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第四百四十一話「真相編 根回し」


 九条様と色々と話し合い、情報も共有し、相談も受けてもらった花梨はついに覚悟を決めた。本当ならもっと前に実行しなければならなかったことだ。しかし覚悟が決まらず、ずるずると何日も引き延ばしてしまっていた。それを報告しても九条様はいつも穏やかに笑っておられただけだ。だからいつまでも九条様の優しさに甘えているわけにはいかない。


「おはよう」


「……ん」


 四組の教室に入ってきて挨拶をする鬼灯と鈴蘭に向かって、花梨は精一杯の気持ちで応えた。


「えっと……、御機嫌よう、河村さん、加田さん」


 蚊の鳴くようなか弱い声だったかもしれない。しかし確かにはっきりと花梨は二人に挨拶を返した。


「「…………え?」」


「「「「「――!?」」」」」


 返された二人自身も、教室中も、今までおしゃべりしていた内部生達ですらギョッとした表情を浮かべて花梨のことを見詰める。しかし一言返したことで花梨は吹っ切れた。


 『なんだ。簡単なことだったじゃないか』と自分でもおかしくなってふっと笑いが漏れる。


 自分は一体何を恐れていたというのか。ただクラスメイトが挨拶してきたから挨拶を返す。ただ当たり前のことをするだけだ。しかし自分は九条様に背中を押していただくまでこんな当たり前のことも出来なかった。そして他のクラスメイト達もまた出来ずにいる。ならば、九条様に守られている自分が率先してその前を歩いていかなければならない。


「よかったら……、こちらでご一緒に少しお話しませんか?」


 花梨は震えそうになる声を抑えて出来るだけにこやかにそう告げた。自分は九条様のように、あの聖母様のようになど振舞えない。優しい声音、人を安心させる微笑み、全てを包み込んでくれる雰囲気。花梨にはそんなものは真似出来ない。あれは九条様のお人柄がそうさせているのだ。


 しかし……、真似は出来なくとも、出来る限りそれを目指して努力することは出来る。九条様が自分にしてくださったように、二人のことも安心させるように……。


「それじゃ私達も混ぜてもらおうかな。ちょっと荷物を置いてくるよ」


「……ん」


「「「「「――!!!」」」」」


 花梨の想いが通じたから……、ではないだろう。鬼灯と鈴蘭はお互いに見詰め合って頷いてからそう答えたが、それは花梨を信じたわけでも何でもない。それくらいは花梨にもわかっている。わかっているが今はそれでいい。


 普通に考えていきなり縁も所縁もなかった内部生が急にそんなことを言い出したら疑うのは当然だ。だが今重要なことは鬼灯と鈴蘭が孤立している状況が固定化されないことだ。今ならまだ新学期で初めて顔を合わせた内部生と外部生が親しくなっていなかっただけだと言える。しかしこれが長期化してしまっては固定化されかねない。


 今は不審に思われていようとも、とにかく鬼灯と鈴蘭を内部生グループの中に入れてしまうのだ。そうすれば外部生一般生徒達も手を出しにくくなる。いきなり全てを解決する術がない以上は、まずは現状の打開と状況の改善を進める。


 他の内部生達も花梨のいきなりの言葉に驚いている。事前に相談もせずいきなりこんなことを言い出したのだ。自分が逆の立場だったら同じように驚くだろう。だが事前に相談していれば内部生グループは我関せず、不干渉を貫こうと言っていたに違いない。


 事後承諾でも何でもいいから、とにかくこうして既成事実化し、二人を内部生グループに迎え入れ仲良くさせる。これが九条様が言われた案だった。花梨は九条様の無垢なる願いを、全ての学園生達の安寧を願う九条様の想いを叶えるべく自らを奮い立たせたのだった。




  ~~~~~~~




 学園が終わってから花梨を家に招いた。ここの所、話がある時はよく九条家まで来てもらっている。学園で話をしていたら誰に見聞きされるかもわからない。一度薊ちゃん達に頼んでおきながら、今また花梨にこんなことを頼んでいる手前、皆にもこのことを知られるわけにはいかない。


 蕾萌会の授業が減った分、放課後にこうして話をするくらいの余裕は増えている。まぁ本当はその分全部百地流の修行を入れられているんだけど、多少遅れたり、早めに終わってもらったりして花梨と話すくらいは可能だ。ただそのために花梨は夜遅くに俺に呼ばれたり、放課後慌てて九条家に来たりしてる。それは申し訳ないと思うけど仕方がない。


「……ということで、今日は内部生の方達と混じって色々とお話をしました」


「そうですか……。うまくいってるようでなによりです」


 花梨の報告を聞いて少し安心した。今まで大小コンビに話しかけようとしながらも中々出来なかったみたいだけど、今日ついに覚悟を決めて二人に話しかけたらしい。そしてそのまま今日一日は内部生グループと二人の間を取り持ち、何とか仲良くさせることに成功したらしい。


「吉田さんには随分苦労をかけていますね。相当怖かったでしょう?ごめんなさい……。私が無理にこのような無茶を頼まなければ、吉田さんも普通の学生生活が送れたでしょうに……」


 イジメを放置するのは誰でも嫌なものかもしれない。でも自分がその間に割って入ってイジメをやめさせるのはもっと嫌なはずだ。もしかしたらそんなことをすればイジメのターゲットが自分に向くかもしれない。何を良い格好をしようとしてるんだと思われるかもしれない。友達にまで迷惑をかけるかもしれない。


 そんな不安の中で、花梨は何日も迷って、それでも覚悟を決めて二人に話しかけてくれた。もしかしたら今回の件のせいで花梨は今後平穏な学生生活を送れなくなったかもしれない。それでもやってくれたんだ。


「私は吉田さんのその献身にどう報いれば良いのでしょうか?」


「いいえっ!いいえっ!九条様!そのようなお気遣いは無用です!私は……、私は九条様の学園と学園生を想う気持ちに応えたいと思っただけなのです!ですから私に報いようなど必要のないことです!それは逆なのです!私が九条様の想いに報いたいと思って行ったことなのですから!」


 腰を浮かせた花梨が俺の手を握り、顔を近づけてフンスとそんなことを言った。これは……、俺が気を遣われているのかな。


 これで花梨は……、危険なことに関わることになってしまった。外部生一般生徒達がこのまま黙って引き下がるかどうかはわからない。もしかしたら鬼灯や鈴蘭と一緒に花梨まで何かされるかもしれない。こんなことに花梨を巻き込んだのは俺だ。だったら……、俺は俺の責任において花梨を守る義務がある。


 花梨には絶対に手出しをさせない。それに花梨が何か困っていることがあれば全て俺がフォローする。その決意を胸に、この日も報告を聞いた後、今後の対策を話し合い、そして苦労をかけている花梨を労うためにお茶会を行ったのだった。




  ~~~~~~~




 クラブ見学も終わって新入生の入部が始まる。ゲームの時もそうだったし鬼灯は陸上部に入るだろう。教室に居る時は花梨に頑張ってもらえば良いとして、部活動の時も何とかフォローしておきたい。というわけで俺は陸上部で関係があって、頼み事もしやすい人物を呼び出した。


「九条さん、どうしたの?」


「え~……、少し……、錦織君にお願いがありまして……」


 俺の知り合いの中でこんなことを頼めて陸上部に入る人物と言えばこいつしかいない。錦織に言えば伊吹の耳にも入る可能性はあるかもしれないけど、今はそんなことを気にしている余裕はない。とにかく今最優先なのは鬼灯と鈴蘭と……、そして花梨の安全確保だ。そのためならば多少のリスクも負う。


「九条さんが俺にお願い?何だろうなぁ?」


 錦織はちょっとニヤニヤしながらそんなことを言った。その表情が若干むかつくけど黙っていよう。これから頼み事をする相手に顔がむかつくとか言えるわけもない。


「実は……、これから陸上部に入部するであろう女子生徒、河村鬼灯さんと、そのお友達である加田鈴蘭さんのことを気にかけていただきたいのです」


「うん?河村さんと加田さん?」


 錦織が小首を傾げる。そりゃそうだ。いきなり今まで会ったこともない外部生貴族の名前を言われても意味がわからないだろう。


「実はこのお二人はあまり良くない状況と言いますか、場合によっては狙われるかもしれない立場なのです。そこで部活動中は同じ陸上部で近くに居られる錦織君に気にかけていただきたいと……」


「ふ~ん?それは別に良いけど、それだったら九条さんがどうにかした方が早いんじゃないかな?」


 うぐっ……。錦織が言いたいことはわかる。俺は人に面倒事を頼んでおいて自分は何もしないのかと言われているんだろう。だけど俺が出て行くと余計に話がややこしくなる。人にばかり頼んで自分は手を汚さず、苦労もしないというのは申し訳ないけど、今の俺には頼むことしか出来ない。


「自分は手を出さず人に苦労を押し付けているのはわかっています。ですが私が表立って出ていくわけにはいかないのです!ですからどうか!どうか!この二人を、いえ、それから吉田花梨さんの三人を影ながら助けてあげてください!私に頼まれたとわからないように!」


「ちょっ!ちょっ!九条さん!頭を上げて!」


 俺はとにかく錦織に頭を下げた。俺には人に頼むことしか出来ない。


「錦織君のフォローもバックアップも全て私が行います!ですからどうかお願いします!」


「わかった!わかったよ!最初から断るつもりなんてないから!そんなつもりで言ったんじゃないよ!」


 頭を下げていると錦織に無理やり起こされてしまった。二人とも少し興奮している。気持ちを落ち着けるために深呼吸をしよう……。


「はぁ……」


「ふぅ……。えっと……、それと……、後で出てきた吉田花梨って……、吉田家庶流の同級生の吉田花梨さんかな?」


「ええ。そうです。上北面の地下家の、同級生である一年四組の吉田花梨さんです。彼女も私が巻き込んでしまったので何らかの報復や妨害、嫌がらせを受ける可能性があります。こちらでも最低限のバックアップなどは行っておりますが、身近に居られる時には錦織君にも注意していただければと……」


「わかったよ。その河村さんと加田さん?とあと吉田さんね。それで河村さんは陸上部に入るんだね?」


 錦織はニッと笑ってそう答えてくれた。こいつ本当に良い奴だな……。最初はライバル視みたいなこともされて面倒な奴かと思ったけど、こうしているととても良い奴だというのがよくわかる。俺が男だったら良い友達になれたかもしれない。


「はい。河村鬼灯さんは陸上部に入られるはずです。加田鈴蘭さんは入られないと思いますが、お二人はよく一緒におられますので、お二人一緒におられる時は加田鈴蘭さんのことも気にかけてあげてください」


「オッケー。任せておいてよ」


 錦織が引き受けてくれてよかった。これで部活動中もある程度は安心だろう。もちろんクラブに入らない鈴蘭や花梨は大丈夫とは言えないけど、鬼灯に関しては錦織も見てくれることになった。それにクラブに入らない二人は、学園に入れない九条家の護衛でも何でもつけられるだろう。


 一応放課後の三人の身の回りの安全にも配慮することが出来た。少し気が軽くなった俺の足取りは久しぶりに軽かった。




  ~~~~~~~




 錦織に頼んだその日の夜、花梨を呼び出していつもの会議を行う。


「それでですね。次の手として部活動中のお二人を守るための手段を講じたいと思います」


「部活動中ですか……」


 俺の言葉に花梨は難しそうな表情をした。花梨だって地下家とはいえご令嬢だから放課後は色々と忙しいだろう。習い事や社交界に顔を出すこともあるだろうし帰って遊ぶだけという子供とは生活が違う。


「河村鬼灯さんは陸上部に入られるでしょう。そして陸上部には吉田さんの馴染みの方が入られるでしょう?」


「……え?私の知り合いで陸上部に入る方なんて……」


 花梨は本気でわからないという顔をしている。おいおい……。錦織君よ。遠いとはいえ一応親戚なのに存在そのものを忘れられてるぞ。普通なら多少遠くても親戚が同級生だったら忘れられたりしないと思うけどな。まぁ貴族は親戚だらけだから、錦織と花梨ほど離れてる親戚なんてたくさんいるけど……。


「錦織……、柳君が、陸上部に入られるでしょう?」


「えっ!?にっ、錦織様に……、お願いをするのですか……」


 明らかにうろたえた様子の花梨に何だか気の毒になってしまう。錦織と花梨は仲が悪いのか?どちらも人当たりは良いし、言い方は悪いけどお人好しなタイプだ。この二人が不仲であるとは想像出来ないけど、親戚同士だったら何か俺の知らない所でやり取りや衝突があったのかもしれない。


「錦織家や、柳君と何か……?」


 俺はあまり刺激しないように慎重に問いかけた。もしかしたらデリケートな問題かもしれないから、本来なら赤の他人である俺がとやかく言うべきではないだろう。でも一応問いかけてみる。


「いえ!いいえ!揉め事もありませんし仲が悪いわけでもありませんよ!ですが……、身分違いというか……、錦織様は堂上家のお方なので……」


 あぁ……、親戚とはいえ家の立場的なものを気にしてるのかな。俺からすれば錦織なんてお笑い担当のモブAみたいなノリだけど、地下家からすれば半家といえど堂上家というだけでも遠慮するような相手か……。


 本当なら俺がもう話をつけているから大丈夫だと言えば花梨も安心するかもしれないけど、それじゃ困ることがいくつかある。


 まず花梨は自信がなさすぎだ。花梨はとてもよくやってくれている。だけどそれを自分の活躍のお陰だと思っていない。こうして話していてもいつも自信がなくて、俺が策を授けたからうまくいってると思っている節がある。でもいざという時には俺の指示を仰いでいる暇もなく花梨の判断で動かなければならない。そのために自信をつけてもらいたい。


 それから錦織には鬼灯と鈴蘭だけじゃなくて花梨の身の安全も頼んでいる。俺からすでに錦織に話が通っていると聞けば花梨は錦織に余計なことを聞いたり、変に安心しすぎたりするかもしれない。あくまで花梨が自分で鬼灯と鈴蘭のことを錦織に頼んだと思えるような状況が望ましい。


 その他諸々考えても、やっぱりここは俺が錦織に話を通しているとは黙っておいた方が良いだろう。


「大丈夫ですよ。吉田さんはここまで全て計画以上にうまくやってくれているではありませんか」


「それは九条様の策とアドバイスのお陰で……」


「そんなことはありません。吉田さんの努力の賜物です。さぁ、自信を持って」


「……はい。……はいっ!そうですね!九条様の願いを叶えるためにも頑張ります!」


 次第に目に力が戻ってきた花梨が燃えていた。花梨は少し感情の激しい子だ。表向きは大人しくて人当たりが良いと思っていたけど、こうしてうちに来た時は最初は自信なさげにしていて、話していると最後は今のように燃えて帰っていく。


 でも最近花梨も段々自信がついてきたようで、最初の頃よりもすぐにこうしてその気になってくれるようになった。花梨には色々と苦労をかけて申し訳ないけど、もうちょっと……、せめて鬼灯と鈴蘭がもう大丈夫と思える状況になるまで頑張ってもらいたい。



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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったな錦織 咲耶に頼ってもらえて 良いやつだってよ
[良い点] 咲耶様、ヒロインなのに裏方に徹して汗を流すwww。 [気になる点] 今回の問題解決の真の立役者が、実は咲耶様だと咲耶グループの皆に発覚したら、皆はショックを受けるだろうな~…。 [一言] …
[良い点] 根回しは大事( ˘ω˘ )
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