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第三百九十話「無害をアピール」


 十二月も末が近づいてきた頃……。今日はついに茅さんを救い出す日だ。


 今日俺達が失敗してしまったら木槿一派の逆襲に遭うだろう。そうなれば当事者で事の発端である茅さんもどんな目に遭わされるかわからない。だから今日は絶対に失敗出来ない。失敗しても俺が恥をかく程度のことだったらどうでもいいけど、今回だけは失敗は許されないことだ。


『え~……、それでは時間になりましたので五北会による保護者説明会を始めたいと思います。高等科五北会会長、日野木槿君』


 高等科の講堂で潜んでいると開始の言葉がかかった。舞台袖に控えていた木槿が出て行ったのを見送ってから、俺も舞台袖へと移動する。


「それでは高等科五北会より、今回の設備工事に関する説明を始めたいと思います」


「少しお待ちいただきましょうか」


 木槿が壇上の演台に置かれているマイクで話し始めたので割って入る。このまま木槿に説明を続けさせていては今日やってきた意味がない。


 俺も舞台袖から出て演台の近くまで行くけどめちゃくちゃ緊張する。この場にいる高等科の全校生徒とその保護者達だけでもかなりの人数だ。それなのにさらにこの様子は初等科と中等科にも中継されている。木槿の方はこの映像が中継されているのを知らないだろうけど、俺達がやらせているんだから俺は当然知っている。


 こんな大勢に注目されて壇上を歩くだけでも緊張するというのに、ここにいる人の何倍もの人にまで同時に見られているかと思うと動けなくなりそうだ。でも俺が失敗したら茅さんが余計に危険に晒される。それを思って歯を食いしばって演台まで歩いた。


「あっ……、うっ……、え~……、何か用かな?九条咲耶さん?」


 俺が木槿の隣まで行くと困惑した表情ながらも話しかけてきた。まぁさすがに俺の顔くらいは覚えているか。これで『誰?』とか言われたら格好がつかない。木槿が俺の顔を覚えておいてくれてよかった。


「口の聞き方に気をつけなさい、日野木槿。『九条咲耶様』でしょう?」


「――ッ!!!」


 俺はまずペースを握るために先制で仕掛ける。ここで和気藹々と木槿と普通に話していても意味はない。今日俺は木槿を断罪し茅さんを解放する。そのためにはニコニコフレンドリーに話しかけていては駄目だ。


 俺は本来人と衝突するとか、争うということが苦手だ。本当なら俺に不利益があることでも、その相手と喧嘩して揉めるくらいなら、多少の不利益を蒙っても曖昧に愛想笑いしてなぁなぁで済ませてしまいそうになる。でも今回だけは……、俺はそうするわけにはいかない。


「随分な言葉だ……、ですね……。『九条咲耶さん』?君はもっとよく出来た子だと思っていたけどどうやら僕の買い被りだったようだ……ね」


 木槿が頬をヒクヒクさせながらそんなことを言う。六年も年下の小娘に偉そうに言われて腹を立てているんだろう。本当なら顔を真っ赤にして怒鳴りたい所なのかもしれないけど、これだけの衆人環視の中だから我慢しているんだろう。


 日野家は財力だけで言えば七位、八位くらいに入る家だ。でもいくら名家の最上位クラスで、一門、門流がたくさんいて影響力があるとしても、家格の上では良くて十七位くらい?まぁ二十位以内というところだろう。


 いくらお金があっても五北会の中では非正規メンバー扱いで軽んじられてきたはずだ。それに慣れてはいるだろうけど苦々しく思っているであろうことも想像に難くない。それをこんな小娘に指摘されれば頭に血も昇るだろう。


「ええ、そうですね……。家格が多少劣るとしても、年上の男性を敬う態度が取れないようではご令嬢失格……、などとお考えなのでしょうね?」


「なっ!?」


 俺が木槿が考えているであろうことをズバリ言ってやると驚いた顔をしていた。でも何も驚くことはない。こいつが家格にコンプレックスを抱いていることくらいすぐにわかる。


 俺は木槿と付き合いはほとんどないけど、兄が入学してきても会長の職を譲らなかったり、茅さんのように自分より僅かに上の家格の女性に妙にこだわっていたり、これまでの言動から木槿は、家には財力はあっても家格などが低く軽んじられているというコンプレックスがあるのはみえみえだった。


 コンプレックスを持っている者がそのコンプレックスを小馬鹿にされたように言われたらどうなるか。考えるまでもない。簡単に頭に血が昇って扱いやすくなる。


「確かに貴方の考えられている通りでしょう。ですがそれは普通の殿方がお相手の場合の話……。貴方の如き犯罪者に払う敬意などありません」


「なっ、なんだとっ!?」


 ほらね。簡単に本性を現す。今までは丁寧な口調を心がけようとしていたようだけど、少し挑発したら簡単に本性を現した。木槿は怖い顔で俺を睨んでいるつもりだろうけどまったく怖くもなんともない。俺はこれだけ大勢の人の前に立つことには緊張するけど、木槿のようなボンボン育ちが睨んできても何も怖くない。


 さすがにうちの母とか近衛母とかのような、長年五北家のような家を支えてきた所謂『女傑』達に睨まれたら縮み上がるけど……。師匠やうちの母や近衛母に比べれば木槿など子犬が吠えているほどにも感じない。


「僕のどこが犯罪者だと……!」


「あら?ご自覚がなかったのかしら?よろしいでしょう。それでは貴方が取るに足らないつまらない犯罪者であることを、この場におられる方々にも見ていただきましょう」


「…………は?」


「こちらは貴方と貴方の手下達がとある生徒を脅し暴力を振るっているシーン。こちらは貴方と貴方の手下達が女子生徒に強引に迫っているシーン。こちらは……」


 木槿があまりにこちらの想定通りに動いてくれるから笑いを堪えるのが大変だ。俺達は綿密に打ち合わせしていたけど、当然木槿とは打ち合わせなどしていない。それなのにまるで俺達と打ち合わせをしていたかのようにシナリオ通りに動いてくれる。


 事前に準備していた俺達はスクリーンに写真や映像を流す。これらは俺達や兄が用意していた証拠のほんの一部だ。それに加えて迫られていた当事者である茅さんにも出てきてもらって色々と証言してもらった。他にも暴行を受けていた生徒も証言しても良いと言ってくれている子がいるけど、それは最終手段に取っておく。


 茅さんを救うためだから茅さんに手を出したらどうなるか全校生徒にも思い知らせる必要がある。でも暴行を受けていた生徒にまで証言してもらったら、この集会が終わった後に木槿一派に逆恨みでまた襲われたりするかもしれない。出来るだけそういうことがないように注意はするけど、裏でやられたら止められない可能性もある。


「なぁっ!?やっ、やめろ!誰だ!映像を流している者!今すぐ止めろ!」


「こんなものは数々の証拠のほんの一部にすぎません。証言しても良いと言ってくださっている被害者の方達もおられます。おわかりいただけましたか?皆様。これがこの日野木槿という男です」


「「「「「…………」」」」」


 木槿一派の悪行を白日の下に晒して会場の反応を窺う。皆黙ってるけど疑っているという様子ではない。皆そうだろうなと思っているかのような反応だ。これも想定内なので別に慌てる必要はない。


「貴方は私の大切な人に迷惑をかけました。貴方のような方に五北会会長は相応しくありません。よって貴方を『処分』致します」


 最後に、皆が用意してくれていた台詞を言う。今回の俺の振る舞いのほとんどは皆が演出として考えてくれたものだ。何回もMDKを開き、演出や台詞を話し合って決めた。俺は『処分』なんて言葉は何か物騒だし変な勘違いをされたりしないかと言ったんだけど、皆はこれは絶対に外せないと言っていた。


 俺みたいななんちゃって令嬢じゃなくて、グループの本当のご令嬢の皆がそう言うんだからきっとこれでいいんだろう。


「――ヒッ!」


 今まではあまり怖がらせないようになるべく大人しく進めてきたけど、最後だけ少し睨む。あまり俺が甘い顔ばかりしていたら舐められて効果がない可能性もあるから……。ほんのちょっとだけ脅しの意味を込めて木槿を睨むと……、えらいことになってしまった……。


 木槿はお腹でも痛いのを我慢していたのか、大小を垂れ流し、白目を剥いて変な痙攣をしながら倒れてしまった。何か変な病気とかじゃないだろうな?ちょっと床が汚れて、高等科の教職員も慌てているけど最後はきちんと締めておかないと……。


「私の大切な方々に手を出した者がどうなるのかよく覚えておきなさい。相手が誰であれ容赦しません」


「「「「「…………」」」」」


 講堂の生徒達や保護者達の方へ向き直って、扇子を一際大きく鳴らしてから決めていた台詞を言う。演技だと思えばこれだけの人に観られていてもちょっとだけ平気な気がする。


 あまり俺がやりすぎて、ゲームの『恋に咲く花』の咲耶お嬢様みたいに悪役令嬢だと思われたら大変だ。一応皆にも『俺達の大切な人に手を出したら泣き寝入りせず戦うぞ』と宣言はしておくけど、あまり怖がらせないようににっこり微笑んでおく。


 ゲームの主人公(ヒロイン)も咲耶お嬢様断罪の時に、最後ににっこり微笑んで綺麗事を言ったら皆から賞賛されていたし、俺もきっとこれで悪役令嬢だなんて思われないだろう。『咲耶お嬢様は普段気弱で無害な普通のご令嬢ですよ~』とアピールしておいたからきっと大丈夫。




  ~~~~~~~




 倒れた木槿が運ばれていき、床も清掃されて再び壇上にあがる。もう俺は前に立つ必要はないと思うんだけど、兄や皆が最後まで前に立っていた方が良いというから従った。もちろんこれもMDKで事前に決められていたことだ。


「日野木槿君は五北会から除名、会長も解任されたのでここからは僕、九条良実が説明させてもらうよ」


 兄が演台のマイクで説明会の再開を宣言する。俺は兄の隣に立ってニコニコしているだけだ。さっきはちょっと年上の男性を断罪するなんていう、俺のようなか弱いご令嬢がするべきことではないことをしてしまった。さっき皆に向けてニッコリ笑っておいたから大丈夫だとは思うけど、出来るだけイメージ回復をしようとさらに努める。


「まず今回の設備について、最初に発議したのはここにいる僕の妹、九条咲耶だということは覚えておいて欲しい。今回の設備建設を主導したのは九条咲耶だよ。各科の音響設備に関して咲耶は老朽化と設備不足を指摘した。その結果今回の設備刷新と新ホール建設が決定したんだ」


 …………は?


 隣に立つ兄の言った言葉の意味がわからずにそちらを凝視してしまった。兄は今何と言った?『新ホール建設』とか言わなかったか?何を言っているんだ?


「旧食堂跡地の再利用と、各科に不足していたホールの新設を行うことが五北会の会議で決定した。以下その概要を説明する。各科、各校舎の既存放送設備の刷新、各二億円。各科の旧食堂跡地に小ホール建設、各十五億円。高等科と大学の間にある広い空き地に大ホール建設、百五十億円。合計二百一億円規模の事業とする」


「…………え?」


「工期は設備刷新が長期休暇を利用して集中的に、小ホールが二年、大ホールが三年。工事開始は今年度中に設計を完了し終わり次第取り掛かることとする。完成後の年間維持費は推定五億から七億。今後維持費のために大ホールに関しては一般への開放やイベントの受け入れも検討する」


「…………え?」


 待て……。待て待て待て!何だその莫大な金額は!?というか小ホールだの大ホールだの建設って何?


 俺が校長や理事長と話したのは音響設備が古いとかそんな話じゃなかったのか?俺が言ったのは学校に設置されているスピーカーが古くなっているとか、放送設備や機材が古いとか、そういうつもりだった。校長達がそういう風に勝手に理解してくれたから、俺もそれに乗っかっただけだ。それなのにホール建設って何?


 ちょっと待って欲しい。俺が考えていたのは精々『各科、各校舎の既存放送設備の刷新』という部分くらいだ。それ以外のことは考えていなかった。しかもそれだけでも二億の見積もりってどういうことだよ。そんなにするのか?


 まぁ……、設備機材だけでも最新のものに刷新したら数千万くらいはかかる……、んだろうか?それに各教室などのスピーカーまで変えたり、もしかしたら配線もやり直さなければならないかもしれない。それを考えたらそれくらいはかかるのか……。


 俺はもっと気軽、お手軽なちょっとした放送設備の刷新くらいしか考えていなかったのに……。どうしてこんな大事になってしまったのか……。その後も兄は色々と説明していたけど俺の頭には入ってこなかった。


「咲耶ちゃん!格好良かったわ!お姉さんのために頑張ってくれてありがとう!」


「むぎゅぅ……」


 呆然としている間に兄の説明も終わり壇上から舞台袖に下がると茅さんに抱き締められた。木槿断罪の時には茅さんにも表に出てもらって証言してもらったけど、その後は下がってもらったままだった。


 何か俺が思っていたのとは随分違う展開になった部分も多かったけど……、茅さんがこうして解放されて喜んでいるのなら、俺もあんな慣れない断罪役なんてやった甲斐があったというものかもしれない。



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― 新着の感想 ―
獅子は猫科ではあるけど猫じゃないんですよ咲耶様
[一言] 咲耶様、笑顔というのは本来攻撃的なものらしいですよ。。、
[一言] そして深く考えることを(ry
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