第四十三話「結局茶会」
まぁ冗談はさておき本当にどうするか考えなければならない。準備期間も必要なことを考えたら早めに着手しておかなければまた九条家に恥をかかせてしまう。
俺としては本当に言葉通りただの小学校一年生同士の遊びのように招いて普段の俺を見てもらえば良いと思っている。でもそれじゃ駄目だと言われたから何か考えてどうにかしなければならない。
「どうしましょう……。どうしたらいいかしら?」
さっきまであーだこーだと言っていた母もウロウロと悩み出した。どうやら両親はパーティーでも開くようなお持て成しをするつもりだったらしい。さすがにそれは俺が却下したのでどうしようかと悩んでいるようだ。
「咲耶は作法の先生に習いに行っているのだろう?ならばその先生に相談してみたらどうだ?」
「百地先生に……?そうだわ!そうしましょう!それがいいわ!」
うわぁ……。それはやめて欲しい……。それはある意味パーティーより面倒なことになりかねない。それならいっそ普通にパーティーする方がマシだ。
「百地師匠は茶の湯でもすれば良いとおっしゃっておられました。ですが……」
「咲耶がっ!茶の湯っ!」
ガガーンとかピシャーンッ!という背景が出てきそうな感じで母はヨロヨロと数歩よろめいてテーブルに手をついた。ちょっと待って欲しい。その反応は何だ?
「咲耶が茶会の主催など出来るとは思えません!それならまだしもパーティーを開いた方が良いでしょう!」
う~ん……。俺は母に一体何だと思われているんだろう……。母と仲直り出来たのは良かったけど何だか今日は次々と母の内心を知ってしまったぞ……。
「ほう……。良いじゃないか。咲耶達はまだ六歳なんだ。そんなに形式ばったことに拘る必要もないだろう?親しい友達ばかりのようだし良い練習になるんじゃないか?」
「あなた!咲耶ですよ!?咲耶にそんなことが出来ると思いますか?」
何だろう……。何で今日はこんなに母にディスられてるんだ?これはあれか?この一ヶ月溜まった鬱憤を晴らされているんじゃないか?普通の小学校一年生だったらここまで言われたら普通拗ねるなり怒るなりすると思うけど……。
「咲耶だってそれくらい出来るさ。なぁ?心配なら一度お前がみてやりなさい。それに茶会ならこちらだけで一方的に決めることも出来ないだろう。まずはその友達に聞いてみたらどうだ?」
父は父で面白がっているだけのような気がしないでもない。百地流は習っているけど俺はまだまだどれも半人前どころじゃないわけで……。
「…………わかりました。百地先生も勧められていたということは百地先生も納得するだけのものがあるということでしょう……。明日母が見ます。それまでそのお友達に言うのは禁止です。先に伝えてそれで決まってしまっては大変ですからね」
「はい……」
何か変なことになってしまった……。こうして俺は明日早めに帰って母の前で点前を見せることになったのだった。
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夕食の席で母と仲直りしてから二日目……、昨日は早く帰って母の前でお茶を点てた。そして今日、昼休みに……。
「薊ちゃん、今度の遊びに来る件についてなのですけど……」
「はい、咲耶様?どうかされましたか?……あっ!もしかしてご都合が悪くなられましたか?」
食後の寛いでいる時間に俺がそう話題を振ると皆が注目していた。しかも薊ちゃんの勘違いのせいで皆少々慌てている。予定変更になると思ったのかスケジュール帳を出している子もいるほどだ。
「ああ、いえ、誤解させるような言い方をしてごめんなさい。日時には問題ないのだけれど……、折角来ていただくのだから茶会でも開いてはどうかと母や師しょ……、先生にも言われたので聞いてみようと思ったのです。皆様いかがでしょうか?」
俺がそう言うと明らかに薊ちゃんの表情が引き攣った。俺は見逃していない。絶対引き攣った。というか今もやや引き攣っている。そのことから考えてたぶん薊ちゃんは茶道とか茶会とか苦手なんじゃないだろうか。俺も人様に見せられるようなものじゃないから薊ちゃんの気持ちもよくわかる。
出来れば薊ちゃん達の方から断って欲しい。そうなれば俺は自分に非がなく茶会をしないで済む。母の説得も容易になるだろう。
じゃあ最初から尋ねずに断られたと言って母を説得すればよかったと思うか?でもそんなことをして万が一にも最初から聞いていなかったなんて母の耳に入ったら大変なことになる。だから俺はきちんと聞いたけど皆が断ったということになるのが俺にとってベストだ。
「茶会ですか……」
チラリと見てみれば茜ちゃんもちょっと乾いた笑いで視線が泳いでいる。あれは茶会は嫌だということだろう。よしよし。いいぞいいぞ。派閥の長である薊ちゃんと切り込み隊長の茜ちゃんが反対ならほぼ反対で決まりだろう。
茶会は来る方も着物の用意とかがあるからいきなりこちらで決めるというわけにはいかない。こうして話し合って今回は無理だという方向に纏まれば……。
「まぁ!茶会ですか!良いですねぇ~……。是非そうしましょう!」
「「げっ…………」」
椿ちゃんの思わぬ言葉に薊ちゃんと茜ちゃんがご令嬢らしからぬ声を出していた。まぁそれは聞かなかったことにしておいてあげよう。それより問題は椿ちゃんだ。何故か知らないけど椿ちゃんだけやたら乗り気になってしまった。これはまずい……。
「咲耶様……、念のために確認しておきますが紅茶を飲んでおしゃべりするお茶会ではなくてお茶を点てる茶会ですよね?」
慌てて薊ちゃんが確認してくる。これで椿ちゃんがお茶会と勘違いしていたら今のうちに気付かせて訂正させようと考えているんだろう。
「はい。薊ちゃんの言う方の茶会です。皆様大丈夫ですか?」
俺も薊ちゃんの言葉を肯定しながらチラリと椿ちゃんを見てみれば……。
「いいですね。是非茶会にしましょう?新しい着物のお披露目にぴったりです」
うわぁ……。椿ちゃんは点てる方の茶会とわかった上で言ってるんだね……。他の皆は……。
薊ちゃんは若干白目を剥いているな。背景に『チーン』という文字が見える。茜ちゃんも視線が泳ぎまくっている。出来れば嫌だと顔に書いてあるな。他の子達はまぁまぁという所か。そう決まったら仕方ないという感じで合わせつつ、でも何気に着物の話をしている所を見ると椿ちゃん同様披露したい着物でもあるのかもしれない。
「咲耶ちゃんの茶会楽しみです。ねぇ?アザミ様」
「そっ……、そうね……」
「あはは……」
椿ちゃん一人だけ乗り気で薊ちゃんは魂が抜けて、茜ちゃんはもう苦笑いしか出来ないようだった。このカオスな状況は一体何だろう……。
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師匠の言った通りの茶会になってしまったから一応報告しておく。
「師匠の言われた通り茶会になりそうです……」
「そうか。ふむ……。よし!ならば今日から当日まで咲耶はここに住み込め!当日までにみっちり仕込んでくれるわ!」
いやいや……。何言ってんですか?このクレイジーニンジャは…………。
「まずこちらに住み込むことは出来ません。それに学園を休むわけにもまいりません。ほとんど茶会の経験のない子供の集まりですのでそこまで形式ばったものにする予定ではないのです……」
俺が出来ないというのもあるけど相手だってまだ六歳くらいの子供ばかりだ。母に点前を披露して茶会を開く許可はもらったけど俺も皆も初心者レベルなんだからそんな難しく考える必要はない。
「例えそうであったとしても……」
「師匠!師匠がいつも私に茶の湯は相手への気配り心配りが重要だとおっしゃられているのではないですか。初心者を相手にこちらが作法や形式を重んじては相手の負担になってしまいます!ここはこちらからあえてある程度崩した茶会にすべきです」
「むぅ……」
師匠は目を瞑って唸った。よしよし。そうそう毎回毎回言いくるめられてたまるか。俺が出来ないというのもあるけど薊ちゃんや茜ちゃんだって茶道は苦手なようだ。そんな相手にこちらがあまりに形式ばって持て成したら向こうの負担にもなってしまう。というのは言い訳で俺が出来ないだけだけどこれでいい。こう言えば師匠はあまり強く言えないだろう。
「しかしだな……」
「しかしもおかしもありません。そもそも百地流は伝統を重んじる保守的な流派ではなく常に新しいものを取り入れて変化していく流派であると師匠が言われているのではありませんか。今回の茶会はその新しい、今風のものを取り入れた茶会とします」
「ぬぅ……」
よし!勝った!師匠が反論出来ないようにいつも師匠が言っていることを逆手に取った理屈を考えてきていた。それがうまくいったようだ。ここまで大人しくなった師匠も珍しい。いつもこれくらいやり込められたらいいんだけど……。
「ならば咲耶がやろうとしている茶会をわしにも体験させてもらおうか。それを見て今後どうしていくか判断する」
えぇっ!?何で……。母にも披露したのに師匠にまでまたやるのか?
まぁいいか。俺のやろうとしている茶会は謂わば学校のクラブでやっているようなお気楽なものだ。こう言うと真剣に茶道をしているクラブに怒られるかもしれないけど、もっとこう……、気軽にやっているものを想定している。
俺の前世の学校では茶道部に似たナニカがあった。もちろん俺は参加したことはないけど少しだけそのクラブの活動は知っている。適当に部室に集まって、お茶を飲んだりお菓子を食べたりしながらべちゃくちゃとおしゃべりするクラブだ。一応多少の作法や何やということもしていたみたいだけどほとんどはそうやって過ごしていたらしい。
何故俺がそんなことを知っているかと言えば、まず部室の前を通りかかった時に開いていた扉からその光景を実際に目撃したこと。またその茶道部のようなナニカに参加している者達の教室等での会話を聞いたことがあること。止めに実際にそこに体験しに行った人の話を聞いたこと。
以上により前世の俺が通っていた学校にあった茶道部のようなナニカはそんな活動をしていた。俺が今度の茶会でやろうとしているのもそんな感じのものだ。無理に一つ一つ全て厳密に作法に則ってやろうというんじゃなくて、もう少し皆で和気藹々とあれこれ言い合いながら簡単にやろうという感じをイメージしている。
それなら俺が作法に疎いことも誤魔化せるし、恐らく茶道を苦手としているであろう薊ちゃんや茜ちゃんの助けにもなる。もしかしたらすごい本格的なものを想定しているかもしれない椿ちゃんはがっかりするかもしれないけど、主催である俺もそんなに出来ないし参加者もそれほど出来るかわからないからこんな感じが丁度良いはずだ。
「さぁ、ゆくぞ!」
「えっ!?今からですか!?」
師匠が立ち上がって庭の方へ出て行こうとする。もしかして今から師匠にお披露目するのか?母も別にそんなスタイルの茶会でも怒らなかったから師匠も怒らないとは思うけど……。っていうか師匠はかなり柔軟な思考の持ち主だからそういう現代のお気楽学校クラブ形式でも怒りはしないだろう。
ただ人に披露するようなものでもないし、許可が下りたとしてもまたあれこれと特訓させられる可能性が高い。もう二週間もないんだしほどほどにしてくれたらいいんだけど師匠は妥協しないからな。俺に茶の湯を仕込むと言い出したらとことんやらされてしまうだろう。
そうは言っても師匠がそう言っているんだから俺に拒否権はない。結局庭の茶室に行って薊ちゃん達とするつもりの茶会をそのまま披露したのだった。
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一応師匠もあれでいいと言ってくれた。ただこれからの百地流の修行は茶の湯が中心になる。やっぱり見せたらあれが甘いこれが出来てないと散々言われたからな。茶会自体はあれでもいいと言ってくれたけど俺の出来が悪いのは許せないようだ。
まぁ俺もいくら親しい友達ばかりと言ってもあまり恥をかくわけにもいかないし師匠が教えてくれるというのなら丁度良いと思うか。
心配なのはやっぱり椿ちゃんだな……。本気で本格的なものを期待しているのだとしたらがっかりさせてしまうかもしれない。気に入ってくれるなら良いけどもし怒らせてしまったらどうしよう……。
俺って本当に人付き合いとか下手で苦手なんだな……。それに人の気持ちも全然わからないタイプだし……。もうなるようになるしかないか……。