第四百三十九話「真相編 協力者」
中等科も始まってから二日目となった。入学式や初日は色々とあってゆっくり考え事をする暇もなかったけど、今日は周囲も落ち着いているし、俺も中等科に慣れ始めてきた。ここらで少し現状を整理する。
まず俺達のグループは全員三組で揃っている。何故か錦織柳も一緒だけど……、まぁそれはいい。そして一組には近衛伊吹、二組に鷹司槐だ。伊吹と槐はバラバラになってしまったらしい。さらに二組には押小路柾がいる。一組にも近づきたくないけど、二組には絶対に近づかないようにしよう。
河村鬼灯と加田鈴蘭は四組だから、出来れば四組とも関わりたくない。四組にいるのは外部生貴族の一部や、内部生貴族ながら外部生達と馴染みやすい者達が編成されている。俺とあまり関わりの深い者はいないから、鬼灯と鈴蘭にさえ気をつけておけば四組と関わることは基本的にないだろう。
兄と茅さんは高等科三年になり、杏は中等科三年でまた同じ校舎に通えるようになっている。この年上組は来年にはまた卒業して上へと進学してしまうから今年だけだな。特に兄と茅さんは来年から大学となる。小中高までと大学では色々と変わってくるから、来年以降の二人との関わりがどうなるかは未知数だ。
初等科では桜が六年生となり五北会会長を務め、睡蓮は五年生に、竜胆や秋桐達は四年生になった。あまり卒業生が初等科に顔を出すのもどうかと思うけど、たまには初等科五北会に顔を出してみるのもいいかもしれない。それと会える機会が激減してしまう秋桐達とどうにか会える口実でもないものか……。
俺にとってはこの中等科の三年間が重要になってくる。ゲーム『恋に咲く花』では高等科に入学してきた主人公と攻略対象達、そしてライバル令嬢達と、内部生、外部生の対立などが物語の軸になっている。もしこのままゲーム通りに内部生と外部生の対立や、鬼灯、鈴蘭、柾などと対立していく道を選べば一気に破滅が近づいてくるかもしれない。
俺に出来ること、そしてすべきことは……、中等科から始まる内部生と外部生の対立を出来るだけ起こさせないようにしつつ、鬼灯、鈴蘭、柾などと一定の距離を保って敵対関係にならないことだ。俺がこの三人や主人公と敵対しなければ、高等科に入ってゲーム本編部分が始まっても、わざわざ咲耶お嬢様と彼ら彼女らが対決する必要はない……、はず……。
「咲耶様!昨日頼まれていた準備が整いました!こちらへ来て下さい!」
「え?ええ……」
放課後になると薊ちゃん達にそう言われたのでついていく。案内されたのは近くの空き教室だった。そこに何故か学園の備品とは違うと思われる椅子が置かれている。
「薊ちゃん……、これは……?」
「今日のために昨日のうちから運び込ませました!咲耶様はこちらの椅子で寛いでお待ちください!」
「はぁ?」
よくわからないうちに薊ちゃん達に勧められてその椅子に座った。学園の備品の椅子に比べてそこそこ座り心地が良い。薊ちゃん達はそのまますぐ出て行ったけど、ここで待っていろと言われたので大人しく待っていることにする。俺が勝手に動いて入れ違いになってしまったら大変だしな。
そう思って暫く待っていると……。
「咲耶様!件の二人を連れてきました!」
そう言って薊ちゃん達が空き教室に戻ってきた。その後ろには河村鬼灯と加田鈴蘭の姿がある。あるぇ?なぁにこれぇ?
「…………ありがとう。薊ちゃん」
「いいえ!咲耶様のご命令とあらばどんなことでもこなしてみせます!」
何とか言葉を搾り出すと薊ちゃんがとても良い笑顔でそう応えてくれた。うん……。何か……、根本的にすれ違いがあったんじゃないだろうか?どうしてこうなった?
俺は薊ちゃん達に、鬼灯と鈴蘭に気付かれないようにそれとなく様子を見ておいて欲しいと言いたかった。それなのに『わかった!』と答えた薊ちゃん達はその翌日にいきなり本人達を俺の前に連れてきた。これは何かおかしい。俺が考えていたことと薊ちゃん達が考えていたことに根本的ズレがあったのでは?
俺は出来るだけこの二人と関わりたくないから、代わりに目立たないように他の人にこの二人の様子を見てもらいたかっただけだ。それなのにその関わりたくない、関わっちゃいけない相手が何故か俺の目の前にいる……。これは一体どうすればいいんだ?
そもそも俺はこの二人と直接話すつもりなんてこれっぽっちもなかった。だから呼び出してきても何を言えばいいのかすらわからない。何も考えていなかったから何も言うことが浮かばない。でもこのままずっと無言というわけにはいかないだろう。何を言えばいいか考えていなかったから、とにかく必死で何か言おうと言葉を搾り出す。
「さて……、河村鬼灯さん、加田鈴蘭さん……、学園生活はいかがかしら?」
うん……。自分でも何を言っているかわからない。質問が漠然としすぎているし、ほとんど関係を持ったこともないこの二人を呼び出して、何故いきなりこんなことを聞いているのか意味がわからない。きっと聞かれた向こうも疑問でいっぱいだろう。俺も正直どうすればいいかわからず困っている。でもきっと向こうも困っているに違いない。
「そう……。あの四組中からの、ううん。学園中から除け者にされてるのは……、貴女の指示なんだ……」
「……ん」
はっきりハキハキした性格の鬼灯にしては珍しく、やや俯いて何を言っているのか聞き取れるか、聞き取れないかくらいの声でボソボソとしゃべっていた。今何て言った?
「学園中から除け者に?」
そう言ったのか?どういうことだ?この二人が学園中から除け者にされていると?
「もういい。そっちがその気ならこっちにも考えがある。どうして私達に目をつけてこんなことをするのか知らないけど……、こっちだって黙ってやられるつもりはないから」
「……ん!」
それだけ言うと鬼灯と鈴蘭は空き教室から出て行った。取り残された俺はポカンとするしかない。まったく話が噛み合ってなかったし、何故二人が怒って出て行ったのかもわからない。
俺としてもいきなりあの二人と話をする準備は出来ていなかった。だから一度時間を置いて仕切り直しにするのは良いのかもしれない。あのまま無理に話そうとしてもきっと話が噛み合わないままだっただろう。何が起こっているのかわからないけど、少しばかり調べてみた方が良さそうだ。
「何ですかあれは!咲耶様へのあの態度!許せません!」
「咲耶ちゃんのお話も聞かないで行っちゃったよー」
「やはり私達は何か間違えていたのでは?」
皆は突然出て行った二人にやや怒っている風だったけど、皐月ちゃんだけ真剣な表情でそう言っていた。でもそれは遅かったんじゃないかな?そう思うならもう少し早く何か考えるか、俺に聞くかして欲しかった。そう思っていると二人が出て行った扉から男子生徒が一人顔を覗かせた。それも俺が会いたくなかった相手だ……。
「先ほどのお話……、どういうことかご説明願いましょうか?九条……、咲耶さん?」
出て行った二人と入れ違いに扉から入ってきたのは押小路柾だった。鬼灯と鈴蘭以上にこいつとは関わりたくなかったというのに、どうしていきなりこいつが現れるというのか……。
俺がどんなにこの世界に逆らおうとしても、世界の強制力が働き、あるいは強制的に修正されてしまうとでも言うのだろうか……。それならこの先俺が何をどうしようとも九条家の破滅は避けられない?
いいや!違う!そんなことはない!
俺は今まで過ごしてきた中で色々とゲームの世界と同じにならないように変えてきたはずだ。グループの子達との関係も、伊吹達攻略対象達との関係も……。だから……、こいつらとの関わりも変えていけるはずだ!
でも……、今はまだその時じゃない。ここでいきなり柾とあれこれやり取りする場面じゃないだろう。それでなくとも鬼灯と鈴蘭が急にあんな風になったことにも理解が追いついていないんだ。まずはそちらを優先する。今の状況で柾の相手までしていられない。
「御機嫌よう、押小路様。ですが……、女性同士の話に男性が突然首を突っ込まれるのはどうかと思いますよ」
「…………俺は、次の生徒会選挙に立候補します。俺が生徒会に入ったならば……、相手が誰であれ……、不法行為を見逃すつもりはありません」
「それは立派な心がけですね。是非頑張ってください」
んん?いきなりどうした?何が言いたい?柾が真面目で冷静、冷徹な生徒会長になるのは知ってるよ。でもそれと今の流れに何の関係がある?何故俺にそんな宣言をしたんだ?意味がわからない。
でも……、そうだな……。俺はゲームの柾をそれほど嫌いじゃなかった。別に好きでもなかったけど……。生徒達のために一生懸命頑張る生徒会長というのは悪くなかった。だから俺とは関わりがないだろうけど、せめて頑張って欲しいと応援しておく。
「今日の所はこれで失礼させてもらう……。いずれ……、必ず……」
「御機嫌よう、押小路様」
何かわからないけど柾も空き教室から出て行った。予定外のことが起こりすぎて俺の理解も追いつかない。ただそれとなく鬼灯と鈴蘭を見守ってもらうはずだったのに、何故こんなことになったのか。そしてこれからどうすればいいのか。
柾とも関わらないでおこうと思った矢先にこうして関わることになってしまったし、一度冷静になって時間をかけて今後について考えた方が良いだろう。
「何なんですか!あの男は!咲耶様に向かってあの態度は!」
「まぁまぁ薊ちゃん……。それよりも……、五北会に向かいましょうか」
「そうですね」
「それじゃ私達は帰るねー!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「咲耶ちゃんさようなら。また明日」
皆も何だったのかという感じでポカンとしながらも、あまり深く考えても意味はないと動き始めた。何か思ってたのとまったく違う展開になってしまったけど、とりあえずここにいても仕方がない。皆に別れを告げた俺達は中等科五北会へと向かったのだった。
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家に帰ってからも俺のモヤモヤは晴れない。鬼灯達は気になることを言っていた。自分達は学園中から除け者にされている、と……。
あの二人は割りときつい毒も吐くけど、それでも明るい性格や物怖じしない性格のお陰で外部生達の中では結構な影響力を持つようになるはずだ。それなのにあの二人が除け者にされている?何かおかしい。これから徐々にそういう立場になっていくのだと言われればそうなのかもしれないけど、それにしたってそういう立場になる者は最初から相応のはずだ。まるでイジメられてるかのような扱いを受けるはずがない。
このまま黙って静観していてはまずい気がする。いきなりこの状況を打開するのは難しい。俺は何が起こっているのかまるで把握していない。薊ちゃん達にそれとなく頼もうと思ったけどそれも失敗だったんだろう。薊ちゃん達は俺と違って華やかなご令嬢達だから目立ちすぎる。あの皆にこっそり誰かを見守るなんて出来るはずがなかった。
だから……、今度はその場にうまく溶け込める相手に頼まなくては……。今日皆が突然あの二人を連れてきたのも、こっそり見張っている間にバレてしまったのかもしれない。目立たず、それでいて自然にあの二人に近づけて、俺にも報告出来て協力出来る人物。そういう人を探さなくては……。
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「突然呼び出してしまってごめんなさいね」
「ひっ!いっ、いえっ!とんでもありません!」
しばらく時間をかけてじっくり選んだ人物を呼び出す。この件に関しては他の皆にも内緒にしている。前回皆に頼んだというのに、またすぐに他の人にも協力を頼んだとあっては皆も気を悪くするだろう。だから今度は俺だけでこっそりあの二人の様子を調べることにした。
「そう硬くならないで。まずはお茶でもいただきましょう」
「はっ、はいっ!」
う~ん……。駄目だな……。ガチガチに緊張しているのが俺にもわかる。そりゃいきなりほとんど話したこともない相手に呼び出されたら驚きもするか。
今俺の前に座ってお茶を飲もうとしている子は吉田花梨という子だ。吉田家とは卜部氏嫡流であり、卜部氏と言えば、萩原紫苑や錦織柳の萩原家、錦織家も卜部氏の流れを汲む。その卜部氏の嫡流が吉田家ということになるけど、目の前の花梨の家は吉田家庶流だ。
ちょっと何を言ってるかわからないかもしれないので整理すると、吉田家の本家は卜部氏嫡流の堂上家であり、萩原家や錦織家もその卜部氏の庶流ということになる。しかし花梨の吉田家は吉田家本家ではなく、吉田家の庶流の吉田家であり、上北面の地下家だ。
まぁ細かい流れを全部ぶった切って言えば、吉田本家は堂上家だけど、花梨の吉田家は分家の地下家だよ、ということになる。かなり遠いだろうけど錦織柳とも親戚筋と言える。
俺が何故今までほとんど話したこともない、ちょっとおっとりしててぽっちゃりしている吉田花梨を呼び出したかと言うと、この子は内部生でありながら四組に編成されているからだ。見た目通り、と言ったら失礼なのかもしれないけど、吉田花梨はおっとりしていて人当たりが良い性格をしている。だから外部生とうまくやれるだろうと内部生ながら四組に選ばれたわけだ。
俺はこの子を通じて四組の内情を調べ、鬼灯と鈴蘭の状況を知り、場合によっては影ながら手助けしたいと思っている。
鬼灯と鈴蘭の手助けをしたいというのは、何も二人がゲームに登場していたキャラで俺が興味があるからというだけじゃない。もし二人が今後妙な方向に進んでいったら、高等科になってからの展開も大きく変わってしまう恐れがある。それに二人が学園で嫌な思いをすれば、将来的に俺達内部生との争いに発展しないとも限らない。
俺は俺のため、打算もあってあの二人を助けたいと思っている。ただし俺が手助けしていると悟られない形で……。
何かあの二人は初対面、ではないけど二回目の対面からしていきなり俺に喧嘩腰だった。それくらいは鈍い俺でもわかる。あの二人は何故か俺に喧嘩腰だった。あれがゲームの世界の影響なのか、世界の強制力なのか、何かはわからないけど、そんな二人が素直に俺からの手助けを受けるとは思えない。
だから俺は協力者に頼んで影から二人を手助けする。俺に助けられたと思えばあの二人はまた反発するかもしれないから、あくまで裏からこっそり、バレないように……。
「それでですね、吉田花梨さん」
「はっ、はいっ!」
俺に声をかけられると背筋を伸ばして緊張した面持ちの花梨に、出来るだけ落ち着くように微笑みながら静かな声で問いかける。
「まずは……、今の四組の状況を教えてくださらないかしら?」
「――ッ!?そっ、それは……」
俺の言葉を受けて、花梨は目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。やはり……、今四組では何かが起こっている。本来ゲームではあり得なかったような、何かとんでもない異変が……。




