第三百六十六話「宝探し」
昨日のバーベーキューはうまくいった。というか前回でも十分成功してたんだから伊吹達が邪魔さえしなければ失敗するはずがない。あの監督者のことは少し気になるけど、今更俺がとやかく言ったところで交代……、させるくらいは出来るかもしれないけど、わざわざ波風を立てようとも思わない。
たぶん俺があの監督者を交代させろと騒げば、学園側も無視出来ずに何らかの対応はしてくれると思う。でも俺がそんなことで騒げば余計な波風が立つ。しかも明確にあいつが何かしたわけでもなく、ただ俺が気に入らないから交代させたという話になれば、俺だけじゃなくて俺に関わる者皆の評判まで下げてしまう結果になる。
きちんと監督しているようにも思えないし、何となく胡散臭い奴だなとは思うけど、だからって俺が強権的に交代させるほど何か落ち度があるわけでもない。……まぁ、伊吹達のあの危険な行動などを止めないのはどうかと思うけど、『監督者は見張ってるだけで極力介入しない』という建前があるのでそこを突くのも難しいだろう。
他の班の監督達だってほとんど見ているだけで、何か注意したりもほとんどしていなかった。うちの監督だけがそうというわけじゃないから、その点を追求すると他の監督達まで全員駄目だということになってしまう。今更そんな騒ぎになったら修学旅行の予定に混乱をきたしかねないのでうちの監督者についてはもう放っておくしかない。
それよりも俺は昨日も皆と一緒にお風呂に入ったはずなのに、どうしてかお風呂や、その後に部屋に戻ってからの記憶が曖昧になっている。このアスレチックの里も温泉ではないながらも大浴場で、クラスの皆で一緒にお風呂に入ったはずだ。その記憶はある。でも具体的な記憶とか、俺がどうしていたかの部分が欠落している。これは俺が何か変な病気とかなんだろうか?
まぁそれはともかく今朝も平和な朝がやってきた。もし俺が皆でお風呂とか、女の子達に囲まれて眠る際の記憶があったら、恥ずかしかったり、興奮してたりして色々と問題もあるだろう。いっそ今のように記憶が曖昧ではっきり覚えていない方が俺にとっては都合が良い。
今日も昨日と同様に俺だけ朝早起きしすぎた。ちょっと部屋を出てホテル内をうろうろしながら散策する。
ちなみに割とどうでも良いけど、旅館業法では主に和室を提供していて、部屋数が五室以上、一部屋あたり七平方メートル以上だと旅館。主に洋室を提供していて、部屋数が十室以上、一部屋あたり九平方メートル以上だとホテルと決められているらしい。それらに満たないのが民宿やペンションなどだ。
このアスレチックの里で泊まっているのは『ホテル』であり、四階建ての上の階は少人数で宿泊する洋室がほとんどらしい。でも俺達は一階にある広めの和室で班ごとに集まって泊まっている。
そんなことを考えながらホテル内を散策していると、次第に人の気配が濃くなってきていた。夜中や早朝の静まり返って人気のないホテルや旅館の雰囲気も嫌いじゃないけど、人がにぎやかに動いているのも嫌いじゃない。
部屋に戻ってしばらくすると朝食となり、朝食を済ませて少し食休みをしながら準備をすればいよいよアスレチックの始まりだ。
「よし!全員揃ったな!」
朝にホテルの近くで全員が集合して、先生の注意を受けてから班で集まった。伊吹が何だか妙に張り切っているみたいだけど嫌な予感しかしない。
「まず俺達はクライミングウォールを目指すぞ!」
「目指しません……」
こいつは馬鹿なのか……。確かにこのアスレチックの里にはクライミングウォールがあるらしいけど、今回のアスレチックでクライミングをする予定はない。
「何故だ!クライミングだぞ!遊ばなくてどうする!」
「クライミングがしたければ近衛様が個人でどこかで勝手にしてください。今は修学旅行の行事の真っ最中であり、勝手な行動は謹んでください」
「ぷっ!くくっ!」
おい……、監督さんよ。何を笑ってるんだよ。笑いを堪えてるつもりかもしれないけど、明らかに笑ってるのはわかってるんだよ。お前も笑ってないで注意くらいしろよな。
「え~……、それでは現在地がここで……、近場のチェックポイントはここでしょうか……。ここから向かいますか?」
地図というかパンフレットというか、を広げながらこれからの行動を確認する。
今回のアスレチックはこの広大な施設を利用しての宝探し、チェックポイントを回って、スタンプを集めるような感じのものだ。ただチェックポイントに到達するだけでクリアのものもあれば、各所で何らかの課題があって、それをクリアしなければならないものまで色々とあるらしい。
具体的にどこにどういうイベントやクリア条件があるのかは明記されていない。ただ大まかなチェックポイントの位置が記されている。
「近場は皆さん向かわれると思います」
「そうですね。ちらほらすでに向かっている班もいるようですが、皆さん同じ方向に向かわれていますし、一斉に同じ場所へ向かえばチェックポイントで混雑して進めなくなると思います」
「その後のルートも同じようになるでしょうし、ここは大多数が向かっている一番近場ではなく他のチェックポイントから向かうべきかと」
皆結構真剣に考えてるんだな。大多数の生徒は、恐らく混雑することもわかった上で、皆同じ近場のチェックポイントへ向かってるんだと思う。良い所のお嬢ちゃん、お坊ちゃんばかりだし、わざわざリスクを背負って冒険する理由はない。皆と一緒にゾロゾロと近場から順番に回れば良いと思っている子が多いんだろう。
でもうちのグループの子達はそれでは満足しないらしい。他の班皆と同じルートをダラダラ回るだけというのをよしとしないようだ。
「それではうちの班はあえて別のルートから行きましょうか」
「おい!俺を無視するな!俺がリーダーだぞ!」
伊吹が何か言ってるけど完全に無視して俺達は歩き出した。他の班はゾロゾロと近場のチェックポイントに向かっているけど、あえてそれらとは別方向へ……。監督者は同行はしているけど何も言わない。恐らく変な場所へ入って行こうとすれば止められるんだろうけど、それ以外は特に何も言わないようだ。
別に順位とかの争いがあるわけじゃないんだけど、いざスタートしてみれば思ったよりもわくわくしている自分に驚く。俺は他の皆と違って小学生じゃなくて、中身は一度成人した大人のはずだけど……、それでもやっぱりドキドキわくわくしてしまう。伊吹の変な熱がうつったわけじゃないと思うけど、とりあえず宝探しも頑張ろう。
~~~~~~~
あえて大半の班が向かった近場とは違うチェックポイントへ向かった俺達は、早くもいくつかのポイントをクリアしていた。単純に隠れているような発見しにくい場所にあるチェックポイントでは見つけるだけでスタンプがもらえることが多い。
逆に何かの遊具などの近くでわかりやすい場所にあるチェックポイントは、その遊具で課題の運動をしたらスタンプがもらえるようだ。
チェックポイントに待っているのは学園の関係者や先生達で、見かけたら大体俺達の方もすぐに気付く。無関係の人やこの監督者達みたいな知らない人がやってたら対応に困るかもしれないけど、先生達だからこちらもやりやすい。
「すでに五つクリアしていますね」
「順調ですね!」
「よし!この調子で全ポイントをクリアするぞ!」
いや、それは無理だろ……。まぁちょっとそういう気になってしまうのはわからなくはないけど、現実的に考えてそれは不可能だ。伊吹がこうやって子供みたいにはしゃぐから、俺まで童心に帰って変に熱中してしまいそうになるんだ。
「でも九条さん、そろそろ戻らないとまずいんじゃないかな?」
「鷹司様……。ええ、そうですね。一度戻りましょうか」
「何でだよ!」
槐の言葉に同意すると伊吹が突っかかってきた。伊吹はこのまま探検を続けて全てのチェックポイントをクリアしたいと思っているんだろう。でもそうはいかない。何故ならば……。
「そろそろお昼の時間が近づいています。ここから戻る時間も考えれば、一旦中断してホテルへ戻った方が良いでしょう」
「飯なんてなくてもいいだろ!」
「近衛様はいらないとしても、全員がそうではありません。健康のためにもきちんと食事は摂るべきです。また昼食時に戻らなければ今までクリアした分も無効になります。きちんとルールを把握されていないのですか?」
探検で皆があちこちに行ってしまうから、学園がルールとして昼食時には一度戻ってくるようにと決めている。いくら頑張っても昼食に戻らなければ無効にするというルールなんだから、本気で頑張りたければルールに則って昼食に戻るべきだ。
まぁそもそも良家の子女が通う藤花学園だから、生徒達がきちんと無事であることを確認したいのは当然だろう。昼に一度戻って来いというのもそれらが関係しているだろう。一応監督者が同行しているから、本当に大変なことがあれば監督が連絡するんだろうけど、それでもやっぱり学園側も無事を確認しておきたいだろうしな。
「何でそんな面倒なルールを……」
伊吹はまだぶつぶつ言ってるけど、今までのポイントも無効になると言われたら渋々従っていた。俺達は別に順位を競ってるわけじゃないんだけど、それでも伊吹はやっぱり負けたくないようだ。負けず嫌いな所だけはゲームの『俺様王子』と変わらないな。
「鷹司様、近衛様の手綱はしっかり握っておいてくださいね」
「う~ん……。そう言われても伊吹が僕の言うことをそんな素直に聞いてくれると思う?」
俺の言葉に槐はとぼけたようなことを言った。そりゃ伊吹が簡単に人の言うことや注意を守るとは思っていない。でも槐が本当に伊吹の親友だというのなら、どれほど聞き入れられなかろうが、煙たがられようが、駄目なことは駄目だと、悪いことは悪いと言い続けるべきだ。
それが出来ずにただ一緒になって流されて、悪いことや駄目なことをそのままにしておくのは本当の友達とは言えない。
もちろん先生達がよくその手のことを言っても、子供達の方からすれば下手なことを言ったり注意したりして、自分が仲間はずれにされたり、最悪いじめられたりしたら困るというのもわかる。だから誰かが悪さをしていても注意出来なかったり、自分も一緒になってやらざるを得ないことはあるだろう。
俺だってそういうことがあったからわかっている。先生の言い分は正論だったとしても、そんな正論通りにいかないこともある。だけどやっぱり大人としてはそう言わずにはいられない。友達が悪いことや間違ったことをしようとしていたら、それを止めてあげるのが本当の友達というものだ。
まぁ俺は前世でも今生でもあまり友達もいないから説得力はないかもしれないけどな!
「鷹司様……、近衛様が聞いてくれないからと、近衛様の駄目な所を注意したり、悪いことをさせないように言われないということは、近衛様の行いに対して鷹司様も同罪ということになりますよ。それを注意もせず、黙って見ておいて、後で問題になったら自分は知らない、関係ないは通りません。それでも鷹司様は近衛様の暴走を放置されるのですか?」
「九条さんは厳しいなぁ……。わかったよ。僕に出来る範囲では注意しておくよ」
にっこり笑って槐がそう言ったけど……、まるで信用出来ない。俺も自分でわざわざ槐にこんなことを言ったけど、実際にこれでどうにか変化があるとは思っていない。こんなことくらいで伊吹や槐がまともになるのなら、この六年間こんなに苦労してこずに済んだだろう。
確かに伊吹も槐も多少は成長している。昔はただのわがままなガキだったのが、段々と大人にはなってきているだろう。でもその大人というのも良い大人ではなく悪い大人になりつつあるような気がする。
伊吹はともかく槐は……、子供の頃の方がもっと利発で賢い子供だったような気がするなぁ……。いつの間にか槐まで伊吹に毒されたのか、段々と意地が悪いというか、性根が腐ってきたというか、あまり良い成長をしたとは思えない。
俺に迷惑がかからないのならば、伊吹や槐がどういう大人になろうと知ったことじゃないんだけど、俺達の立場上絶対に関わらないというのももう不可能だし……。
「鷹司様は幼少の頃は皐月ちゃんと並んで子供らしくなく、利発で賢い子だと思ったものでしたが……、いつの間にこんな情けない方になられたのでしょうね……」
「えっ!?」
俺がつい漏らしてしまった言葉をモロに槐に聞かれてしまった。まぁ別に聞かれたからってどうということはない。それよりも……、何故か槐は俺の言葉を聞いてショックを受けたというような顔をしていた。もしかして自覚がなかったのかな?どうしてこんな風に成長してしまったのか……。せめてこれからはまともになってもらいたいけど……、無理だろうなぁ……。




