第三百六十一話「計画立案!」
「御機嫌よう」
「九条様、おはようございます!」
「御機嫌よう九条様」
二条家のパーティーが終わって休みを挟んで月曜日、いつものように学園に登校して挨拶をする。いつもの通りに自分の席へ向かうけど今日は若干いつもと違っていた。
「おはよー!咲耶ちゃん!」
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう皆さん」
今日はいつもの芹ちゃん、皐月ちゃんの二人だけじゃなくて、グループの皆が集合していた。今回は皆が集まっていてもよく後から来る譲葉ちゃんまで揃っている。
「皆さん今日は早いですね」
「イベントがあった後の日は早めに来てお話しようって決めているんです!」
「えっ!?そうだったのですか?私はそのようなお話は聞いておりませんが……」
薊ちゃんの言葉にショックを受けたようなフリをしておく。確かに俺がその話を聞いていないのは本当だけど、毎度毎度イベントの後は皆が揃っている。まぁたまに譲葉ちゃんは遅れてくるけど……。
それはともかく毎度毎度皆が早いんだからそういう約束で来ているんだろうなということは予想していた。でも俺はそんな話は聞いていないから、わざと薊ちゃんの前でよよよっと泣き真似をしてみた。
「あっ!あっ!あっ!あっ!ちっ、違うのです咲耶様!咲耶様はいつも早くこられているので言うまでもないと……。咲耶様を煩わせないようにと思ってそのようにしてしまったのです!申し訳ありません!」
慌てた薊ちゃんが心配そうに俺を覗き込みながらぺこぺこと頭を下げる。ちょっとした冗談のつもりで言ったのに薊ちゃんがここまで慌ててしまったので、俺も慌てて顔を上げる。
「薊ちゃん、ごめんなさい!ちょっとした冗談のつもりだったのよ。まさか薊ちゃんがこんなに取り乱すなんて思っていなくて……、本当にごめんなさい!」
俺が慌てて薊ちゃんのフォローをすると……。
「ふふっ、ごめんなさい咲耶様。わかっていましたよ。だから二重に私が引っ掛けたのです!」
「…………え?あっ!?」
一瞬ポカンとした俺はようやく意味がわかって声が漏れた。薊ちゃんは俺が冗談でああ言ったのをわかっていて、薊ちゃんの方も慌てたフリをしたのか。してやられた。まさか小学生相手に前世が元成人のこの俺がはめられるとは……。薊ちゃんも成長したものだな。
「咲耶ちゃんはウンウン頷いてるけど……」
「咲耶ちゃんが一番ピュアで騙されやすいって気付いてないよね」
「まぁ本人は自分のことはわからないものなのではないでしょうか」
「それが咲耶ちゃんの良い所だよー!」
「ん?」
何か周りで皆がヒソヒソと何かを言っている気がする。でも今はそれよりも薊ちゃんの方だ。
「それよりも先日の二条家のパーティー楽しかったですね!」
「え?ええ……」
俺は薊ちゃんの方が問題かと思ったけど、薊ちゃんはもう騙したの騙されたのというのはどうでも良いらしい。さっきの俺のは冗談にしても面白くないし騙そうとしただけで不快な思いをさせてしまったかと思ったけど、薊ちゃんが気にしていないのならこれ以上俺から言うのもやめておこう。
「咲耶ちゃんと二条様ってだんだんと本当の姉妹のようになってきましたね」
「二人のドレスもよく合ってたねー!」
「ありがとうございます?」
何と答えたら良いのかわからず、とりあえずお礼を言っておく。でもお礼を言うのも変な気もするけど……。それに俺と桜が姉妹みたいだなんて冗談でもやめて欲しい。桜の股の間にはパオーンがついているし、ルートによっては桜は咲耶お嬢様を破滅させる悪魔の一人だ。
まぁ……、桜が咲耶お嬢様の破滅に関わるのは一ルートだけだから、そのルートにさえ入らなければ……、もしかしたら桜は咲耶お嬢様の破滅、つまり俺の破滅とは関わらないかもしれない。注意はしておくべきだけど、必要以上に邪険に扱って、かえって恨まれたり、破滅に関わらせる可能性もある。
桜の扱いについてはまだ俺の中でもどうするべきかは決まっていない。前述通り桜が咲耶お嬢様破滅に関わるのは一ルートだけだ。ならば必要以上に刺激するよりも他のルートに進ませれば桜は敵ではなくなるかもしれない。
ちなみに何度も言っているけど伊吹と槐、てめぇらは駄目だ。この二人はどのルートに進もうとも本筋に関係ない咲耶お嬢様までわざわざ遊び半分に破滅させにくる。この二人を放っておく選択肢は俺にはない。奴らはどうにかする必要がある。
と、それは置いておくとして、俺と桜が姉妹だなんてやめて欲しい。俺はもっと可愛くて、真ん中にパオーンがついていない本当の女の子の妹が欲しい。まぁ妹扱いなら竜胆や秋桐達三年生がいるから妹には困っていないけどね。
「それであの時の……」
「やっぱりあっちが……」
イベントの後に朝早く皆が来ているのはこうしてイベントの話をしようと思ってだろう。皆それぞれ何人かずつに分かれて二条家のパーティーの話をしていた。でも……、俺は気付いてしまった。一人少し距離を置いて曖昧に笑っている子の存在に……。
「芹ちゃん、よければ私の話相手になっていただけませんか?」
「……え?」
芹ちゃんは先日の二条家のパーティーに呼ばれていない。二条家のパーティーでは地下家はほとんど呼ばれることはない。二条家所縁の地下家なら呼ばれている家もあるのかもしれないけど、それ以外の大多数の地下家は呼ばれない。だから芹ちゃんだけ一人話題についていけずに皆と少し距離を取って曖昧に愛想笑いをしていた。
こうして皆で集まるのなら、俺としては全員が参加出来る話がしたい。もし今の芹ちゃんのように、周りの皆は共通の話題で楽しんでいるのに、自分だけその話題についていけなかったらとても悲しいと思う。だから俺は芹ちゃんを呼んで二人で話し始める。
「芹ちゃんは今度の修学旅行でどこを見たいですか?私はこの辺りが良いと思うのですが……」
そう言いながら修学旅行のパンフレットを開いて、自由時間に回る場所を話題に出す。観光地の見学などはほとんど学園の決めた予定に沿って動く。でも全部が全部そうじゃない。だからこそ班で集まって話し合いを持ち、予定が決まったら学園に提出することになっている。
でも俺達の班はまだ決まっていない。伊吹や槐があーだこーだ言ってくるから中々決まらず、俺達の班はまだ未定のままだ。
二条家のパーティーには芹ちゃんは出席出来なかった。皆が二条家のパーティーの話題で盛り上がるのをやめろとは言わないけど、俺は一人寂しそうにしていた芹ちゃんと共通の話題で盛り上がる方が良い。
「あの……、私は……」
「遠慮しないで。うちのグループの子達は皆遠慮したり、『咲耶様が行きたい所について行きます!』とか言うから困っているのよ」
「まぁっ!うふふっ」
俺がそう言うと芹ちゃんが笑ってくれた。とても可愛い。日ごろ引っ込み思案であまり自己主張をしない芹ちゃんだから、本当は行きたい所があっても遠慮して言ってくれないだろう。それをどうにか引き出そうとあれこれと話題を振ってみる。
「私はそのように言われても、咲耶様の行きたい所が私の行きたい所なんですよ!」
「私はこっちも行ってみたいなー!」
「ちょっと譲葉!今私が良いことを言ってたのに!」
「「「あははっ!」」」
俺と芹ちゃんが修学旅行の話を始めると皆も段々とこちらの話に合流してきた。皆でワイワイとどこへ行こう、何をしようと話し合う。やっぱり皆で集まっているなら全員共通の話題で話したいよね。一人だけ除け者にされていたらきっと辛いと思う。
「ですが私達がいくら決めても近衛様と鷹司様が否定されますし……」
「なかなか決まりませんね……」
でもすぐにそこで話題が失速してしまう。今までもホームルームなどで散々話し合ってきたんだ。俺達だけならもうある程度は決まっているはずなのに、伊吹と槐が反対したりして俺達の班は未だにほとんど何も決まっていない。そのため一気に修学旅行の話題が盛り下がる。
「近衛様にも困ったものですね……」
「いっそ別の班にしましょうか……」
う~ん……。まずいな……。班の皆にも伊吹達への不満が溜まっている。折角の楽しい時間が伊吹達のせいで何か盛り上がらなくなってしまった。
「これなら修学旅行より卒業旅行の方が楽しみですね」
「あっ!そうですね!卒業旅行のお話しにしましょう!」
ボソッと蓮華ちゃんが漏らした言葉にすぐに乗っかる。確かに修学旅行の予定を学園に提出しなければならないんだけど、折角朝早くに登校してきたのに、楽しくもない話題を続けていても苦痛なだけだろう。
「でも卒業旅行のプランはもう決まっていますから、話し合うとしてもプランの話し合いは終わっていますよね」
「まぁ大まかな予定は決まっていますが、他に良いプランや行きたい場所が出来ればいつでも変更すれば良いことですよ」
確かにもう旅館は予約している。卒業旅行は学園とは関係なく、俺達が個人的にグループの皆で旅行に行くだけだ。だから学園の行事のように大筋が決まっているということはない。俺達が自由に決めれば良いし、大まかな場所から相当離れない限りは予定もいくらでも変えられる。
俺達はそれぞれ春休みは忙しいから、三月中に土日を利用して卒業旅行に行くことに決めた。金曜に普通に授業を受けてから放課後に出発して、土曜、日曜と旅館を拠点にして楽しんで日曜に帰る二泊三日の予定だ。
旅館ももう予約しているし、大まかな行き先は決まっている。でも旅館を拠点にして行き来出来る距離の場所ならば予定はいくらでも組み替え可能だ。その辺りは学園行事と違って自由度が高い。まぁ逆に自由すぎてどこへ行けば良いかわからず……、定番の観光地とかばかりに偏りがちになってしまっているけどそれはやむを得ない。
「じゃあニャンちゃんランドに行きましょう!」
「「「茜ちゃん……」」」
ニャンちゃんランドに異常な執念を燃やす茜ちゃんに皆が困ったような表情をする。ニャンちゃんランドは大都市圏を中心にあちこちにあるから、全国のニャンちゃんランドを巡るコアなファンもいるらしい。でも俺達はそこまでじゃない。茜ちゃんには悪いけど折角の皆との卒業旅行でわざわざ遠出してまで行く所とは思えない。
「私としても神社やお寺ばっかりはちょっとお腹一杯になりそうです。修学旅行でもあちこち行きますし……」
どうやら薊ちゃんとしても定番の観光地は飽き飽きらしい。確かに修学旅行でも各地の神社仏閣などに立ち寄ることになっている。こういう旅行の観光と言えば本当に定番中の定番ばかりだからな……。
俺達の卒業旅行も結局観光地と言えば神社やお寺とか、滝とか、有名な観光地がズラリと並んでいる。パンフレットとか雑誌を見て選んでいるから、結局有名な神社仏閣とか景勝地ばかりだ。
「でもそうは言っても他に行く所もないですよね。今更地方都市を見ても仕方がありませんし……」
厳しい言葉だけどその通りだな……。寂れた地方都市を見るくらいなら、俺達が住んでいる都心を見ていれば良い。わざわざ地方の都市部に行って何をするのかわからない。そうなるとやっぱり観光となると神社仏閣か景勝地となって……。
「旅行のプランというのも難しいものですね」
「「「ですね……」」」
人が考えた旅行プランを神社仏閣ばかりだとか、有名な景勝地ばかりだと言うのは簡単だ。じゃあいざ自分で考えてみろと言われたら困る。最初から何か目的があってプランを立てるのなら簡単だけど、漠然と卒業旅行に行こうと考えて、そのための行き先は……、となったらどうしてもここで詰まる。
「行き先はもう旅館の予約をしていますし、この辺りというのは決まりで良いでしょう。それよりも皆さんのお付の人は本当にいなくて良いのですか?」
「もちろんです!」
「出来るだけ少ない方が良いので!」
「うちも両親を説得しました!」
「椛さんだけで良いよー!」
「そうですか……」
さすがに卒業旅行といっても俺達子供だけで行かせてくれるほど甘くはない。大人の保護者も同行させるようにと厳命されている。そこで各家から同行者が来るのかと思っていたけど、どうやら大人の同行者は椛だけのようだ。それじゃ九条家のお付が一人ついているだけということになるけど、よく皆の家はそれで許可してくれたものだ。
「九条家の護衛は優秀ですからね」
「下手にたくさんのSPがそれぞれ行動したらかえって邪魔になって足を引っ張る可能性もありますし」
「今回は九条家のSPに任せようということになったんですよ」
「まぁっ!椛はSPというほど頼りになりませんよ?確かに大人ではありますが女の子ですし、危ないことはさせられません」
皆随分椛のことを信頼しているようだけど、椛は護衛にはならないよ。それに椛を危険に晒すくらいだったら俺が裏の百地流で皆を守る方が良い。
「「「咲耶ちゃん……」」」
「マジかー!咲耶ちゃんそこまでかー?」
「まっ、まぁ……、そこが咲耶ちゃんの良い所ということで……」
「皐月……、それはさすがに無理があるわよ……」
「???」
何故か……、皆に生温かい目で見られているような気がする。何か変なことを言ったかな?