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第三十五話「薊ちゃんの宣言」


「御機嫌よう」


「…………」


「御機嫌よう」


「――ッ!」


 今朝も、やっぱり俺が声をかけても皆逃げていくばかりで返事を返してくれる人もいない。そう思っていたけど……。


「やぁ咲耶ちゃん、おはよう」


「広幡様……、御機嫌よう」


 ぎゃー!朝から嫌な奴に会ったものだ。兄がいる時はいつも壁になってくれていたけど今は兄はいない。ロータリーで分かれてそれぞれの学年の教室に向かっている途中だからな。それなのに何故広幡水木は一年生の教室の方にいるんだ。


「ちょっと伊吹に用があってね」


「そうなのですか。近衛様は朝が早いのですね」


 どうやら何故こんな所にいるのかと露骨に顔に出ていたらしい。水木の方からそんなことを言い出したから簡単に返しておく。


「いや、伊吹はまだ来てないよ。だからこうして待ってるってわけなのさ」


「あぁ……、そういうことでしたか」


 伊吹の教室に行って来た帰りというわけじゃなくて、これから登校してくる伊吹をここで待っているということのようだ。正直俺には関係ないし興味もない。話かけられたからやむを得ず話しているけど話かけてこられなければ挨拶だけして通り過ぎるつもりだった。


 俺は何かこの広幡水木もちょっと苦手だ。ゲームの時には登場していないからゲームでの設定やどういうキャラなのかはよく知らない。ただ何というか……、一言で言うと胡散臭い?


 俺は広幡水木のことは何も知らない。この世界で会ってからもそんなに接点もないし普段は兄が一緒にいる時くらいしか接触する機会もないからこうして二人っきりで話すのも初めてかもしれない。


「咲耶ちゃん、色々と辛いこともあるかもしれないけどそんな時は俺や伊吹や槐君を頼っておいで。俺達は咲耶ちゃんの味方だからね」


「ありがとうございます?」


 ちょっと何言ってるかわかんない。味方どころか伊吹と槐は咲耶お嬢様と九条家を破滅させる天敵だ。どういうつもりで言っているのかよくわからない。広幡家は近衛家と近い間柄だと言っていたし、俺を油断させようという作戦か?


「それでは私はこの辺で失礼いたしますね」


 そう言って俺はさっさと水木から離れた。いつまでも水木としゃべっていたら無駄に目立ってしまう。水木がどういうつもりなのかも気になる所だけどさっさと離れて知らん顔をしておくのが一番だろう。水木から離れた俺は逃げるように一年三組の教室へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 教室に入るといつものように皐月ちゃんが座っていた。俺も来る時間はそこそこ早い方だけど毎日絶対皐月ちゃんの方が早い。毎朝早起きするなんて偉いもんだ。


「御機嫌よう皐月ちゃん」


「御機嫌よう咲耶ちゃん」


 本当は皐月ちゃんともっとお話したいけど今の俺とあまり親しくしていたら皐月ちゃんまで周囲から無視されたりしかねない。俺は精神的には大人だから小学一年生のいじめ程度ではどうってことはないけど、同世代の子供がこんなことをされたら結構堪えるだろう。


 というわけで皐月ちゃんとは簡単な挨拶をするだけに留めて自分の席に着く。


「おはよう!」


「おはようございますアザミ様」


「アザミちゃんおはよう」


「ごきげんようアザミ様」


 暫くして薊ちゃんが元気よく教室に入ってくると教室中から声が返ってきていた。それにしても今日の薊ちゃんは随分元気だな。昨日はとても暗い感じだったけどもう平気そうだ。やっぱり家、というか母親に近衛家と結婚しろしろと強迫観念を植え付けられていたのが苦しかったんだろう。少しでもその感情を吐き出して楽になったのならよかった。


「咲耶様!おはようございます!」


「ひゃいっ!御機嫌よう薊ちゃん」


 びっくりした……。今までの薊ちゃんなら俺の席の近くを通る時にこちらから声をかけたらようやく小さな声で返事をしてくれていただけだった。それなのに今朝は自分から俺の席の前まで来て大きな声で挨拶してきた。今までこんなことはなかったから全員驚いている。


「え……?アザミ様がどうして……」


「それに『咲耶様』って……」


「もしかしてまた何か汚い手段でアザミ様を脅して下につけたのでは?」


「アザミちゃんかわいそう……」


 う~ん……。周りもかなりヒソヒソと色々なことを言っているな……。聞こえないものも多いけど近くで言っているのはある程度聞こえている。それにしても俺は一体何だと思われているというのか。何で俺が薊ちゃんを脅して配下にしたみたいに思っている人がいるのは不思議でならない。俺みたいに人畜無害な小動物もいないだろうに……。


「ちょっとあなた達!ヒソヒソとくだらないことを言っていないで文句があるのなら直接言いにいらっしゃい!全部私が聞いてあげるわ!さぁ!どうしたの!咲耶様に文句があるのなら全てこの徳大寺薊が相手になるわよ!」


「いえ……、私達はそんな……」


「ねぇ?」


 薊ちゃん格好良い!……でも何これ?


 薊ちゃんが教室中に啖呵を切ると皆黙ったけど……、これはどういう状態なんだろうか……。ただ一つわかることはもうこれはあれだ。ゲームの時の薊ちゃんそのものだ。


 ゲーム『恋に咲く花』の徳大寺薊は咲耶お嬢様のためなら家格が上の相手にでも平気で食って掛かる怖いもの知らずの切り込み隊長だった。そのあまりの咲耶お嬢様のために!の精神から俺は脳内百合カップリングで咲耶×薊を随分妄想したものだけど、今の薊ちゃんを見ていたらもしかして本当にそっちの気があったんじゃないかとすら思えてしまう。


「一つ言っておくわ!よ~く聞きなさい!これからこの徳大寺薊は九条咲耶様の親衛隊になります!咲耶様に逆らう者は全てこの徳大寺薊が相手になると心得なさい!」


 ザワザワと教室がまた騒がしくなった。皆あちこちでヒソヒソと話している。


「どっ……、どういうことでしょうか?アザミ様」


「そうだよアザミちゃん」


「わっ、私達はどうしたらいいの?」


 薊ちゃんの取り巻き達がオロオロした顔でやってきた。それはそうだ。自分達の親分が突然わけのわからない、それこそついこの前まで揉めていた相手の下につくと宣言したらどう思うだろうか。それは自分達の親分が負けたとか脅されて屈したという風に受け止めても止むを得ないかもしれない。


「好きにすればいいわ。私と一緒に咲耶様の下につくか。私達から離れて他所へ行くか。自分達で好きな道を選びなさい。私は何も強要しないし、例え離れても報復も罰もないわ」


 本当に薊ちゃん男前すぎるだろ……。そりゃこれだけ気風が良ければ皆がついてくるわけだよ。……って、あれ?これってカリスマ性でも咲耶お嬢様より薊ちゃんの方が圧倒的に上じゃないですかね?本当に何で咲耶お嬢様みたいなポンコツがライバル令嬢をやっていたんだろうか……。


「私は……、私は認められません!」


「あっ!茜ちゃん……」


 東坊城茜ちゃんはそう言って教室を飛び出していってしまった。薊ちゃんの取り巻きの急先鋒である茜ちゃんは急にポッと出てきたような俺の下に薊ちゃんがつくと聞いて許せなかったんだろう。他の薊ちゃんの取り巻き達もはっきりとは言わないけど態度的に納得していないのがよくわかる。


「お見苦しい所をお見せしてしまいました。私は少し茜と話してきます」


「あっ!待って薊ちゃん」


「はい?」


 咄嗟に呼び止めてしまった。俺は今俺が行くと言おうとしてしまった。でも俺が行ってどうするんだ?俺の話を茜ちゃんがきちんと聞いてくれるだろうか?全ての元凶だと思われている俺が行ったら余計にややこしい話になるんじゃないだろうか?


 でも……、逆に……、俺が元凶だと思われているからこそ俺と茜ちゃんがきちんと話し合うべきだという気もする。すぐには納得してもらえなくても、俺が直接話に行くということは大事じゃないだろうか。


「私が茜ちゃんの所に行きます」


「咲耶様にそのような……」


「いいから……。ね?」


 俺がそう言うとまだ何か言おうとしていた薊ちゃんは俯いて黙った。一応追いかける役を譲ってくれたということかな。


「茜だけ咲耶お姉様に追いかけてもらえるなんてずるいです!帰ってきたらあの子にはおしおきが必要ですね!」


 えぇ……。さっきまでの良い姐御みたいな薊ちゃんはどこへ行ってしまったのか……。周りの子達も引いてるじゃないか……。それよりあまり遅くなると茜ちゃんを見失ってしまう。急いで追いかけよう。




  ~~~~~~~




 廊下に出てもとっくに茜ちゃんの姿なんてあるはずもなく……、教室から出た最初の方角だけわかっているからそちらに向かってから後は勘だけを頼りに捜す。


 こっちに向かって、一人になりたい場所に行こうと思ったら……、テラスか、そこからさらに中庭に出たかな?


 今は朝の登校時間だからロータリーから各教室への通路には登校中の生徒達がいるだろう。そして一年生の教室は低学年用の校舎の一階にある。茜ちゃんが出て行った方角は登校中の生徒達が通ってくる通路とは逆方向だ。そしてこんな時間にわざわざテラスや中庭に出る者は少ないと思われる。


 ということで自分の勘とガバガバの推理をもとにテラスに出てみれば……。


「茜ちゃん……」


「…………何?何であんたが追っかけてくるのよ?」


 テラスの隅に茜ちゃんがしゃがんでいた。俺が声をかけて近づいたら顔を背けてしまったけど、もしかして泣いていたのかな……。


「薊ちゃんじゃなくてごめんね。でも本当は薊ちゃんが追いかけるって言ってたのを私が無理を言って代わってもらったの」


 普通ここは好きな相手に追いかけてもらいたいはずだ。薊ちゃんの取り巻きの最側近のような立場の茜ちゃんならなおさらだろう。それなのに薊ちゃんじゃなくて今回の騒ぎの元凶である俺が追いかけてきたら色々と思う所もあるだろう。


 でも俺だって譲る気はない。俺は茜ちゃん達とも仲良くしたい。派閥の長である薊ちゃんが俺と親しくしだせば取り巻きや派閥の者達も嫌々でも従うしかないだろう。でもそれじゃ駄目だ。上に言われたから渋々付き合っているだけだというのはきっと将来よくない原因になる。だから俺は茜ちゃんとも他の子達とも、本当のお友達になりたい。


「茜ちゃんが大好きな薊ちゃんが急にあんなことを言い出してびっくりしてると思う。私も急に薊ちゃんがあんなことを言い出してびっくりしたし……。でもね、さっきの言葉は驚いたけど私は薊ちゃんとも、茜ちゃんとも、他の子達とも、本当に本当のお友達になりたいと思っているわ」


「…………」


 茜ちゃんは顔を背けたまま答えない。でも俺は言葉を続ける。


「薊ちゃんの言葉はちょっとオーバーだったけどただ私とお友達になってくれるだけでいいの。それに今すぐいきなり親しいお友達になろうだなんて言わないわ。まずはお互いに相手のことを知り合いましょう?そこから始めるの。そこでお友達になれないと思ったら残念だけどそれまで。でもお友達になれそうだと思ったら私のお友達になってくれないかな?」


「…………」


 相変わらず茜ちゃんは答えてくれない。だけど顔はこちらを向いてじっと俺のことを見ていた。俺も目を逸らしてはいけない。茜ちゃんを怖がらせないように表情に気をつけつつ真っ直ぐ見詰め返して俺の気持ちを視線に乗せる。


「茜ちゃんも知っての通り、私は今まであまりお友達がいなかったからちょっと友達付き合いが下手かもしれないけれど……、少しだけ私にもチャンスをもらえないかな?ね?」


「…………」


 再び茜ちゃんは視線を逸らした。だけどさっきまでみたいに顔ごと背けるのとは違う。少し迷っているかのように視線だけを逸らしている。その視線も少し揺らいで動いていることから考えたり悩んだりしているんだろう。無理に答えを急かさずにただじっと茜ちゃんの答えが出るまで待ち続ける。


「まだ……、あんたのこと認めたわけじゃないから……。でも……、何も知らないのもそうだと思うから……、まずは知ろうっていうのはわかったわ……」


「茜ちゃん!ありがとう!」


 まずはお互いを知り合おうと言った俺の提案を受け入れてくれた茜ちゃんに抱きつく。あぁ、何で女の子ってこんなに可愛くて柔らかくて良い匂いなんだろう。ちょっとクンクンペロペロしちゃおうかな?


「ちょっ!あんまり調子に乗らないで!まだ認めたわけじゃないから!」


「うんうん。これからお友達になりましょうね?うふふっ」


 薊ちゃんのお陰でこれから俺にももっとたくさんのお友達が出来そうだ。もちろん俺があまりに酷ければ皆俺の周りから去っていくだろう。俺は周りに呆れられたり見捨てられたりしないように自らを律しなければならない。


 咲耶お嬢様のように自分勝手に振る舞って周り中を敵だらけにして追放や破滅する結末を絶対に回避するんだ!



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― 新着の感想 ―
ここまで読み続けて良かった!!!!! 最高のご褒美をありがとうございます!!!
[良い点] ガチで主人公の思った通りにならない小説やなと思ってたら急に物語の通りに動いて鳥肌立ってたところや、ありがとうすきやで
[一言] 咲耶って元成人男性だろうから小学生1年生相手にクンクンペロペロって考えてるなんてどう考えてもロリコンのヤバいやつ。
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