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第三百二十六話「ライバルでお友達」


「何ですか?あの子は……。抹殺しましょうか?」


「竜胆ちゃん……」


 睡蓮が走り去ったのと入れ替わりで竜胆がやってきてそんなことを言う。その目は茅さんと同じでとても冷たいように感じられた。というかそもそも『抹殺しましょうか』なんて穏やかじゃない。


「咲耶様に『おばか』なんて言っちゃいましたもんねぇ」


「五北会メンバーもしっかり聞いていましたし……、確かに消されても止むを得ないような暴挙ですね」


「薊ちゃん……、皐月ちゃんも……」


 二人も派閥の集まりから抜けてきたのかやってきてそんなことを言う。でも相手はまだ四年生の子供だよ?そりゃたまにはそういうことも言うだろう。確かに俺達の界隈ではあまり褒められたことじゃないけど、小学生くらいなら友達と口論になってそういうことを言うこともあるだろう。


「え~……、少し追いかけてきますね……」


「咲耶様ならそう言われると思いました……」


「本来は格下に甘すぎても良くないのですけどね……、咲耶ちゃんですもんね……」


 二人の言葉はどういう意味だ……。呆れられてるのかな?でも二人が言うように俺はこのまま睡蓮を放っておくなんて出来ない。この場は皆に任せて俺は一人で睡蓮を追ってサロンを出たのだった。




  ~~~~~~~




 さて……、サロンを出てきたのは良いけど睡蓮がどこに行ったかわからない……。すぐに追えばまだよかったのかもしれないけど、出て行ってからあれだけ時間が経っていればもうとっくにこの近くにいるはずもなく、どこへ行ったのかさっぱりだ。


 睡蓮と親しいわけじゃないから、睡蓮が行きそうな場所の見当もつかないし、闇雲に歩いていても見つからないだろう。確実なのは玄関口のロータリーででも待ち伏せしていればそのうち帰るために通るだろうけど、それだっていつになるかわからない。


「う~ん……。困りましたね……。おや?この匂いは?」


 廊下に出てウロウロ歩きながら思案していると何やら甘い匂いが漂ってきていた。


「何の匂いでしょうか?……あっ、もしかして……」


 俺は甘い匂いのしている方へと向かって歩き出した。そうして辿り着いたのは食堂だ。どうやら食堂では明日の仕込みをしているらしい。そのためかふんわりと甘そうな匂いが漂っている。


「やっぱり……」


「え?あっ……」


 俺が食堂に近づくと食堂の周りをウロウロしている睡蓮の姿があった。食いしん坊の睡蓮のことだからこれだけ甘い匂いがしていたら、誘われて来ているんじゃないかと思ったらビンゴだったようだ。


「匂いに誘われて来たんですね」


「何をしに来られたんですかぁ?」


 俺の言葉には答えずに、顔を背けながら睡蓮がそんなことを言う。う~ん……。相当嫌われてるのかなぁ、やっぱり……。でもまぁ睡蓮の気持ちもわからなくはない。だから腹を立てたり、怒ったりはしていない。


「少し……、テラス席に行きましょうか」


「…………」


 答えない睡蓮の手を引いて、俺は勝手に食堂に入って通り抜けるとテラス席に向かった。初等科の食堂は普通の高校や大学の学食と違ってお昼しか開いていない。全国の学校が必ずしもそうとは限らないだろうけど、前世の俺が通っていた高校や大学では、お昼前から夕方まで学食は開いていた。


 まぁ高校の学食はお昼以外に注文をすることは出来なかったけど、パンやおにぎりは売っていたからな。大学ともなれば普通のお店のようにお昼前から夕方までやってたし……。でもここの食堂はお昼以外はやってない。あくまで昼食のためだけの場所だ。


 だけどそれは料理を注文したり、売店のようなことをしているのが……、というだけのことであり、それ以外の時間でも食堂の席は利用出来る。扉の鍵はかけられていないから扉を開けて食堂に入れば良いだけだ。席と調理場が直接繋がっているわけじゃないから、料理の邪魔になったり、埃が入ったりという心配もない。


「さぁ、かけて」


「…………」


 放課後で誰もいない食堂を通り抜けて、いつものテラス席まで出ると睡蓮に席を勧める。俺も向かいに座って少し気持ちを落ち着けてから話し始めた。


「私にも睡蓮ちゃんの気持ちがわかるわよ」


「――ッ!九条様のように恵まれた方に何がわかると言われるんですかぁ!?」


 怒ってるんだろうけど、何か間延びしたしゃべり方のせいかあまり怒っているような感じがしない。あれは演技じゃなくて素なんだな。


「『恵まれた』ですか……。確かに生まれとしては恵まれたのかもしれませんねぇ……。ですが私にはつい最近まで親しいお友達もグループの子達以外はほとんどおらず、誰からも避けられる寂しい生活でしたけど?」


「そんなことは……」


 言いかけて睡蓮の言葉が止まる。そんなことはないとは言えないだろう。五北会の時だけしか俺のことを知らなくても、つい最近まで俺は五北会でほとんどの相手に挨拶もしてもらえていなかったことを睡蓮も知っているはずだ。五年生の三学期になるまでは、俺なんて五北会でも皆から避けられていた。


「睡蓮ちゃんが親戚の年上のお姉さんである茅さんに憧れる気持ちもわかります。それに自分は少しのすれ違いがあって疎遠になっていたのに、自分の親戚のお姉さんに大して知りもしない人が親しくしていれば複雑な気持ちになりますよね」


「…………」


 睡蓮の気持ちはよくわかる。例えば少し年の離れた自慢のお姉ちゃんがいたとしよう。自分はそのお姉ちゃんのことが大好きだ。お姉ちゃんも自分のことを可愛がってくれている。そんなお姉ちゃんがある日突然自分が見たこともないわけのわからない男を連れてきて、彼氏だとか結婚相手だと言ってたらどう思うだろうか?


 自分の方がずっと昔からお姉ちゃんと仲良くしてたはずなのに、わけのわからないポッと出の男がその大好きなお姉ちゃんを連れて行ってしまうという。そんなことを言われたら子供なら誰だって反発するし不快になるはずだ。


 本当なら、お姉ちゃんの立場に立って考えてみれば、自分が知らない所でもお姉ちゃんは一人の人間として生活している。自分が知らないお友達との付き合いもあるし、彼氏や婚約相手もいるだろう。自分が知らないだけで、二人の中では確かに愛を育んできた時間があるはずだ。


 あくまで自分が知らない所でそういうことがあっただけで、本当にポッと出の男に盗られるわけじゃない。二人には二人のこれまでの経緯や事情や愛がある。でも自分から見ればそれは突然出て来たわけのわからない男にお姉ちゃんを盗られるということで、男を否定したり反発したりするだろう。


 睡蓮が俺に対して感じているものはそれであり、そして俺も睡蓮に対して同じものを感じていた。


 睡蓮からすれば自分の方がずっと昔から知っている親戚のお姉ちゃんが茅さんだろう。ちょっとしたすれ違いというかパーティーでの事件があって疎遠にはなっていたかもしれないけど、それでも憧れているお姉さんだったに違いない。いつか仲直りしてまた昔のように親しくなりたいと思っていたはずだ。


 そんな所に俺のようなわけのわからないポッと出が現れて、茅さんと親しくして、茅さんは茅さんで睡蓮を大事にせず俺にばかり構っていたら、そりゃ面白いわけがない。そしてそれは俺も同じだった。


 睡蓮が茅さんにベタベタとくっつき、まるで二人の仲を見せ付けるようにしていた時、俺は睡蓮に嫉妬していた。俺からすればポッと出の睡蓮が、何故俺よりも茅さんと親しくしているのかという感情が強かった。俺達はお互いに相手に同じ思いを抱いていたんだ。


「私も睡蓮ちゃんがこれ見よがしに茅さんと仲良くしているのを私に見せつけている時に、とても心をかき乱され嫉妬に駆られました。睡蓮ちゃんも私が茅さんと親しくしている時に同じように感じていたこともわかります。私達はお互いに同じ思いを抱いていたのですからね」


「…………」


 睡蓮はやや俯いたまま答えない。でも俺は構わず続ける。


「睡蓮ちゃんが茅さんと仲良くしたいと思う気持ちも、まるで私に『大好きな茅お姉ちゃん』をとられたような気がして反発する気持ちもわかります。ですからまずは私達がお互いのことをもっと良く知りましょう」


「…………」


「今から私達はお互いに茅さんを巡って争うライバルであり……、そしてお友達です。……ね?」


「ライバルで……、お友達……」


 ようやく睡蓮が反応を返してくれた。俺と睡蓮は分かり合えないかもしれない。でも分かり合えるかもしれない。それはやってみないとわからないことで、やる前から諦めたり、反発し合っていても仕方がない。


 俺は茅さんのことが好きだと思う。もちろん他の皆もだけど、茅さんのことだって大切でとっても大好きだ。でも茅さんが俺のことをそういう風に思ってくれるかどうかはわからない。俺の気持ちは『皆と同じように茅さんも大切で大好き』であって、『他の皆を捨ててでも茅さんだけが大好き』とは違う。それに茅さんがどう思うだろうか。


 もしかしたらそんな優柔不断で、あっちもこっちも皆大切なんていう俺のことを呆れて見捨ててしまうかもしれない。見捨てはしなくても普通の友達程度に距離を置くかもしれない。そして睡蓮を選ぶかもしれない。


 俺と睡蓮がお互いにどう思っていようとも、最後に決めるのは茅さんだ。そして俺は睡蓮のように他の何を捨ててでも茅さん一筋とは言えない。俺達に出来るのは、ただ茅さんにその思いを伝えることだけだ。だから俺達がいがみ合っていても仕方がない。


「私達がいがみ合って、蹴落とし合おうとしても誰も幸せになりません。そんな姿を見せられる茅さんだってきっと私達に呆れてしまいますよ。ですから私達はいがみ合うのではなく、お互いに競い合いましょう」


「……急にそのようなことを言われても、即答できませぇん……」


 視線を泳がせた睡蓮の言葉は本心だろう。そしてそれもわかる。むしろじゃあ今から友達ですなんて応じられる方が信じられない。誰だってそんな簡単に割り切ったり、切り替えたり出来ないから悩むし間違えるんだ。上辺だけで合わせられるよりも、こうして本心で語ってくれる方が良い。


「ええ。ですからまずはお互いを知り合うのです。それで納得出来なければまた話し合えば良いではないですか。それが出来るのが人間というものですよ」


「わかりましたぁ……。でも茅お姉ちゃんは渡しませんよぉ」


「ふふっ。そうですね。それは私も同じですよ」


 お互いに見詰め合ってから……、笑い合う。自然に笑えた。まだこの先がどうなるかはわからないけど、少なくとも今までよりは状況は良くなったと思える。その後少し話をしてから、俺と睡蓮はサロンへと戻ったのだった。




  ~~~~~~~




 俺達がサロンに戻ると物凄い視線が集まった。それにちょっとヒソヒソと言われている。


「おかえりなさい咲耶ちゃん」


「おかえりなさいませ咲耶様!」


「ええ。ただいま。皐月ちゃん、薊ちゃん」


 ようやく戻ったいつもの席に座って一息ついた。


「それで……、その子はやっぱり社会的に抹殺ですか?」


「竜胆ちゃん……」


 何か物凄い表情で竜胆が睡蓮を睨んでいる。とても怖い。何かあれかな……。竜胆も茅さん的な過激さがある。茅さんとかも本当に何人も抹殺してると言われても信じてしまいそうだ。


「あの程度の言葉を言ったくらいでいちいちそのようにしていては、今頃この学園の生徒のかなりの人数は消されているのではないでしょうか?」


「「「――ッ!?」」」


 皐月ちゃんが聞こえよがしにそう言うと周囲の五北会メンバー達がビクッ!としていた。そうだよな。ちょっと俺と口論になったり、簡単な暴言というか悪口というかを言った程度でそんなことにしていたら、昔の俺にあれこれ言っていた人が多すぎて学園の生徒の大部分が消えてなければならないんじゃないだろうか。


 あまりに酷いことをされたり、わかっていてこちらを罠に嵌めたり貶めたりしようとしてきている相手ならともかく、ちょっとバカだのアホだの言ったくらいでいちいち罰していられない。


「でも……」


 う~ん……。竜胆が唇を突き出して拗ねた顔をしている。どうやら竜胆は睡蓮が許し難いみたいだなぁ……。竜胆にとっては、ちょっと形は違えど、睡蓮が俺と茅さんの関係に絡むみたいな気持ちなのかもしれないな。


 睡蓮は今まで特別親しかったわけでもなければ上位の家でもない。まぁ五北会に入ってるだけでも充分ではあるけど……。そんな子が俺にちょっと偉そうな態度や暴言を口にしても許されるというのは、前から俺達と親しかった竜胆からすればとても嫌な思いがするのかもしれない。


「誰でも間違いを犯すことはありますよ。竜胆ちゃんも、まずは睡蓮ちゃんとお互いのことを知ってみましょう。それでも許せないことがあれば、その時にきちんと話し合えば良いではないですか」


「……はい」


 うん。納得してないね。しかも俺が睡蓮の肩を持ったり、そう受け取れるようなことを言うほどに竜胆にとっては面白くないだろうしね……。わかるよ。わかるけどこればっかりはどうしようもない。


 出来れば……、睡蓮と竜胆も……、お互いに知り合って、いつかお友達になれたらいいな。



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― 新着の感想 ―
[一言] 俺にはわかる。このパターンはよくあるやつ! これは睡蓮も落ちると!
[一言] そしてメンバーが緊急召集されて新ハーレムメンバー対策会議が……
[一言] 睡蓮ちゃんと友達になるのもそうだけど、茅さんが睡蓮ちゃんと咲耶様を同じくらい好きになれば解決ですね
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