第四百四十四話「暴露!」
先日の萩原家のパーティーはうまくいったらしい。俺は立場上自分の目で見ることは出来なかったけど、どうやら会場で紫苑が気を利かせてくれたことと、花梨が色々とうまくやってくれたお陰で、四組でのイジメはなくなったようだ。
もちろん表立ってイジメることがなくなっただけで、内心ではまだ納得していない者や、反発している者もいるだろう。でも大多数は今鬼灯達や花梨に手を出すことがどれほど愚かな行いであるのかは思い知ったことだろう。実際そのお陰で各種報告からは四組での騒ぎはなくなったと聞いている。
もし鬼灯と鈴蘭が内部生達に反感を持ってしまったら……、このまま内部生と外部生の衝突に発展してしまったら……、ゲーム通りに俺は破滅していたかもしれない。そんな俺の自分勝手な望みのために花梨にも紫苑にも苦労と迷惑をかけてしまった。俺に出来ることなら二人にも報いてあげなければな。
「咲耶様!最近は随分お加減がよろしいようですね!」
「え?そうかしら?」
「はい!少し前は何だか塞ぎ込んでおられるような感じでしたから!」
「それは……、心配をかけてしまってごめんなさい。ありがとう薊ちゃん」
「えへへっ」
俺がそう言うと薊ちゃんは照れ臭そうに笑っていた。でもそうか……。自分ではそんなつもりはなかったけど、どうやら周囲から見れば俺は悩んでいたり、具合が悪そうに見えたらしい。薊ちゃん達にまで気を遣わせてしまったようで申し訳ない。でもそうやって心配してくれる人がいることは素直にありがたいことだ。
「何か悩みが解決されたのでしょうか?」
「え?えぇ……、まぁ……、そんなところです」
皐月ちゃんもどこかホッとしたような表情でそう聞いてきた。二人にそう言われるということは、グループの皆や家族にも同じように思われていたのだろう。今度皆にも心配をかけた分、何か……。
「九条咲耶!!!」
「「「「「――ッ!?」」」」」
中等科五北会のサロンの扉をぶち破る勢いで押し開き乗り込んできた者が一人……、ドカドカと大きな足音をさせてサロンへと入るとキョロキョロと室内を見渡し、目的の人物、つまり俺を見つけると目の前までやってきた。
「押小路様、私に……、何か御用でしょうか?」
明らかに押小路柾は怒りの表情をしている。ゲームでは『冷徹王子』とまで呼ばれていた生徒会長、押小路柾がこんなに感情をあからさまにしている描写はほとんどない。それがまだ中等科一年生とはいえ、ゲームの印象とは真逆というほどに感情を顕わにし、声を荒げ、五北会のサロンに乗り込み無礼を働く。これは一体何事だ?
ゲームではほとんど感情を表に出さずひたすら冷静で冷徹。目的のためならば犠牲も労力も厭わないのかと思うほどに徹底した合理主義者でもあったはずの『冷徹王子』が、その感情を爆発させるのは主人公とのイベントが進んで、その主人公を助けるためだけだった。
その押小路柾がこれだけ怒っているのだから相当なことなんだろう。でも俺には柾にそんな怒りを買う覚えはまったくない。
「とぼけるな!よくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えるものだな!君には恥というものがないのか!」
えぇ……。何この罵倒……。何で俺いきなり柾にこんなに罵倒されてんの?まったく身に覚えがないけど……。
「おっしゃられていることがよくわかりませんが……。私は押小路様にそのように言われなければならないようなことなど何一つありません」
「そうよそうよ!いきなりサロンに押し入ってきたかと思うと咲耶様に向かって言いたい放題言って!」
「咲耶ちゃんは人にそのようなことを言われるようなことをする人ではありません!」
「薊ちゃん……、皐月ちゃん……」
俺の前に立って庇ってくれる二人の女の子……。なんて頼もしいんだ。それに格好良い。俺自身はあまりに唐突なことで頭が回っていなかったというのに、この二人はすぐに俺を庇うように前に立ってくれた。女の子に庇われる成人男性というのもどうかと思うけど……。
「ふんっ!そうやって人の陰に隠れてやりすごそうとでも言うのか?それともそうやって他の者達のせいにしようとでも言うのか?」
う~ん……?何かおかしい……。いくらゲーム本編が高等科一年からだからまだ先だったとしても、中等科一年の段階でここまで性格が違うものだろうか?この押小路柾はまるでゲームと別人のようだ。これが本当に『冷徹王子』になるのか?
「だからそうやって咲耶様に謂れないレッテルを貼るのをやめなさいって言ってるのよ!」
「そうです!そこまで言うのでしたら一体咲耶ちゃんが何をしたというのかはっきり言ってごらんなさい!」
「「「「「…………」」」」」
二人の言葉にサロン内も静まり返って柾の言葉を待っている。最初は押し入ってきた柾に驚き、そしてそのあまりに無礼な態度にヒソヒソと話しながら厳しい視線を向けていたが、皆も柾の言う『九条咲耶の悪事』とやらには興味津々らしい。一体柾が何を言うのかと全員が耳を傾けていた。
「ならばはっきり言ってやる!九条咲耶!お前は人を使い、四組のとある生徒達をイジメさせた!学園中から無視されるように手を回した!そうだろう!もう証拠は挙がっているんだぞ!」
「「「「「…………」」」」」
静まり返るサロン内……。皆最初は柾の言った言葉の意味が理解出来なかったのだろう。暫く呆けたまま時が止まったかのように静まり返り、やがて周囲の人同士で顔を見合わせ始めた。
「ぷっ!あははっ!」
「くっ、九条様がイジメをさせた?」
「あははははっ!」
「なっ!?何がおかしい!」
柾が必死で周囲の言葉に反論している。でもサロンにいる五北会メンバーの大半は笑っていた。
三年生のメンバー達の一部はまだあまり俺と打ち解けていない。俺が五北会メンバー達との関係を改善しようと思ったのは五年も末に近づいた頃からだった。だから当時の六年生、今の中等科二年生達とは初等科五北会でもある程度打ち解けることが出来た。でも今の中等科三年生達とはあまり接点がないまま別れ、再会したのは俺達が中等科に入ってからだ。
だから二年生達は俺のこともかなり受け入れてくれるのが早かったし、さらにこの一月ほどの間に随分親しくなったと思う。でも三年生達は昔の俺のイメージが残ったままだったようで、今もまだあまり打ち解けたとは言い難い。
それでもこの一月の間にある程度は親しくなったし、俺が無害であることも理解してもらえたはずだ。まだ俺のことを何となく避けている三年生達もいるけど、それでも表立って何かしてきたり、言ってきたりする人はいない。そんな皆は柾の言葉を聞いても信じずに笑っていた。
「九条様がそんなことをするはずないよ」
「まったくだ」
「一体何を言いにきたのかと思ったら……、未だにこういう勘違いさんが残ってるのねぇ……」
「「「あははっ!」」」
「くっ!」
周り中から笑われて柾が拳を握り締める。その顔は真っ赤だった。おい……。『冷徹王子』じゃなかったのか……。お前は一体どうしてしまったんだ……。まさかこれもゲームの影響?……にしてはおかしいよな。ゲームの影響だというのならゲーム通りの『冷徹王子』になってないとおかしいわけだし……。これではまさに正反対のような感じだ。
「だが実際に九条咲耶に命令されてイジメに加担していた者達がいる!そしてイジメられていた者がいる!それでもまだ違うと言うつもりか?!」
「「「…………」」」
やっぱり三年生達は困った顔でお互いに顔を見合わせて俺と柾を見比べている。どちらを信じれば良いか迷っているというか、『やっぱり九条咲耶はそういう奴なんじゃないか?』みたいな空気だろうか。現三年生達とはほとんど交流しないまま卒業して別れてしまったからこういう反応も止むを得ない。人と交わろうとしなかった昔の俺の自業自得だ。
「九条様はそのような姑息な手を使うような方じゃない。でもそれは我々の主観だと君は思うだろう。だから君のような思い込みの激しい子にもわかるように言ってあげよう」
「なっ!?どっ、どういう意味だ!」
サロン中のメンバーからそんな風に言われ、扱われ、柾はうろたえ始めた。そこへさらに説明が続く。
「九条様はわざわざ意味もなくそのようなことをされる方ではない。もし万が一にも何かされるというのなら、それは相手から何かしてきたからやり返す場合のみだろう。そしてその場合は……、九条様は容赦されないんだよ。君が言う『命令された者』や『イジメられた者』というのはどうなっている?まだ元気でピンピンしているんじゃないかい?」
「イジメられて元気なわけがないだろう!」
「いやいや。そういう意味じゃないんだけどね。まぁいいよ。その反応でわかった。……いいかい?九条様を本気で怒らせて敵対したならば……、その相手が今ものうのうと無事にいられるわけがないだろう?」
「――ッ!?」
サロンメンバーにそう言われた柾は驚愕に目を見開いていた。そして周囲を見渡す。皆もそうだそうだと言ったりしみじみ頷いたりしている。それはどういう意味かな?
「九条様は敵を始末する時は必ず一撃必殺で始末される。相手に反撃の隙を与えるような甘いことはされない。もし九条様が相手に何かしようとするのならば、事が起こった時にはもう終わっている時だ。そして九条様を怒らせた者は例外なく全員が『始末』か『処分』されている。その九条様が君が言うような反撃を許すような甘いことをされるとでも?」
「そっ……、いや……、そんな……、それは……」
先ほどまで強い意思で辺りを睨みつけていた柾の瞳は揺れ、動揺が顔にはっきりと現れていた。君もその程度で言いくるめられてどうするんだ……。そんな程度の『証拠』や『確信』で五北会サロンに押し入ってきて俺を断罪しようとしたのか?
「てめぇ!さっきから黙って聞いてたら咲耶のことを知りもしないくせにベラベラと!咲耶はな!それはもう純粋で、単純で、お茶目で、おっちょこちょいで、天然なんだよ!人を貶めるようなことが出来る女じゃねぇんだ!それを……、それを知りもしないで勝手なことばかり言いやがって!」
自分の派閥の奥で踏ん反り返っていた伊吹がようやくドカドカと前に出てきた。ちなみに伊吹の場合は『黙って聞いていた』わけじゃなくて、何が起こっているかもわからず今まで呆然としていただけだ。俺はちゃんと見ていたぞ。さっきまでの伊吹の呆けた顔をな。
それからお前は俺をそこまで貶したいのか?馬鹿にしてるのか?誰が馬鹿で単純で騙されやすいんだよ!いい加減にしろ!
「ふっ、ふんっ!それは君が彼女の許婚候補だからだろう?許婚候補の醜聞は君も困るだろうからな」
「この野郎……」
伊吹が歯を剥き、拳を握り締める。今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
「静まりなさいっ!」
「「「「「――ッ!!!」」」」」
このままじゃ本当に伊吹と柾の殴り合いが始まりそうだったので一喝して止める。俺が急に大声を出したからか皆驚いて止まった。何人か白目を剥いてビクンビクンしてるけど大丈夫かな?何か発作かな?でも今はそれどころじゃない。隣の子達が面倒を見ているから大丈夫だろう。それよりも今はこの喧嘩を止めることが先決だ。
「貴方がたはそれでも藤花学園の生徒ですか?畜生のように吠え、野蛮な暴力に訴えようなどと……」
「「…………」」
俺にそう言われた伊吹と柾はお互いに掴みかかりそうだった所から、少しお互いに離れてから視線を逸らせた。いくら中等科一年とはいえ、お坊ちゃん学校に通うエリート達のくせに、口論からつかみ合い、殴り合いに発展しようかなんて底が浅すぎる。これのどこが『俺様王子』と『冷徹王子』だというのか。二人とも『馬鹿王子』がお似合いだ。
「確かに……、感情のままに振る舞い、暴力を振るわれそうになったとはいえ、それに暴力で答えるのは相手のレベルと同じ所に落ちる愚行を犯すところだった」
「何だと!?」
「近衛様」
「ぐっ!」
柾の物言いに伊吹が再び激昂しそうになったので止める。柾も余計な挑発をするな。こいつらはまったく……。お互い水と油で仲が悪いという所だけはゲームとそっくりか……。
「確かにここへ乗り込み、感情のままに喚き散らし、暴力を振るわれそうになったとはいえ、それに暴力で応えようとしたのは浅はかだった。だが……、九条咲耶……、君が人を使い、四組でイジメをするように指示していた事実は消えない。それらしい理屈を並べたようだが、実際に起こったこと、そして使われた者達の証言があれば君を断罪することは可能だ」
う~ん……。柾は何か勘違いをしているのか?何を言っているのかさっぱりわからない。
何か話の流れからすると鬼灯と鈴蘭のイジメのことを言っているのだろうということはわかる。でも何かそれを俺が指示してやらせていたと思われているのか?何故?まったく身に覚えもないのに……。
「まっ、待って!ハァ……、ハァ……、ちっ、違うの……」
「河村さん……、君までここに来ることはなかったんだよ」
開けっ放しの扉から鬼灯が駆け込んできた。これはますますややこしいことになるんじゃないのか?どうしてこんなことになった?俺は鬼灯と鈴蘭と柾に出来るだけ関わりたくなかった。ただそれだけだったのに、どうしてこんなにがっつり関わってしまっているんだ?
「ハァ……、フゥ……。……えっと、押小路君……、冷静に聞いて……。実は……、私達のイジメに九条さん……、あっ!九条様は関わってなかったの!ううん。それどころか、花梨を通して私達のことを助けてくれていたのよ!」
「…………は?」
「「「「「…………」」」」」
柾は間の抜けたような声を漏らし俺を見ている。そして俺はサロンメンバー達からは何か苦笑いのような表情を向けられている。
「咲耶ちゃん?」
「咲耶様?」
「あ~……」
鬼灯が突然駆け込んできてこんなことを言うということは……、花梨が鬼灯と鈴蘭に何かしゃべったのか……。俺はこの状況をどう誤魔化そうかと必死で頭を働かせたのだった。




