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第三百五十四話「勝利の行方は……」


「あんた達!どうなるかわかってるんでしょうね!」


「「「ひぃぃっ!」」」


 退場門から出た途端に薊ちゃんが六年三組の男子達に詰め寄っていた。何事かと思って皆の注目が集まる。


「咲耶様にご出場いただいたっていうのに、あんた達のヘマのせいで二組に負けて二位だなんて!」


「すっ、すみませんでした!」


「お許しください!」


 薊ちゃんのあまりの迫力に男子達は半泣きになりながら慌てて頭を下げた。でも薊ちゃんの怒りは収まらなかったようだ。いや、むしろ火に油を注いだのかもしれない。


「私に謝ってどうするのよ!咲耶様に誠心誠意謝罪しなさい!」


「「「ひぃっ!!!」」」


「まぁまぁ薊ちゃん……。ああいう競技なのですから失敗することもあります。それが団体競技というものでしょう?貴方達、もう良いから席に戻りなさい」


「あっ、ありがとうございます!」


「すみませんでしたっ!」


 俺が薊ちゃんと男子の間に割って入って男子達に行けと促すと皆さっさと逃げ出してしまった。相当薊ちゃんが怖かったんだろう。俺から見たら何か可愛らしい怒り方だと思ったけど、それでもこの学園のほとんどの者からすれば薊ちゃんに怒りを向けられるというのは死の宣告にも等しいことだ。それを恐れないわけがない。


「咲耶様はお優しすぎますよ!あんなヘマをした者には相応の……」


「薊ちゃん……、私達だってあの時玉を落としていたかもしれませんよ?今回はたまたま私達はうまくいって、彼らは失敗してしまっただけです。そして団体競技というのはそういうものでしょう?失敗した者を責めるのではなく、皆で励ましあって補い合って行うのが団体競技の醍醐味ではありませんか」


「それはっ!……わかっていますが、折角咲耶様にご出場いただいたというのにあんな負け方なんて……」


 薊ちゃんは根が真面目すぎるんだな。俺は団体競技に出る時点でこういうものだと思っていた。別に玉を落として逆転された男子達を責めようとは思わない。もしかしたら俺達が落としていて大差をつけられていたかもしれないしな。でも薊ちゃんは勝ちたいあまり負けてしまった時に何かに責任を求めたくなっているんだろう。


「三組はまだ負けたわけではありませんよ?確かに大玉送りでは二位になってしまいましたが総合順位では現在まだトップです。このまま行けば良いじゃありませんか。ね?」


「…………はい」


 まだ納得していないような感じだったけど、とりあえずこれ以上男子達を責めるつもりはなくなったようだ。


「さぁ、私達も席に戻って応援しましょう」


「「「はーい!」」」


 いつまでも退場門付近で屯しているわけにもいかない。一先ず収まったということで俺達も自分達の席へと向かうことにしたのだった。




  ~~~~~~~




 午前中最後のプログラム、一、二、三年生合同のダンスが行われている。


「はわぁ!かわいぃ~~~っ!」


「そうしている咲耶ちゃんの方が可愛いですよ」


「いえいえ!見てくださいあれを!皆の頑張りを!ちっちゃい子達があんなに一生懸命踊ってるんですよ!可愛くないはずがないでしょう!」


 グラウンドに広がった一、二、三年生達がポンポンを持って一生懸命踊っている。輪になってぐるぐる回ったり、輪を小さくしたり大きくしたり、一度バラけて並びなおしてからまた輪になったり、派手なダンスじゃないけどとても可愛らしい。もう連れて帰って頭を撫で回したい!


「まぁ三年生達の踊りはこれが見納めになってしまいますしね!皐月もしっかり見てあげなさいよ」


「わかってますよ……。ちゃんと見てます」


 薊ちゃんの言葉で一瞬暗い空気になった。俺達は今年で卒業してしまうから、残った後輩達と全員揃って運動会が出来るのはこれが最後だ。そしてそれでなくとも三年生達は次は四年生になってしまう。ダンスをするのは三年生までで、四年生からは組体操だからあの子達のダンスが見れるのはそういう意味でも最後になってしまう。


「ほら、秋桐ちゃん達も皆可愛いですよ。ちゃんと最後まで見てあげましょう」


「芹ちゃん……。ええ!そうですね!最後まできちんと見てあげましょう!」


 確かに初等科の運動会はこれで最後だ。そして後輩達と一緒に出来る運動会もこれが最後になる。今の四年生、五年生は俺達が中等科や高等科の三年生になった時に上がってくるから一緒になれるけど、三年生以下の子達と一緒になることはもうない。大学では一年だけ一緒になれるけど大学には運動会はないようだし……。


 初等科ではこれが最後で、三年生達と一緒に運動会を出来るのはこれが最後になるけど……、だからこそしっかり覚えておこう。俺達の思い出をまた一つ積み上げよう。




  ~~~~~~~




 午前中のプログラムが終わって昼食のために皆で集まる。こういう時だけは竜胆も一緒に昼食を摂れるからこういうイベントも悪くない。


「さぁ咲耶お姉様!召し上がってください!」


「ええ、ありがとう竜胆ちゃん」


「「「いただきまーす!」」」


 今回もまた久我家が用意してくれたお弁当を皆で集まっていただく。七夕祭の時と同様に竜胆が教室もお弁当も確保して俺達に昼食を振舞いたいというから今回も甘えさせていただいた。ただ竜胆や久我家に甘えるばかりでは悪い気もするけど、相手が振舞ってくれると言っているのに断るのも失礼だ。竜胆や久我家には別の機会に俺達がお返しをすればいい。


「咲耶お姉様!はい、どうぞ!あ~ん」


「えっ……、竜胆ちゃん……」


 竜胆が俺にあーんをしてくる。これは……、食べるしかないのか……。


「私の料理は食べられませんか?」


 ウルウルとした瞳で竜胆が見上げてくる。これはずるいよなぁ……。こんなことをされて断れるわけがない。


「いえ……、それではいただきますね」


「はいっ!あ~ん」


「あ~ん……」


 竜胆に食べさせてもらったのは、たぶん、タコさんウィンナーだ。タコさんになってないけどたぶんタコさんにしようとしたウィンナーだと思う。まぁ……、形よりも味が重要だ。そしてちょっと塩辛い……。塩コショウを振りすぎたのか、塊になっていたのか、俺が食べたところは少々塩辛かった。


「どうですか……?」


「ええ、おいしいわ。一体どんなシェフが作ってくださったのかしら?」


「本当ですか!?それ私が作ったんですよ!」


「そう。竜胆ちゃんが作ってくれたの。とてもおいしいから驚いちゃったわ」


 もちろんこんな所で『塩コショウふりすぎ!』なんて言ってはいけない。恐らく日ごろほとんど料理なんてしない竜胆が、たまにとはいえこうして料理をして振舞ってくれているんだ。味付けとかを指導すべきなのは久我家の料理人達であって俺じゃない。俺はおいしくいただいてあげればいい。


「おいしいね!竜胆ちゃんありがとう!」


「久我様ありがとう!」


「いいのよ。私の手作りは咲耶お姉様の分しかないけど、皆はうちの料理人達が作ったお弁当を堪能して頂戴!」


 そうか……。竜胆の手作りは俺だけか……。これはちょっと頑張って食べなければならないようだな……。




  ~~~~~~~




 昼食を終えて午後からは白熱した戦いが続く。上級生達やPTA参加の優勝を賭けた本気の戦いや、迫力のある組体操など見所満載だ。午前中のまったりした空気から、徐々に優勝を意識した戦いへと移っていく。


 去年は途中でかなりの大差がついてしまっていたけど、今年は各組とも拮抗した戦いが続いている。去年は楽勝ムードが漂っていた三組も、今年は皆厳しい戦いが続いているから真剣になってきたようだ。


 半分は同じクラスのまま繰り上がっているだけだけど、さすがに半分もクラス替えがあったり、卒業や入学で入れ替えがあれば戦力もいつまでも同じとはいかない。今年もまた最後の決着はクラス対抗男女混合リレーで決まりそうだ。


『クラス対抗男女混合リレーに出場の選手は入場門にお集まりください』


 そしてついに最後の種目のアナウンスが流れる。泣いても笑ってもこれが六年最後の競技だ。


「咲耶様!ここまでもつれてしまって申し訳ありません!」


「頑張ってね、咲耶ちゃん!」


「ファイトー!咲耶ちゃーん!」


「九条さんの力で優勝を決めてください」


「ええ、いってきます!」


 皆に声をかけられながら入場門に向かう。芹ちゃんは何気に応援しているようでプレッシャーがかかる言葉もかけてくることが多い。それだけ期待されていると言われればそうかもしれないけど、ただ甘やかすだけじゃなくて責任も自覚させられるというか何というか……。


 もちろん悪いことじゃない。皆が応援してくれる中でも芹ちゃんは応援と同時に俺が背負っている物を思い出させてくれる。あまり俺に負担にならない範囲でそれとなく注意してくれたりするからとても助かっている。


「おう!咲耶!」


「近衛様……」


 入場門に並びに行くと伊吹が俺を待っていたかのように立ち塞がった。周囲の他の生徒達が何事かとこちらを注目しているけど伊吹にはそんなことは関係ないようだ。


「咲耶!勝負だ!このリレーで俺が勝ったら俺の女になれ!」


「お断りします」


「よし!言ったな!その言葉忘れ……、って、えっ!?今……、何て?」


「ですからお断りいたします」


 伊吹が間の抜けた顔で問い返してくるからもう一回はっきり言ってやった。


「いや……、おまっ……、こっ、ここは受ける所だろ!?お断りって何だよ!?」


「そのようなお約束など知りません。どうしてリレーで私の人生を賭けなければならないのですか?常識的に考えてまったく吊り合わないでしょう?」


「そっ……、あの……、えっと……」


 断られると思っていなかったのか伊吹がしどろもどろになったまま困った顔をしている。でもそのうち何か思いついたのか、再び強気の表情を取り戻して口を開いた。


「勝てばいいだけだろ!それとも咲耶は俺に勝つ自信がないのか?だから断るんだろう?逃げるのか?え?」


 こいつは本当にアホだな……。そんな安い挑発に乗るわけないだろうが……。


「近衛様と私が一騎打ちで勝負するとしても転ぶなどのアクシデントがないとも限りません。ましてやリレーでは他の方の影響も大きく、自らの人生を賭けるには値しません。そして私がその勝負に乗ったとして私には一体何の利益があるのでしょうか?近衛様は自らが勝てば自分の望みが叶うのかもしれませんが、私が勝っても私には何の利益もありません。負ければ人生が終わり、勝っても何も得られない。誰がそんな勝負に乗るのですか?」


「じゃあ咲耶も何か条件を出せ!それならいいだろう!」


「それでは近衛様が敗れた場合、近衛伊吹は近衛家から出て二度と近衛を名乗らず、近衛家の力を借りず、ただの一般人として一人で一生を送ってください。そして私の許婚候補宣言を取り下げ、二度と私の前に現れず、声もかけずに永遠に関わらないでください」


「「「…………」」」


 辺りが静まり返った。伊吹もポカンとした顔のまま止まってしまっている。


「ちょっ!おかしいだろう!何でこっちだけそんなに条件が厳しいんだよ!そんなもん飲めるか!」


「何もおかしくないでしょう?私が近衛様の女になるということは私の一生を失うのと同じ事です。ならば近衛様が負けた場合にも近衛様に一生を失っていただかなければ吊り合いません」


「ぐぐぐっ!」


「ですからお互いにそんな馬鹿げた話はやめましょう。折角初等科最後の運動会だというのに嫌な気分のまま終わりたくはありません」


「「「…………」」」


『それでは最後の種目!我らがスーパースター!九条咲耶様が勝負を決めるクラス対抗男女混合リレーの選手の入場でえぇぇぇっす!』


 ハイテンションな杏のマイクパフォーマンスが入った。どうやらこれ以上ここで言い合う暇はないらしい。ずっと俺は断ると言っていたんだからあの馬鹿げた勝負もなしだ。あとで伊吹が何かごねてもあれだけ証人がいればどうにもなるまい。


 あんな条件を出してきたんだから、途中で三組の子を転ばせるとか、誰かにわざと手を抜いて負けるように圧力をかけたりしているかもしれない。何でこんなことで俺の人生を全て賭けなければならないのか。


『さぁ!今年は例年通り全てのチームがこのリレーで一位になれば自力で優勝出来る可能性を残しています!ですが私は断言します!このリレーに勝つのは三組、いえ!我らがスーパースター九条咲耶様です!』


 おい……、杏……。仮にも実況が特定のチームや人物を贔屓したようなことを言うなよ……。


『それでは……、位置について……、よーい……』


 パーンッ!とスターターピストルが鳴り響いた。泣いても笑ってもこれが最後だ。そして俺と伊吹は六年の後の走者、つまりアンカーになっている。


 伊吹があんな勝負を持ちかけてきたから何か勝てる算段でもつけているのかと思ったけど、ここまでの所は順調に皆普通に走っている。絶対に勝てるように何か仕掛けているのかと思ったけど……。


「よおっし!勝てる!勝てるぞ!」


 隣に座る伊吹がレースを見守りながらそんなことを言っている。今一位は一組、二位は二組、三組は少し離されて最後を走っている。別に誰かが手を抜いていたとか妨害があったという感じはしない。単純に実力の差じゃないだろうか。


「九条さん!俺が出来るだけ差を縮めるから!」


「ええ。楽しみにしておきます。ですがいつかのように気合を入れすぎて転ばないでくださいね」


「九条さん!?それはもういいっこなしだよ!?」


「ふふっ」


 まぁ本当は錦織が転んだんじゃなくて、妨害工作で突き飛ばされて転ばされたんだけど……、それこそそれはいいっこなしだ。錦織は突き飛ばされたからだなんて言い訳はしない。だから俺もそういうことにしておく。


『おっとぉ!六年生の第一走者になって三組が追い上げ始めたぞぉっ!おっ?おっ?おっ?今……、二組と並んで……、惜しくも追い抜けず、ほぼ同時にアンカーにバトンが渡りました!現在一組だけややリードしておりますが……、アンカーは九条咲耶様です!九条咲耶様に勝てる者など誰一人いなぁぁぁぁ~~~~いっ!』


 錦織からバトンを受け取った俺は一気に加速する。負けていた分はかなり錦織が取り戻してくれた。女子が相手だったとはいえやっぱり錦織は結構速いな。あれなら中高でも陸上をすればそこそこ良い成績は修められるかもしれない。


「ごめんなさいね。今日は負けたくないの」


「ぁ……」


 ほぼ同時にバトンを受け取ったけど二組のアンカーが並んでいたのはその瞬間だけだ。すぐに加速した俺に置き去りにされて離れていく。


 伊吹との勝負の話は受けていない。それは周囲の皆も聞いていた。でも伊吹なら自分が勝てば何を言い出すかわからない。だから俺は今日勝って伊吹に何も言わせないようにする必要がある。


「――っ!?もうきやがったか!このっ!」


 すぐに追いついた俺に気付いたらしい伊吹が肘を張ってこちらに振り回してくる。これは明らかな進路妨害だ。


 伊吹……。お前最低だよ……。自分の足で勝負せず、後ろから来た走者の進路妨害をして前をキープしようなんて……。確かに陸上とかを見ていてもそういう奴は結構いる。でもせめて自分の足で勝負しろよ……。勝てないからって審判に見えないように進路妨害をしてでも勝とうなんて最低な行為だと俺は思うぞ……。


『あっという間に咲耶様が近衛様を追い抜いたーーーっ!あとはグングン差が開く!開く!開くーーーっ!圧倒的実力差を示して!今!咲耶様がゴーーーールッ!この瞬間三組の優勝が決定しましたぁぁぁぁぁっ!』


 わぁーーーっ!と大歓声が上がる。最後に伊吹のせいで色々と台無しになってしまったけど……、こうして初等科で最後の運動会は幕を閉じたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 伊吹の好感度がマイナスに振り切って絶対零度になってる…… あ、元からだったか。
[一言] 伊吹がくそ過ぎてちょっと笑ったわ あと作者さんメリークリスマスー
[一言] 咲耶様は、薊ちゃんが失敗した人達に責任を取らせようとしてた所を大らかに宥めたけど、反省から学び、教訓させていく過程って難しいんだよね…。大体の人は、失敗を許せずに責任を取らせたり、擦り付けた…
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