第三百六十三話「もっと良く見……、やっぱり駄目だ」
まず最初に訪れたのは都心からそれほど離れていなくて大仏で有名な観光名所だ。クラスごとにずらずらと並んで観ていくだけでも良いと思うんだけど、残念ながら班で固まってある程度自由に見学しなければならない。
どこでも自由に観て回れるわけじゃなくて、一応決まったルートを観ていかなければならないけど、どこをどれだけじっくり観ていくかは自由というわけだ。どうせこういう見方をするんだったらもういっそクラスで整列して並んで見学していくだけでよかったと思うんだけど……。
「おう!咲耶!」
「あの……、近衛様……、パーティーではないのですから手を取っていただく必要はありませんよ……」
石段の前で伊吹が手を出してくる。パーティーでエスコートしてもらうんじゃないんだから、いちいち石段や階段のたびに手を取ってもらう必要なんてない。
「九条さん、そこに段差があるよ。気をつけてね」
「……ありがとうございます、鷹司様」
槐のこの気遣い(?)もいちいち鬱陶しい。見えてるからわかってるっていうの……。この伊吹や槐との絡みがあるから班での行動は嫌なんだよ……。ただ見学していくだけなんだから、いちいち班で固まって歩かなくても、クラスずつ皆で並んで見学でよかったのに……。本当に学園も余計なことしかしないな。
…………いや、待てよ?もしかして……、これも近衛家の、伊吹の差し金か?
今年の修学旅行を国内にしろとか、班分けはクラスを超えて自由にさせろとか、いつものことながら近衛家の学園への干渉はかなりのものだった。だったらこの見学の仕方ももしかしたら近衛家がこういう風にしろと指示したのかもしれない。
いちいちそんなことまで考えるか?という気もするけど、単純に『出来るだけ班行動をさせろ』とかいう指示ならあったとしても不思議じゃない。
「見てください、咲耶様!大きな大仏ですよ!」
「ええ、そうですね」
「「あっ……」」
面倒臭い伊吹と槐に絡まれている俺を薊ちゃんが助けてくれた。薊ちゃんのナイスアシストに感謝しつつ伊吹達から自然に離れる。さすがに女性同士で楽しく話している所に無遠慮に割り込んでくるほど二人も馬鹿ではない。それも二人の傍に居た所から二人を誘わずに離れたんだから、余計にここに割り込んでくるのはマナーが悪い。
「本当に大きいですね」
「もっと大きな物もありますけど、それがわかっていても圧倒されます」
「でも私は前にもここに来たことがあるよー……」
「あはは……。まぁほとんどの方は一度は見たことがあるのではないでしょうか……」
譲葉ちゃんの言葉に皆苦笑しか出来ない。ここは都心からも程よく近くて遠い。ちょっと羽を伸ばしに来るには丁度良い観光地で、皆一度はプライベートで来たことがあるだろう。本当に定番中の定番だから……。
それからは薊ちゃん達が伊吹達をガードしてくれていたから、俺は伊吹達に絡まれることもなく辺りの観光を済ませてバスは次の目的地へと向かって再び走り出したのだった。
~~~~~~~
次の目的地は大きな山だ。そう……、大きな山だ……。
とはいえ俺達は別に登山が目的じゃない。ただ近くから眺めるだけだ。しかも近いといっても麓まで行くわけでもなく、ただ綺麗に見えるというだけの実際には結構離れた地点から『へー』『ほー』と言って眺めるだけという残念なプランとなっている。
「綺麗ですね」
「そうですねぇ……」
「でもこんな遠くから眺めるだけじゃねー……」
「あはは……」
またしても譲葉ちゃんが厳しい駄目出しをしてしまった。それは皆も思っていたことだ。
「でも遠くから眺めるから綺麗に見えるんですよ」
「それにこんな時期にあんな山に登りたいの?私はお断りしたいわ」
「それはまぁ……」
これに関しては芹ちゃんと薊ちゃんの言う通りだとは思う。自分達が山に登ってしまっては山の美しさはわからない。こうして遠くから見ているからこそ綺麗に見えるというのはその通りだ。そしてこんな時期じゃなくても、わざわざあの山に登りたいとは思わない。いくらある程度登りやすいとしても、ご令嬢達がこの国の最高峰に挑むものじゃないだろう。
「でも咲耶ちゃんならあの山も簡単に登頂してしまいそうですよね」
「わかる~!」
皆が俺を見ながらそんなことを言う。確かに登ろうと思えば登れるだろうけど、まず俺が自発的に登りたいと思うことはないと思う。それに今生では本当に登ったことはない。
「それとあれ!樹海とかに入って修行とかしてそう!」
「「「あははっ!」」」
薊ちゃんの一言でどっと笑いが起こった。でも俺は顔が引き攣って視線が泳ぐ……。
「もう!薊ちゃんってば!いくら咲耶ちゃんでもそんなことしませんよ!ね?」
「えっ!?えぇ……、そう……、ですよ」
「「「えっ……?」」」
「…………」
「…………」
何か痛い沈黙が訪れてしまった……。いや!違うんだよ!俺はここの樹海に篭って修行したことはないよ?それは間違いない。俺が師匠と一緒に篭ったのはもっと近場だったし、ここのような高い山でもなければ、恐ろしげな樹海でもない。
まぁほとんど人が訪れていない山奥の原生林というのはその通りかもしれないけど……。
「いやいや!あの……、私はあの山に登ったこともなければ、樹海に入ったこともありませんよ?今のようにこうして遠くから眺めたことがあるだけです!」
「あっ、あぁ……、そっ、そうですよね!あははっ……」
「なっ、なぁんだ……。咲耶ちゃんの冗談ですか。びっくりしてしまいました」
「「「はは……」」」
うん……。皆言葉とは裏腹に視線は泳いでいるし笑いも乾いている。駄目だ。これ以上この話題に触れても碌なことにならない。皆も何かを察したのか、あまりその話題には触れなくなったのだった。
~~~~~~~
次の目的地まではかなりの距離があった。そして本日最後の目的地周辺でもある。今回の修学旅行は五泊六日で各地を転々としながら宿泊と観光をしていく。例えば現代日本の旅行の定番のように、京都で宿泊して周辺の寺社などを見学していくのとは違う。進んでいく先々でこうして立ち寄って観光と宿泊を繰り返すスタイルだ。
蒲焼パイの有名な湖の近くで高速道路を降りたバスは、まず近くの飛行場へと向かった。もちろん目的は飛行場そのものではなく、そこにある飛行機などの展示施設だ。そこでは実際に使われていた戦闘機や輸送機が見学出来る。またそれだけじゃなくて色々と体験も出来る素晴らしい施設だ。
「うわぁ!見て見て!格好良い!」
「薊ちゃんはああいうのが好きなのですか?」
男の子はともかく女の子がこういうものを見ても面白くないのではないかと思ったけど、薊ちゃんの反応を見ている限りではそうとも限らないようだ。
「それはもちろんそうですよ!だってこれらがこの国を守ってくれていたんですよ!」
「そうですね。隊員の皆さんの働きと、こういった航空機の働きによってこの国は守られているのですから、藤花学園に通う生徒でこういったものに敬意を払わない生徒はいませんよ」
なるほど……。皐月ちゃんの言葉には説得力がある。藤花学園に通う生徒達は将来この国を背負って立つような人材ばかりだ。となれば当然この国のあり方も真剣に考えている。政治にしろ、経済にしろ、綺麗事だけでは務まらない。将来の自分達の立場があるからこそ、藤花学園の生徒達はこういった物や人達に敬意をきちんと払うというのは納得だ。
「あ~!凄かったですね!もっと見ていたかったです!」
「まぁあまり時間もありませんから……、ある程度は止むを得ませんね」
薊ちゃんはまだまだ見たいものがあったみたいだけど、いつまでも航空機パークだけ見ているわけにもいかない。そもそもここまで移動と観光を繰り返してきたからかなり良い時間になっている。もう今日は宿に向かわなければならない時間だ。
航空機パークをあとにした俺達はうなぎが名物の湖に突き出した半島のような場所に向かった。三方を湖に囲まれた半島部分にある温泉街の宿に一泊することになっている。
「本当ならこの辺りにもたくさん観光名所や景勝地があるんですけどね……」
「蓮華ちゃんはここに来たことがあるのですか?」
日が暮れて、日中なら見えるであろう絶景が見えているかのように蓮華ちゃんが言葉を漏らした。
「はい。家族旅行で来たことがあります。同じ場所ではありませんけど……」
「私も来たことがあります」
「そうでしたか」
皆良い所のお嬢様だから、毎年あちこちに旅行に行っているんだろう。俺だって国内外を問わずあちこちに旅行に行ったことがある。有名な観光地や避暑地などはかなりの確率で行ったことがある子がいると思われる。
温泉旅館に到着した俺達は早速部屋で寛ぐ。今日一日だけでも移動と観光でかなり疲れた。バスに座っている時間も長かったから体が硬い……、こともないな……。首も肩もまるで凝ってない。やっぱり若い体っていうのはそれだけでも素晴らしいものだ。
ちなみに俺達は八人揃って一部屋の和室だ。そもそも今回の修学旅行は全てホテルじゃなくて旅館に宿泊することになっている。アスレチック施設の宿はホテルという名前だけど俺達が泊まるのは和室だ。
何故俺達の泊まる宿が旅館というか、和室ばかりなのかと言えば……、和室なら布団を敷けばかなりの人数が同じ部屋に固まって眠れるからだ。洋室でベッドだとベッドの数しか同じ部屋に泊まれない。普通ベッドなんて二つ~四つもあればいい方だろう。それでは八人グループである俺達が同じ部屋で寝泊り出来ない。
別に俺達の班のためだけにそういう宿が選ばれているわけじゃないけど、俺達にとってもグループの皆で皆仲良く同じ部屋で泊まれるのはありがたい。誰が一緒だの、誰が別だのと揉める心配がなくなる。
そんなわけでやってきた温泉旅館だけど……、ここから一つ……、大きな山場がある。俺はそれを想像してゴクリと唾を飲み込んだ。ここから先は俺にとってとても大変な試練が待ち受けている。
「さぁ咲耶様!お風呂に行きましょう!」
「ぅ……」
そう……。この宿は『温泉旅館』だ。温泉旅館の売りといえば当然温泉だろう。そしてこういう団体が泊まる宿の温泉といえば大浴場で皆一緒に入ることが多い。前世でも学校の旅行の時に大浴場でクラス皆で一緒に入った。今回もそうなったわけだけど……、俺は心は男のまま皆と一緒に温泉に入ることになる。
「さぁさぁ!咲耶様!早くいきましょう!」
「クラス毎に順番ですから早く行きましょう!」
「ちょっ!皆さん落ち着いて……」
「早く早くー!」
皆が俺の着替えなどの荷物を持って押して引っ張って大浴場へと連れて行く。確かにクラス毎に順番に入浴だから俺達がモタモタしているわけにはいかない。時間で俺達の貸切になっていて一般のお客さんは使えないらしいし、時間を過ぎたからと一般に開放されて中に取り残されても困る。早く入らなければならないのはわかってるけど……。
「それじゃ入りましょう!咲耶様!」
「薊ちゃん!せめてタオルで隠すとかですね……」
薊ちゃんは気風が良すぎる。脱衣所に着いたかと思うとすぽぽぽーんっ!とあっさり全てを脱ぎ去って、前を隠すこともなく堂々と腰に手を当てて仁王立ちしている。
「咲耶ちゃん……、あまりモタモタしているのでしたらお手伝いいたしましょうか?」
「だっ、大丈夫です!一人で出来ますから!」
そっと俺に近づいてそんなことを言ってくる皐月ちゃんももう全てを脱ぎ去っていた。皐月ちゃんは一応隠しているけど完全に隠れているわけじゃない。小さいタオルを前に当てているだけで動くたびにチラチラとその肢体が見え隠れしている。
「咲耶ちゃんまだー?」
「うぅ……」
譲葉ちゃんにまで急かされる。いつもは一番のんびりマイペースなのに!
でもいつまでもこうしているわけにはいかない。マゴマゴしていたら余計に恥ずかしいように思われてしまうし、いつまでもこのままいられるわけじゃない。だったら覚悟を決めて……。
「えぇいっ!」
覚悟を決めた俺は衣服を脱ぎ去った。中途半端に恥らうから余計に恥ずかしいんだ。いっそ薊ちゃんのように吹っ切れてしまえば……、とか言いながらもそこまでは出来ない。結局俺はこそこそと自分の体をある程度隠しながら、そして皆の姿を見てはいけないと思いながらチラチラ見つつ温泉に入った。
でも自分の姿の恥ずかしさと、皆の肢体がチラチラ見えてしまう恥ずかしさで、ほとんど記憶もなく、気がついたらいつの間にか部屋に戻って布団に転がっていた。
何だかもったいないことをしたような、どこかホッとしたような、不思議な感覚に包まれながら、修学旅行の一日目を終えたのだった。