第四百四十三話「真相編 告白」
咲耶に呼び出された花梨は九条邸へとやってきた。いつ見ても立派だ。とても個人が住んでいるような建物とは思えない。歴史的建造物として何らかの遺産に登録されていて保存されているもののように思えてしまう。
そんな立派な屋敷に入り、いつも通りに庭の見える素敵なサロンに通された。そこには優雅にお茶を飲んでいる九条咲耶様の姿がある。その姿はとても絵になっており、まるで何かの芸術作品かと思ってしまうほどに美しい。
「吉田さん、ごめんなさいね。まぁ座って頂戴」
「はい。いいえ。お気になさらないでください」
勧められるまま席に着きつつ、まずは簡単な報告などを行う。外部生貴族達が二人に嫌がらせを始めた時には驚いたが、今は咲耶の策通りになるべく誰か内部生が二人と一緒にいることで外部生貴族達の実力行使は止まっている。陰口を叩かれたり、見えない所での嫌がらせまで完全に止めることは出来ないまでも、少なくとも表立っての実力行使はない。
「それはよかった」
「はい!九条様のお陰です!」
咲耶は謙遜しているのか否定しているが花梨は本心からそう思っていた。咲耶様は全ての生徒を慈しみ、悲しいことにならないように心を砕いておられる。穏便な手段で済ませようとしているのも咲耶様の優しさゆえだ。それに言われる策は全て的確で、咲耶様の言われた通りにしていれば全てがうまくいく。
「ですがずっとこのままというわけにもいきません……。次の段階に進もうかと思います。吉田さん……、今度萩原家でパーティーがあります。そのパーティーに四組のクラスメイトを全員誘って参加してください」
「……は?え……?」
咲耶の言っていることが理解出来ずに呆然とする。萩原家とは卜部氏庶流の萩原家だろう。今度パーティーをするなど聞いていないが、いくら同門とはいえ地下家である花梨の吉田家庶流にまでいちいち連絡などしてきていないだけかもしれない。それよりも問題は……。
「わっ、私が萩原紫苑様に四組をパーティーに呼んで欲しいとお願いするのですか?」
問題はそこだ。向こうから誘ってきたパーティーに参加するというのならわかるが、誘われてもいないパーティーに自分を呼んでくれというだけでも大変なことだろう。それも自分の方が格上ならばともかく、格下の家が格上の相手に、呼ばれてもいないパーティーに呼べなどと言えるはずもない。
さらにその呼ばれてもいないパーティーにこちらから呼んでくれといいながら、一クラス丸々一緒に呼んでくれなどとどの口で言えるというのか。呼ばれたパーティーで同行者を一人つけて良いか聞くくらいならまだしも、一クラス呼ぶとなれば三~四十人ほどにもなってしまう。そんな人数を呼んでくれなどと言えるはずもない。
「本来ならばあり得ないようなことではありますが……、今回は大丈夫です。このパーティーで鬼灯さんと鈴蘭さんへのイジメと嫌がらせを断ち切りましょう」
「…………わかり、……ました」
常識的に考えてあり得ない。しかし咲耶様がこう言われているのだ。咲耶様に間違いはない。何よりこの方は学園や生徒のためにこうして身を粉にして働いておられる方だ。そんな方が嘘や冗談でこんなことを言うはずがない。
そして……、花梨にとっても鬼灯や鈴蘭はもう友達だ。向こうがどう思ってくれているかはわからない。自分は咲耶に言われるがままに二人の手助けをしてきただけで、もし咲耶に言われてなければ二人を助けようとなどしていなかっただろう。それでも……、自分はもう二人のことを大切なお友達だと思っている。だから……。
「それで……、二人を助けられるのなら……」
「ええ。もうこんなことは終わらせてしまいましょう」
力強く頷いてくれた咲耶を見て花梨の腹は決まった。咲耶様と二人でこの無意味で悲しい争いを終わらせるのだ。そのためにはどんなことでもしよう。花梨はそう決めて萩原家へ赴くことにしたのだった。
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「いいわよ」
「…………え?」
性格のきつそうなつり上がった目つきの少女の言葉に、言った本人である花梨の方がポカンとする。
「だからいいわよ。四組全員招待するわ。是非来て頂戴」
「あっ……、はい……」
萩原家を訪ねた花梨が紫苑にパーティーの件を相談すると返ってきた答えがこれだった。即答だ。いきなり四十人近くも人数が増えるというのに即答で四組全員をパーティーに呼んでくれるという。同じ卜部氏ではあるが地下家の花梨にはまったく理解出来ない。財力のある堂上家というのはこの程度のことなど茶飯事だとでもいうのか。
「正式な招待状は後で出してあげるけど、貴女から先に四組に伝えて全員参加するように約束を取り付けておいて頂戴。もうパーティーまで日がないから」
「わっ、わかりました」
いともあっさりと纏まった話に首を傾げながらも、花梨はとりあえずうまくいったことを喜ぶべきだと萩原家を後にしたのだった。
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萩原家にも許可を貰ったことで花梨はさっそく動き始めた。まずは鬼灯と鈴蘭に伝えて参加してもらう。
「あっ!河村さん!加田さん!お話があったんです!」
学園で二人を探していると押小路柾と一緒に三人で相談をしていたようだった。花梨も柾が二人に協力していることは知っている。しかし咲耶様に知らん顔をしておくように言われているので何も気付いていない顔をしていた。
「実は今度親戚の家でパーティーがありまして……、四組の皆さんも全員そのパーティーに参加して親睦を深めようというお話になったんです。お二人も是非参加してください!」
「え?パーティー?う~ん……」
「……ん。パーティー苦手……」
二人を誘うとそんな反応が返ってきた。その気持ちは痛いほどよくわかる。花梨も上位の家のパーティーなど緊張するだけでまったく慣れない。しかし今回のことは咲耶様の策略の一環なのだ。多少強引にでも全員を連れて行かなければならない。
「そのパーティー……、主催者はどちらの家かな?」
「え?そのぉ……、萩原家です。萩原紫苑様です」
そこへ押小路柾が割って入ってきた。別に無視する理由もなく、妙な態度を取ればかえって怪しまれるかもしれない。花梨は普通に対応することを心がけて答えた。
「俺もそのパーティーに参加させてもらう」
「え?……えっと、私では決められません……。聞いておきますが確約は出来かねます」
「その場合は俺が直接その萩原紫苑という子の所へ行く。俺も参加させてもらうぞ」
「押小路君はそんなにパーティーに出たいの?」
「……ん。わたしはあまりパーティー得意じゃなぃ……」
二人の言葉に花梨は違うんじゃないかなと思った。恐らく押小路柾は二人にそれとなくついていくためにこう言っているのだろう。咲耶様は押小路柾について何も言っていなかった。一人では判断出来ないと思った花梨はまた後で咲耶様と相談しなければと思ったのだった。
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押小路がパーティーに同行することはあっさり認められた。そして何故か鬼灯が錦織柳も誘ったので四組とは関係のない二人までパーティーに参加することになった。
パーティーに参加していた四組のクラスメイト達は全員浮き足立っている。その気持ちは花梨にもわかる。花梨だって萩原家が親戚とはいっても、こんな豪華なパーティーに呼ばれることは滅多にない。花梨が呼ばれることのある豪華なパーティーと言えば近衛家の大規模パーティーくらいだが、あちらは大規模すぎて友達たちと隅の方に居ればそれほど目立たずやり過ごせる。
それに比べてこちらのパーティーは自分達だけ隠れているというわけにもいかず、花梨の役割を考えたらじっと目立たないようにしているわけにもいかない。
緊張しながらも始まったパーティーで、何とか皆が仲良くなれるように立ち回る。貴族家に対してはこれは一種の脅しでもあるが、だからといって萩原家などの力を笠に着て偉そうにしたいわけではない。ただ花梨や鬼灯達に手を出せばこういう相手が出てきかねないと警告するのが目的だ。
「皆も緊張してるみたいだけど、今日のパーティーはそんな堅苦しいものじゃないからさ。気楽にしてよ。それでも何か言われたら俺に言って。紫苑には俺から言うから」
「ありがとうございますぅ」
「錦織様ってぇ、許婚とかもう決まってるんですかぁ?」
錦織柳に外部生貴族達が群がる。随分な掌返しだと思うが、貴族とはそれくらい強かでなければやっていけないのかもしれない。
「何あれ」
「……ん」
鬼灯達は面白くないという顔でそれを見ている。それを見て花梨は『もしかして』と思った。それから皆でゾロゾロと会場に入り、それぞれにパーティーを楽しみつつ本来の目的を進める。花梨はあちこちに話しかけ、お互いに打ち解けられるように奔走した。
今回の九条様の作戦は、内部生の力を見せて抑止力としつつ、相手の態度が軟化した所で一気に近づき敵対行動をやめさせることが狙いだ。だからこのパーティーを見せた時点で半分は目的を達してる。あとはこのパーティーにビビっている相手を今のうちに懐柔してしまうことが花梨の役目だ。
そうしてしばらくあちこち駆け回っていると、壁際で話している柾と錦織柳の姿があった。それを鬼灯がじっと見ている。そこでやはり先ほどの勘が当たっていると思った花梨は二人に話しかけた。
「河村さんってやっぱり錦織柳様のことがお好きなんですね」
「はぁっ!?いや!違うし!」
慌てて否定している鬼灯を可愛いなぁと思って見ていたが、その先の発言は爆弾だった。
「確かに押小路君にも錦織君にも感謝してるけど、私は女の子が好きだし」
「…………え?」
あっさりそう言った鬼灯の言葉が理解出来ずに呆ける。しかし鈴蘭も否定せずに続けた。
「……ん。地元では鬼灯は『姫王子』とか呼ばれてた。わたしも狙われている……」
鈴蘭は自分の体を抱くようにしてそっと花梨の後ろに隠れた。その表情などから本気なのかと思ってしまう。
「ばっか!私はもっとこう……、私ですら『お姉様!』って呼びたくなるような人が理想なの!鈴蘭みたいなチンチクリンは守備範囲外で~す!」
「……むぅっ!」
「何よ!」
「……っ!」
「まっ、まぁまぁ……。二人とも落ち着いて……」
何故か二人を花梨が止める。どうやら二人の会話からして冗談でも何でもないらしい。女の子が女の子を好きになるなんて……、と思いながらも、しかし花梨も少し鬼灯の気持ちがわかった。それは想ってはいけない感情。だがしかし、花梨だって憧れるお方がいるのだ。それが男だとか女だとかそんなことは小さなことでしかない。真に尊敬すべき相手、敬愛すべき相手の性別など些細な問題でしかない。
「それよりもほら……。押小路様と錦織様にお礼を言いに行きましょう?」
「そうだね」
「……ん」
この後、花梨にとっても遥か雲の上の存在である紫苑が、パーティー会場全体に向けて爆弾発言をする。その時の三人に慌てぶりは大層なものだったが、しかしそのお陰でパーティーに参加した目的は完全に達成することが出来たのだった。
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五月に入り、鬼灯達の生活は完全に平穏を取り戻していた。何でもないごく普通のありふれた日常。その日常がいかに尊く大切であるのかを鬼灯達は実感していた。
「いやぁ……、一時はどうなるかと思ったけど、花梨のお陰で助かったよ!本当にありがとう!花梨にはいくら感謝してもしたりないよ!」
「……ん!」
能天気にそう言う鬼灯の言葉に……、花梨の胸がズキリと痛む。鬼灯達の笑顔を見るたびに思い知る。自分がいかに卑怯な人間なのか。自分は鬼灯達に笑いかけてもらえるような人間ではない。
「……がう」
「「「え?」」」
ついに……、ポツリと花梨の口から今まで抑え込んでいた言葉が溢れた。
「違う!違うの!私は……、私は河村さんや加田さんにそんな風に言ってもらえるような者じゃないの!」
「ちょっと!花梨どうしたの?」
「……ん!」
「私は……、私は今までずっと二人を騙していたの!私が今までしていたことは全て……、全て九条様の……」
そこまで言ってハッと我に返った。しかしもう遅い。吐いてしまった言葉はもうなくならない。最後まで黙っていなければならなかった言葉を漏らしてしまった。
「九条咲耶!」
そう言って押小路柾が駆け出す。一瞬そちらを止めようかとした鬼灯だったが、こんな様子の花梨を置いていけないと気付き花梨の方に戻る。
「私が行っていたことは全て九条様の……」
もうここまで言ってしまったのなら言うしかない。卑怯な自分のことを……。九条咲耶様の優しさを……。
それで自分は二人から軽蔑されて嫌われるかもしれない。怖い。折角仲良くなれた二人に嫌われたらと思うと胸が張り裂けそうだ。だがもうこれ以上二人に嘘を吐いていたくない。自分自身も罪悪感で潰されてしまいそうだ。
何よりも……、あの九条咲耶様が勘違いされたままで良いはずがない。ここまで全て手を尽くしてくださったのは九条咲耶様だ。その咲耶様のことを勘違いされたまま、悪い人だと思われたままでは花梨も我慢がならない。
そう覚悟を決めた花梨は……、これまでのことを二人に話し始めたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ようやく本筋に追いついて真相編も終わりですが……、この一連の流れは話数、文字数が足りないなぁと……。
本当ならもっと、色々な問題が起こって、咲耶様が解決していくのを花梨の手柄として二人との友情が深まったり、柾が解決しようとして空回りし続けたり、感謝され深まっていく二人との友情とは裏腹に花梨が思い悩んでいく部分とか……、色々イベントがあったり、書きたいことがあったんですが……、物凄く端折られてこうなりました……。
だってこれ以上鬼灯、鈴蘭と花梨の友情やイベントばっかり書いてたら咲耶様がずっと出ないんですもの!!!
大体本作は一話五千文字~六千文字くらいなので(たまにもっと長いですが、少なくとも五千文字近くはあります)、五話連続でまともに咲耶様が出ないだけで二万五千文字……。書籍一冊十万文字としたら四分の一主人公がほとんど出てこないとかどうよと……。
なので脳内でそういうイベントの数々があったと補完しておいてください!何やかんや三人でイジメに立ち向かったり、咲耶様の知恵や財力で乗り越えてきたんだと!
え~……、まぁそんなわけでようやく最新部分まで追いついたので続きは次話以降に……。




