第三百六十八話「二日目、三日目・裏」
二日目は簡単な観光を終えて、今日明日と宿泊する施設へとやってきた。明日の宝探しのために今日は軽く施設付近を歩いて戻ると、キャンプ場でバーベキューの用意が進んでいた。
「それでは皐月ちゃんのチームは食材をカットしてください」
「「「はい」」」
咲耶の指示に従って全員がてきぱきと動く。いや、女子がてきぱきと動く。男子、というか近衛伊吹は林間学校の時と同様に、火の番という名の放置だ。それをさらに見守る鷹司槐と、実際に二人を監視している錦織柳という構図は前回から何も変わっていない。
普通なら男子も働けと不平不満に思うのかもしれないが、少なくともこの班においてそんなことを思う女子はいなかった。何故ならば近衛伊吹や鷹司槐が何かすれば事態が悪化することはあっても、何かの足しになることはないと知っているからだ。それならば大人しくしてくれている方がまだしもマシというものだろう。
「どうして咲耶ちゃんってこんなことまで出来るんでしょうね?」
「え……?それは……、咲耶ちゃんだから?」
皐月達は食材をカットしながらヒソヒソと話し合う。別に悪口を言っているわけでもないし、聞かれて困ることを言っているわけでもない。ただ作業中に大声で話しているのもどうかと思うから小声で話し合っているだけだ。
「お料理を習っている子はそれなりにいると思いますが……、バーベキューの指揮が出来るのは……」
「それはまぁ……」
咲耶グループはこの国において最上位に位置するような家のご令嬢達の集まりだ。多少家格の劣る家の者もいるとはいえ、それでも上位百以内に入るとか、そういったレベルになる。この中で芹の樋口家だけはかなり下になるが、地下家でも世間的に見れば十分以上に良家の育ちのご令嬢と見られる。
芹は飛び抜けて良家のご令嬢ではないから身の回りのことを自分でしているし、料理や家事なども身につけている。皐月の家はこの国でもトップテンに入るような家だが、皐月は教養の一環として料理を習っている。
良家のご令嬢の教養として料理を習う者はいるが、バーベキューというか、野営や野外料理に詳しいご令嬢はまずいないだろう。
もちろん薊や皐月達のような超上位の家の子女でもバーベキューやキャンプくらいはしたことがある。しかしそれは自分達が汗を流して行ったものではない。家の者達が用意してくれたものを野外で楽しんでいるだけで、実際に本人達がバーベキューやキャンプをしたとは言えないようなものだ。
それなのに咲耶はてきぱきと指示を出し、やり方を説明し、効率的に準備を進めている。相当手馴れていなければここまで細かく具体的かつ有効な指示は出来ないだろう。
去年の林間学校の時点ですでに咲耶は今と同じように指示を出していた。林間学校や修学旅行のために事前に家で予習復習や練習をしていたのかもしれないが、それにしても随分手馴れている。
「まぁまぁ。咲耶ちゃんの言う通りにしていれば、他の班と違っておいしいお料理がいただけるのですから」
「そーだよー!おいしくできて、おいしく食べられたらいいんだよー!」
結局そこに行き着く。別に咲耶のことについてとやかく詮索するつもりはない。ただ、こうして咲耶といられる時間を大切にし、良い思い出が出来ればそれでいいのだ。そしてその思い出の中で皆で楽しくおいしいバーベキューが楽しめれば言うことはない。
「さぁ、それでは焼き始めましょうか」
「「「はーい!」」」
あっという間に下準備が終わった咲耶の班は、他の班に先駆けて早速バーベキューを始めたのだった。
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バーベキューを終えてホテルの部屋に戻った一行は咲耶を抜いて作戦会議を開いていた。
「今日も協力するってことでいいのね?」
「ええ」
「うん!」
一日目の入浴や就寝はうまくいった。しかし消灯してからはお互いに牽制し合ったまま誰も動けず成功だったとは言い難い。それを引き摺ってお互いの協力関係までひびが入ったかに思えたが、それでも皆はまずは入浴に関しては協力し合おうという結論で落ち着いた。
「さぁ咲耶様!今日もお風呂へ向かいましょう!」
「えっ!えぇ……」
視線を逸らしてあまり気乗りしていないような曖昧な返事をする咲耶を、引っ張り、押して、無理やり脱衣所へと連れてきた。今日のホテルは昨日の旅館と違って温泉ではないが、それでも大浴場にクラス単位で固まって入ることになっている。
周囲が服を脱いで入浴の準備を進める中、咲耶一人だけ少し逡巡しながら篭の前で固まっていた。
「咲耶ちゃんー!早くはいろー!」
「お召し物を脱ぐお手伝いをしましょうか?」
「――ッ!?だっ、大丈夫です!」
少しそう言って挑発すると咲耶はすぐに服を脱ぎ始めた。一度脱ぎ始めるとあとは早い。覚悟を決めた咲耶の行動力は凄い。あっという間に服を脱ぎ捨て、まるで芸術作品のようなその洗練された肢体を惜しげもなく晒してくれる。
「それではまいりましょうか」
「「「はい」」」
余裕の表情を浮かべた咲耶に続いて皆で浴場に入る。すでに入っていたクラスメイト達の視線も昨日に引き続いて咲耶に釘付けになった。クラスメイト全員から『ほぅっ』と溜息が漏れる。そのあまりの美しさを今日も見ることが出来る幸運に、このクラスになれてよかったと心の底から全員が思った。
「そうだわ。薊ちゃん、昨日は私の髪を乾かしてくれたから、今日はお礼に私が薊ちゃんの背中を洗ってあげるわね」
「えっ!?さっ、咲耶様?」
ポンッと手を叩いて、良いことを思いついたとばかりにそう言う咲耶に薊の方が慌てる。咲耶が積極的になってくれることは咲耶グループの方としてもウェルカムのはずなのに、何故かそう単純に喜べない。何か得体の知れない期待と不安が襲ってくる。
「さぁさぁ。ここに後ろを向いて座って」
「いや、あの……、ちょっ!咲耶さ……、まぁぁ~~~~っ!」
ストンと座らされた薊はクルリと咲耶の方に背中を向けさせられ、ザーッと一度お湯をかけられてからそっと咲耶のしなやかな指で触れられた。それだけで得も言われぬ快感が駆け抜ける。
「薊ちゃんのお肌……、とっても綺麗で、すべすべで、触っているだけで気持ち良いわ」
「ひあぁっ!」
そっと、後ろから体が密着するほどに近づいてきた咲耶が、薊の耳元でそんなことを言う。ふっと耳に息を吹きかけられているようなその囁きに、薊はゾクゾクとした感覚に襲われ素っ頓狂な声を上げてしまう。
「それじゃ洗うわね」
「あぁ……」
折角背中に触れていた咲耶の胸が、肌の温もりが、一度離れてしまった。そのことに落胆の声が漏れたのも束の間、すぐさま泡立てた手が薊の背中を這い回り、その快感にまた声が漏れた。
「あっ!あっ!ああぁっ!さっ、咲耶様ぁ~~~っ!こっ、こんな……、あはぁっ!」
咲耶の指が薊の背中を這い回るたびに声が漏れてしまう。こんなものを知ってしまったらもう普通の生活に戻れない。もう咲耶なしの人生など考えられない。
「しゃ、しゃくにゃしゃまぁ~っ!あっ!ああああぁぁぁ~~~~~っ!」
ザバーッと最後にお湯で泡を流されて、薊はくったりとその身を後ろの咲耶の方に預けてしまった。それを咲耶が体で受け止めてくれる。咲耶と体が密着している。それもまた凄いことのはずだが、今の薊は余韻に浸っていてそれどころではない。
「あっ、薊ちゃんだけずるい!私も!私だって昨日咲耶ちゃんの髪を乾かしましたよ!薊ちゃんがそんなことをしてもらえるなら私だって……」
「そうですね。蓮華ちゃんも昨日してくださいましたし、それでは薊ちゃんと交代しましょうか」
「…………え?」
咲耶と薊の背中流しを見ていた蓮華が、昨日薊と一緒に咲耶の髪を乾かしたのだから自分もと言うと、咲耶はあっさりそれを了承した。まさかこんな簡単に了承されるとは思っていなかった蓮華の方が困惑する。
しかも言ったは良いがまさかして貰えるとも思っておらず、またその覚悟もなかった。まさか……、皆の前で……、今の薊のような痴態を自分も見せなければならないのか……。そう思うとむしろなかったことにしたい。
咲耶に背中を流してもらえるのならば流してもらいたい。薊がとても気持ち良さそうにしていたのを見てその快感にも興味はある。だがそれはあくまで咲耶と二人っきりで味わいたいのであって、こんなクラス中の目がある中であんな痴態を演じるのは恥ずかしい。
「さぁ蓮華ちゃん。それでは次はこちらに」
「ひあぁぁっ!」
くたりとしている薊を他のメンバーに任せて、咲耶は蓮華を逆の隣に座らせた。その時に少し触れられただけで蓮華は声を上げてしまった。ちょっと座るのに触られただけでこれだ。もし薊のように背中を流されてしまったら一体どうなってしまうのか。期待と不安と恥ずかしさで蓮華はカチカチに固まってしまった。
「それではいきますね」
「あっ!あっ!あぁっ!こっ、これが……、これがぁ~~~っ!咲耶様の背中流し!はぁ~~~んっ!」
泡立てたしなやかな指で背中を丁寧に洗われて、蓮華もまたこの世のものとは思えない快感を味わったのだった。
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薊と蓮華はぽーっとしたまま、咲耶に完敗を喫したグループメンバー達は部屋に戻って密かに話し合いを行っていた。
「まさか咲耶ちゃんがあんな大胆な行動に出るなんて……」
「それに薊ちゃんと蓮華ちゃんがまだあの状態のままよ……」
ちらりと薊と蓮華の方を見てみれば、顔を赤くし、夢現のまま惚けた表情を浮かべている。一体あの背中流しがどれほどであったのか……。恐ろしいような、体験してみたいような、期待と不安が残りのメンバー達の胸中に渦巻いていた。
「ここは私が咲耶ちゃんの髪を乾かして、明日体験してみるしかありませんね」
「ちょっ!皐月ちゃんずるい!それなら私も!」
「えっと……、まだ日はありますし……、順番に交代で試してみれば良いのではないでしょうか?」
「そーだねー!私はまた明日でも明後日でも良いよー!」
芹の言葉に譲葉も同意したことで方針は決まった。とりあえず今日は皐月と椿が咲耶の髪を乾かすのを手伝う。そして明日の入浴時にはまた二人が背中を洗われるだろう。明日の髪を乾かす係りは残った三人のうちの二人がすればいい。まだ日はあるのだから全員十分に回る機会がある。
「それではそうしましょう」
「「はい」」
「うん!」
「おや?皆さんどうされたのですか?」
話し合いがまとまったあと、皆が集まって話し合っているのを咲耶が不思議そうに見ていた。皐月は早速仕掛ける。
「咲耶ちゃん、今日は私と椿ちゃんが髪を乾かしますね」
「え?ええ、そうですか?それではお願いしますね」
別に自分一人でも髪を乾かせるが、手伝ってくれると言ってくれているのだから断る理由はない。また昨日と同じように咲耶の髪を二人がかりで乾かす。これできっと明日の入浴時には皐月と椿の背中を流してくれるだろう。
「んっ……」
「はぁ……、はぁ……」
今日の薊と蓮華の痴態を思い出し、それを想像するだけで皐月はブルリと身震いし、椿は少し呼吸が速くなっていた。楽しみなような、怖いような……。しかしやはり咲耶と少しでも触れ合いたいグループの皆は、早く自分の番がこないかとその時を楽しみに待っていたのだった。
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日が明けて三日目。今日はアスレチックの宝探しだというのに、薊と蓮華は未だにポーッとしたままだった。
「薊、蓮華、大丈夫ですか?」
「うん……。大丈夫」
「大丈夫です……」
まるで大丈夫には見えないが本人達がそう言うのなら周囲がそれ以上余計なことは言えない。ただ二人の咲耶を見る目には熱が篭っている。うっとりしたような表情を浮かべて、熱に浮かされたような瞳で咲耶を見詰める様はまさに……。
「咲耶お姉様……」
「咲耶ちゃん……」
「はぁ……。これは駄目ですね……」
具合が悪いわけではないので休んでおけとは言えないが、これも一種の病気だ。恋煩いだ。元々咲耶に傾倒していたグループのメンバー達だが、薊と蓮華はさらにその先へと進んでしまった。きっともう取り返しがつかないだろう。そして自分も今夜同じ道に進むことになる。
薊と蓮華の様子を見ながら、皐月と椿も今夜のことを考えてごくりと唾を飲み込む。しかしその表情は恐怖や不安ではなく、期待に満ちた熱を含んだ視線だった。