第四百三十七話「最終局面へ向けて」
「もうこの会議も必要ないんじゃないかな。私達はもう大丈夫だよ」
「……ん」
「…………いや、念のためにもう少し続けよう。油断するのはまだ早い」
完全に緩み切っている鬼灯と鈴蘭にそう告げる。最近の二人は周囲に友達も出来、イジメらしいイジメも受けなくなって気が緩んでいる。何より吉田花梨に依存している。これはまずい。危険な兆候だ。そう思った柾はとにかくせめてこの会議だけでも続けようと二人を説得した。
「ん~~~……、押小路君にもそれなりにお世話になったし……、そう言うならもう少しだけ……」
あまり気乗りしないという風ではあったが一応二人も納得してくれた。むしろ二人としてはもう何もないのにこうして柾まで巻き込み、何度も話し合っているのが申し訳ないと思っているのだが、柾はまだ何も終わっていないと確信している。だからこそここで気を緩めるのは早すぎると思っているのだ。
そして三人の秘密の会議の帰り道……、ソレを見かけた瞬間三人とも体中の毛が逆立ったような気がした。恐怖のあまり体が動かなくなりその場に立ち尽くす。
「「「――ッ!」」」
コツコツと、向こうから歩いてきたのは『完璧女帝』九条咲耶だった。後ろに多くのご令嬢を従え、優雅に歩く様は確かに一見何かの絵画や芸術作品のようにも思える。しかしその目を見れば、放つ覇気を感じれば、そんな感情など全て吹っ飛ぶ。
つり目がちな切れ長の目を細め、口元には冷笑を浮かべて、僅かに鬼灯達の方を見ながら余裕の表情でその前を歩いていく。鬼灯と鈴蘭だけではなく柾までもがその圧に押され、自然と歩く道を譲り壁際に直立不動になっていた。
「うっ!くっ!」
「――ッ!…………はぁっ!」
「ふぅ……」
壁際に寄った自分達の前を通り過ぎるまで、三人とも無意識に呼吸まで止めてしまっていた。女帝が通り過ぎてからようやく呼吸が戻った三人は汗でびっしょりだった。
「やはり……、何か企んでいると思う」
「うんっ!うんっ!まだ警戒してよう!」
「……ん!ん!」
柾の言葉に、今度は二人は素直に頷いてくれた。先ほどまでの緩み切っていた感覚など一切ない。女帝はこちらを見て笑っていた。何に笑っていた?そこに考えを巡らせると一つの答えに行き着く。
『今の状況も女帝の掌の上なのではないのか?』
考えてみればわかることだ。『内部生が女帝の意向に逆らうことなどあるのか?』……。答えはノーだろう。女帝に逆らう内部生などいるはずがない。ならば……、鬼灯や鈴蘭を受け入れている内部生達も女帝の意を受けて動いているのではないのか?
最初からずっと無視されているよりも、一度友達になったと、信頼関係が出来たと思わせてから裏切られた方がダメージは遥かに大きい。まるで悪魔のような所業だが、今すれ違った女帝を見ればそれくらいのことは平然と行う相手だとはっきりわかる。
「吉田花梨や四組の内部生達は女帝の指示を受けて河村と加田を裏切るために……」
「ううん、違う。そんなこと言わないで」
「……ん!」
柾の言葉を遮って、静かだがはっきりと鬼灯はそう言った。鈴蘭も怒った顔をしている。この二人は信じ切ってしまっているのだ。あるいはおかしいと思っていても吉田花梨を信じたい、皆を信じたいと思っているのかもしれない。だがそれで余計に傷つくのはこの二人だろう。
「わかった」
そう言いながら柾は納得も理解もしていなかった。ただ粛々と、証拠を固めて準備を進めるだけだ。この二人は深く傷つくかもしれないが、それを止める手立てはない。二人がそれを信じてしまっている以上は……。
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もう完全に鬼灯と鈴蘭も内部生グループに溶け込んで暫くが経つ。そんなある日の朝……。
「おはよう!」
「……ん!」
「「「御機嫌よう」」」
登校してきた鬼灯と鈴蘭がクラスメイトに声をかける。朝の挨拶が返ってくる。そんな当たり前の、しかし幸せな朝、鈴蘭はドンッという衝撃を受けて転んだ。
「…………っ」
「鈴蘭っ!?大丈ぶ……、あっ!」
後ろで転んだ鈴蘭を気遣って振り返った鬼灯は何かに足を取られ自分まで転んだ。何があったのか理解が及ばずに転んだ原因を振り返ると……。
「「「――ッ!」」」
それを見ていた内部生達も驚いた表情を浮かべている。そこには外部生貴族達がニヤニヤとしながら二人を見下ろしていた。
「あ~ら、陸上部なのに足腰が弱いみたいね。もっと鍛えた方が良いんじゃない?」
「足元にも注意しなくちゃ。上ばかり見てちゃ駄目よ」
「「「あははっ!」」」
「まぁ貴女達には地を這う私達なんて目にも入っていないんでしょうけど」
「「…………」」
状況から見て外部生貴族達が二人を転ばせたのは間違いないだろう。実際に足を引っ掛けられたとしてもその決定的瞬間は見えていなかった。それでもこれほどあからさまであれば間違えようもない。ただ決定的証拠がない以上は指摘しても水掛け論で終わりがなくなる。鬼灯と鈴蘭は黙っていることしか出来なかった。
そして外部生貴族達の言葉からその理由もわかった。これは彼女達の嫉妬なのだ。外部生貴族は貴族といっても内部生よりも一段低く見られている。それにまだまったく打ち解けておらず外部生貴族は外部生貴族だけで固まっている状況だ。そんな中で鬼灯と鈴蘭の二人だけが内部生貴族とよろしくやっていればどう思うだろうか。
それは面白いはずがない。
妬み、やっかみ、羨み、逆恨みする。自分達は内部生達に除け者にされているのに、あの二人だけうまく取り入って内部生のようなでかい顔をしている。そう映ってしまう。二人が内部生グループに接近出来たことは短期的にはイジメを防げたが、今度は外部生貴族達の妬み嫉みを受けることになってしまった。
「――ッ!」
「…………花梨?」
鬼灯と鈴蘭もわかっていた。いつかこうなるのではないかと……。外部生貴族達の態度が段々冷たくなってきていることは感じていた。しかし二人がイジメられている時に知らん顔をしていたのは外部生貴族達の方だろう。それなのにまるで『自分達を裏切って内部生貴族に媚を売っている』という逆恨みを受けてもお門違いも良い所だと思う。思うが逆恨みを抱いている相手には理屈など関係ない。
その状況を見て、花梨が真っ青になって教室を飛び出していた。鬼灯達は様子のおかしかった花梨をすぐに追いかけたいと思ったが、この状況で教室を出て行けるはずもない。追うことも出来ずに花梨を見送ることしか出来なかった。
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先日の女帝の冷笑が頭から離れない柾は朝から四組の近くを巡回していた。すると四組の教室から真っ青な顔をした吉田花梨が飛び出してきた。少しだけ四組を覗いてみれば、教室内で倒れている鬼灯達と、それを見下ろす外部生貴族、そして遠巻きに見ているだけの内部生貴族と、ニヤニヤ笑っている外部生一般生徒達。
一体何があったのかおおよその想像はつく。本来ならばまずは四組に助けに入るべきだろう。しかしここは心を鬼にして吉田花梨を追うべきだ。そう直感した柾はこっそり吉田花梨の後を追った。
「……九条様、……申し訳ありま……。……外部生貴族が……、二人…………。次なる作戦を……」
相手に悟られないように少し離れた場所からそっと聞き耳を立てる。そして聞こえてきた内容は衝撃的なもの、いや、予想通りのものだった、と言っても良いのかもしれない。柾は『やはり』と思った。
途切れ途切れのために内容ははっきりとしないが、吉田花梨の電話の相手は九条咲耶なのだろう。そして外部生貴族達があの二人を襲ったのも九条咲耶の差し金に違いない。その作戦の報告と、次なる作戦の指示を受けようと思って電話しているのだ。
ギリリッ!と柾の奥歯が鳴る。思いっきり歯を食いしばり、拳を握り締める。
本当なら今すぐ出て行って吉田花梨を締め上げ、九条咲耶の悪事を白日の下に晒してやるべきだろう。だがまだだ。まだその時ではない。今感情に任せて行動を起こしても失敗するだけだ。だから……、柾は自分の無力さを思い知らされながらも、静かにその場を後にしたのだった。
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四組の教室内での騒動があってから暫く……。あれ以来鬼灯と鈴蘭の身の回りには内部生が一緒にいることが多くなった。そのため今の所外部生達は貴族も一般生徒も表立って実力行使には出てきていない。しかしだからといって向こうが諦めたという意味ではない。ただ闇に潜み機会を窺っているだけとも考えられる。
いつもの三人の会議で二人に報告を受けた柾は影ながら二人を見守っていた。最近では鈴蘭も一人で帰らないように、鬼灯の陸上部が終わるまで一緒に待って帰っている。
今日も鬼灯の部活動が終わるまで待っていた鈴蘭と二人で帰ろうとしていた。そこへ近づいてくる影が一つ……。
「河村さん!加田さん!一緒に帰りましょう!」
「花梨……、待っていてくれたの?」
「……ん」
いつも鬼灯と鈴蘭の二人で帰っている。そこへ今日は何故か吉田花梨が合流してきた。いつも二人を見守っていた柾に緊張が走る。もしかして今日の帰りに……、何かするつもりではないのか?そう思った柾はいつも以上に慎重に二人の、いや、今日は三人の後ろをつけていた。すると……。
「――ッ!?」
『やはり』と言うべきか……。学園を出て人気のない路地へと入った途端に、三人の後ろをつける女子生徒がゾロゾロと姿を現した。そして……、その女子生徒達の前に現れたのは黒服達だ。四組の女子生徒達の前に黒服達が立ち、何か話している。恐らく鬼灯と鈴蘭の襲撃計画だろう。
いつもは現れない吉田花梨が今日に限って帰りに同行し、その帰り道で外部生一般生徒達が鬼灯達のあとをつけ、黒服達に何か指示を受けている。これはもう決定的な場面だ。そしてこのまま黙っていれば取り返しのつかないことになってしまう。
「…………」
口を真一文字に結び、覚悟を決めた柾はズンズンとその一団に向かって歩き出した。わざと気配がするように足音を大きくしたり、わざとらしく咳払いをしたりする。これで自分に気付いて襲撃を諦めてくれたら……。
女子生徒達はともかくこの黒服達は『プロ』だ。地下家とはいえ、地下家のトップクラスに君臨し、下手な堂上家よりも影響力も財力も持つ押小路家の柾だからこそわかる。あの黒服達は相当訓練された本物の『プロ』だ。中等科の子供が一人で立ち向かえるような相手ではない。
わざと自分の存在をアピールして、今日の襲撃を諦めさせる以外にこの場を凌ぐ手段はない。でなければ鬼灯達は……。女子生徒達に襲われるくらいならそれほどひどいことにはならないだろう。だがこの黒服達に車にでも押し込まれて連れ去られたら……。その先は考えたくもない。
「「「――!」」」
わざと足音も大きく、咳払いなどしながら近づいた柾に気付いた女子生徒達は慌てた表情をして蜘蛛の子を散らすように逃げていった。やはりいざ実行しようと思うと躊躇いもあったのだろう。人が近づいてきたことで逃げ出したに違いない。しかし問題はこの黒服達だ。プロならばそう簡単に諦めるとは思えない。
もしかしたら目撃者として自分も消されるかもしれない。あの二人を襲うつもりならばもう一人くらい増えても何とも思わないような相手である可能性が高い。
ドキドキしながら……、もしかしたら自分もやられるかもしれないと思いながら、しかし柾が通り過ぎても黒服達は顔も合わせることはなく黙ってすれ違った。もしかして安心させた所で後ろからやられるかとも思ったが、ずっと緊張しつつ鬼灯達を後ろから送っていった柾は、何もされることなく無事に家に帰れたのだった。
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黒服達が女子生徒達を使って何かしようとしていた。柾はかなり焦りを募らせ、翌日すぐに鬼灯と鈴蘭に話しかけた。
「これから暫く気をつけろ。それからあまり吉田花梨を信用するな」
はっきり昨日あったことを伝えてはいない。だが気持ちの焦っている柾は二人にはっきりそう言った。今までは自分が目を光らせておけば大丈夫かと楽観していたが、向こうがプロを使ってあんなことまでしてきた以上はもう笑っていられない。
いつもは一緒に帰らない吉田花梨が一緒になった日に急にあんなことがあったのだ。あれが『誰の差し金』で『何故いつもは一緒に帰らない吉田花梨があの日に限って待っていたのか』は明白だろう。しかし二人は首を振った。
「花梨は良い子だよ」
「……ん!」
「…………」
「「…………」」
「はぁ……」
暫く見詰め合っていた三者だったが、二人は絶対に折れないとわかって柾は肩を竦めた。二人は昨日の出来事を理解していない。だからこんな能天気に吉田花梨を信じられるのだろう。だがこのままでは本当に危険だ。どうにかして二人を守らなければ……。そう思っていた矢先、当の吉田花梨が現れた。
「あっ!河村さん!加田さん!お話があったんです!」
「…………」
駆け寄ってくる吉田花梨をじっと見詰める。確かにお人好しそうだが騙されてはいけない。本人が本当にお人好しだったとしても、上の者に命令されていればどんなことでも手を貸すだろう。それが貴族というものだ。
「実は今度親戚の家でパーティーがありまして……、四組の皆さんも全員そのパーティーに参加して親睦を深めようというお話になったんです。お二人も是非参加してください!」
「え?パーティー?う~ん……」
「……ん。パーティー苦手……」
「――ッ!?」
その言葉に、柾は驚愕に目を見開いた。二人は何も危機感を持っていないようだがこんな状況で四組を全員パーティーに呼び、集める。その意図が一体何なのか。それは明白だろう。その場では恐らく全員がこの二人の敵に違いない。パーティーそのものが罠なのだ。でなければこんな状況で、しかも四組を全員呼んでのパーティーなど正気とは思えない。
「そのパーティー……、主催者はどちらの家かな?」
「え?そのぉ……、萩原家です。萩原紫苑様です」
「…………」
柾は考える。どう考えてもこのパーティーは罠だ。しかも萩原紫苑と言えば昔何かを起こしたことがある問題の人物と聞いている。さらに九条咲耶とも何らかの関係があったらしい。しかも退学寸前だった萩原紫苑を退学させないように働きかけたのも九条咲耶だという。
ならば萩原紫苑は九条咲耶に恩があり、手を貸す可能性が高い。
「俺もそのパーティーに参加させてもらう」
「え?……えっと、私では決められません……。聞いておきますが確約は出来かねます」
「その場合は俺が直接その萩原紫苑という子の所へ行く。俺も参加させてもらうぞ」
「押小路君はそんなにパーティーに出たいの?」
「……ん。わたしはあまりパーティー得意じゃなぃ……」
そんな的外れなことを言って暢気に笑っている二人に危機感を募らせる。九条咲耶はここで決着をつけるつもりだ。そんな所へ二人だけでノコノコ出て行けば大変な目に遭わされる。それは先日の黒服達が姿を現したことではっきりした。
押小路柾は、同級生を救うため、そして犯罪者にしてしまわないために、そのパーティーへと乗り込む決意をしたのだった。




