第三百七十九話「無自覚、無防備、無頓着」
俺達の修学旅行も無事に終えて暫くが経ち、十一月も終わりが近づいてきた頃、俺はあることに考えを巡らせていた。
「やはり……、茅さんは無防備すぎます!」
修学旅行から戻った後のサロンでの出来事……。睡蓮や竜胆が茅さんの体にベタベタ触ったり、色々なことをしていたのに茅さんはまるで気にも留めていなかった。もちろん相手が睡蓮や竜胆だったからというのもあるだろう。でもそれで違和感というか危機感というかを覚えた俺はここの所茅さんを観察していた。その結果わかったことは茅さんは無防備すぎるということだ。
無防備というのか、無頓着というのか……。とにかく茅さんは自分のことに関してあまり関心がないのか自覚がなさすぎる。きっかけはもちろんあの日に睡蓮や竜胆が茅さんに色々していたというのに、茅さんはそれを気にすることなく夢中でおしゃべりに熱中していたことがきっかけだった。
それから気になって観察してみれば、茅さんは胸とか太腿とかお尻とかを触られてもあまり気にしない。もちろん今まで観察してきた相手はサロンに居るような子達ばかりだ。俺が茅さんと会えるのはほとんど放課後のサロンだけであり、それ以外の時間についてはわからない。
ただサロンで睡蓮や、竜胆や、薊ちゃんや皐月ちゃんといったいつも集まるメンバーに、ちょっと体を触られてもまったく意に介していない。
相手が同性の女の子だからとか、睡蓮や竜胆は性的な意味で触っているわけじゃないというのはわかる。俺だって睡蓮や竜胆が甘えてくっついてきても性的に興奮したりはしないし、向こうだってそんなつもりでしているわけじゃないというのはわかる。でも茅さんの場合はそんな比ではないように思う。
俺だったら性的に触られているわけじゃないとわかっていても、やっぱり睡蓮や竜胆が動いた時に胸や太腿やお尻を触られたら気になるし意識してしまう。でも茅さんの場合はまったく意に介した様子はなく、むしろ蚊が止まったほどにも注意していないような気すらしてしまう。
いくら相手が同性の女の子だとしても、茅さんは自分のことに関してあまりに無頓着すぎやしないだろうか。
はっきり言って茅さんはかなり綺麗だ。俺の本心から言えば茅さんは物凄く美人だと思う。しかもとても良い家のお嬢様で作法などに関してはそれなりにしっかりしている。
まぁ作法のしっかりしているご令嬢がサロンの扉をぶち破る勢いでバーンッ!と開けて押し入ってきたりはしないだろうけど……。あれは出来ないのではなくする気がないためだ。茅さんはパーティーに行けばちゃんとテーブルマナーも守っているしダンスも出来る。
日ごろ大雑把というか、あまりお嬢様らしくない所があるのは本人がそれで良いと自分の中で決めているからであり、そうしなければならないという場面ではきちんと出来ている。
性格が少々思い込みが激しいというか、思い込んだら一直線というか、少し変わった所はあるけど、それさえなければ普段はとても面倒見の良いお姉さんと言える。だからこそ睡蓮はあれほど茅さんに懐いているんだろうし、竜胆だって茅さんのことを嫌いなわけじゃない。むしろこの前のことから竜胆も結構茅さんに甘えたかったのかもしれないとすら思った。
スタイルもよくて、体は全体的に細いのに胸の主張はかなり激しい。痩せ巨乳なんて二次元だけの架空の存在だ!と俺も思っていた。思っていたけど実在したんだ……。茅さんはまさに痩せ巨乳と言って差し支えない。
思い込みの激しい部分さえ知らなければ、茅さんは美人で、スタイルも良く、面倒見も良い、良い所のお嬢様で、本人の作法などにも一切問題がない。こんなパーフェクトなご令嬢はそうそういないだろう。
実際家柄も込みだろうけど茅さんを狙っている男も多いと聞く。ちょっと変わった性格なことを除けば、それさえ知らなければ結婚の申し込みが殺到しても当然だろう。それなのにそんな茅さんが自分自身の人気の高さやスペックの高さに自覚がない。
体を触られても気にしない。写真を撮られても気にしない。こんな美人な現役高校二年生が無防備にしていたら、絶対善からぬことを企む男達が大勢いるはずだ。というか、もし俺が前世で茅さんを遠くから眺めていたら、きっと色々と善からぬことを想像していたに違いない。実行することはないとしても想像くらいはね?
「これは少し調査する必要がありそうですね……」
俺は今まで茅さんの私生活などについてあまりに知らなすぎた。茅さんが自分の魅力に無自覚で無頓着なのを良いことに、茅さんのイヤンな写真を撮ったり、ドサクサに紛れてボディタッチしている男とかたくさんいるんじゃないだろうか?俺はそれを想像すると胸がムカムカしてとても気分が悪い。
睡蓮や竜胆とか薊ちゃん、皐月ちゃん達が茅さんに触るのは良い。あるいは最悪でも同性の子達がそういうつもりもなく少し触る程度なら気にならない。でも野郎ども!てめぇらは駄目だ!汚い手で茅さんに触るんじゃねぇ!
「うん!やはり調べましょう!」
そうと決まれば早速行動開始だ!
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「どうして初等科を休んでまで平日に高等科の見学に行く必要があるのですか?それもこれから上がる中等科ではなく何故高等科なのです?」
「いやぁ……、それは……、そのぉ……」
夕食の時間に両親に、平日に授業を休んで高等科の見学に行きたい、と言ったら母にこう返されてしまった。そりゃそうだよな。その通りだ。
例えば高校や大学に進学する前に見学に行くというのはあるだろう。でもそれは日も決まっていたりするし、学校から指定された日に行ったりする。まぁ大学の場合は別に日が決まってなくても自由に行けるだろうけど、高校の見学とかだと同じ中学校の子達が集まって決められた日に行ったりするだろう。たぶん?そりゃ学校とかによって色々違いはあるだろうけどそう大きく違いはないはずだ。
俺がもうすぐ中等科に上がるから中等科の見学をしたいというのならわからなくはないかもしれない。エスカレーター式に上がる藤花学園でわざわざ中等科の見学に行く生徒はいないだろうけど……。それをさらに中等科ではなく高等科の見学に行きたいと言っても何を言ってるんだと言われるのは当然だろう。
「え~……、平日にこっそり行きたいのは……、用意されて取り繕った姿ではなく、本当の日ごろの姿を見たいからで……」
ちょっと苦しいかもしれないけどこれには説得力があるだろう。学校見学の日に行ったとしてもそれは受け入れ側もその日のために色々と準備して取り繕っている。日ごろの本当の姿を見ようと思ったらそういう日に行っても本当の姿は見られない。
だから学校見学の日ではなく普通の平日にこっそり行きたいというのはそれなりに説得力がある。でも何故中等科に上がるのに高等科を見に行くのかという説明は何一つ出来ていない。これは駄目かと思ってチラリと母の方を見てみれば……。
「はぁ……。わかりました。学園にそのように伝えておきましょう。『初等科を休んだ』上で『堂々と高等科を歩き回る』ことが出来れば良いのでしょう?」
「えっ……、いや……、あはは……」
何か母には見透かされている気がするな……。何故俺が平日の高等科を歩き回りたいのかはわかってないだろうけど、俺がただ単純に学校見学で高等科に行きたいわけではないというのはバレバレらしい。
まぁさっきも言ったけど藤花学園は大学までエスカレーター式だから、よほどのことがない限りは大学まで自動的に上がれる。しかも校舎も同じ敷地に隣接しているからわざわざ見学に行く生徒はいない。用があれば自由に行き来出来るんだからな。茅さんが毎日初等科に来ているんだから行き来が簡単なことはわかるだろう。
「えっと……、よろしいのですか?」
自分から何がとは言わない。でも母は俺がただ本当に学校見学に行きたくて言っているわけじゃないということは気付いている。それなのに許可してくれるというのは本当に良いのか?と聞いていることくらいわかるだろう。
「どうせ駄目だと言えばまた別の手段を考えるのでしょう?何を企んでいるのかは知りませんが、最初に考えられる最善手を拒否すれば、その後でどんな無茶をするかわかりませんからね……」
「それは……、その……」
母の呆れたような表情に何とも言えない。確かにこれは俺が今まで考えて一番良いだろうと思った方法だ。他にもいくつか強硬手段も考えたけどそれらはあくまで最終手段。出来ることなら穏便に済ませようとひねり出したのが今回の提案だ。
でも母が言うように、もしこの学校見学の提案が蹴られたならば、俺は他の手段を選んででも高等科に向かうことになっていただろう。その時は今よりも無茶な手段や強硬手段を使うことになっていたかもしれない。
母からすれば自分の知らない所で勝手に無茶をされるよりは、まだ自分がコントロール出来る所で俺が行動している方が安心ということなんだろう。
それにしても前世では学校を休むというだけでも何か悪いことのように言われていたけど、今生では学校の授業を休んでも当たり前みたいな所がある。前世では学校や会社を休むのは悪いことだという風潮が強かった気がする。
今生では家柄が家柄だけに用事があって何日も空けるから学校に行けないとか、何かの会合やパーティーに出席するために学園を休むなんてザラにある。体調が悪くても無理して行けと言われることもない。どちらが良い悪いというつもりもないし、立場や条件が違うんだから同列には比べられないけど、こういう所も前世とのギャップに戸惑ってしまう。
「ですが貴女が自由に何をしても良いという意味ではありませんよ。まずは学園と話し合って、学校見学という形で貴女が初等科の授業を休んで高等科を歩けるようにします。日時も話し合って決めるので勝手に行動しないように、それまで大人しく待っているのですよ」
「はい。ありがとうございます」
何か俺は信用されてるんだか、信用されてないんだかわからないな……。俺だって子供じゃないんだから、今良いと言われたからと明日から勝手に動き回ったりはしない。まぁ母から見れば俺は子供なんだろうけど……。
母は学園と話し合って日時を決めると言ってるけど、その話し合いがこじれることは心配していない。茅さんは杏が学園のカメラマンとして同行しても出席や授業の免除がちゃんとあると言っていたけど、あれだって学園から許可が出てるんじゃなくて正親町三条家が学園に圧力をかけて許可させているんだろう。俺だってそれくらいはわかる。
正親町三条家が学園に圧力をかけてそんなことを認めさせられるんだから、九条家だって学園にそのくらいのことは認めさせられるだろう。だから実質的には話し合いというか、九条家の要求を伝えるだけということになる。
校長や理事長達は母や茅さんに無茶な要求ばかりされて大変だろうな……。初等科の校長と高等科の校長は別の人だからまだ負担は軽いかもしれないけど、何があっても結局話が自分に回ってくる理事長は一番大変かもしれない。校長はそれぞれいるけど藤花学園の理事長は一人だからね。
とりあえず母が学園と話をして日時を決めて、その日だけ初等科の授業を休んで高等科を見学という名目でうろうろして良いことになった。丸一日は欲しいと言ったからそれはどうにかしてくれるだろうけど、何日も都合をつけてくれるわけじゃない。茅さんのことを調査するつもりならその一日で決着をつけなければ……。
「くれぐれも先走って一人で勝手に行動するのではありませんよ」
「はい。わかっております。それでは部屋に戻ります」
最後にまた母に釘を刺されてしまった。俺はそんなに信用がないのか?わざわざこちらが正面から相談したというのに随分信用されていないような気がしてしまう。
まぁ……、今までの行いが行いだから自業自得か……。それでも許可してくれているだけ母はまだ俺を信用してくれている方なんだろう。釈然としないけど……。
とりあえず部屋に戻ってベッドに寝転がって考える。学校見学という名目で高等科をうろつくチャンスは貰えた。ただ一日で茅さんの身の回りを全て調べるのは難しい。かといってこれ以上日を増やしてくれと言っても無理だろう。だから効率的に必要な調査を行わなければならない。
「う~ん……」
以前高等科に侵入……、って別に入っちゃいけないわけじゃないけど、忍び込んだことがあるから大まかな間取りは覚えている。あの時は自分に必要な部分だけしか気にしてなかったけど、それでもある程度は全体像も覚えているし、隠されている情報じゃないから調べて覚えるのは簡単だ。
日が決まるまでは当日の茅さんの授業スケジュールもわからないし……、事前に準備するといっても今すぐ出来ることは少ない。でもただゴロゴロしているだけでも時間の浪費だし、とりあえず隠れる場所とか調査しやすい場所のピックアップから始めるか。




