声をかけられた。もしかして俺を待っていたのかな?それならサロンに行く前に声をかけるか、サロンまで呼びに来てくれてもよかったのに……。
「お願いを聞いてもらいにきました」
「お願い?」
ニタァっと悪そうな笑顔を浮かべる紫苑に向かって首を傾げる。そして思い出して手を叩いた。
「ああっ!そうでしたね。何か決まりましたか?」
紫苑に協力してもらう代わりに、何でも出来ることなら協力すると言った。その内容が決まったから言いに来たんだろう。
「はい。まぁ……、最初から決まっていましたが……」
つり目できつね顔の紫苑が口を吊り上げてニタニタ笑うと本当に悪役令嬢みたいだなぁ。ちょっと憧れる。でもきっと本人は謂れなき悪評をつけられて苦労してるんじゃないかな?俺がそうだからね……。世界の強制力なのか、悪役補正なのか何なのか知らないけど、俺は何もしていなくても勝手に悪役にされてしまう。紫苑もきっとそういうことがあるに違いない。
話してるとわかるけど、紫苑は顔つきこそ、こう……、悪そうに見えるけど実際にはそんなことはない。むしろ性格的には真っ直ぐで良い子だ。ただちょっと単純というか、思い込みが激しいというか、思い込んだら一直線というか……。薊ちゃんも似た所があるけどそういうタイプだ。
昔に錦織を突き飛ばしたのも本当に本人は良いことのつもりでやっていた。卜部氏の未来のために、吉田、萩原、錦織各家のために、近衛家のために……。本当にその時はそれが良いと思ってやっていただけだ。初等科一年生くらいの子がああいうことを考えて、実行してしまうのも止むを得ない。
それ以来の紫苑はちゃんと分別のつく子に育ったみたいだし、顔つきが悪役令嬢に見える以外は至って普通の女の子だ。むしろ素直で良い子とすらいえる。そんな子が無茶な注文などつけてくるはずもないだろう。
「それは?」
「はい。それは……」
若干紫苑が言い淀む。そんなに言い辛いことなんだろうか?結構はっきりした性格の紫苑でも言い淀むなんて一体……。
「わっ、私とお友達になってください!」
「…………は?」
「…………」
「…………」
真っ赤になって顔を下に向け、手を差し出している紫苑の手と頭を交互に見比べる。お辞儀をするように頭を下げているから顔は見えない。見えるのは頭の上だけだ。それでも耳まで真っ赤になっているのがはっきりわかった。
「えっ……、え~~~……、私と萩原さんはもう前からお友達ではありませんか」
そう言って俺はその手を取った。でないといつまでも紫苑は頭を下げたままだろう。
「そっ、それは……、あっ、ありがとうございます!」
ガバッと顔を上げた紫苑の顔には満面の笑みが浮かんでいた。頬を赤く染めて、少し瞳を潤ませて……。
「かわいぃ……」
「……え?」
「あっ……」
俺はついポロッと本音を漏らしてしまった。紫苑は驚いた顔で俺の方を見ている。しまった……。気持ち悪い奴だと思われたかな……。自分も女の癖に女の子が可愛いとか俺って普通の人からすれば気持ち悪い奴だと思われてるよな……。出来るだけそういうのは秘密にしようと思ってるけど、こうして相手に直接言ってしまったらもう手遅れだ。
「~~~っ!」
「あっ!」
さらに顔を真っ赤にした紫苑は俺が取った手を離すとダッ!と逃げ出した。少し進んだ所でベチャッ!と顔面から倒れたけど、ムクリと立ち上がるとまた何もなかったかのようにそのまま……。
「もしかして……、またやってしまった?」
あの逃げ方は……、確実に俺が気持ち悪いと思ってのことだよな?あぁ……、俺はまた折角友達が出来そうだったのに、気持ち悪い本性を知られて逃げられてしまったらしい。
「はぁ……」
自分の間抜けっぷりに盛大に溜息を吐くと、やや時間が押しているので慌てて百地流の修行へと向かったのだった。




