第三百五十九話「結局この班」
伊吹の肘鉄がどうのとか、俺が臭いの臭くないのと言っているうちに、あれよあれよという間に日が過ぎていた。俺達は今ホームルームの時間に修学旅行について話し合っている。
俺達の個人的な今後の予定というか、行事というか、で言えば次は十月下旬の二条家のパーティーの方が先に行われる。でもそれは学園とは関係のないことであり、学園にとって次の重要な行事といえば俺達六年生の修学旅行が次の行事ということになる。
そもそも二条家のパーティーは、主催である二条家にとっては準備だ何だと忙しいかもしれないけど、招待客の方は自分達のドレスや小物の用意さえしておけば後はすることなどない。俺は桜のパートナーだから多少準備などに関わっているけど、それ以外の招待客なんて当日行って帰ってくるだけだ。
というわけで当然学園では次の行事である修学旅行について準備が進められている。これから修学旅行までの間のホームルームはほとんど修学旅行のために使われるだろう。
「それじゃ今日は班行動について話し合いましょう」
「う~ん……。でも良いのかしら?私達八人も集まって一つの班なんて多すぎないかしら?」
今更ではあるけど薊ちゃんの言葉に俺が疑問を呈する。俺達の班はいつものグループのメンバー八人で一つの班ということになっている。でも普通学校とかで班を作ったら精々五~六人くらいで一班じゃないだろうか?
そういう決まりがあるのかどうかは知らないけど、前世の俺の経験上では小中高と大体一班で六人までというイメージが強い。しかも男女混合で……、とかそんなイメージだ。女子だけでも八人も集まっているというのはあまり記憶にない。そもそも八人も集まっていたらこのクラスの女子の半分近いし……。
「それはもう良いじゃないですか。近衛様が言われた通りですよ」
「あ~…………」
薊ちゃんの言葉に嫌なことを思い出して辟易した。今回の修学旅行は、いや、修学旅行も近衛家というか伊吹というかのわがままが捻じ込まれている。
まず第一に旅行の行き先と日程だ。元々藤花学園の修学旅行は海外旅行が多かった。必ずしも毎年海外と決まっているわけじゃないようだけど、初等科でも海外率はかなり高い。中高ともなればほぼ海外のようだ。でも今年は国内となっている。まずそれを決めたのが近衛の圧力が原因だったらしい。
遠方の海外に行くとなれば一泊四日……、のような格安弾丸ツアーのような日程はさすがにないとしても、四泊七日とかくらいの日程にはなってしまう。それでは子供達が楽しめないと近衛家から待ったがかかったらしい。
近衛家の主張によればそんなに移動に時間をかけて中身が薄い海外旅行に無理に行くよりも、国内でもゆっくり五泊六日のような日程にすれば中身が充実するだろうということらしい。
まぁこの件に関しては俺はどちらでもいい。海外へは家族旅行でもよく行っているし、今更無理に学校行事で行きたい場所があるわけでもない。グループの皆と旅行に行くのは楽しみだけどそれだって無理に海外でどこかに行きたいわけでもないしね。
それよりも長時間飛行機に乗って機内で寝る方が嫌だ。別に皆の前で寝るのが嫌という意味じゃないけど、機内じゃゆっくり休めないし、席の関係もある。皆と一緒に寝ると言っても座席から動けないしおしゃべりも出来ないのは目に見えている。それならば旅館やホテルでゆっくり休む方が良いだろう。
というわけで国内旅行で泊数を増やすのは別に良い。それより問題は二つ目だ。これは近衛家というより恐らく伊吹のわがままなんだろうけど……、今回も林間学校と同じように班分けをクラスに限定しないという条件をつけたらしい。
簡単に言えば林間学校の時と同じで、班の人数も、男女比も、所属クラスすら関係なく、誰でも好きな相手と好きな人数で班を作っても良いというルールを強要したようだ。林間学校でそれが出来たのに修学旅行で何故それが駄目なのかと押し切ったらしい。だからああいう馬鹿の言うことは一度でも飲んじゃ駄目なんだよな。前は良かったのに何故次は駄目なのかと延々と言われてしまう。
普通の班分けなら同じクラスで、男女比もほぼ半々で、一班で五~六人くらいの班に分けられるのが通例だ。でも今回も近衛家の口出しによって林間学校の時と同じになってしまった。
まぁ俺達としてはグループの皆で同じ班になるためにはこの方が都合が良い。だから近衛家が勝手にそういう暴走をして悪評を広めながら俺達にとっても都合が良いことをしてくれるのなら、黙ってそれを黙認していればよかった。ただし……。
「おい咲耶!俺達をおいて何を勝手に話し合ってるんだよ!」
「まぁまぁ伊吹……。でも本当だよ九条さん。僕達も同じ班なんだから僕達の意見もちゃんと聞いて欲しいな」
「近衛様、鷹司様……」
「ごめん九条さん……。遅くなっちゃった」
伊吹と槐に続いて錦織が謝りながら合流してきた。錦織は同じ三組なのに何故遅れて合流してきたのか。それは一組である伊吹と槐を呼びに行っていたからだ。そう……、俺達の班はいつものグループの子達八人に加えて、伊吹、槐、錦織の三人が入っている十一人の班となっている。
この面子には覚えがあるだろう……。まさに林間学校の時とまったく同じ流れだ!あの悪夢のような……、というほどでもないか。林間学校は林間学校で楽しかったな。多少思い出補正があるとしてもあれはよかった。伊吹とか槐とかはどうせほとんど空気みたいなものだし……、そう思えばこの班も悪くない。
……いや、待て待て。やっぱり冷静に思い出したら伊吹や槐達はかなり邪魔だったような気がしてきた。グループの子達八人が全員集まれるのは良いけど伊吹達はいらない。
林間学校の時だって、飯盒炊爨やら、ビーチに行った時に変なレースになるやら、色々と迷惑ばかりかけられて役に立った記憶がない。錦織は多少役に立ったけど、それだって伊吹のフォローをしていただけだし、そもそも錦織が伊吹にビシッ!と注意して止められなかったのが悪いとも言える。やっぱり男達はいらんな……。
「あら、それでは班を分けましょうか。私達は女子八人で一つの班になりますので、近衛様と鷹司様と錦織様のお三方で一つの班をお作りになられればよろしいのではないでしょうか?」
「なっ!咲耶!俺と咲耶が同じ班だというなら他はどう分けてもいいが、俺は絶対に咲耶と同じ班になるからな!その俺と別れるなんて絶対に認めないぞ!」
すぐに俺の言葉に乗せられた伊吹がそんなことを言ってくる。こいつは本当に簡単に転がる奴だな。
「伊吹と一緒かどうかはともかく……、確かに班の人数もクラスも自由にはなったけど、男子と女子が一緒の班でなければならないのは変わってないよね?その分け方には無理があるんじゃないかな?九条さん」
ふむ……。まぁ槐は伊吹ほどアホじゃないか……。そこがネックなんだよな。これが学校行事だからか、班は男女が混ざっていなければならない。男女比がほぼ半々でなければならないとか、何人以上何人未満とかの条件はなくなっているけど、このルールを守るためには最低でも一人は男が入っていなければならないことになる。
「おおっ!そうか!そうだぞ咲耶!だから俺と咲耶が同じ班なことはもう避けられないぞ!」
うん。君は本当にアホだね。ちょっと黙ってようか。
「そうですねぇ……。それでは錦織君を加えて九人の班にしましょうか。男女混合でなければならないとは決まっていますが、その人数が何人であるかは決まっていませんから、一人でも男子が入っていればルール上問題ありませんしね」
「えっ!?おっ、俺は……」
俺がそう言うと錦織が何か赤くなりながら視線をさまよわせていた。女子ばかり八人の中に男一人では気が引けるのかな?照れるとか?まぁ思春期にありがちなアレかな?
「なっ!?そっ、そんなの許せるわけないだろ!」
「もう班は届け出ているんだから、今更変えるなんて通らないよ」
伊吹だけじゃなくて槐も若干焦っているらしい。確かに今更変えるなんて言ってもよほどの理由でもない限りは許可されないだろう。でもこう言っておけばこいつらももしかしたらギリギリでも班の変更がされるかもしれないと思って気をつけるだろう。
「近衛様や鷹司様が普通にしてくださっていればそのようなことをしようとは思っておりませんよ。ですが無理難題を言われたり、勝手なことをされるのであればその限りではありません。まともに班行動も出来ない方とは班を別にしていただけるように学園に掛け合わせてもらいます」
「「――ッ!?」」
二人とも表情を歪めて黙った。これ以上うかつに何か言って本当に今更班変更を申し出られたら困ると思ったんだろう。この二人に対してどの程度効果があるかわからなかったけど、これは思ったよりも効いているようだ。そのうち慣れて効かなくなるだろうけど、今だけでも大人しくしてくれるのなら助かる。
「さぁ、それでは修学旅行の話し合いを進めましょう」
「「「はい!」」」
グループの子達が元気に答えてくれる。俺達はまだ小学生だからか自由行動というのがあまりない。中高と年齢が上がってくるともっと自由な裁量が与えられていたように思うけど、小学生くらいでは自由にあちこちに行けるわけではないようだ。
見学や観光などの予定は全て学園側に決められていて俺達はそれに従って順番に見て回ることしか出来ない。でもそんな窮屈に思える修学旅行の中でも自由に行動出来る時間というのはある。
五泊六日という、学校の旅行としては少し長めの日程において、途中で二泊もするとあるアスレチック施設がある。そこで行われるレクリエーションは班で行動しながら学園側が用意した課題をクリアしていくような形らしい。
もちろん競争とか成績とかは関係ない。ただの遊びではあるけど、その施設内は割りと広く、生徒達が自由に行動して所謂宝探しのようなことをするようだ。
例年の修学旅行なら海外の観光地を弾丸ツアー並みにあちこち見て回って帰ってくるだけのようだけど、今回は近衛家の差し金で国内旅行だから日程も時間も有り余っているようだからね。
「私達はあまり運動が得意ではありませんし、ここではやはりある程度のんびりとウォーキングを楽しむ程度に……」
「馬鹿野郎!やるからには勝つんだよ!俺様のチームだぞ!優勝以外にないだろ!」
馬鹿はお前だ伊吹。椿ちゃんが怯えてるじゃないか。やっぱりこいつだけ班から放り出してやろうか。
「近衛様、このアスレチックに優勝や勝ち負けはありません。目的を間違えないでください」
「でもな!俺様と同じチームなんだから……」
「これ以上騒がれるのでしたらその『優勝を目指すチーム』とやらの班に移ってください。私達はあくまで皆さんが無理のない範囲で活動いたします。いつでも出て行ってくださって結構ですよ」
「うぐぐっ!」
アスレチックはあくまでゲームの形をしたちょっとした運動をさせるための催しだ。それを何を勘違いしているのか、レースや勝負だと思っているのなら同じ考えの班に移って勝手にそっちでやってくれ。うちの班にはか弱いお嬢様が多いんだ。そもそも遊びながら運動をするためのアスレチックで無理に勝負をして体を壊しては意味がない。
「あの……、咲耶ちゃん、私なら大丈夫ですよ」
「いいえ。大丈夫ではありません。椿ちゃんは私が必ず守りますから安心してください」
「さっ、咲耶ちゃん……」
おっ?何か椿ちゃんがウルウルした瞳で俺を見ている。何かそんなに熱い眼差しを向けられたら照れるな。
「わっ、わかった!わかったからそう出て行け出て行けばかり言うな……。……傷つく」
「…………は?」
伊吹の言った言葉の意味が理解出来ずに固まる。今何と言った?『傷つく』?誰が?伊吹が?あの俺様王子が?
人を傷つけて当たり前。傷つく奴は弱い。傷つく奴が悪いと言っていた俺様王子が?傷つく?自分が傷つくのは嫌だから言わないで欲しいと?何だこいつ……。自分は人に言うけど人は自分に傷つくことを言うなって?まぁそれはこの世界の伊吹じゃなくてゲームの『俺様王子』かもしれないけど、それにしたってこれはないだろう。
今までの自分の行いを省みれば到底こんな台詞は言えないはずだ。それをいけしゃあしゃあとまぁ……。
「許してあげてよ九条さん。伊吹も悪気はないんだよ」
悪気がないのならなお悪いわ。自覚もなしによくこれだけわがままで自分勝手に振る舞えるものだ。その方が驚きでしかない。
ただまぁ……、ここでこれ以上伊吹にとやかく言っていても話が進まない。とりあえず俺達は別にアスレチックで無理をするつもりはないということで決着がついた。それからも細々としたことを話し合っているうちに、全てを決める前にホームルームの時間が終わってしまったのだった。