第三百三十五話「第三回藤花学園七夕祭」
七月七日、今日は第三回藤花学園七夕祭が催される。朝の登校時は同じだけど、一時間目から各クラスの飾りつけだ。この七夕祭の飾りつけコンテストも定番となったから各クラスも色々とアイデアを出してきている。
とはいえほとんどは前年までの誰かの真似が多い。子供ながらの自由な発想で!なんて言うほどアイデアが出てくるわけもなく、ほとんどは前年までの経験から誰かの真似ばかりだ。
誰かが黒板アートをやり出せば皆が真似をして、誰かが壁際だけじゃなくて天井も利用して立体的に飾り付ければ皆が真似をする。別に真似をするなとか、真似をするのが悪いことだと言ってるわけじゃない。前例に倣ったり、先達のアイデアや経験を蓄積していくことは良いことだ。問題なのはこうなると毎年各クラスともほとんど似たようなものになってつまらないということだな。
コンテストで選ぼうと思っても、どのクラスもほとんど似たようなものだから甲乙つけがたい。黒板アートが上手いとか、飾りつけが凝っているとか、その程度の違いしかなくてつまらない。最初の頃はもっと自由な発想や、各クラスの戸惑いや試行錯誤があったんだけど……。さすがに何度もしていると同じような物ばかりになってしまう。
それは五北会の運営でも問題になっていたけど、だからって良い解決策はない。いくつか提示された解決策はどれも良い物とは言えず、俺が却下させた。
例えば現在は飾りつけは当日の朝の限られた時間だけで済ませることになっている。これは第一回の七夕祭が急遽開かれたもので準備している暇がなかったから……、というのはあるんだけど結果的にはそれでよかったと思っている。何しろ解決策の一つは事前の準備オッケーにするというものだったから……。
もし事前に準備可にしたら確かにそれは凄い飾りつけが出来るだろう。お金持ちの家の子の財力に物を言わせて……。
事前準備可ということは、そういう家のコネや財力によって、プロ達が用意した物を持ち込んだり、手伝わせたりすることが出来るということだ。そうなれば確かに飾りつけの質は上がるだろう。お金をかけたプロの仕事になるんだからな。でもそれじゃコンテストの趣旨に反してしまう。
このコンテストはあくまで生徒達が自分達で努力して、アイデアを出して、いかに限られた物と時間で飾りつけるかを競うものだ。少なくとも俺はそう思っている。だから事前準備の案については却下した。その理由も説明したから五北会の運営委員達はわかってくれている。
将来……、俺達が卒業して、今後の運営委員になった子達が変えていけば変わるかもしれない。だけどせめて俺達がいる間くらいはその精神を忘れないで欲しい。それが支持されなければいずれ変わるだろう。それはその時の子達の判断に任せる。
「あっ!時間ですね!咲耶様!私達も投票に行きましょう!」
「ええ。そうですね」
飾りつけの時間が過ぎたから投票へと向かう。所定の時間を過ぎれば投票可となる。時間を過ぎても飾りつけを続けてもいいけど、その前に投票を済まされてしまったらそれ以降の頑張りは評価されないことになる。だからこのコンテストはいかに時間内に考えていた通りに間に合わせるかも重要だ。
俺達は後で運営委員の方もしなければならない。投票出来るのなら混雑したり委員の仕事が入る前に終わらせておく方が良いだろう。
「へぇ!このクラスは綺麗ですね!」
「あははっ!こっちはおもしろいよー!」
「今年も皆さん頑張っておられますね」
「ええ、本当に……。甲乙つけがたく、どのクラスに投票するか難しいですね」
皆で各クラスの飾りつけを見て感想を言い合う。でも別に俺達は同じクラスに投票するわけじゃない。皆それぞれが良いと思ったクラスに別々に投票する。それは自分のクラスでも良いし、他のクラスでも良い。示し合わせて組織票を作るわけじゃなくて、本当に見て、感じたままに良いと思ったクラスに投票してもらいたい。
第二回から導入された通り、低学年の部、中学年の部、高学年の部と分かれている。全クラスを回って、皆それぞれ決まったようだ。投票用紙に記入して投票を済ませた。
『これより第三回藤花学園七夕祭の一般入場を……』
「あっ!始まりましたね」
「咲耶ちゃん、私達も行こう」
「はいはい……。そんなに引っ張らなくても行きますよ」
今年のアナウンスは俺じゃない。前までは何故か俺がアナウンスしていたけど、今年は俺は委員の中でも裏方ばかり担当している。やっぱりこれからの子達に色々と経験してもらいたいから、俺はサポートに回って下の学年の子達に色々仕事を教えながらやらせた。
一般入場も始まって本格的に七夕祭が始まったから、俺達は秋桐や李や射干達とも合流して出し物を見ていくことにする。俺達もこれだけ集まると結構な人数だ。しかも秋桐達の保護者達も合流するから本当に大きな団体になってしまう。
全員でゾロゾロ行動しているとかなり邪魔になってしまうから、今年は俺達の拠点、ホームを決めて、それぞれ観たい出し物があればそれに向かう人だけ別れたり、買い物や露店に行く人だけ別れたりと、団体でありながら別行動をするスタイルにしている。
これならそれぞれが観たい物に別れたり、買い食いをしに行ったり、俺達のような委員で抜けたりしても皆とすぐに合流出来る。大人数すぎても邪魔になるし、ばらけてしまった時にいちいち探したり連絡したりしなくて済む。
「それでは私は委員の方に向かいますね」
「「「「「いってらっしゃい」」」」」
朝一番にぐるっと露店を回った俺は委員の仕事に向かった。露店も定番が多いから何度も見ていれば飽きるというか、慣れるというか……。それに俺は前世が庶民だったからこういう露店には慣れている。他のお坊ちゃん、お嬢ちゃん育ちの子達には珍しいから数回経験したくらいじゃ飽きないだろうけど、俺は一度見れば『ああ、懐かしいな』と思う程度でお腹一杯だ。
出し物も体育館や講堂でしているけど、どうしても観に行きたいものもない。というかお友達関係は皆一緒に行動しているから、皆が出ているわけじゃないのなら無理に観たいものもないし……。
「お疲れ様です。何か問題はありますか?」
「あっ!九条様!お疲れ様です!」
「問題といいますか……」
「えぇ……」
俺が運営本部に入ると皆が挨拶を返してくれた。でも何か雰囲気が妙だ。
「どうしました?」
「はい……。天気が……」
「ああ……」
今日は元々雨が降るかもという予報だった。梅雨の真っ最中なんだから雨が降っても何もおかしくはない。一応朝は降っていなかったけど段々曇ってきている。どんより暗い雨雲だ。これはそのうち一雨きそうだな……。
「予報で雨が降る可能性があると言っていたので備えは済ませているでしょう?降り出す前に先手を打ちましょう。待機してもらっている作業員に連絡して雨除けを張ってもらいなさい」
「「「はい!」」」
どうやら雨が降りそうなのはわかっていたけど、どうすればいいか決断出来ずに悩んでいたようだ。それならそれで連絡してくるか、誰か判断や指示が出来る人に聞けばいいのに……。
ここに詰めていた委員の子達はどうすればいいかわからず、でも人にも聞けずに手をこまねいていたようだな……。こういう所も今後の課題か……。
まぁ半分は外がメインのようなものだし、梅雨の真っ只中の祭りだからこういうこともあるだろう。そのために事前に多少なら雨が降っても何とかなるように準備している。雨が降っても濡れないように露店の上には雨除けが張れるようになっていて、足元も水が流れてこない場所だ。
雨が降るとグラウンドとか外を出歩く人が減るから建物内は混雑してしまう。だから出来るだけ人を分散して混雑を緩和するためにも雨は降って欲しくないけど……、降ったら降った時のことだ。
「それから警備員に、雨が降り始めて外の人が中に入ってきたら今封鎖している場所を予定通りに開放するように連絡しておきなさい」
「はいっ!」
俺が指示を出すとテキパキ動いてくれるんだけど……、これくらいは自分達で判断して行動しておいて欲しかったな……。そのために事前に決めていたんだし、どうしても自分達で判断出来なかったのなら、運営委員長でも五北会会長でも、誰でもいいから責任者に指示を仰ぐくらいは出来て欲しい。
今年の問題点、反省点の一番はこれだな。今の六年生に近衛、鷹司、九条などの大家が多いから遠慮や畏れがあるのかもしれないけど……、それを言い訳にはして欲しくない。むしろ将来大人になれば、何かあればすぐに上司や上役に相談しなければならないだろう。その時に黙っていて何の手も打たないようだと大人になった時に大変な思いをすると思う。
「あっ!雨が!」
「降り始めてしまいましたか……」
委員の子の言葉を聞いて窓の外を見てみれば、ポツポツと雨が降り始めていた。土砂降りにはなっていないけど、これから雨脚が強くなるのかどうかも結構重要だ。出来ればあまり降らずに止んで欲しい所だけど……。こればっかりは人がどうにか出来ることじゃないからなぁ……。
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「咲耶ちゃん、どうですか?」
「皐月ちゃん」
俺が暫く運営本部に詰めていると皐月ちゃんがやってきた。今年は俺と皐月ちゃんと薊ちゃんは委員でも別行動が多い。今までなら三人で同じ時間に同じ場所に詰めるように二人が主張していたけど、今年は俺達は後輩達の面倒を見るのが仕事だからな。二人も自分の派閥の子達にあれこれ指導するために別行動がほとんどだ。
「雨が降り始めた時はどうなるかと思いましたが、ほとんど小雨で助かっています」
「そうですね。土砂降りにならず助かりました」
たまにポツポツと降ってるけど、それもすぐに降ったり止んだりで、多少濡れることさえ気にしなければ十分外でも平気なくらいだ。季節的にも暖かい季節だし雨に濡れて風邪を引くということもあまりないだろう。
「咲耶様!どうですか?」
「薊ちゃん……」
皐月ちゃんと話しているとすぐに薊ちゃんもやってきた。薊ちゃんも皐月ちゃんも遊んでいたわけじゃなくて、他の場所で委員の仕事をしながら後輩達の面倒をみていた。午後から俺達はあれこれ用事があるから午前中に仕事を割り当ててもらったからだ。
「咲耶お姉様!そろそろ昼食にしましょう!」
「あら……。もうそんな時間?それでは昼食に向かいましょうか」
竜胆がやってきてそんなことを言う。時間を確認してみればもうすぐお昼という時間だった。まだ少し早いけどまぁこれくらいはいいだろう。
「はーい!」
竜胆が元気にそう言いながら俺の腕にくっついてきた。そう言えばいつもは竜胆はお昼休みは一緒じゃないし、竜胆と一緒に食事をする機会というのはあまりない。今日は竜胆も榊も一緒に食事にしようと前から話していた。
小雨とはいえ時々雨がぱらついているし、今日は食堂も相当混むだろう。テラス席まで全て解放しても保護者達までいては到底席が足りない。いつもなら食堂で……、と言う所だけど今日は混雑が激しいことはわかっているし、竜胆と榊も一緒だからお弁当……、お弁当?お弁当と言っていいかどうかは微妙だけどそういうものになっている。
「今日のために久我家でご用意いたしました!さぁ咲耶お姉様、召し上がれ!」
「ええ、ありがとう。それではいただくわね」
うちのグループ全員がとある教室に集まって、皆で竜胆が、いや、久我家が用意してくれた料理を食べる。今日の料理は竜胆が用意してくれると言うのでお言葉に甘えた。別に突っぱねる理由もないし……。
俺達は人数が多くなることはわかっていた。六年の皆と三年生の子達、それからそれぞれの保護者ともなればかなりの大所帯だ。この人数で一気に食堂に雪崩れ込んだら大混雑の原因になってしまうのは目に見えている。だから空き教室にお弁当を持ってきてもらって、それを皆で食べることにした。
地下家の保護者達は少し緊張していたようだけど、別に竜胆の保護者とかは来ていないからそんなに緊張することもない。五北会クラスの家の保護者はあまり来ていない。うちの両親もあまり来ないし、来てもちょっとだけ見てすぐに帰る。久我家の保護者の方もそんな感じのようなのでここで一緒に食事は摂っていない。
「咲耶お姉様!この玉子焼きなどいかがでしょうか?さぁ!食べてみてください!どうですか?」
そう言って隣に座っている竜胆が少し焦げたような玉子焼きを差し出してくる。他の料理は凄腕の料理人達が作ったような料理ばかりなのに、これだけ少し焦げているなんて、理由は考えるまでもないだろう。
「はい。いただきます。……うん。おいしいですよ。お砂糖が入った甘めの玉子焼きですね。私はこちらの方が好きですよ」
「ほっ、本当ですか!それは私が作ったんです!」
「まぁ、竜胆ちゃんが?竜胆ちゃんの作ってくれた玉子焼き、とてもおいしいですよ」
ここで最初からわかってたよ、なんて野暮なことは言ってはいけない。素直に竜胆を褒めて、おいしいと言いながら食べてあげるのが一番だ。それに少し焦げているけど特に問題はない。砂糖の入った甘い玉子焼きも嫌いじゃないしまずいというわけじゃないしね。
「咲耶お姉様とこうしていられるのも……、あと少しなんですね……」
「竜胆ちゃん……」
急にふと寂しそうな顔をした竜胆の顔が印象的で、俺の頭から離れなくなったのだった。